First Voice / L@st Song 作:梶原聡里
時々夢を見る。
それは、どうしようもない回想。
ずっと私の背中に影のように張り付いてきた過去。
何度も押しつぶされそうになって、けれど・・・いつの間にかそれを己の業だとは思わなくなっていた。
けれど、今でもときどきは視てしまうのだ。
あの日の光景を、
つんざくようなブレーキ音を、
そして、ゴム毬のように跳ねる弟が見せたあの、一瞬の表情を。
己の伸ばした手が、空を切る瞬間を。
「・・・・・・っ!!」
勢いよく体を起こす。わかっている、いつものやつだ。
自分は今、私室にいて、ベットで寝ていた。
私服で寝ていたのは・・・そう、昨日はレコーディングが遅くまでずれ込んで着替えることすら面倒になったからだ。プロデューサーに知られたらまた小言をもらうかもしれない・・・。
枕元をの時計を見ると三時半。いくら不規則な芸能界であってもこの時間から活動を始めなければいけない仕事なんて滅多にない。
あ、でも春香が絡んだ旅番組なんかは例外だと聞くわね・・・どうでもいいけど。
部屋の隅に置かれた冷蔵庫から一リットルの牛乳パックをそのまま流しこむ。こんな品の無い姿、後輩たちには絶対に見せられない。でも私だって世間では歌姫とかもてはやされているけれど、素の自分は「姫」なんて言葉は絶対に似合わない素っ気ない人間だ。常人がめんどくさいこと思うことは大抵めんどくさいし、楽できるなら楽がしたいのは当たり前だろう。
その辺、美希には初対面見抜かれて「千早さん、マジ半端ないの・・・」とか不名誉なリスペクトを受けてしまった手前、新しい後輩たちには理想の先輩像を演じていたい。
まぁ、その辺りはただの見栄なのだけれど。
私は牛乳を飲み干し、まだ暗い部屋で空いたパックを水ですすぎながら、今見た夢の記憶を手繰る。
久しぶりにみた、弟が死んだ日の夢だった。
あの夢を見ておきながら、平然と牛乳パックの後処理をしていられる辺り、自分の中でようやく乗り越えつつあるのだろうと勝手に判断してみる。脂汗でべたべたになった衣服はこの際無視することに・・・
と、そこまで思考を巡らせて、・・・やっぱり思い返して、いそいそと着替えを始める。
汗の匂いが染みつく前に洗わないと、また服が少なくなる。
もともと私服のセンスがユニクロとか、散々言われてる手前数少ない一張羅を失うことは、春香から指さされて笑われるリスクを孕んでいる。あれ、結構イラつくのよね。反射的にリボン毟り取ろうと思うくらいには。
洗剤と香り付きの柔軟剤を豪快にぶち込んで、洗濯機を回す。乾燥機付きの高い奴だ。機械の使い方はわからなくても、この洗濯機はワンボタンで最後まで行くので問題なかった。というより、そこが魅力で買った。一人暮らしにはこのドラム式の最新洗濯機は過ぎたサイズだと仲間内で散々笑われたが後悔は無い。
っていうか、このドラムの中で洗濯物がぐるんぐるん回るのを見ながら音楽を聞いていると心が落ち着いたりするのでかなりお気に入りだったりする。ちょっと大きめのモーター音もいい雰囲気を醸し出していると思う。
そんなことを思いながら、洗濯機の前の床にペタンと腰を下ろした。
・・・わかってる。私は動揺している。そもそもが強がりだ。乗り越えたと思っている、なんていうのは表面的な話なのだ。
贖罪なんて考える事はもうなくなった。
けれど、私が弟の死を忘れる日なんて一生来ない。
根拠は無いし、情けないことなのかもしれないけれど心の奥底ではずっとそう思っている。
けれど、この動揺はそういうものとは毛色が違った。
何故なら今日の夢は少し、いつもよりも鮮明だったのだ。
一番動揺したのが、死ぬ間際の弟の顔。
自分の頭の中にあの記憶があったのか、はたまた後から作られた記憶なのか、今となってはわからないけど、とにかくあれが強烈だった。
そしてふと、思う。
「事故現場って・・・どこだったのかしら?」
幼い頃の記憶だ、覚えていないのも当然だろう。
けれど・・・あんなに固執しておきながら、場所も覚えていない自分の薄情さが少し笑えた。
思えばあの事故のあと、私は東京に引っ越してきたはずなのだ。
父は今となってはどこをほっつき歩いているのかすら分からないし、知りたくもない。
一方母は・・・
「立ち直ろうとしてる母さんには・・・聞けないわ」
最近、やっと話せるようになってきた母とまた喧嘩するのは少し嫌だった。
「あら、私って案外お母さん子だったのね」
意外な事実が発覚する。
ここのところ、自分を省みる機会が多いからか、知らない自分をよく見つけるのだ。
「でも・・・他に手がかりもないのよね」
―――うぃーん、うぃーん。
無機質に回る洗濯機の槽を見つめながら自分も思考を回す。
「困った。気になって眠れそうにないわ・・・」
明日は久しぶりの登校日。
そう考えると少し億劫になる。けれど、同時にほっとした事もあった。
「明日が仕事じゃなくて助かったわ」
喉をさすりながら、安堵する。
あの夢を見た日の喉は、特別強く痛むのだ。
鈍く、まるでただれるかの様に。