ナザリックの核弾頭   作:プライベートX

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打算的討伐

 血だらけの冒険者が発した言葉に騒がしかった組合のロビーは一気に静まりかえった。

 このエ・ランテルに、ましては城門近辺に魔物が現れるなど前代未聞の事態に他ならない。

 街、それに続く街道は頻繁に冒険者による魔物の討伐は行われている。勿論、何事にも完全と言う事はあり得ないが、それでもリ・エスティーゼ王国の要所の城塞都市である。安全面は其処らにある村程度とは比較にもならない。

 駆け込んだ冒険者のプレートは"ゴールド"であり冒険者の中では中堅層に位置する。個々の技能や才能もあるがこの男が決して弱いと言う訳ではない。寧ろ手練れの冒険者が城門付近で魔物と戦い、撤退を決意する事の意味は語るまでもない。

 

「おい!大丈夫か!」

 

 自身に駆け寄る冒険者に肩を借り何とか起き上がる男。身に着けた鎧は所々がへこみ、手に持つ盾は半分から上は砕け、剣に至っては柄を残して折れている。

 想像するに容易い光景がこの街の目と鼻の先で今も行われているのだ。

 

「コ、カ、リス……コカトリスが……」

 

「何っ、コカトリスだとっ!?」

 

 その時だった、エ・ランテルの街に鐘の音が鳴り響いたのは。

 街の鐘が鳴ると言う事は即ち【緊急事態】である事を意味し、道行く人は阿鼻叫喚しながら逃げ惑い、商人達は屋台の売り物を必死に仕舞おうと右往左往する。

 そして、警鐘が鳴ると言う事はもう、"城門付近"の事態ではなくなったと言う事だった。

 

「動ける奴は全員行くぞ!もたもたするな!」

 

「「応!」」

 

 ロビーの冒険者達は各々の得物を手に組合から勢い良く飛び出して行く。数にして20~30人程であろうか、この世界のコカトリスがどれ程強いのかイマイチ良く分からないタイラントだが、血相を見るにそれなりにヤバい魔物なのだろう。

 

「……コカトリスとやらは強いのか?」

 

 顔面蒼白の受付孃にタイラントはそう尋ねた直後、「何を言ってんだコイツ」見たいな感じで受付孃に睨まれた気がした。

 そして「まぁしょうがないか初心者だし」と小さな声でボソッと呟き、深いため息と共に受付孃が答えた。

 

「コカトリスは数いる魔物の中でも特に危険な魔物で、対象を石化させるブレスや強靭な身体、オリハルコン級の冒険でも苦戦する強力な魔物です!」

 

「成る程、感謝する……シズ行くぞ」

 

「コピー」

 

 タイラントは受付カウンターを後にし、入り口へと向かう。

 どうやらコカトリスとやらは中々に強いらしい。この体の肩慣らしには丁度良い相手かもしれない。

 不気味なマスクで表情は分からないが受付孃は冒険者成り立てのこの男がコカトリスの元へと行くと確信した。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!(カッパー)の貴方達が敵う相手じゃないのよ!大人しく此処に居なさい!」

 

「……人手が足らんのだろう?」

 

「それでも貴方が行く必要はありません!組合の権限を行使してでも止めますよ!」

 

 恐らくはタイラント達の身を案じての老婆心だろうがこのままでは埒があかない。

 当初の予定から脱線する事になるが仕方ないと割りきった。

 この魔物の襲撃は俺達の【名を売る】千載一遇の大チャンスと言って良い、絶対逃す訳にはいかない"イベント"に他ならない。

 

「こんな下らん【物】で俺を判断するな」

 

 タイラントはそう言うと貰ったばかりのプレートを引きちぎり、受付へと投げ渡す。

 あまりに突拍子な出来事に受付孃は動く事が出来なかった。

 

「登録は辞めだ、【冒険者】として駄目なら【個人的】に行く、文句あるまい」

 

「ま、待ちなさい!」

 

 我に返った受付の制止を背にタイラントとシズは組合を後にした。

 

 

 

 

~エ・ランテル居住区 中央広場~

 

 普段であればこの広場は市民の憩いの場だ。広場の中央には綺麗な噴水があり、季節の花が広場を彩る。

 そんな市民のささやかな憩いの広場は一瞬で地獄と化した。

 国軍兵士が外壁に設置されたバリスタや弓で街へと侵入を阻止すべく飛来したコカトリス相手に城門を閉め奮戦したのだが逆効果で、攻撃に憤怒したコカトリスが突如急降下、呆気なく街への侵入を許してしまった。

 幸いにも、広場には駆け付けた冒険者達が集結しており突発的ではあったが降着したコカトリスとの死闘が開始された。

 合図と共に一斉に矢と魔法が放たれ、雄叫びと共に力自慢の戦士達は肉厚な大剣や刺突戦槌を振りかざし、剣士達は鋭利な剣で斬りつける。

 しかし、戦士の重い一撃もコカトリスの体勢を多少崩すだけに留まり、鋭い剣や矢、魔法さえも分厚く硬い羽毛を貫く事は出来なかった。

 

 

「ブレスに気をつけろっ!」

 

 一人の冒険者が叫ぶと同時にコカトリスの口から濃い緑色の噴霧状のブレスが吐き出される。

 その緑色の霧に包まれた冒険者は断末魔を上げる間もなく、一瞬で無機質な石像へと変わってしまった。

 石化ブレスの範囲はそれほど広くはないが、近接職が斬り込むには危険な間合いに撒き散らされ、ブレスの容赦のない威力を目の当たりにした以上迂闊に近付く事は出来なかった。

 遠距離から攻撃するにしても、頼みの魔法はこの場に居る魔法詠唱者の威力では決定的な火力不足で致命的なダメージを与えられず、事態は膠着状態になってしまった。

 

【コイツラハ、オレヨリヨワイ】

 

 目の前でたじろぐ人間達を前にそう判断したコカトリスは耳を貫く甲高い奇声を上げると翼を大きく広げ首を振りながら、冒険者達へと向かって走り出した。

 鳥独特の歪だがその巨大からは想像も出来ない速度で立ちはだかる人間達を次々と撥ね飛ばし、いとも容易く冒険者達の防衛線を食い破り蹂躙した。

 必死の抵抗むなしく、一人また一人と冒険者達の数は減っていく。

 力の差がありすぎる、これでは皆殺しだと誰かが言ったが、そんな誰もが感じている絶望的な事実を受け入れる訳にはいかなかった。

 この化け物を倒せる者が来るまでの時間稼ぎでも良い、この広場から絶対に出す訳にいかない。

 決死の覚悟をした冒険者達は再度、悪夢の渦に突撃を開始する。

 己の全てを懸けて……

 

 

【ヨワイ、コイツラハ、ヨワイ】

 

 そう、改めて感じた。

 

 自慢の鋭利な嘴で目の前の人間を軽く啄めば構えた盾を破壊し、身体を貫く。すると人間は赤くなり倒れる。

 

……楽しい。

 

 強靭な脚や羽を振れば近くにいる人間が赤くなりながら沢山飛んでいく。

 

……楽しい。 

 

 一度ブレスを吐けば面白い様に石のオブジェが出来上がる。それを踏むと心地よい音でバラバラに崩れる。

 

……楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい!

 

 動物的な本能だろうか、強者ゆえの驕りかは定かではないがこの若い魔物は今、初めて感じた快楽の赴くまま弱者の殺戮を楽しんでいた。

 人間が命尽きる事で咲かせる【血の花】と【人間の血の味】を味わいながら、楽しんでいた。

 

 その時だった。

 

「……おい、鳥野郎」

 

 不意に頭に直接語りかけられた、そんな気がしたのは。

 必死に斬りつける人間達をを無視し、声がした方を振り返るコカトリス。

 言い様のない違和感が、恐怖が自身の背中から強く感じる。

 しかし、目を凝らし良く見た先に居た違和感の元は只の【人間】だった。

 途端コカトリスは先程以上に、けたたましく咆哮し怒り狂った。

 その様子は、軽く薙ぐだけで壊れる人間に自分が少しでも恐怖を感じた、弱く愚かな人間ゴトキに恐れをなした事をかき消すが如く凄まじい咆哮だった。

 

 地獄と化した広場にいる全ての者が怒り狂った化け物に恐怖する。

 突然凶暴化した巨体は近くにいる邪魔者を尾の一振りで薙ぎ払い、吹き飛び倒れた所にブレスを吐き出し一掃する。

 そして、怒りに歪んだ顔で半ば残骸となった噴水の方を睨む。

 その魔物の怒り視線が向けられた方向、半壊した噴水を背に奇妙な仮面を被った赤目の不気味な黒い男、身の丈程の長さの弩をもった女の二人が立っていた。

 自身の強さを誇示しているのか、威嚇しているのか、翼を広げ、天に向かい咆哮するコカトリス。

 

【オレノガツヨイ!オレノガツヨイ!】

 

 まるでそう言っているように聞こえた。

お前らは弱いのだと、軽く捻り潰せる餌でしかないのだと、そんな態度で対峙する鶏が喚いていた。

 絶対強者の主君に対し、多少身体が大きいだけの鶏がまるで弱者を脅す様なその姿は酷く不敬で不快。

 シズにとっては見るに絶えないものだった。

 

「……畜生風情が」

 

 普段あまり感情を顔に出さないシズがこの時ばかりは怒りに顔を歪め、同時に構えた弩の引き金を引いた。

 その直後、甲高く咆哮するコカトリスの顔面に矢と蹴りが派手に炸裂した。

 小さな目に黒檀の矢が深々と突き刺さり、まるでアンテナが目から生えた様になっている。

 そして、いびつに歪んだ嘴は蹴りの衝撃で砕け、ドス黒い魔物特有の血が辺りに飛び散り、咆哮とは違う痛々しい鳴き声が広場に響き渡る。

 この一瞬の出来事だが、蓋を開けてみれば単純なものである。

 コカトリスとタイラントの彼我の距離は約20m程離れていたが、その距離を軽い跳躍で一気に詰め、その顔に飛び蹴りをかましただけ。

 一方、シズの弩から放たれた矢はまるで誘導されていたかの如く、真っ直ぐ目玉に吸い込まれ串刺しにした。

 シズに渡された怒りの強襲弩は"使用者の怒り"に応じて威力や性能が向上する効果を持つ武器だ。

 自分達にとって神にも等しい至高の御方を侮辱されたシズの怒りは相当なもので、今回武器の性能は最大限に発揮されたと思われる。

 タイラントからしてみれば欠伸が出る程のやり取りだが、並みの人間にとっては視認すら出来ない達人の領域。

 それこそ、剣聖や戦士長、英雄の域に達してやっと見えるか見えないかと言った所か。

 

 当然この場に居る冒険者達、コカトリスでさえ何が起きたのか全く理解出来なかった。

 

「あ、あんたは一体……」

 

 突然、目の前に現れた仮面を被った黒服の男にそう尋ねた一人の冒険者。

 コカトリスの鋭い鉤爪の一撃を盾越しに受け重傷ではないが継続して戦うには厳しい傷を、腹部と腕に負ってしまい動くに動けないでいた。

 いつ殺られるか分からない、そんな恐怖と戦う中、いきなり奇妙な仮面の男が現れたのだから驚くのも無理はない。

 

「……詮索なら後にしろ、死にたくなければ下がれ」

 

「すまねぇ、後は頼む!」

 

 コカトリスの足元で倒れる生き残りの冒険者は如何にも怪しいタイラントを見て得体の知れない恐怖を感じたが、忠告に素直に従い素早く後方へと下がっていく。

 深手を負いながらも無駄なく下がれる様子を見るに、伊達に魔物を相手商売している訳ではないなとタイラントはしみじみ感じた。

 一方、砕けた嘴と潰れた目から血を垂れ流し、感じた事のない痛みで見境なく暴れるコカトリス。

 血の混じったブレスを撒き散らし、狂った様に暴れているが、タイラントは事も無げに近付く。

 凶悪な速度で振りぬかれた翼を鼻先ギリギリで身体を反らして見切り、体勢を直しながら腰の入ったフックを腹部に抉りこむように叩きこむ。

 その鋼の様な拳は、硬くしなやかな羽毛を穿ち、その奥にある肉や骨を砕きながら拳は腹へとめり込んだ。

 もっとも頑丈な筋肉で守られた腹部に腕が肘の辺りまで食い込んでいる。口から吐きでる吐血の量から恐らく内臓に壊滅的なダメージを負った様だ。

 瀕死のコカトリスの様子をみれば一目瞭然だが、放たれた拳の威力たるや凄まじく、大型トラック並みの巨体が殴られた衝撃で浮かびあがる程だった。

【グゲェ……】と断末魔の鳴き声を絞り出し、大量に吐血をしながら力なく前のめりにその巨体がドスンと倒れた。

 

 正に一瞬の出来事だった。

 

 黒い服の奇妙な奴が広場に現れてからコカトリスが倒れるまでがあまりにも早すぎて、誰も理解出来ていない。

 応援要請したオリハルコン、アダマンタイト級冒険者ならばまだ分かる。

 しかし、目の前に居る男、コカトリスを倒した男はプレートすら着けていない。

 つまりは冒険者ですらない、言わば奇妙な黒服の一般人が強力な魔物を素手で倒したのだ。

 先程まで怒号飛び交い、阿鼻叫喚の広場がシンっと静まりかえっていた。

 

「……拍子抜けだ、戻るぞシズ」

 

「コピー」

 

 タイラントとシズが事切れたコカトリスの骸を暫く見ていたが興味が無くなったのか足早に広場を去ろうとする。

 

「おう、兄さんちょっと待ちな」

 

 野太い声で後ろから制止されたタイラント達は立ち止まりゆっくりと振り返る。

 其処には男か女かはっきりしない体格の……重たそうな刺突戦槌を持った恐らくは女性が立っていた。

 

 

 

 

 




誤字脱字、発見次第直します。

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