執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第66話

 少しばかり寂れた港の一角で、音楽が鳴り響いていた。

 人影も絶えた港までの道に、もし誰かが居れば、物珍しさにつられてひょいと首を出して覗きにいったに違いない。

 そしてその港の一角で、たった二人で踊る少女達を見て思わず拍手を送った筈だ。

 ただ、その拍手は賞賛の物ではなかっただろう。

 

「漣、ワンテンポ遅い!」

 

「ムキー! 曙だってさっき間違ったくせにー!」

 

 その拍手は、二人の少女のひたむきな努力に向けられた応援に近い物であった筈だ。

 音楽を背にたった二人で踊る曙と漣は、額を流れる汗も拭わずただ踊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 何ゆえに曙が人もそう来ぬ港で漣を共に踊るかと言うと、季節が関係する。

 秋も去って冬となった訳だが、この冬にある大きなイベントが、とある人物の参加によって更に大きくなってしまったのだ。

 その為、毎回この季節にはステージでダンスを披露する那珂は、例年以上にしようと参加メンバーの枠を広げた。クリスマス島攻略作戦時と同じ編成で、更に四水戦からも、それ以外からもメンバーを受け付けたのだ。

 

 では曙はその別枠から拾われたのか、と言うとそれは間違いである。彼女は那珂に、クリスマス島攻略作戦の編成メンバーとして招かれた。実際には曙は参加していない作戦であるのに、だ。

 そうであるのだが、これも縁であるのだろう。あけぼの丸と言う船は参加していたのだ。つまり、代役である。

 常の曙であれば、

 

『何よそれ……つまり私じゃなくていいんじゃない。そんなの……別に参加しないし』

 

 等と返そう物だが、冬の大きなイベント、特に今年からは提督も参加すると言う目の前のそれに惑わされたのか、どこか暗い影を落す自身の艦時代とはちがった、華やかなステージに思う事でもあったのか、気付けば頷いてしまっていたのである。

 ついでに、その時曙の隣に居た朧の、隠された力を発揮する披露宴となる、という意味不明な鶴の一声によって綾波型姉妹全員参加となったわけである。

 せめてその場に漣が居れば、汚いなさすが忍者きたない、と諭して朧を止める事も出来ただろうが、ネットに疎い曙では朧を止める事など不可能であったのだ。まぁ実際は漣が居たとしても、そんな意味不明な言葉で止める事は出来なかったと思われるが。

 

 兎にも角にも参加である。となればどうするか、と言えばもう語るまでも無いだろう。

 自分に合わない、等とどこかで思っていても、やるとなればやるのが曙だ。捻くれていようが素直じゃなかろうが、すべき事はするのである。

 

 が、それでも体力には限界がある。通常の訓練を確りとこなした上で、プライベートの多くの時間をダンスの練習に割いているのだから、曙と漣の小さな体に負担が掛からない訳が無い。

 ゆえに、彼女達は一曲終わるとすぐにプレイヤーを止めて適当な箱などに腰を下ろした。

 彼女達の装いは、普段の訓練でも使うスポーツウェアだ。汗をふくみ、体に張り付くそれを漣は摘んで肌から放し、胸元を扇ぎながら風を通していた。

 

「うぉおー……あっちぃー……」

 

「……ちょっと、漣」

 

 曙はと言えば、箱に座ってタオルで額を拭っていた。スポーツドリンク飲もうとしたのか、あいている左手は、自身で用意したのだろうそれに向かって開かれている。

 が、それを掴むより先に、妹の無防備で恥じらいを捨てた行動に思うことがあったらしく、口を動かすことを優先させたのだ。

 そして曙のその言葉に対する漣の応えは、

 

「まぁまぁ、ここにはご主人様もいないから」

 

 これである。

 曙は、確かにそうであるが、と同意しつつも、釈然としない顔でスポーツドリンクを手に取り口をつけた。慌てず、急がず、ゆっくりと中にある塩分を含んだ有名なドリンクを嚥下して行く。

 喉がある程度潤うと、曙は口を放して水筒を箱の上に置いた。

 

「で、どう? あんたは何か掴めたの?」

 

「んー……漣ダンスは不慣れだから、まだなーんも、って感じかな」

 

「その割りに、結構笑顔で踊ってたじゃない?」

 

「ま、そのくらいは気持ちってモンっしょー? 那珂ちゃんみたく、とはいかないけど、漣達が笑顔じゃなきゃ、見に来る皆も笑えないし?」

 

 妹の言葉に、曙は顔をしかめた。

 漣は練習の中で何も掴めていないと言うが、曙からすればその思考は何かを掴んだも同然と思えたからだ。少なくとも、曙は漣の様な考えは持っていなかった。それどころか、なるほどと理解した今でさえ、それが不可能に近いと感じ思わず顔をしかめたのだ。

 

 誰しも、得意不得意がある。

 曙にとって笑顔など、まず出せないものだ。捻くれ者で、素直になれない彼女にとっては相当ハードルの高い問題である。ただ救いがあるとすれば、那珂達が曙にそこまで求めていないと言う事だろう。こういった事に無関心だろう曙が参加してくれただけでも、彼女達からすれば大助かりなのだ。流石にそれ以上は、という事である。

 

 曙は内心、重く長いため息をついた。

 期待されないというのは、それはそれで来る物があるのだ。実際には期待されない、ではなく、それ以上求めるのも悪い、なのだが曙からすれば一緒だ。

 では笑顔で踊れるかと言えば、やはり無理であるから曙は重いため息をつくのだ。

 

「あ、そうそう。漣、ちょーっと気になったんだけど」

 

「なによ?」

 

 顔を向けず妹の言葉に応じた曙の耳に、そこから先は入ってこなかった。何をもったいぶっているのだ、と曙が漣に目を向けると、漣がきつい目で一点に凝視して黙り込んでいた。

 さて、それはなんだ、と曙は漣が目を向ける先に視線を飛ばすと、なるほどと思わず頷いた。

 ここがダンスの練習場所となったのは、ここが人通りも絶えがちな、寂れた港だからだ。

 使われていないそこは彼女達にとって丁度良かったのである。

 

 だと言うのに、何故だろうか。曙と漣の視線の先には一人の姿があった。明らかにダンスメンバー以外の姿だ。しかもその姿は、徐々に大きくなってきている。

 つまりは、この港にいる二人に近付いて来ているのだ。そして更には――その相手に問題があった。曙が顔に手をあて、天を仰ぐ程度には問題がある。

 

 ――あぁ……そりゃ、漣がそんな顔をするわよね……あんたじゃ。

 

 胸中の呟きは、当然零した当人である曙にしか聞こえない物である。であるのに、二人に近寄ってきた艦娘にはある程度読めたのか、それともただの偶然か、にやりと不敵に笑ったのだ。

 勿論、それは顔を覆って天を仰いでいた曙には見えなかった表情の変化であるが、目にしてしまった漣と言えば、それはもう大変な事であった。

 具体的にどれくらい大変な事であったかと言えば、立ち上がって

 

「ふしゃー!」

 

 と叫んで荒ぶる鷹のポーズを取った程である。

 ちなみに、それを見た曙は、案外普段通りだと安心した。

 さて、歩み寄ってきた艦娘だ。彼女は何を思ったのか、漣の威嚇であろうその構えを見ると同時に、どこからかスケッチブックを取り出し、次いでこれまた何処からか出現した手の中のペンを走らせ始めた。

 

「あ、漣、もうちょい足上げられる?」

 

「なんだとこのヤロー! 漣なんざアウトオブ眼中だとこのヤロー!?」

 

「あ、ちょーっと動かないで。 もうちょいだからさ」

 

「あ、ごめん。これでいい?」

 

 等と会話する二人を視界におさめて、相変わらず仲が良いのか悪いのか分からない、と曙は首を横に振った。更に言えば、曙には漣が口にしたアウトアブなんとかも分からない物であったが、朧や漣が意味不明な事を口にするのは日常茶飯事であるから流しておいた。

 

 このまま二人に会話させてもろくな事にならない、と理解している曙はスケッチブックにペンを走らせている艦娘に溜息交じりの声をかけた。

 

「で……あんたは何しにきたのよ、秋雲」

 

 曙の問いに、丁度スケッチを終えたのか。提督とお揃いの黒い外套を羽織った秋雲はスケッチブックを背後の鞄に直すと曙に顔を向けて応じた。

 

「いやー、冬を前にすると色々焦ってさぁー……まぁなんてーの? ちょっと気分転換でうろうろしているってもんかな?」

 

 何ゆえ冬を前にすると焦るのかなど、曙にはさっぱりであるが気分転換云々は理解できた。秋雲という艦娘は艦娘のインドア派代表の様な存在で、自身の部屋に篭りがちだ。

 ただ、長くを同じ場所で佇んでいると気がめいる事もあるようで、それなりの頻度で散歩する姿も目撃されている。今回、その散歩先が偶々曙達が居る港であったと言うだけのことだ。

 実に不幸なことであるが。

 

「おうおーう! 秋雲さんよーう。ここを通りたきゃ払うもん払って貰おうかー」

 

「えーっと、はい、これ」

 

「……ナニコレ?」

 

「え、提督の絵だけど」

 

「キタコレ!」

 

 秋雲に対して、良からぬ悪い顔で絡んでいた漣は、しかし秋雲がスケッチブックから離して手渡してきた提督の絵一枚で確り餌付けされていた。

 

「この前一緒に提督と港で喋った時の記憶を頼りに、一枚二枚と書いたんだぜーい」

 

「自慢ですか、自慢ですか? 秋雲さんそれは自慢ですか?」

 

 そして瞳孔が開ききった目でまた絡んでいた。実に表情豊かな艦娘だ。

 少々可笑しいところもあるが、平々凡々な提督を頂におくだけあって、この鎮守府は平和である。特に艦娘同士の衝突もなく、穏やかに過ぎる日が多い。だが、何事にも例外がある。

 それがこの、漣と秋雲だ。

 両者共に、ネットに強い、いわゆる提督に近い艦娘なのだが、漣は活発的な所が提督と相性が悪く少しばかり距離が遠い。対して、秋雲は提督と特に親しいと言われる艦娘の一人だ。

 漣からすれば自身と近しい秋雲が、漣曰くのご主人様と親しくやっているという現状に納得がいかぬという訳である。

 

 その癖

 

「で、漣達は何してんの? ねぇ何してるの? ねぇねぇ?」

 

「妹の真似すんなし……あれ、妹じゃないんだっけ? あぁもー! 秋雲紛らわしいし!」

 

「えー……で、何してんの?」

 

「漣達はクリスマスでやるダンスの練習中よ! 秋雲と違って篭ってばっかじゃないんだからね!」

 

 会話は案外普通だ。と言うよりは、秋雲が主導権を握っているからだろう。これで秋雲まで漣に合わせれば一波乱起きることもあるだろうが、秋雲はのらりくらりと避けるので一応なんとかなっている現状である。

 その秋雲が、今度は曙に目を向けた。

 

「それって綾波姉妹全員で出んの?」

 

「そうよ」

 

「じゃあ、他の皆は?」

 

「綾波は演習で出撃、敷波は事務の手伝いで、朧と潮は敷波の手伝いよ」

 

 曙の言葉に秋雲はなるほどといった相でふんふんと頷いた後、どうした訳か比較的綺麗な箱に腰を下ろして鞄からスケッチブックを取り出し始めた。

 そしてペンを手に取ると、

 

「あ、秋雲の事は気にしないでいいよ。ほらほら、練習続けてー」

 

 と言った。

 言ったは良いが、しかし曙も漣も動かなかった。当たり前である。秋雲が準備したそれを見れば、彼女のやろうとしている事は明白だ。練習中の自身を描かれるなど、彼女達からすればなかなかに容認し難い物である。

 曙が口を開くより先に動いたのは漣であった。

 

「秋雲! せめて許可くらい取りなさいよ!」

 

「じゃあ、今度執務室で書類相手に唸ってる提督とか描くけど、どう?」

 

「曙! なんか凄いニッチっぽいけどめっさ欲しいのがキタコレ! どどどどどうする!?」

 

 割と本気で焦りだした妹に、曙は何とも言えない相で肩を落とした。どうして妹はこうも欲望と言ってよいかどうかも分からない何かに素直なのか、と嘆いたからだ。

 まず頷いて良い物ではない。であるから、曙は秋雲を睨みつけ口を開いた。

 

「提督が執務室でくつろぎながらお茶を飲んでいる絵にならないの?」

 

「曙もニッチだねぇ……」

 

 どこか感心したような呆れ顔で呟く秋雲に、曙は鼻を鳴らした。

 彼女達がここに居るのは提督のためだ。その提督が、僅かでも日常を穏やかに過ごしているその瞬間を欲する気持ちは、捻くれていようが捩れていようが素直に欲しいのである。

 漣の琴線に触れた書類を相手に唸る云々も、それと同類だ。

 提督の凛々しい顔も、考え込む顔も彼女達には必要ない。いや、惹かれない訳ではないが、それでも一番欲しいのは愛する人の普段の姿だ。

 曙の相に何を見たのか。秋雲はペンのノック部分で軽く米神をかくと二度三度と頷いた後応えた。

 

「それでいいなら、まぁ秋雲も初霜に交渉して頑張るけどさぁ……」

 

 執務室の中のことであるから、流石に秋雲だけでは決められない。それには秘書艦初霜の許可が必要だ。もしくは、初霜にそういったシーンをスマホか何かで撮って貰うかである。

 秋雲自身も欲しいワンシーンであるから、許可を得るための労力には厭わないが、こういうところは誰も彼も一緒だと呆れもしたのだ。

 

 その言葉で、曙と漣は互いの顔を見て頷きあった。二人の両目に溢れるのは決意の光である。案外安い光であろうが、それを突っ込んではいけない。少なくとも彼女達は真剣である。

 

 曙はタオルを置いて先ほどまで踊っていた場所に戻り、漣は音楽を鳴らすためにプレイヤーに近づいていった。と、漣は再生ボタンを押す前に、秋雲が来る前に言おうとしていた事を思い出し、なんとなくそれを口にした。

 

「そう言えば、ご主人様ってどんな音楽が好きなの?」

 

 なんともない問いだ。が、その問いに曙は動きを止め、秋雲はスケッチブックから目を上げて漣を見ていた。口にした漣自身、軽い気持ちで口にした言葉であったが、それを知らぬ自身に不甲斐なさを覚えたのか、徐々に目を細めて俯いていった。

 そのまま自身のつま先に視線を落とそうかと言う漣は、しかし素早く顔を上げて秋雲を見た。

 漣の挙動につられて、曙もまた秋雲を見る。そして曙は、あぁなるほど、と漣の行動を理解した。

 

 秋雲は提督と親しい艦娘の一人である。

 であれば、提督のそういった趣味も知っている筈だと漣は見、曙はそれに納得したのだ。だがしかし、どうであろうか。スケッチブックから目を離した秋雲の顔は、思案に染まった物であり、そこに知る人間特有の優越感といった物は見られない。

 

 だが、望みが無い訳でもない。秋雲の相を覆うのは思案だ。知らぬ、といった物ではない。それはどこかで聞いた情報を、必死に記憶の中から探して出そうとしている相にも曙には見えたのだ。

 

「あー……なんだったかなぁ……鬼……」

 

「鬼!?」

 

 秋雲の口から出てきた物騒な単語に、漣が目を剥いた。

 

「確か……うーん……首?」

 

「首……!?」

 

 続いて秋雲の口から転がってきた何やら危険な感じの単語に、曙が一歩引いた。

 

「あぁー……あぁ! 悪魔!!」

 

「悪魔!?」

 

 そして今度は秋雲の言葉に二人して同時に叫んだ。

 暫し黙り込んだ後、曙と漣は顔を見合わせ、次いで秋雲を同時に睨んだ。睨まれた秋雲は、スケッチブックで顔の下半分を隠して僅かに腰を引いた。それほどに二人の眼光が鋭かったからだ。

 

「あーきーぐーも……なんか盛ってない?」

 

「えー……秋雲何一つとして盛ってないってー」

 

「いや、それにしたって……なんか、物騒じゃない、それ」

 

「提督が、なんかそんな感じの手毬歌が好きだってこの前言ってたんだってー」

 

 詰め寄る二人に、頬を膨らませる一人である。

 さて。

 このうち二人は、鎮守府にあって相性が悪い組み合わせだと聞いて誰が信じるだろうか。

 恐らく、誰も信じはしないだろう。

 

「秋雲嘘ついてないってばー……なにさなにさもー……何か微妙にテンション下がるわ……漣、秋雲の肩揉んで?」

 

「調子に乗ると、ぶっとばしますよ?」

 

「あんたらほんと……仲良いわよね」




 提督のカラオケでの十八番は、悪魔の手毬歌の鬼首村のわらべ唄です。
 カラオケに入っているかどうかは知りませんが。

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