「……やれやれ、まさか森林浴が出来るとは」
タイラントとシズは無事に目的地である大森林に着地し、見渡す限り木しかない樹海のど真ん中に居た。
極度の環境破壊により、タイラントの知る地球にはこの様な森林など殆ど存在しない。人の底知れぬ欲が母なる自然を大地を破壊し尽くしたからだ。
初めて体感する森林浴、抗T-ウィルス抑制剤により限りなく人間に近い状態と化してるからか、空気中の【癒しエネルギー】的なものを身体が敏感に感じとっているのかも知れない。
「シズよ、この全身に感じるエネルギーはマイナスイオンと言う。存分に感じろっ!」
「コピー」
「「…………」」
(あー、感じる、感じる感じる。凄い感じる。今俺感じてるよー)
一体何が楽しいのか、人気が無い事を良いことに足下も安定しない樹海の中で無言で手足をバタつかせて変な動きをしている一組の男女。
はっきり言って怪しい以外に何物でもない。
ぶっちゃけタイラントは森林浴の【し】の字も理解していない。
だいたいマイナスイオンなど発生条件やその効力、存在や定義自体が曖昧なのだが、そんな事タイラントが知る由もない。
所詮、かつて見た資料映像のにわか知識と森林の雰囲気に踊らされているだけなのだが本人が満足しているのなら最早何も言うまい。
この圧倒的なフォレストパワーに理屈抜きで気分が高揚していたのだ。
美しい自然を愛して止まなかったギルドメンバー……
【ブルー・プラネット】
ユグドラシルで、いやナザリックで現実では失われてしまった広大な自然を忠実に再現させていた自然をこよなく愛した男。
ナザリック地下大墳墓の第六層、彼が作ったその星空は特に素晴らしい。
まるで身体が星の海に吸い込まれるような、美しい夜空に凄く驚いたのを良く覚えている。
だが、その時もこの美しい星空も所詮は紛い物なのだと思ってしまっていた。
【これはゲームの世界だけの物だと】
夢から覚めれば、星など欠片も見えぬスモッグで覆われた濁った空しかないのにと思っていた。
最悪な物を見すぎたからか、美しい自然を素直に楽しむ事、感じる事も出来なかった愚かな自分。
(俺は今漸く分かったよ、ブルー・プラネットさん)
貴方の感じていた事とその思いを。
自然とは偉大で、絶対に失わせてはならなかった素晴らしい物だと。
タイラントはただ黙って、右手を左胸に当て頭を下げた。
この美しい自然とそれを愛した仲間に最高の敬意を示す為に。
「……と、まぁ少々調子にのり過ぎたが、行動を開始する」
「コピー」
号令と共にビシッと気を付けをしたシズが何とも凛々しい。
(ふむ、あれほど高揚した気持ちも一気に醒めたな……)
自分でも驚くほどの気分の浮き沈みの激しさは未だに慣れない。
まるでメンヘラかジャンキー、若しくは鬱の患者みたいな感じだな。
しかし、名付きの魔物を討伐しろって割には全く情報が無いのはいかがなものかと言いたい。組合からの直接依頼されているのだからもっとしっかりしているのかと思っていた。
まさかとは思うが、この広大な原生林の中から探し出して狩れって事か?
だとすればとんでもない依頼だぞこれ。
そもそも、この森はアウラとマーレが団長からの命令で調査探索しているし、同時に拠点の構築も進めているからその他のシモベ達も大勢存在している筈だ。
大量の異物の侵入はその土地の生態系、特にパワーバランスを崩す。
あれ?オークやゴブリンの活性化ってもしや俺達が原因なんじゃね?
「……動体センサー起動、この辺り一帯をスキャンしろ」
「動体センサー起動、動体物、反応過多」
やはり動体センサーはあてに出来ないか。
元々動植物の宝庫であるジャングル、シモベ達の侵入で更に過密になっている森を少々甘くみていたな。
「……有視界の熱源探知へ切り替えろ」
「コピー」
これならば視野内に限るが動体物の熱源を探知する。範囲は限られるが発見がはるかに容易になるし、先制的な索敵により有利な戦闘展開が出来る筈だ。
さっきからシズの性能に頼りっきりだが、仕方がない。
正直もう面倒だから空中からナパーム弾で森を焼き払いながら目標を探す事も考えたが……
きっと俺のように自然の事を少しも顧みない人間が美しい地球を破壊し尽くしたのだろう。
そう思うと何だか急にやるせなくなり、実行する気が失せてしまった。
(不思議なものだ、人を殺すよりこの自然を破壊する事の方がよっぽど罪悪感を感じる)
現実の世界に居た時よりも俺の精神はかなりドライになっている気がする。
少なくとも敵兵とは言え酷い死体には同情したし、非戦闘員を戦火に巻き込んだ時の胸糞悪さは覚えている……筈。
そう考えるとやはり俺は変わってしまったと確信した。
かつての自分が持っていた正義感などは無く、敵(人間)を殺す時に感じていた同情も躊躇も無い。
人を殺す事を"目障りな虫を叩き潰す"と言った本当に気軽な感じで行っていると言っても過言ではない。
くっ、何故に今更自己分析なんぞをしているのだ。
いや、目の前の広大なジャングルを前に俺は現実逃避をしているのかもしれない……
「……アウラでも呼べば良かったのだろうか」
野獣使いと野伏のアウラならば森の中での活動はお手の物だろう。
しかし、階層守護者には団長から不在の間それぞれ仕事が与えられている。いたずらに呼び出して調査の邪魔するのは良くない。
それに過去の戦史研究で調べた【ベトナム戦争】なる戦争はこのようなジャングルでの戦闘だったと書かれていたし、個人的に興味があった。
特に数の有利を覆す密林でのゲリラ戦法は大いに関心したものだ。
現場の地形地物の把握は実際に目で見て、身体に感じなくては地の利を最大限に生かせない。
ここは今後の勉強と経験も含めてこのフィールドワークを楽しむ事にしよう。
「熱源反応関知、前方、距離約100」
「……数は」
「約40、程度」
「……よろしい。シズよ、武器の使用制限を一部解除。小火器の使用を許可する」
「味方のシモベ……かも」
残念ながら、熱源探知では敵か味方かの判断は出来ない。そこに何かしらが【居るか、居ない】か判断出来るだけだ。
「……味方ならば良し、敵ならば殺す」
我らのシモベ達の侵入が活性化の原因ならば、暴れる家畜共を適度に間引くのまた我らの務め。
タイラントはおもむろに両手を真横に伸ばすと、何もない空間を掴み、引き出しを引く様に前方に向かって何かを引っ張り出した。
「
何も無い空間から突如引き出された二つの長い銃架。そこには大小様々な形をした、おびただしい数の銃が整然と格納されていた。
そんな大量の銃の中からタイラントは、左右の銃架から迷う事なく一挺ずつ形の異なる銃を取り出す。
【右手 火薬式 軍用自動小銃 AR-18】
【左手 火薬式 軍用自動散弾銃 SPAS-12】
どちらも
シズも愛用の魔銃を取り出しており、準備は万端のようだ。
「……さぁ狩りの時間だ。【撃鉄を起こせ】」
ジャキン、と場にそぐわぬ乾いた金属音が樹海に静かに鳴った。
その日、静かな大森林で事件が起こった。
バァゴン‼
突如鳴り響いた低くい破裂音。
森の空気をも震わしたその音は、背の高い木々で羽を休ませていた鳥達を空へ追いやり、地上の小動物達は巣や茂み、地面の穴蔵へと慌てて隠れた。
その破裂音を発した道具の先、一匹の首から上がない
タイラントの左手に持った黒色の二本の筒が重なった武骨な形をした銃【SPAS-12】の銃口からは微かに煙が上がり、辺りは硝煙の匂いが立ち込めていた。
【
その威力と性能は至近距離での戦闘で特に発揮される。
散弾銃は至近距離の射撃でクリティカルヒットの確率があがる効果を持つ反面、ダメージの有効射程は他の銃と比べると非常に短い。
しかし、運の無いこの小鬼は見事に【会心の一撃】が決まったようで、撃たれた頭部はミンチになって吹き飛んでしまった。
「テ、テギッ!?」
他の見張りの小鬼が何か言葉を発しようとした瞬間、タイラントは右手に持った【AR-18】の引き金を引いた。
先程の銃声とは違ったバラララと言った規則的な連続した破裂音が鳴り響き、大量の弾が発射されている。
AR-18はごく一般的な
ユグドラシルでも威力や総弾数のバランスが良く、遠近どちらも対応でき、銃の装備で迷ったら突撃銃を選択しておけば間違いなかった。
しかし、驚くべきは片手だけで連射の反動を制御し、ぶれる事なく撃ち続けているタイラントの腕力だろう。
銃口から閃光と共に放たれた鋭利な弾頭は最早【生きた的】と化した小鬼の全身を易々と食い破り、一瞬で只の肉塊へと変えてしまった。
無惨な姿となった小鬼達は巣の見張りだったのだろうか、異常を察知した小鬼達が次々と大きな風穴から飛び出して来た。
「ナンダ!ナンダ!」
自分達が置かれた状況が把握出来ないまま入り口付近で右往左往に狼狽える小鬼共に向けて左右の銃を腰だめに構える。
そして、群れた子羊達に容赦の無い銃撃を浴びせかけた。
耳を覆いたくなる様な騒音だが、撃たれる側からすると断末魔すら上げる事を許さない、まさに悪魔の咆哮そのものだろう。
無慈悲に発射された無数の弾は小鬼だけでなく、その後ろにある風穴の岩に当たり火花をあげる。
その火花は小鬼の飛び散った血と見事にコラボレーションしており、森の薄暗さも相まって多少綺麗見えた。
だが、そんな穢れた花火に見とれている暇もない。
付近に潜んでいたのか、音に釣られてきたのか
予測よりも遥かに多い数を前に呆気なく取り囲まれたタイラントとシズ。
棲みかを荒らされた怒りか、同族を殺された怒りか。
取り囲んでいる連中の鼻息は荒く、随分と興奮しているようだ。
傍目から見たら完全に四面楚歌の状況だ。
しかし、二人に焦る様子は微塵も無い。退屈そうに腰や腕を回す余裕っぷりだ。
「ヤロウッ!!ブッコロシタラァァァ!」
そんな余裕に痺れを切らした一匹が唸り声と共に棍棒を振り回しながら二人に向かって来た。
短気を起こしたのは脳筋バカの代名詞、
只力任せに無茶苦茶に振り回しているだけ棍棒。
だが、その威力は太い木の幹をまるで小枝の如く簡単にへし折っている。
豊かな森の環境を破壊しながら突進してくる野獣。
人の身体を遥かに上回る巨体が血眼で迫ってくる様は正に圧巻。
並みの冒険者ならば揃って震え上がるだろう。
だが、そんな見え見えの接近を許す程、タイラントは甘くはない。
銃口を向けられ
脚と言う支えを失った巨体は駆けた勢いのまま、醜い顔で地面を削りながら派手に倒れこんだ。
タイラントは次々と迫る小鬼を片手間で撃ち抜きながら、片方の銃を肩に担いで歩きだす。
獣らしいうめき声を上げ、痛みにのたうち回る巨体のそばまで来ると止めと言わんばかりの蹴りを炸裂させた。
破壊的な威力の蹴りを食らった
「……次は誰だ」
畜生なりに感じた死の恐怖に震えるゴブリン達を見回しながらタイラントはそう静かに呟いた。
銃の戦闘描写って難しいです。
誤植、誤字脱字は発見&報告次第対処します。