「ていうか、何で連絡してくれなかったんですか?」
「えっと・・・驚かそうと思って。・・・てへペロ。」
智乃ちゃんの咎めるような声音になんとなく後ろめたい気持ちになりついごまかそうとしてしまった。
「・・・和哉さん。」
「・・・なんだい智乃ちゃん。」
「・・・むぅ。まだ、ちゃん、ですか。」
頬を膨らませむくれる智乃ちゃん。さっきは雰囲気に流されてつい呼び捨てにしてしまったが、なんとなくこれ程年下の女の子を呼び捨てにするのは気が引ける。
「嫌なのか?」
「いいですよ・・・もう。」
智乃ちゃんは、飲み干して空になったカップを持ちカウンターの奥へと消えてしまった。
「まあ、またしばらく一緒に暮らすんだし話す時間くらいいくらでもあるか。」
と、久しぶりの再開にもかかわらず、早急に話を切り上げられ少し寂しく思う自分の心をごまかす。
ちょっとだけセンチな気分になっていると、伝票を持った智乃ちゃんが再びこっちに来てくれて少しだけうれしかったのは秘密だ。
「どうぞ。」
「ああ。ありがとう。えっと・・・ブレンド四百円と・・・スマイル百万円」
「・・・・・」
「何をニヤニヤしてるんですかっ」
俺の母性あふれる微笑を言うに事欠いてニヤニヤとは。だけどかわいいから許しちゃう。
「いや・・・子供らしいかわいい行動に微笑まずにはいられないというか」
「もうっ・・・・和哉さんなんて知りませんっ」
そういうと智乃ちゃんは今度こそカウンターの奥へと消えていった。
しかしながら、今の行動だけでご飯三杯はいけるな。これだけでも帰ってきてよかったと思える。安いな俺。
◇◇◇
階段を上り、一室の扉をノックし、中へ呼びかける。
「タカヒロさん。和也です。入ってもいいでしょうか?」
「あぁ。入ってくれ。」
了承の声を聞き、扉を開き入室する。
「おかえりなさい。久しぶりだね和哉君。」
「はい。お久しぶりですタカヒロさん。ご無沙汰しております。」
自室のシックなデスクチェアに腰掛け、足を組んでこちらを向いているダンディな男性。
この人こそ、この香風家の主であり、夜のラビットハウスのマスターをしている香風タカヒロさんだ。
「ちょうど一年ぶりだね。智乃たちにはもう会ったかい?」
「はい。智乃ちゃんにはさっき店のほうで一杯淹れてもらっちゃいました。」
相変わらず落ち着きのある物腰で語りかけてくる姿が最高にクールな男性だ。昔からこの人には憧れっぱなしだ。
「とりあえず・・・・はい。君の制服だ。」
「ありがとうございます。今夜から入っていいですか?」
「君さえよければ大丈夫だ。積もる話はあるだろうがそれはまた後で、バーのほうでしよう。」
「はい。また一年お世話になります。」
俺がこの家に「帰ってきた」理由。それについてタカヒロさんには話しておかなければならないだろう。
◇◇◇
時間は過ぎ夜8時。それまでは部屋の荷物整理で時間を潰していた。部屋で与えられた制服に着替え店のほうへと降りる。
「和哉。」
するとタカヒロさんが口を開くより前に肩に乗っているもふもふから声が発された。
「お久しぶりですマスター。智乃ちゃん達に囲まれて随分と楽しそうでしたね。」
「馬鹿にしとんのかっ!?娘どもに玩ばれていただけじゃっ!!」
人の言葉を話す兎、もとい智乃ちゃんのお祖父さんだ。この喫茶店を立ち上げたマスターである。
「お元気のようでなによりです。」
「お前も憎たらしいほどにな。」
爺さんのことは尊敬はしているがなんとなく憎まれ口をたたいてしまう。
この気軽さというか包容力みたいななにかはこの人特有の雰囲気なんだろう。
カランカラン。
扉につけられた鳴り物がお客の来店を知らせる。
「おっと親父。お客様がいらっしゃった。」
「わかっておるわい。」
短い言葉のやりとりだが、意思の疎通には十分らしくそれきり爺さんはしゃべらなくなった。
「じゃあ和也君。久しぶりにあれやってもらってもいいかい?」
「大丈夫ですよ。向こうでもたまにやることがあったんで。」
「そうか。じゃあ落ち着くようなのを一つ頼むよ。」
頷き、俺が来たときには存在しなかったスペースへと歩を進める。そこにあるのは一台の立派なピアノ。久しぶりの人に聞かせる演奏だ。
緊張による体のこわばりを感じるが、一度深く深呼吸をし、心拍を整える。
「では、お聞きください。」
夜のラビットハウスでのお話でした。
後、少し前に頂いた質問で、主人公の年齢について聞かれましたのでお答えしますと、主人公が香風家に帰ってきたのが四月で現在十九歳。この年で二十歳になります。