The Song of Yggdrasil. 作:笛のうたかた
メリークリスマス(土下座)
ナザリック第九層。モモンガの執務室。
偉大なる御方の前でナーベラルは平に伏していた。
「モモンガ様の客人にしてご友人である方に多大な無礼を働きましたこと、申し開きのしようもございません……ッ!」
事情はある。
弁明もできるだろう。
経緯を思えば同情の余地さえあった。
だがそれはそれだ。暴言を吐き、攻撃魔法を仕掛ける寸前まで至り、客人に見せるべきでない醜態を晒した。その事実は変わらない。変えようがない。
けじめを付けねばならなかった。
故にナーベラルは昨夜の出来事に一切の虚飾を交えず、客観的事実のみを自らの主人に報告したのである。
――なおかばってくれると公言した守護者統括は不在である。寝起きのナーベラルから簡単な経緯を聞いた途端、どこかへ行ってしまった。「至高の御方の逸話。……まずいわね」とナーベラルにはよく分からない独り言を残して。
「ふむ。そうか」
額づくナーベラルに主人の顔色を窺う術はない。平坦な呟きさえもが、
ギシリと小さく軋む椅子の音で、主人が背もたれに身を預けた光景を想起する。
「事情は分かった。アルベドの話とも矛盾はない。その上でお前は処罰を望むのだな?」
「お許しいただけるなら今すぐにでも自裁いたします!」
「……ナーベラルよ、それを決めるのは、私だ」
仰る通りだ。ナーベラルはますます恥じ入る。手足は頭の指示に従うべきと分かっていながらこれだ。もしや自分は欠陥品なのでは? いやそんな考えは弐式炎雷様に対し余りに不敬。いやしかし……。
ぐるぐると悪循環する思考の陥穽に嵌ってしまうナーベラルを置いて、主人は傍らの守護者へと水を向ける。
「さて、セバス。プレアデスのリーダーとして意見は?」
「モモンガ様の御心のままに。ただお話を聞く限り、アルン様は大変満足しているように感じました」
「そうだな。あいつは昔からそうだ。場を引っ掻き回して楽しみながら別の目的も達成する。今回は邪魔なお目付け役を排除し、ナザリックを抜け出し、己の好奇心を満たし、ナーベラルというファンを一人増やした。全てがアルンの益となっている」
(……そして、アルベド様の思惑も挫いた)
言葉にされなかった真実。ナーベラルは身震いする。何て高度な駆け引きだろうかと。
……。
でも、別にファンじゃないけど。
…………ない、のだけど。
「己の趣味と実益を両立させるとは、まさにトリックスターという呼び名が相応しいお方ですな」
「……間違ってはいないな。一体何度引っ掻き回されたか――ン、ンンッ! とにかく、余り褒めると調子に乗って余計な騒ぎを起こす。セバスよ、その台詞は胸に秘めておくがよい」
「はっ!」
「では、ナーベラル。以上のことを踏まえてお前に罰を下そう。面を上げよ」
「はっ」
死の支配者は悠然と椅子に座っていた。執事を傍らに控えさせた姿はそれだけで一幅の絵画に匹敵するだろう。虚ろな眼窩に灯る赤い揺らめきが心を映したかのように踊っている。……踊っている?
(あれ、モモンガ様、楽しそう……?)
束の間、そう思うも、重々しく口を開いた主に余分な思考を脇へどけた。
「ナーベラル・ガンマ」
「はっ」
「しばらくの間、お前をアルンの専属メイドとする」
「はっ! ……は?」
威勢よく返事をしたはいいものの、すぐさま呆然とした気持ちに襲われる。
……専属メイド? 誰が? 誰の?
ナーベラル当人の混乱など意にも介さず、翼の如く広げられた骨の両腕に黒々としたオーラが宿る。
「死は我が領域。死をもって償うとは我が領域に逃げると同義。ナーベラルよ、お前はこの私に、自らの尻拭いをさせるのか?」
「そのようなことは決して!」
「ならば行動によって示せ。アルンに無礼を働いたと思うなら、私ではなくアルンに謝罪し、身をもって失態を雪ぐべきであろう。違うか?」
「お、仰せの通りかと。しかし、私が傍に侍ることで、かの方は不快になられるのでは……?」
「私の目にはむしろお前自身が近付き難く感じているように見えたが……まあアルンからそのような意見があればすぐにでも変えればよかろう。それまではお前がアルンの世話をするのだ」
「はっ! 必ずや失態を返上して御覧に入れます!」
「……アルンは近いうちにナザリックから離れている時間が長くなるはずだ。その時はまた別命を与える。以上だ、下がってよい。ああ、そろそろあいつも帰る頃だろう。地上まで迎えに行くといい」
「ご厚情、身に刻みます」
深く頭を垂れ、ナーベラルはその場を辞した。至高の御方の執務室から第九層の通路に出て扉を閉める。
ほう、と吐息こぼれた。メイド的に扉の外でさえ気を抜くべきではないのだが、重圧から解放されたばかりである。胸を押さえるナーベラルに、ユリが心配そうに近づいてきた。
「ナーベ、モモンガ様の御沙汰はどうなったの?」
「安心して、ユリ姉さん。お叱りは受けたけど、モモンガ様は怒っていらっしゃらなかったから。……いえ、どちらかと言うと楽しんでいらしたのかも。処罰も、あってないようなものだし」
罰と言えば、まあ罰だろう。下等生物に従事して傍に侍り続けるなど、至高の御方の命令でなければ受け入れる余地はない。
(あ、いえ、そうね。あのエルフの傍にいる間はモモンガ様のお世話ができないのよね。……これは、思った以上に過酷な罰かもしれないわ)
それに、あの小悪魔憎たらしいエルフと四六時中一緒なのだ。どうせまたこちらの神経を逆撫でするに決まっている。そのうち本物の悪魔が逃げ出すほどうざい調子で適当な曲を弾くのだろう。気まぐれに詩吟までするかもしれない。
いいや、いいや。
あれの性根は捻じ曲がっている。期待させるだけさせておいて、やっぱりやーめた、とか言いかねない。至高の御方の御友人でさえなければ、かごに入れられた
そこまで思考が飛躍し、ナーベラルははっと目を見開く。
「大変よユリ姉さん!」
「どうしたの、ナーベ?」
「私の部屋には、虫かごがないわ!」
「何を言っているの、ナーベ?」
ぽんこつナーベちゃんをよろしくおねがいします。
また来年(真顔)