執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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提督またお休み。


第9話

 今しがた買ったばかりのそれを、袋から取り出して勢いよく齧り付いた。味を確かめるようにゆっくりと咀嚼し、嚥下する。

 

「あぁ、やっぱ旨いわぁー」

 

 龍驤は口元を綻ばせ、今しがた明石の酒保で購入した肉まんを平らげに掛かった。

 

 ――うまうまやなぁ。赤城や加賀がこっちに夢中なんも、わかるなー。

 

 龍驤はうんうんと頷き、一人歩いていく。

 彼女は食道楽にさほど通じては居ないが、かと言って興味が無い訳でもない。人型――艦娘になってから、彼女の周囲には様々な未知があった。人として在る為のデータは入っていたが、人として動くためのプログラムはまだ未発達であったからだ。

 

 一つ動き、一つ確かめ、龍驤は自身に合う事と合わない事を覚えていった。食べ物、ファッション、思考、趣向、行動。或いは、龍驤という艦娘の竜骨を確固たる物にするための日々。

 すべては、手探りであったが、彼女は彼女として龍驤の容を満足できる型で形成させる事に成功した。少なくとも、彼女に不満は無い。

 

 指についた麺麭を舌で舐めとり、腕に抱えた袋からもう一つ取り出そうとして、動きを止めた。そのまま、特に確かめる事も無く龍驤は声を上げた。

 

「なんやー、うちになんか用かー、青葉ー」

 

「ありゃー……恐縮です、青葉ですー」

 

 果たして、龍驤の背後からひょいひょいと姿を現したのは、ペンとメモを手にした重巡洋艦娘の青葉であった。

 

「お聞きしますが、なんでばれたんでしょうか?」

 

「空母相手に、何を言うてんねんな。陸でも、艤装なしでもこれくらいやるんが、うちらや」

 

「なるほど」

 

 納得、と頷く青葉であるが、流石に顔は引きつっていた。当たり前だ。空母ならこれくらいやる、と龍驤は至極当然と答えたが、青葉が知る限りこんな芸当が出来るのは龍驤の他には鳳翔だけだ。

 青葉の記憶では、赤城を始めとした正規空母達でも、もう少し接近できたし彼女の姿も確かめず言い当てられた事はない。あえて言うなら、利根に気配を察知された事があったくらいである。

 

「流石、我が鎮守府最古参の軽空母のお一人ですねー」

 

「鳳翔さんとはなー、建造された日も同じ、ここでの進水日も同じ、錬度も同じやからねぇ」

 

 龍驤はしみじみと呟くと、色んなとこ一緒にいったなーと遠い目をしながら袋から取り出した肉まんを青葉に差し出した。

 

「さっき酒保で買ってん。食べる?」

 

「あ、これはどうもどうも」

 

 青葉はメモとペンをどこかへさっとしまいこみ、龍驤から肉まんを受け取って一口齧った。

 頬に手を当て、んー、と目を細める。

 

「美味しいですねー」

 

「ほんまになー。明石と提督に感謝やなー」

 

 そう言って、龍驤は袋からもう一つ肉まんを取り出し口にした。

 

「空母の人達は、美味しそうにたべますよねー。いや、特に、って意味ですよ?」

 

「いや、青葉。赤城達やったら、これ一個一口でいくで?」

 

「またまたご冗だ――いや、マジですか?」

 

 青葉はあわてて残りの肉まんを口に放り込み、開いた手にいつの間にかペンを握っていた。少し遅れてメモを手に取り、頁をめくって何事かを記していく。

 

「あんたのそれも、赤城達の食道楽と同じくらいすごいなぁ」

 

「いえいえ、私なんてとてもとても」

 

 にしし、と笑みを見せる青葉に、龍驤は肩をすくめる。それは青葉の目からしても堂に入った物で、違和感も滑稽さも覚えさせない。

 

「で、一つお聞きしても?」

 

「んー? なんやー?」

 

 青葉は一つ、また一つと龍驤に質問をし、龍驤もそれに答える。龍驤は答え方一つにも余裕があり、多少ずれた話にも穏やかに笑って返す。青葉は長門や金剛とはまた違った安心感を龍驤に覚えた。

 

 龍驤と言う軽空母艦娘は、一見すれば駆逐艦娘かと思えるほど小柄で華奢だ。全体的に細い体つきも、背丈も、肉付きの薄さも、少女然とし過ぎた艦娘である。

 だが、決して誰も彼女を侮らない。誰もが彼女を下に見ない。この鎮守府に属する者なら誰もが知っている。

 

 第一艦隊の右目。第一艦隊不動の元一航戦コンビ。

 

 不動とは謳われど、海域の攻略上、編成から外れた事は何度か在る。だが、それ以外では全て参加した、いや、今現在も参加し続けている古強者だ。青葉とて古参である。だが、龍驤はそれ以上に古参だ。提督の艦娘が十も居ない頃から弾雨をくぐって来た、最初期の軽空母なのだ。おまけに、青葉が昔旗艦を任された際には随分世話になった軽空母の片割れでもある。艦種の違いから人型での挙動を馴染ませるための指導を受けたわけではないが、青葉が艦娘の心得を教えられたのは、間違いなく龍驤である。

 青葉は、我知らずため息を零した。

 

「ん? どないしたんや?」

 

「いえ……その、龍驤さんは提督の覚えもめでたい、うちの看板じゃないですか」

 

「ほっほー、なんや自分、誉めごろしか?」

 

 満更でもない表情で笑う龍驤に答えもせず、青葉は続けた。

 

「私なんて一番最初の重巡洋艦娘とは言っても、今じゃ十把一絡げの存在ですし提督にも――」

 

 そこで青葉は口を閉ざした。龍驤が、見上げているのだ。青葉を、じっと。

 そこには今まで龍驤の貌を彩っていた笑みも、青葉を優しく包み込んでいた穏やかもさも無かった。

 青葉の頬に、冷たい汗が流れた。彼女は口を閉ざした、と前述したが実際は違う。動かないのだ。青葉は、今物理的に動けないだけだ。遮られた口も、龍驤の双眸に縫い付けられた目も。

 

 龍驤は、またしても手についた肉まんの麺麭をぺろりと舐め取ると、自身のトレードマークの一つでも在るバイザーを少しばかり動かして口を開いた。

 

「青葉。あんたは重巡洋艦娘や。うちらよりよっぽど汎用性が高い」

 

 青葉を見上げる龍驤のその瞳は、波一つ無い水面のようで、青葉は自身が今どこに立っているのかさえ忘れた。

 

「夜戦ともなれば、あんたらは艦隊の火力の要や。それにな――」

 

 龍驤は抱えていた袋を青葉におしつけ、青葉に良く似た顔で笑った。

 

「提督は、あんたの作る新聞、よう見とるで。十把一絡げなんてのは、あらへんあらへん」

 

 ひらひらと手を振って龍驤は青葉に背を向けた。

 青葉は龍驤の背が視界から消え去るまで見送ってから、まだ暖かく、少しだけ重い手にある袋の中を見て、首を横に振った。

 

「こんなに食べるつもりだったんですか、龍驤さん……」

 

 

 

 

 

 

 てくてく、と龍驤は道を歩いていく。鎮守府の中なら全て記憶している彼女である。なんとなく歩いているのだろうが、そこに迷いは見えない。どこに出ても戻れる故の強みだろう。

 

 ――あれで、青葉は曲がるやろかなー。

 

 自分で考えて、すぐさまそれはないと打ち消した。青葉もまた、自身のあり方を自身で形成した艦娘だ。重巡洋艦娘一の古参である青葉が、簡単に曲がると龍驤は思えなかった。

 

 青葉が問うてきたその内容を思い出して、龍驤は肩をすくめた。

 理解は、出来る。痛いほどに、龍驤には理解できる。青葉が重巡洋艦娘初の艦娘であるように、龍驤もまた軽空母の――と言うよりも、提督の艦隊初期の艦娘だ。

 だが、戦場には流れがあり、戦闘には要所がある。四路あれば五動がある。

 

 ――時期尚早、やと思うんやけどなー、うちは。

 

 龍驤は進む事も退く事も左右に行く事もやめ、待つ事を選んだ。青葉や龍驤のように、違和感に気づいた艦娘達の多くは、龍驤に倣っただろう。青葉だけが、動いてしまっている。

 龍驤は鼻を鳴らして、近づいてきた建物を見た。龍驤の視線の先にあるのは、間宮の食堂である。

 乱れることなく、てくてく、と歩みを進め扉にてかけて

 

「あ、初霜やん」

 

 背後に振り返って声を上げた。

 

「はい、どうも、龍驤さん」

 

 慣れているのだろう。突如振り返って声をかけていた龍驤に、初霜は平然と挨拶を返した。

 

「なんや、今からお昼なん?」

 

「はい、これからご飯です」

 

「そかそか」

 

 ふんふん、と頷きながら龍驤は初霜を見た。黒いブレザーも、陸上では穏やかな顔も、何もかもが常の通りの、龍驤が良く知る初霜だ。

 

「龍驤さんも今からですか?」

 

「まぁ、せやねん。ちょーっと用意しとったお昼を、狼さんにとられてなー」

 

 龍驤が自身の腹を叩きながら口にした言葉に、初霜は瞬かせ口元を手の平で覆った。

 

「え、足柄さん?」

 

「いや、ソロモンの方。実際にはあげたんやけど、ちーっと足りんてねぇ」

 

 あっけらかんと笑う龍驤に、初霜はくすくすと笑いを零した。

 

「ご一緒します?」

 

「おうおう、初霜はやさしーなぁ」

 

 龍驤は手をかけたままだった扉を開け、あぁ、と声を上げて後ろの初霜に問うた。

 

「初霜、自分提督が執務室に篭ってんの、どう思う?」

 

「待つだけですよ。今は」

 

 即答である。それに、と初霜は何気なしにささやいた。

 

「私の提督ですから」

 

 小さな初霜の声は、それでも龍驤の耳に確りと届いた。

 だから、龍驤は

 

「それでこそやで」

 

 愉快そうに笑った。




実は連続で出たのは提督と初霜以外だと青葉が初めて。

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