襲撃の騒乱も漸く落ち着きはじめ、タイラントとシズは組合の奥の部屋へと案内されていた。
応接室なのだろうか、多少座り心地の良さそうなソファーとテーブルが置かれている。受付孃ジャネットに案内されソファーに腰掛けると同時に足を組み、考える。
特に疲れている感覚は無いのだが、気分的な物なのか?ソファーに腰掛けると何だか身体を癒してる気がするのだ。
さて、恐らくこれから組合のお偉いさんがこれから来るのであろう。でなければこんな所に連れて来られる理由はない。
まぁ、大方コカトリスの件の事情聴取か冒険者登録の事か。何にせよ此方の思惑通りに事は進んでいると言って良い。
あの煩い二人組とも別れたのでやっと話しも進むだろう。振り返ればどうにも扱い難い人間だった。筋肉女はともかく、仮面女の方は警戒すべきだ。もしかすると俺達が人外だと気が付いていたかもしれない。
とは言え今さら何が出来るのか。高ランク冒険者を口封じに暗殺なんて全くもってナンセンスだ。
「……忌々しい」
色々最悪の仮定ばかりが頭をよぎり、気が緩んだのかつい呟いてしまった。
いや、呟くと言うよりか吐き捨てたと言えるが。
「ん?何か言った?」
「……これから誰が来るのかと考えていた」
「さっきも言ったと思うけど、組合長が直接貴方に会って話しがしたいって事で此処に来たのよ」
「……成る程」
組合長と直接話せるのか、登録初日から御目通り叶うとは僥倖だ。
ふむ、この調子なら作戦第一段階の【冒険者になり、それなりの地位を獲得する】は何だか早く達成出来そうだな。
しかし、組合の長たる者が高々受付の話し一つでこうも早く動くものなのか?
俺達がコカトリスを倒した事は現場に居た奴と例の二人しか見ていないはず。
まして古代中世と同じこの世界であの大混乱の状況下、正確な情報伝達が出来ているとは到底思えない。
よほど自分の職員を信頼しているのか、まさか遠視の魔道具でも使用して直接見ていたか?
いずれにせよ、この早い接触には何か裏があると考えるべきか、いや深く考え過ぎか……
(あぁ、葉巻が恋しい)
こうやって何か面倒事を思案するときは決まって葉巻をくわえてたなぁ。身体に悪いから止めろとよく軍医と副官にドヤされてたっけ。
葉巻と言っても俺が持っていたのは安物の合成葉巻で、高級な天然キューバ産なんぞ映像でしか見た事ない。死ぬ前までにはどうにか手に入れてみたいと思っていたが……
(所詮、叶わぬ夢か。もっとも此処では葉巻の存在すら怪しい)
懐かしい葉巻の味を思い出していた時、応接室の扉が開いた。
「君が……例の新人かね?」
応接室に入って来たのは白髪で40代位だろうか、口髭が妙に立派な男だった。
タイラントは組んだ足を優雅にほどき立ち上がる。その立ち振舞いだけを見れば傲慢で無礼な新人としか言えない。
だが、タイラントとて前線の士官として長く生活してきた。現地の族長やパルチザンとの交渉、他国の士官との会談や調整などを数多くこなしてきたのだ。
だからなのか、その傲慢とも見える動作も自然と"さまに"なっている。まるで何処かの貴族の立ち振舞いの如く見えた。
「……御初にお目にかかる」
(俺はTPOが分かる生物兵器なので挨拶が出来るのだ。まして相手は組織の長なのだから無駄な軋轢を生まない為にも第一印象は大切、上手くやらねば……)
右後ろに控えるシズに合図すると少し遅れてシズもお辞儀をした。
タイラントは初対面の第一印象を非常に気にしているが、ガスマスクのせいで基本、第一印象好感度マイナスからスタートなのを分かっていない。
「うむ、私はプルトン・アインザック。このエ・ランテルの冒険者組合長をしている」
(プルトン・アインザック……)
この男が組合長か。タイラントはマスクの中で目を細め、まじまじと顔を見ていた。
続いてタイラントとシズは言葉少なく自己紹介をした。
「街始まって以来の一大事だったが、君達のお陰で被害は最小限で収まった。まずは礼を言っておこう」
(あれだけの大惨事で最小限?成る程、流石に口は良く回る様だな)
「……新参者の我々が出過ぎた真似をしてしまったようで」
挨拶変わりなのか多少皮肉をきかせた台詞を肩をすくめながら言う。これから押し付けられるだろう面倒事に対する当て付けも含めてあえてこの言い方で言ってやった。
「いや、君達が居なければ市民にも被害が出ていたかもしれない。そうなっては冒険者組合の沽券に関わる事態だ」
だが、そんな皮肉を意に介さない組合長に促され、タイラントはソファーに座る。
いくら軽量化されたとは言えタイラントの体重をズシッとその身に受けたソファーの華奢な脚がミシミシと泣き声をあげていた。
「……それで、どうも我々をご存知の様だが?」
先制パンチと言わんばかりの直球の質問をぶつけるタイラント。
交渉は相手に舐められたら終わりだ。此方の正体がはっきりしてない今だからこそ、有利な方向へ誘導しなければならない。
「ああ、君達の事はジャネットと蒼の薔薇の二人から"詳しく"聞いている。何でもあのコカトリスを仕留めたとか」
いやいやと首を左右に振り、半ば呆れる感じでタイラントは否定した。
あの程度の魔獣など障害にすらならないが、ここは下手に出て様子見をしようと判断したからだ。
「……先輩方が死力を尽くした結果に乗っただけだ」
「謙遜する事はない。腕利きの冒険者が束になっても歯も立たなかった魔物を君達が容易く、かつ一撃で倒した……そうだろう?」
(大した自信だ。魔獣をワンパンKOなんざ単なる与太話だろうと思うのが普通の筈、確信あっての自信か)
「……解らんな、組織の長たる貴方がそんな不正確な情報を鵜呑みにするのが」
「生き残った者達とアダマンタイト級冒険者二人の証言、十分信じるに値する話しだと思わないかね?」
ニヤリと笑うプルトン・アインザック。友好的な笑みなのか腹黒い笑みなのかは現状では判断出来ないが、とんだ狸に目を付けられたものだ。
「……この際、事実かそうでないかはどうでも良い。俺達をどうするつもりだ」
「そうだな、そろそろ本題に入ろう。私は君達を高く評価している。得体は知れないが実力は確かの様だしな」
(やはり、タダで物事は進まないか。ある程度予想はしていたが、後は要求の内容によってプランを変更する必要があるな)
タイラントは気が抜けたのかマスクの中で深い溜め息をついた。偽造身分の確立へのプランは予定よりも早く達成出来そうだ。
コカトリスの急襲は全く予想外であったが、渡りに船だったとも言える。マッチポンプとも思われそうだが本当に突発的な出来事だった。
もし仮にコカトリスの襲撃が起きなかった場合、タイラントは時を見て自分の軍団から手頃な兵器を街へと投入するつもりでいた。
その場合、投入された物にもよるが今回以上の被害が出ていたかもしれない。
もともと、都市殲滅に長けた兵器なのだ。あの程度の魔物に苦戦している様では"試作暴君"数体で商業区画一帯は壊滅していただろう。
それを考えれば、今回死傷者が冒険者のみで半壊したのが広場だけなのだから被害が軽い物に思えてしまう。
(こうも簡単に事が進んでいたのだ、やっと予定通りって事か)
「君達には特例でミスリルプレートを渡しても良いと個人的に思っている。だが、登録したての新人にミスリルを渡す前例はない。無用な誤解を防ぐ為にも君達には実績を作ってもらう」
「……当然だな」
「聡明で結構だ。君達には指名依頼を受けてもらう。内容は……」
街道の上空を飛行する二体の蟲。そしてその強靭な脚に抱えられる様に持たれたタイラントとシズ。
組合長から渡された依頼書には
「……オーガとゴブリンの活性化調査程度でミスリルに飛び級出来るのか?よほど組合は人材不足なのだな」
「少佐、それ、違う……」
「……ぬ、これか」
副課目的な達成依頼の方に目がいっていたが、メインの達成依頼は【森の賢王なる魔物の討伐】とあった。
「……"名付き"の魔物の討伐か。成る程、中々ゲームっぽいな」
「既に、何人か、冒険者が、付近に居る……」
まぁ、これから向かう森はあの村に近いようだが、俺の姿は前回と全然違うし村人に見られても正体がバレる事はないだろう。
他の冒険者の方も新人だから顔見知りは居ない筈、ブッキングしたら誠意ある交渉か口封じ……いずれにせよその時考えよう。
エントマから借りた
「座標2583 3855 目的地上空 降下準備」
「……準備良し」
「準備完了確認 拘束解除 5秒前」
ピキィーと蟲が甲高い鳴き声をあげる。
おい、蟲よ。それは注意喚起のベルのつもりか?そう言えば目もいつの間にか赤色になってるし、何かこの蟲色々クオリティ高いな……
(さて、ともあれ久しぶりの地獄行きのエレベーターか)
「4 3 2 1……降下」
カウント0と同時に巨大昆虫の赤色から青に変わり、同時に脚が開き拘束から解除されたタイラントとシズは深緑が生い茂る森の中へと落ちて行った。
漸く、本編沿いに話しが展開出来る……
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