執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第4話

 ――本当に、この部屋にはなんでもある。

 

 初霜はそんな風に思った。

 

「まぁ、暇つぶし用だよ。流石に、出しっ放しって訳にはいかないから、普段はここだけどねー」

 

 そう言って提督は執務室の隅にあるダンボールから、ゲーム機とそれ用のコントローラーを二つ取す。慣れた仕草であるのは、やはりそのゲーム機の出番が多いからだろうか。

 

「そんなファ○コンを出したままにしていたら、大淀さんに怒られますよ」

 

「違うよ母さん、これ6○だよ」

 

「誰が母さんですか」

 

 ぴこぴこいうのは全部ファ○コンである、と言ったのは一航戦加賀さんであるがこの話には特に関係ない。

 

「と言うかですね、提督……これは誰が持ち込んで来たんですか?」

 

「望月さんと初雪さん」

 

「でしょうね」

 

 その二人じゃなかったらどうしようかと、と言いたくなるほどイメージ通りだった。

 

「今二人ともプレス○の98甲○園に夢中らしくて、貸してくれてるんだ」

 

「やめてくださいしりたくありません」

 

 夢に出るから。

 

「少しばかり手持ち無沙汰ですね、と言っただけで、こうなるとは思いませんでした」

 

「うん、僕も初霜さんとゲームするとは思わなかったかな」

 

 ゲーム機を出すと、後は早かった。コントローラーをつなげ、電源をつなげ、ゲーム用の型落ちブラウン管テレビを、これまた別のダンボールから取り出し……五分と待たず準備は終わり、気づけば二人ともコントローラーを手にしていた。

 

「とりあえず、どっちやろうかねー? ロボ? スマッシュ?」

 

「ロボで」

 

「はいはい」

 

 しばし無言で二人はコントローラーを動かし、やがて、わー、きゃー、と小さな声で騒ぎながらブラウン管を睨んでいた。

 さて、そんな事を続けていれば、集中力はやがて尽きるし、尽きてみると喉が渇いた、小腹がすいたと体が訴えはじめる。

 

「じゃあ、お茶とお菓子を用意――」

 

「しといたわよ」

 

 腰をあげて立ち上がろうとした初霜の後ろに、白いブラウスと、サスペンダー付きのプリーツスカートを纏った、小柄な少女が居た。背格好は初霜とそう変わらないが、浮かべている表情には、淡い攻撃色がある。

 

「あぁ、霞さん、居たなら声をかけてくれればいいのにさ」

 

「そんな……ぴこぴこ? に夢中の貴方達に、どう声をかければ良いのよ?」

 

「違うよ母さん、これ○4だよ」

 

「知らないわよ」

 

 あの、ぴこぴこ? ですか? 私そういうの良く分からなくて……そう言ったのは鳳翔さんであるがこの話には特に関係ない上に可愛い。

 

「あはははは」

 

「そこで苦笑いしてる秘書艦も、嫌なら嫌って言えばいいのよ? なんでもかんでも、このクズ司令官に付き合う必要なんてないんだから」

 

「いえ、仕事は終わってましたし、ちょっと暇でしたから」

 

「ふーん」

 

 初霜の言葉に、霞は執務机に近づき机上にあった書類を数枚手に取った。流し読み、鼻から、ふん、と息を吐くと提督に向き直る。

 

「仕事、覚えた?」

 

「うん、みんなのおかげだねー」

 

「体の調子は?」

 

「問題ないよー?」

 

 気の抜ける提督の返事に、霞は目を細め、顔を初霜に向けた。

 

「初霜?」

 

「はい」

 

 頷く初霜を十秒ほど見つめてから、霞は肩から力を抜いた。そして、もう一度提督に向き直る。

 

「ご飯はちゃんと食べてるの?」

 

「うん、母さん」

 

「違うわよ」

 

「でも、そう呼ばれても仕方ないんじゃ」

 

 小さな初霜の呟きも、霞の耳には確り聞こえていた様で、霞は再び初霜に顔を向け、

 

「毒されない」

 

「はい」

 

 注意した。

 

「まったくもう、初霜まであんな風にぴこぴこする様になるなんて、初春が知ったら――」

「あ、初春姉さん、スマホでゲームしてますよ?」

 

「え、えぇええええええええええええぇー?」

 

 いや、似合わないわけではない。彼女の艤装は近未来的な物であるから、現代利器の一つや二つ、身に持って可笑しい訳ではないのだが、似合わないわけではないのだろうが……普段の言動から見ると、なかなかに繋げ難い。ちなみに若葉は任○堂派で、子日はゲーム機全部派である。セ○・マー○Ⅲが当たり前に在る。それが駆逐艦娘寮初春型部屋クオリティーなのだ。

 

「ちなみに、初春さんはどんなゲームを?」

 

「えーっと……子日姉さんが言うのには……乙女ゲーとか」

 

 ネームシップは自由奔放であった。

 

「やだ……なんかちょっと頭痛い……」

 

「大丈夫かい霞さん? 頭痛が痛いのかい?」

 

「ほんっとに痛くなってきたじゃない、このクソ提督」

 

「それ人のだよ?」

 

「う る さ い」

 

 提督と霞から一歩離れ、初霜は霞用にとお茶を用意し始める。霞は二人分のお茶とお菓子を用意しただけで、自分の分を出していなかったからだ。

 執務室に設置した小型冷蔵庫の中から冷えたお茶を取り出し、霞用の水色のプラスチックコップにお茶を注ぐ。その間もなにか会話を続けている提督と霞を見て、初霜はころころと笑った。

 

「……なによ、初霜」

 

 半眼で彼女を睨む霞に、初霜は笑ったまま応じる。

 

「だって、上司同士の仲が良好なら、部下としては嬉しいじゃないですか」

 

 と、面白い事が起きた。提督と霞が、同時に頭をかいたのである。お互いそれに気づかず、ただ一人気づいた初霜は、笑い出す訳にもいかずただただ堪えた。

 

「あたしと貴方が部下だったのは、ほら、"前"でしょ?」

 

「まぁ、そうなんですけれど」

 

 この辺りは、何も初霜に限った話ではない。艦であった頃に引っ張られている艦娘は意外に多く、その当時の逸話や繋がりで強い絆を持つ艦娘は決して少なくない。神通などはその最たる例で、二水戦所属経験の駆逐艦娘からは、大いに慕われ――同程度には、恐れられている。あと神通が走り込みを行っている姿を偶然見てしまった山城が「ヒェッ」と真っ青な顔でこぼしてふらふらと倒れたのはこの話に本当に関係ない上に可哀想。

 

「上司ねぇー……初霜さんの場合だと、阿武隈さんと、那智さんと、霞さん……矢矧さん?」

 

「それと、伊勢さんと日向さんですね……この人達にお願いされると、どうにも断れなくて……」

 

 まぁ困った事をお願いされたこともありませんけれど、と初霜は困り顔で笑った。

 

「そのうち、日向辺りが瑞雲がどうのこうのと言わないでしょうね……」

 

「そこは秘書官の仕事ではなく、提督のお仕事ですよ?」

 

「え、じゃあ僕に直接くるのか、それ」

 

「あるとすれば、だけどね」

 

「でもなぁ……言われても、扶桑さんと山城さんから、装備むいて、はいどうぞ、なんて出来ないしなー」

 

「扶桑はともかく、山城は暴れそうね」

 

「……」

 

「何?」

 

 霞は黙りこんだ提督の顔を半眼で見つめ、言いなさいよ、と顎をしゃくった。提督は軽く頷くと、何やら真剣な面持ちで口を開いた。

 

「神通さんに間に入って貰えば……」

 

「やめたげなさいよ!? あんた山城死ぬわよ!?」

 

 黒髪の子かわいそう。

 

「ほんっとにもう――……あぁ、初霜、そろそろ夜番がくるわよ」

 

 霞の言葉に、初霜は執務室の壁に備え付けられた時計へと視線を向ける。それが示した時間は確かに霞の言う通りで、このまま部屋に留まっていては霞はもちろん、秘書艦の初霜でさえ"停戦協定"に触れてしまう事になる。

 

「提督、そろそろ時間ですから、片付けましょうか?」

 

「あぁいや、僕でやっておくよ。二人とも、ありがとうねー」

 

「ふん……あたしは何もしてないわよ」

 

「それでも、だよ」

 

「あぁそう」

 

 

 

 

 

 初霜の手を引っ張って、霞は少しばかり乱暴に扉を開けて部屋を出て行く。

 ただただ霞に引っ張られたままの初霜は、霞に何か言おうとして、止めた。彼女の耳に、僅かばかりの声が響いたからだ。

 

「嫌になるわね」

 

 常らしからぬ、霞の弱い声。それがまだ初霜の耳に届く。

 

「司令官あってのあたし達、そうじゃない」

 

「はい」

 

 応じた初霜に気づいているのか、いないのか。霞はまだ初霜の手を引っ張ったまま、続ける。

 

「あたし達あっての司令官? 本当に? ……たぶん、ちがうわ」

 

 答えなど求めていない霞の声が、初霜には苦しかった。

 汽笛の一つでも鳴らせば、気でも晴れるのだろうか。艤装もなく、艦でもない少女の体を持った初霜は、霞の手を握り返すくらいしか出来なかった。




おまけ

鳳翔「もう、提督。ぴこぴこを片付けないと、ご飯抜きですよ」
提督「ごめんね母さん」
鳳翔「ほら、こっちのぴこぴこもですよ」
提督「あぁ母さん、それは望月さん達から借りたのだから」
鳳翔「じゃあもっと大事において置かないと駄目ですよ、もう。今度片付けていなかったら、加賀さんにも言いますからね」
提督「やーめーてーよー」
龍驤「いや、なんやねん君ら」

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