First Voice / L@st Song 作:梶原聡里
困っていた。
毎度毎度のことながら、無茶ぶりするプロデューサー達もさることながら、それが一概に面倒事だと無視することも出来ず、迷っていたのだ。
[プラチナスターライブ 第二期 決定案]
先刻プロデューサーに渡されたそれは、まちがいなくチャンスの到来であった。
《765MILLION THEATER》は所属す
るアイドルが多い。しかも、例外の13人を除いてみなほとんど同期だというから早い話が存在感をアピールするチャンスなどなかなか回ってこない。
HEATER部門が開設された最初期にから所属しているのは私を含め数人。巡り巡ってアイドルになった亜利沙さんを含めれば今の総数の三分の一くらいだろう。
その中でも事務所の新人として入り、事業の拡張から所属を移った私と未来と翼は、もう長いこと劇場の単なる一、アイドルとして活動してきた。
私には時間が無い。気がつけばもう中学二年生。来年は受験も控えており、厳格な父は絶対にアイドルを辞めさせる魂胆だろう。
―――冗談じゃない。冗談じゃないわ!
折角、夢の形が見えてきた。そんなときにゼロに戻されるなんて絶対に耐えられない。
だから何度も何度もプロデューサーに私が出来るってことをアピールしてきたつもりだった。
けれど、答えは時期尚早ばかり。
早いって、いつまでまてばいいの?
終わってしまう時は刻一刻と近づいてきているというのに。
ずっと焦っていた。
小さいころから夢見たアイドルの形が見え始めてくると同時に、背後からはいつも時間が私を追ってきていた。
そんな私のもとにやってきたのがこの大舞台の企画書だった。
一ページ目にはリーダー最上静香の文字。
はじめてのことだった。
やっと私の舞台に立てる、そう思った。次の一行を見るまでは。
サブリーダー:北沢志保
あまりの事に驚いて内臓が口から飛び出てしまうかと思った。
ほぼ同時、志保が凄い形相で楽屋の中に飛び込んできた。
「最上さん、ユニット、貴女とッ!?」
「し、志保ちゃんいくら動揺してるからって直接噛みつきに言っちゃ駄目だって・・・あ、静香ちゃん、ごめんね? 志保ちゃん今ちょっと正気じゃないから・・・」
後からついてきた可奈がすかさずフォローを入れる。が、
「正気でいられる訳ないでしょう!? 行くわよ静香!」
呼びつけかよ、なんて言う暇もなく首根っこ掴まれた私は問答無用でプロデューサーのオフィスに連れて行かれた。
「ちょっと、これはどういう了見ですか?」
「おー、早速来たなぁ問題児共」
「「誰が問題児ですか!?」」
「すげぇ面・・・まあ、渡された書類を見ればわかると思うけど、決定したことだから断るなら降りろよ」
「・・・ッ私たちが断れないことをいいことに!!」
「プロデューサーさん」
後ろから成り行きを見守っていた可奈が控え目に手を挙げる?
「どうした? ・・・今回は悪いな、志保と組ませてやれなくて」
「それはいいんです」
「・・・・・・」
「なにジェラってんのよ」
「チッ・・・そんなことないわ」
「やめないかお前ら・・・で、可奈。何の話だっけ?」
「あのー・・・こんなに仲の悪い二人を同じユニットにいれるのはいくらなんでも上手くいかないんじゃ」
「そうだなぁ」
「・・・成功させる気、ないんですか?」
珍しく、威圧的な声で睨む可奈に場の温度が下がったのを感じた。
当のプロデューサーはまるで意に返さないように言い放った。
「逆に問う。欲しかったチャンスだろう。お互い、仲は最悪とはいえ、実力は確かだろう? どうしてそれを好機と考えない?」
「・・・・・・・・・」
「志保、これは仕事だ。切り替えろ」
プロデューサーがそういった瞬間、志保は忌々しげにため息をつき
「覚えててください・・・絶対に見返しますから」
そういうと私を残して去って行ってしまった。
「静香、お前はどうする?」
「・・・・・・ああもう! 受けるにきまってるでしょう! 失礼します!!」
プロデューサーの視線に己の負けを悟った。
少なくとも、今のは私と志保の駄々だ。プロデューサーは本気だった。あれは本気で私たちを次のステージに上げようとしている、かつて無いほど真剣な目だった。
何が彼を動かしたのかはわからない。けれど、珍しく彼は私を・・・私たちを見てくれていた。
「やってやろうじゃない! そうよ、私。これはチャンス・・・チャンスなんだから!!」
とりあえずミーティングをしなければならない。そう思い志保の背を追った。
そして・・・私たちの傷だらけの夏が始まろうとしていた。
「今回の企画、千早ちゃんは誰と組む?」
ある日のことだった。劇場の顔見せライブも一週し、毎週の定期公演で繋いでいた765MILLIONTHEATERの新企画として、事務所所属の私たちも含めた系50人での大舞台が企画されていたのだ。
第一陣は劇場で真ん中を張っている未来率いる新人五人のユニット「乙女ストーム」と、スケジュールの都合から、今しか出られない事務所組五人の先輩ユニット「レジェンドデイズ」を中心にしてステージを組むことが決まり、皆それぞれフォローでの動きや新たな楽曲の練習に励んでいた。
それにしても、この企画は二カ月置きに大規模ライブを行う無茶苦茶な日程を組まれており、フィーチャーされているユニットはそれこそ宣伝にレッスンに大忙しで昨日も望月さんが控室のソファで眠っているところを見ていた。
「それ、いつもの事でしょ・・・」
春香は、そういうと私に封筒を寄こしてきた。
「なに、これは」
「千早ちゃん、次が出番だって」
「そう・・・どうして春香から渡されているのかしら」
こういうものは形式上プロデューサーが持ってくるべきなのではないだろうか?
「乙女ストームが難航してるみたいでつきっきりなんだもん・・・」
頬を膨らませる春香。
「それで、微妙に貴方の機嫌も悪いのね」
「そゆこと・・・それでね、私、今回は亜利沙ちゃんと組もうかなって」
春香の言葉を聞いてふと辺りを見回す
「どうしたの?」
「いや、こういうこと誰かに聞かれたらまた大騒ぎになるでしょうが」
「大丈夫、みんなそれどころじゃないし、律子さんですら久しぶりの大舞台だからってスタジオにこもりっきりだもん」
「そういえば、最近は裏方仕事が多かったわね・・・私にはそんな器用な真似絶対に出来ないから尊敬するわ」
最近、ジャージで劇場内をうろついていることが多い律子。プロデュース業で肥えた分を一気にペイ出来たらしい。
「千早ちゃんが歌以外も完璧に出来るようになったら仕事取られちゃって大変だよ」
「取られる方が悪いでしょう・・・」
「そしたら、千早ちゃんの歌のお仕事かっさらうね」
「・・・は?」
「・・・・・・真顔になるのやめてよ」
「ふふ、冗談よ」
「千早ちゃんの冗談は笑えないよ」
そうやってカラカラ笑う春香の冗談も時々笑えない。周防さんがうちに移籍してきた日、あいさつ代わりだと言い残して全国一周するロケに拉致した事件も記憶に新しい。
普段は優しいがカメラが回っていたり、面白い画が取れそうな時は何をしでかすかわからないのが春香のプロ根性なのだ。
「それで、春香はどうして亜利沙と組もうって思ったのかしら? 参考までに聞きたいのだけど」
「参考?」
「そう、リーダーが選んでいいってルールだからこそ半端は出来ないわ」
「また難しく考えて。私はただ、楽しくなりそうだからって・・・」
「それだけ?」
また、この子はやりたいことをやる割に意味のないことは絶対にやらない。手段はともかく、桃子の件も桃子のキャラを事前に知った春香が事務所で孤立しないように弄ってもいい空気を作ろうと画策した結果だったらしい。同伴していた松田さんは完全に趣味だった気がしてならないけれど。
「・・・・・・う」
「誰も聞いていないんでしょう?」
「千早ちゃんもいつの間にかおせっかいになったなぁ」
「誰のせいかしらね」
一番大事なことを話さない春香に判断を促す場合はしゃべりだすまで待つのが事務所組での暗黙のルールだけれど、世間話まで気を使うつもりもなかった。
「むむむ・・・・・・白状するとちょっと気になっちゃってさ、亜利沙ちゃんのことが」
「・・・・・・へぇ」
「なにそのリアクション」
「ええ、別に数少ない友達を取られたなんて思ってないわ」
「そういうのじゃないから」
「じゃあどういう魂胆よ?」
「魂胆って・・・・・・なんていうか、亜利沙ちゃん・・・昔の私に似てない?」
「春香はあそこまで面白おかしくはなかったけど」
「うん、違うね」
「最近は負けていないと思うわ」
「バラドル扱いやめてよ!」
「えっ? ・・・・・・冗談よ、膨れないで頂戴。でも、そうね。確かに春香が色々と試行錯誤を繰り返していた頃に近いかもしれないわね」
「でしょう? だからこの子はこれからどうなるんだろうって近くで見ていたくって」
「なるほど・・・案外ど真ん中の正統派になりそうな気もするけれど」
松田さんがアイドルを計る基準は『天海春香』だ。随分と高い目標を立てている気がするし、アイドルとして関わるようになって印象も相当変わっただろうけれど、以前として松田さんの理想のアイドルとは天海春香のままでいる。
あのイロモノが、とも思われることも多いだろうけれど、劇場でファンを楽しませるということに情熱を誰よりも向けているのは松田亜利沙その人だろう。
彼女の視点は武器だ。私たち事務所組の世間話にもよく挙がるのだ。
亜利沙の企画する舞台は、大変だけど絶対に外さない、と。
・・・当の『正統派』アイドルは少し考えて、頷いた。
「そしたらライバルかぁ・・・うん、いいねそれ。そういうの最近あんまりなかったから楽しいかも」
「すっかり日和っちゃって。三人しかいない殿堂入り《オーバーランク》の名が泣くわよ?」
「レオンさんもボヤいてるところをよくみるけど、やっぱり新しい挑戦者が来ないとさみしいよ」
今のアイドル業界の頂点は日高 舞、レオン、天海春香の三人が君臨している。
その下に続くのが私たち765プロの事務所組や、最近台頭してきた346プロ、そして876の三人・・・いや、今は涼さんが移籍して二人になってしまったけれど。
「・・・ごめんなさい、相手してあげられなくって」
どうやら、オーバーランクに挑むアイドルもまだほとんどいないらしい。
私も、なんだかんだでそのチャンスをもらえないでいる。
「そういうつもりじゃなから。・・・っていうか皆はいまだに引き摺り下ろす気満々でしょう?千早ちゃんだって今はアレかもしれないけど」
「当たり前じゃない・・・仲間だろうと自分より上に立たれて納得するような物わかりのいい人間なんて事務所にはいないわ」
「そ。事務所にはいないよね」
「・・・・・・いいの?」
私はもう一度辺りを見回した。幸い誰もいない、
「いいよ・・・。ここはちょっと過保護すぎるから」
「少し驚いたわ・・・貴女がその思想を持ってると思ってたから」
「私、そんなに過保護かなぁ」
「ええ、ゲロ甘よ」
「千早ちゃん、最近口が悪くなったよね」
「ジュリアと話しているからかしら」
ジュリアは割と口が悪い。プロデューサーのまえでは相当オブラートに包んで話しているけれど、結構荒いことも平然と口にする。・・・というより、男性の目が無い時の劇場は無法地帯なのでファンには絶対に見せられたものではない。
「風評被害でもないかぁ・・・・・・劇場がこうなのはあくまで事務所の方針。そして、『天海春香』的にもみんなが仲良く出来ることはいいことだと思うよ? でも、『トップアイドル』としての見解は違う」
「・・・・・・なるほど。あの春香が厳しくなったものね」
「千早ちゃんは相当丸くなったよね」
「そうね。人間、自分に許容できないことが増えてくると角が取れてくるものなんでしょね」
「千早ちゃん、それは駄目だよ」
少し自暴自棄な発言だったかもしれない。春香がめずらしくムっとした表情を見せた。
「ごめんなさい。でも・・・・・・随分と私たちにも立場が出来たものね」
「一年。順一郎会長が言ってたことって本当だよね、時間なんて少ないくらいがちょうどいいっていうのは。私たち、あの一年で手に入れたものが大きいもん」
「最上さんに教えてあげた? それ」
「最初の公演は朋花ちゃんのフォローとかで手が回らなかったんだよぅ・・・」
「あの二人、目を離すと喧嘩始めるものね。最近は天空橋さんが大分距離感掴めて最上さん弄るようになったようだけど」
「静香ちゃんの周りは賑やかだけど、あれはあれで好かれてるから」
「この間、志保が弄ってるところを見かけてびっくりしたわ」
「あの二人を見てると伊織と真の喧嘩みたいで楽しいよ」
「止めてあげなさいよ、先輩」
「千早ちゃんが止めたらいいのに」
「私、そういうキャラじゃないわ」
「ずっるいなぁ、それ」
「それで、春香はどういうユニットにしようと思ってるの?」
「競い合えたり、頑張ってる子を応援出来たり・・・全力でぶつかり合えるユニットかな」
「・・・そう。春香は本当に765プロが好きなのね」
「うん。だから・・・もっと、輝いて欲しいんだ。劇場のみんなにも、もっと広い世界を見せてあげたいって・・・そう思ったの」
「・・・・・・・・・」
願い、というよりも責任感なんだろう。
きっと、プロデューサーに言ったらそんなものアイドルが背負うものじゃないと言うはずだ。けれど・・・春香は春香なりに、765プロの顔であろうとしているのだ。少し心配になるところもあるけれど、それを否定するのは間違いのような気がした。
「なーんてね」
私の表情に気がついたのか、はぐらかそうとする春香。しかし、
「決めたわ」
春香の本音を聞いて、背中を押されたような気がした。
「え?」
「私、今回は一人じゃ歌えない歌を歌うわ」
それは、自分にとって大きな挑戦だった。
「そっか」
「ええ」
「・・・なんかくやしいなぁ、リーダーじゃなかったら絶対千早ちゃんと組むのに」
「ふふふっ・・・目標は、春香の歌よ」
「え、正気!?」
「正気って、そのリアクションはトップアイドルの一人としてどうなのよ」
「だって・・・私の歌は」
「私だけでは歌えない歌ね・・・でも、いつか、貴女が歌うように、歌えたらいいと思っていたから」
貴女のように、ずっと楽しい思い出として人の心に残り続けるような歌を。
―――思えば、その気持ちから私のユニット『エターナルハーモニー』が始まった。
正直にいえば、私はリーダーって柄でも無かったし他人と同じものを作る経験だって出来る限り避けてきた身だったけれど。
今回は珍しく前向きに始めることが出来たのだった。
どこに行きつくかなんて知らなかったし、いつまで持つかもわからなかったけど、
行ける所まで行ってみよう。
そんな風に思いながら、私は・・・最後の歌を歌い始めた。