晴れ渡る青空の下、μ’sメンバーはオープンキャンパスの行う予定のライブに向け、拓人の指導の元、練習に励んでいた。
「1.2.3.4!ここで動きを合わせて!」
μ’sメンバーのダンスの実力はメキメキと上がっている。この調子になら、オープンキャンパスのライブまでに余裕で間に合う。
「ラスト!……よし!いい感じだね!」
「……まだです……。タイミングがズレています……。」
穂乃果が満足気な一方、海未は全くと言ってもいいほど、納得していなかった。
「海未……」
拓人も海未と近い思いを抱いていた。このままでも充分なのだが、それはあくまでも人様に見せられるレベルでしかない。μ’sが行き着く先は、そんな遊びの範囲ではいけない。廃校を阻止するため、人々を魅了し、沸かせるパフォーマンスをしなくてはいけない。
そのことをあの生徒会長、絢瀬絵里のバレエから教わった拓人と海未は現時点で何一つ満足していない。
「……わかったよ。もう一回やろう。」
海未の様子を見て、穂乃果がもう一度やろうと提案し、再び踊り始める。しかし、何度やっても、海未の思いは変わらない。
「まだです。これでは全然……」
「一体、何が気に食わないのよ!」
そして、ついに海未のその態度に煮えを切らした真姫が海未に詰め寄る。そんな真姫を拓人は落ち着かせるために、止めようとする。
「落ち着け、真姫。」
「たくにぃも、なんで何も言わないのよ!」
「……俺も海未と同じ考えだから。」
「どういうこと……」
海未以外の全員が一斉に拓人に注目する。そのたくさんの視線に緊張感を覚えるも、はっきりと言い放つ。
「確かにみんなの実力は着実に上がってる。でも……だからこそ、伸び代が少なくってきているのも確かだ。」
「あんたねぇ、私たちに才能がないっていいたいの!」
今度はにこが詰め寄ってくる。体こそ小さいものの、上級生らしい威圧を発し、それに拓人はほんの少し気圧されるも、話を続ける。
「そうじゃない。むしろ才能はある。だからこそ、もっと上にいける。」
そう、才能はある。だからこそ、様々な技術を取り入れ、さらに上へといける。そのためにはプライドを捨ててでも
「実は、ある人にコーチを頼もうとしてるんだ。」
「ある人って誰なんですか?」
花陽が拓人に問いかける。拓人はμ’sを目の敵にするその人について言うべきかと躊躇する。しかし、μ’sのこの先にためにもどうしても必要なことだ。勇気を振り絞り、その人の名を出した。
「生徒会長、絢瀬絵里。」
海未以外の全員が一斉に驚く。それもそのはず、μ’sを目の敵にしている相手に指導してほしいなどという考えにいたることがまず驚きで、さらに一番絵里を嫌っているはずの拓人からそんな提案が出たのだ。まるで、これから大地震が来るのではと疑ってしまうほどだ。
「たっくん、本気なの?」
「拓人君……」
凛とことりは何処か不安な様子で拓人を見ていた。
「私は反対。潰されかねないわ。そんなのたくにぃが一番わかってるでしょ!なのに!」
「私が提案したからです。拓人さんはわざわざ私の意見にのってくれたのです。」
すると、今まで黙っていた海未が口を開き始める。
「生徒会長の踊りはとても綺麗で、魅了されました。」
「私たちにはたくにぃがいる!それで十分よ!」
「わかってます!でも、生徒会長の踊りが必要なんです。拓人さんの力強いダンスと生徒会長の繊細で綺麗な踊りが合わさればきっと、素晴らしいものなる!」
海未はらしくもなく声を張り上げ、そんな様子の海未がそれほど本気なのかと全員が痛感する。
「私は良いと思う。ダンスの上手い人がいて、その人に教わりたいってことでしょ?」
すると、穂乃果は海未の意見に賛同する。その言葉には深い意味はない。ただ単純に言葉の通りの意味しかなかった。
「どうなっても知らないわよ。」
にこも渋々了解し、それに周りも次第にそれに賛同する。それを見て、拓人は山場は超えたと安心し、大きく息を吐いた。
「あ、あの……海未ちゃん?」
「……すみません、声を張り上げてしまって…….」
「ううん、そうじゃないの。ねぇ、海未ちゃん?」
すると、ことりが海未に何かを伝えようとしていた。
「拓人君のことなんて呼んだの?」
「えっと……」
ことりに拓人の呼び名を指摘されると海未の顔がみるみるうちに真っ赤になり、挙動不審になっていく。
「海未ちゃんがいつの間にたっくんと仲良くなってる!」
「もしかして、海未ちゃん……たっくんと!」
「ち、違います!拓人さんとはべ、別に!そ、そうですよね、拓人さん!」
「まぁ……一線は越えてないからね。」
穂乃果と凛は慌てふためく海未に詰め寄り、2人の真相に問いただそうとする。もちろん、海未は拓人とは何もないと弁明するのだが、ここで拓人は火に油を注ぐようなことを言い、全員に誤解を招く。
「たくにぃ!一線ってどういうことなの!」
すると、真姫がいかにも真剣な表情で拓人に詰め寄った。
そして誤解を解くのに結局、最終下校時刻までかかってしまった。
♢♢♢
「音乃木坂は長い伝統と歴史があり……」
今、絵里の部屋で亜里沙の友達である雪穂と1人の女子中学生を前に、絵里は今度のオープンキャンパスで披露する予定のスピーチをしていた。
「良い学園生活のため、頑張ってください。」
話を終え、緊張から解き放たれた絵里は大きく息を吐く。そして、自分のスピーチはどうだったのかを傍聴している3人の反応から確かめる。1人の女子中学生は少し間を置いてから拍手をして、雪穂に関しては寝ていた。
「雪穂、終わったよ。」
「ふぇっ⁉︎」
亜里沙に起こされて、雪穂は飛び起きる。
「つまらなかったかしら。」
「い、いえ!後半なんかすごく面白くて!」
絵里は自分への蔑みを込め、雪穂に感想を聞く。それを雪穂は絵里のメンツを潰さないように、わかりきった嘘をつく。そして後輩にこんな気を使わせて、絵里は自信を不甲斐なく思った。
「亜里沙はつまらなかったと思う。」
するとスクッと亜里沙が立ち上がり絵里に物申す。
「それがお姉ちゃんのやりたいこと?」
亜里沙の言葉が絵里の心に突き刺さる。まさか、あの優しい妹がこんなにはっきりと言うことに驚き、さらにここまで亜里沙にはっきり言わせるようなことをする自分に嫌気がさす。
「ちょっとお取り込み中、失礼。お二人さん、暗くなってきたからね。」
絵里がナイーブになってるところにいつもの黒いコートではなく、ジーパンと黒いシャツの上にエプロンをかけた爽馬が現れ、雪穂達に遅いから帰るようにと促した。
「あっ、はい。」
「じゃあね、亜里沙。」
「またね。」
そして雪穂達は亜里沙に見送られて、帰宅していった。
「そんじゃあ、亜里沙ちゃん。お風呂沸かしたから、先入ってきな。」
「うん。」
そう言って亜里沙は爽馬に言われるがまま、お風呂場に向かっていった。それを見送った爽馬はすぐに絵里を心配そうに見る。
「私って本当にダメね。」
「絵里はダメなやつじゃないよ。少し不器用なだけ。」
爽馬の予想どおり、絵里は亜里沙の言葉によって意気消沈していた。それもそのはず。あんなに優しく、天然な亜里沙があれほどはっきり言うほどなのだ。
「ねぇ、爽馬。私はどうすればいい?」
「はぁ?さっきのやつに一言だけ追加。ポンコツってね。」
あまりにと鈍すぎる、いや、気づいてもどうすることも出来ない絵里に爽馬は腹を立てる。
「何よ、その言い方!」
「お前さ、亜里沙になんて言われたよ。もう一度思い出してみろ。」
「それは……」
爽馬の冷たく強い語気に気圧されて絵里は涙目になる。
「絵里のやりたいことは何?」
「……それは、廃校を阻止して!」
「それはやりたいことじゃない。義務だ。」
「それならどうすればいいのよ!」
絵里は半ば爽馬にやつ当たるように声を荒げる。だが、絵里にもそんなことはわかっていた。しかし、この問題から降りることは出来ず、やりたいことも今更だと諦めていたのだ。すると、爽馬は待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべてとあるグループのことを話し始めた。
「そういえば、どっかの連中が廃校を阻止するために何かをし始めてたなぁ〜。」
爽馬の言ってる相手は直ぐにわかった。そのため、絵里の表情が一気に引きつる。だが、爽馬はそんな絵里に気づきながらも、話を続ける。
「自分に正直になれよ。そうすればやりたいことなんてすぐに見つかるさ。」
そして、爽馬は最後のその一言だけ残して、絵里の部屋を後にした。独り部屋に残された絵里は2人に言われたことを改めて考えた。確かに言われればやりたいことはあった。しかし、今更なのだ。あれほど否定して、貶しておいてどのツラを下げて頼み込むのか。
自分で自分の首を絞めていたことに後悔し、絵里の気分はさらに雲がかっていった。
♢♢♢
「なぁ、真姫。機嫌直してくれよ。」
練習の帰り道、ムスッと脹れる真姫をなだめようとするもそっぽを向くだけで、拓人も手を焼いていた。真姫がこうなる理由もわかっており、反省もしている。しかし、それでも拓人は思うことがあった。
「真姫って案外嫉妬深いな。」
「嫉妬深いって!」
「そうだろ。だって、俺が海未とちょっと一緒にいただけでそんなになるなんて。」
「だって……」
確かに拓人の言ってることは正しい。しかし、真姫の拓人に対する思いからすればそれは至極当然なこと。かと言ってそんな思いを拓人に言えるはずもなく、胸にしまいこむ。
「まったく、将来真姫と結婚する相手は大変だな。浮気なんてしたら刺されそうだ。」
拓人の何気ない言葉が真姫の純粋な思いに傷をつける。
「どうしたの?」
「……なんでもないわ。」
真姫のその複雑の表情に拓人は困惑しながらも話を続ける。
「真姫が結婚する時はその相手に合わせろよ。」
「え?」
「俺がその相手を見極めるから。」
「な、なんでたくにぃが⁉︎」
突然の宣言に真姫は困惑してしまう。まるで恋愛ドラマに出てくるヒロインの父親のようなことを言いだしたのだ。困惑するのも無理はない。
「なんでって、当たり前だろ。俺にとって真姫は妹みたいものだし。」
当たり前のようにさらりと妹扱いする拓人に真姫は顔を真っ赤にする。自分がまさかそんな風に見られていたことに恥ずかしく、照れくさく、何より嬉しかった。
ふと、「妹」という単語でとある大切な人を思い出した。
「そ、それなら、彩香ちゃんだってそうでしょ!私のことも良いけど実の妹のこともちゃんと気にしてあげないと。」
本間彩香。拓人の実の妹であり、真姫にとって親友とも呼べる存在だった。真姫の一個下で現在は中学3年生なはずだった。
「たくにぃ?」
彩香の話をし始めた途端、始の表情が一変する。今まで見たことのない表情で、そこには全く余裕の表情というものがなかった。
「え?……あぁ何でもないよ。」
すると、真姫の返事に気づき拓人が笑顔で答えるも、少なくとも目は笑ってはいなかった。
そういえばと真姫はあることに気づく。再会してからと言うもの、拓人の口から家族の話をしたことはなかった。今考えれば確かに妙な話だ。拓人とは家族単位で関わりがあったのだから、少しは家族の話をしても問題はないはず。
「ねぇ、たくにぃ。彩香ちゃん達は元気なの?」
「……元気さ。多分ね。」
拓人は複雑な表情のままそう答える。あまりにも簡素な答えに真姫はさらに問い詰めようとしたが、その拓人の表情を見てしまうとどうも聞き辛い。
「じゃあ、俺はこっちだから。」
「う、うん。また明日。」
そんな風に思っているといつの間にかに分かれ道に着いてしまい、そこで拓人はまるで逃げるように帰ってしまった。
「たくにぃ……」
真姫は言いたいことも言えず、ただただ、拓人の哀しげな背中を見送ることしかできなかった。
徐々に拓人の謎が深まっていきますね。
さて、次はいよいよ絵里編の中盤へと進みます!