執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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提督と初霜はお休み。


第8話

「ふむ」

 

 小さく呟いて、その女性はテーブルにあったコップに手を伸ばした。中身を少しばかり飲み込んでからゆっくりと立ち上がり、

 

「これはなかなかに当たりでしたね」

 

 そう言ってDVDプレイヤーからディスクを取り出し、ケースに直した。女性――青葉は座っていたソファーに戻り、テーブルを挟んで自身の反対側のソファーに座る、シャツとジーパンをラフな感じに着た私服姿の同僚、那智に微笑みかけた。

 

「うむ、悪くなかったな。特にあれだ、活躍こそ少なかったが、重量級のあのロボットは良かったと思うぞ」

 

「私はやはり、純粋に主人公ロボットですかね。吹き替え版のロケットパンチも、なかなかインパクトがありましたし」

 

 言いながら、青葉は手にあったケースをソファーから立ち上がる事も無く棚に戻した。その姿に、那智は少しだけ眉をひそめ、

 

「青葉、駆逐艦娘達が真似をしたらどうする?」

 

「ここには居ませんよ?」

 

 にんまりと笑って返す青葉に、那智は肩を落とした。

 

 今二人が居るのは、重巡洋艦娘寮の娯楽室だ。周囲には、先ほどまで青葉達が使っていたテレビとDVDプレイヤー、さまざまなDVDが並べられた棚と、それ以外にも、ゲーム機やボードゲーム等がきっちりと片付けられて保管されているのが分かる。

 

 二人はそんな室内で、再び今見た映像の感想をこぼし合い、良し悪しを語った。

 

「しかし、なんだな」

 

 十分に語った、という満足げな顔に苦笑の色を僅かに添えて、那智はテーブルに置いてあった自分の湯飲みを口元まで運ぶ。

 

「先ほどのは、提督のお勧め、だったな?」

 

「はい、私が直接取材しましたので」

 

 どこからともなく、さっとメモとボールペンを取り出し、青葉は、にしし、と笑った。

 

「あの人は、なんというか、分かりやすいな」

 

「まぁ、いつもの傾向はありましたね」

 

 二人はさまざまなケースがおさめられた棚を同時に見つめる。そこにあるのは、誰誰推薦、これはお勧め、眠たい時用、注意地雷処理班専用、等と区別されたケース達である。そして棚の一番上段には、燦然と輝く『提督お勧め』の文字である。

 そこに並べられているタイトルを目にしながら、那智は湯飲みをテーブルに戻し弱く頭を振った。

 

「あの人は、アクション、ミステリー、ホラーにカントリーと、なんでもありな癖に、ラブロマンスだけは絶対入れてこないな」

 

「らしいとも、言えますけどもね」

 

 彼女達が提督と呼ぶ男のお勧めは、ジャンルこそバラバラであるが那智が口にした通りの特徴がある。どうにも彼が名を上げた作品は、恋愛傾向が薄い。もしくは、無い。あっても精々わき道にそれる程度で、メインは別、と言った物ばかりだ。

 

 ゆえに、彼のお勧めは大抵の艦娘達に不評である。艦娘、とは言えど乙女である。恋に恋する駆逐艦娘達を筆頭に、淡い恋の世界を垣間見たい乙女達の思考からすれば、提督のお勧めは合わないのも道理であった。

 ただし、彼お勧めの一つである、中年サラリーマンが料理を食べるだけのドラマシリーズが一部艦娘達からは大好評であったりと、まったく需要が無いという訳でもない。むしろ恋愛方面が絡まなければ、提督のお勧めは名作と良作のオンパレードである。偶にアタック系などを突っ込んでくる捻くれ具合ではあるが。

 

「やたらラブロマンス物を買ってくるうちの妹に比べれば、まだ無害ではあるのだがな」

 

 言うまでも無く、狼さんの方である。余談であるが、彼女の姉妹の作品傾向は、羽黒が青春ラブコメ系とアクション、足柄が駆逐艦娘はちょっと見れないラブロマンス、那智は黒澤作品系とコナンシリーズ、妙高がミステリーとサメである。

 

「まぁ、100人以上の艦娘が所属するこの鎮守府だ。個性は多くあって当然と言うべきだが」

 

「でしょうが、さて――提督のあれ、個性で済ませてよい物かどうか」

 

 青葉の言葉に、那智は額をおさえてうめいた。

 

「もう半月か?」

 

「はい、そうです」

 

 青葉は自分の手に在るメモを見ながら、ノック部分でこめかみ辺りをかきながら頷く。

 

「着任して以来、執務室からは一切、本当に、一切、まったく、これっぽっちも、出ていません」

 

「食事は我々が用意しているが――風呂は?」

 

「あれ、知りませんでしたか?」

 

 青葉の言葉に、那智は眉をひそめて同僚の顔を見つめた。

 

「提督、執務室にトイレとバス、つけましたよ」

 

「何をしているんだあの人は……」

 

 頭を抱える那智に、青葉はけらけらと笑って手を振った。面白くて仕方ない、と隠さず顔に書いてあるのは、自分の情報を口にできるのが嬉しいのか、それとも那智の姿がつぼに入ったのか。

 

「最初は流石に渋っていたそうですが、明石さんと妖精さん達が提督に命令され嬉々として設置したそうです、あ、お手伝いに夕張さんと北上さんも行ってますよ」

 

「納得の面子ではあるが……」

 

 那智は脳裏に、名の上がった艦娘達の顔を思い浮かべた。明石は言うまでも無く工作艦であり、妖精達は生まれながら各々の分野の職人達だ。夕張は明石の友人で機械や工作にも強いだろうし、特に接点もなさそうな北上にしても、工作艦経験者である。

 脳裏に在る人物達がそろえば、確かに執務室にトイレとバスを設置する事も難しくは無いだろう。

 

「あぁ、ちなみに、その時執務室の隣にあった物置部屋に三割ほど侵食したそうです」

 

「まぁそうなるな」

 

「なんですか日向さん」

 

「那智だ。あぁ、それにしても、まったく……提督の引きこもりに加担した様な物ではないか」

 

 那智は憤懣やるかたなし、といった相で拳を握り締め脳内の作業実行者達を咎めた。当然、咎めた程度の軽い物で、それは痛罵の如き激越では無かった。

 

「とは言いますがー」

 

「なんだ?」

 

 ペンのノック部分で、今度は自身の額をとんとんと叩きながら、青葉は那智をにんまりと流し見た。良からぬ顔であるが、那智からすれば見慣れた同僚の顔芸程度だ。那智は湯飲みを手にして適量を口に含み

 

「提督に命令されて、拒めます?」

 

 青葉の小さな呟きに、那智はすべての動きを止めた。息をすることも、もしかしたら彼女の心臓さえ動く事をやめていたかもしれない。

 やがて、ゆっくりと湯飲みをテーブルに置き、那智は目を閉じて口の中にあったお茶を静かに嚥下した。そして、ゆっくりと、本当にゆっくりと首を横に振った。

 

「誰も責められないな……私は、駄目だ」

 

 脳内で試したのだろう。自身が命令された場合の仮定を。ちなみに彼女は命令された直後尻尾を振って作業に入った訳だが、仕方が無い事である。妹が狼であるし、彼女もイヌ科に属するのかもしれない。

 

「大丈夫です、私もです。たぶん、命令されたら無理でしょう。何せ、ほら」

 

 青葉は静然と微笑み、続けた。

 

「私達は、艦娘ですから」

 

 青葉の静かな笑みを見てから、那智は腕を組んで鼻から荒い息を吐いた。ソファーの背に体重を預け、自身の中で渦巻く熱をどうにか処理し、今度は口から強く息を吐いた。

 

「お前は、楽しそうでいいな」

 

「記者ごっこ、なんてのも楽しい物ですよ。最近他の鎮守府の私ともスカイプとかで話をするんですが、知ってます?」

 

「ん?」

 

 またも胡乱げな表情で笑い出した青葉の顔を半眼で睥睨しつつ、那智は律儀に促してしまった。この辺りは性格ゆえだろう。

 

「提督とほぼ同期のそこの提督さん、通算の建造回数18回目で雪風さん出したそうですよ」

 

「いきなりだな……いや、まぁその回数で雪風を出したとなれば、たいした物だが」

 

「ですねー……ちなみに、我らが提督は通算126回目ですね」

 

「特に運が良いという提督ではないからな、うちの人は」

 

 那智に青葉は確かに、と頷き、メモ帳をぺらりとめくり、にししと笑った。

 

「大鳳さんは大型一回目で出してますけど」

 

「偏りすぎなんだ、あの人は」

 

 ちなみにここの提督、大和とビスマルクも狙い撃ちで一発建造である。誰かの運を吸い取ったとしか思えない奇跡である。

 

「で、青葉」

 

「はいはい」

 

 軽妙に返事をする青葉を、那智はやはり半眼のまま見据え、

 

「何が言いたいんだ?」

 

 常から硬質な声を、更に硬くして。那智は青葉を睨んだ。

 

「……半月前に着任した提督は出てこない」

 

「あの人の気質の話だ。仕方が無い」

 

「初霜さんが初期からの秘書艦」

 

「あの人が決めた事だ。私に不満は無い」

 

「着任一ヶ月のほかの提督が――」

 

 がたり、と音が響いた。ソファーから立ち上がり、那智は無言で娯楽室の扉へと歩を進めた。そして、ドアノブを捻り扉を開け――背を向けたまま、青葉に言った。

 

「私はあの人に建造された。お前も、同じだろう」

 

 扉を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 自身だけになった娯楽室で、青葉は手にあるメモを見つめていた。去り際に那智が言った言葉が、青葉の胸中で木霊する。

 

 ――その通りだ。まったく、その通りだ。

 

 今でも覚えている。覚えていないわけが無い。初の重巡洋艦娘だと喜び、手を叩いていた提督の姿を、彼女が忘れるわけが無い。

 第一艦隊の旗艦として海域を攻略し、演習をし、開発を手伝い、建造された新しい艦娘を一緒に出迎えに行った事も在る。ただ、艦娘層の厚さから、彼女が旗艦であったのは僅かな時間であったが、青葉にとってもっとも輝かしい日々の記憶であった。

 例え何があろうと、絶対に忘れはしないだろう。

 

 そう、何があろうと、絶対に。

 

 青葉は自身の手にあったメモを握りつぶし、俯いた。

 その顔は、もう見えない。




まぁ、もうばれてはいると思うのでさらっと。

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