ナザリックの核弾頭   作:プライベートX

23 / 43
妖巨人

 変な匂いと濃い魔物の血の匂いが森に充満している。

 

 僕らの森は、大自然の生命力に満ち溢れて、深緑と太陽の光が差し込むコントラストが抜群に素晴らしい森だったのに。

 

 今日、僕の住む森はいつもと違った。

 そこらじゅうに魔物の骸が転がり、弾け折れた木々、そして血と臓物が散乱した無惨な地獄絵図になっていた。

 

 【名も無き森の妖精の日記】

 

 

 

 

 静かな森を地獄に変えた張本人であるタイラントは黒い血だまりの中を骸を気にもせず歩を進める。

 グチャリ、グチャリと足の踏み場もない位に散乱した形容し難い肉塊を避けもせずに踏みながら歩いていた。

 そして死体がもっとも集中している地面に空いた風穴の入り口の前まで来ると片手を上げてシズに何かの合図をした。

 合図と共にシズは巣とおぼしき巨大な風穴に近付くと取り出した火炎放射機を無慈悲に放射した。

 液体燃料に引火した炎の渦はゴツゴツとした岩で出来た風穴の中を焼き尽くさんと一気に燃え広がった。

 言わずもながら比較的穴の浅い所に身を潜めていたゴブリン達が真っ先に火だるまになり、業火に焼かれた無数の断末魔の叫び声が風穴の中でこだまする。

 身体で燃え盛る炎を消さんと必死に暴れるゴブリン。ゲル化したガソリンは付着したら簡単に消えない。燃えた身体を地面や壁に擦りつけようと、雨水が貯まった水溜まりに身体を浸そうと身体の炎が消える事はなかった。

 

 【火炎放射機】第5位階の魔法に匹敵する炎を継続的に放射する事が出来る火器の一つ。

 その威力は鋼鉄ですら容易く融解させる熱量を誇り、対人、牽制、殲滅、焼却、あらゆる用途で使用可能な火器であり、個人携行武器としては破格の汎用性能を有する兵器である。

 ただ欠点と言えば火炎放射機は専用の燃料タンクを常に携行せねばならず、その多くは【重火器】に分類され重量物の為移動速度にペナルティを受け、使用する為には其なりの筋力が必用になる。

 しかし、タイラントが所持する火炎放射機は放射機下部に小型タンクが装着され一体化しており、携行性能と取り回しを特化したカービン・モデルで移動速度、使用制限にペナルティを受けない仕様の物だった。

 当然小型故に火炎の放射量と射程、使用時間は本家に比べると格段に落ちてしまう。

 だがトータル的な性能は高く纏まっており、現状懸念すべき点は何一つないだろう。

 現に、炎に飲み込まれのたうち回る様子を見るにその威力は凶悪の一言に尽きる。

 魔物とは言え生きたまま業火に焼かれ、もがき苦しむ様子は同情さえしそうになる。

 陽の光りも届かぬ闇の中を自ら照らしながら、もがく。

 ゴブリン達は暫く死のダンスを踊るとバタンと倒れ、真っ黒に燃え尽き息絶えた。

 

 「……汚物は消毒するに限る」

 

 マスク越しに焼け焦げた不快な匂いがしそうなゴブリンの丸焼きを見ながらタイラントはそう呟いた。いや、何故かそのセリフは言わなければならない気がしてならなかった。

 

 「……仕上げだ」

 

 「コピー」

 

 タイラントの号令で再び火炎放射機から炎が放たれる。焼け焦げた風穴を更に焼き尽くす炎。最早動く【物】など何もなく、炭化したゴブリンとおぼしき肉塊がチリチリと燃えているだけだった。

 ちなみにこのような洞窟などに火炎放射をすると、洞窟内の酸素が炎に全て食い尽くされ、たとえ火から逃れたとしても酸欠による窒息死は免れられないのだ。

 

 その昔、第二次世界大戦末期、沖縄に上陸した米軍は日本軍や民間人が潜む洞窟やウドなどにこれと同様の事を行っている。

 真に恐るべき事は"正義"と言う名の大義名分があれば人間は相手が【人間】であろうと【魔物】だろうとそれは些細な事でしかなく、こう言った行為を躊躇いなく行えると言う事だろう。

 正に自身の"敵"か"味方"か、ある意味では単純明快だ。

 しかし、その程度の違いで人間は虐殺を平気で実行する事が出来る。

 それは、人類の歴史を少し調べれば容易に解る事だが敢えて記そう。

 

 

 

 突然だが、しばしばタイラントは自分に不思議な違和感を感じる事がある。

 

 その正体は自身に残った人間性と効率的に脅威を排除しようとする生物兵器としての思考との整合性が取れない時に生ずる精神的なバグの様なものであると推測される。

 だが元が軍人なだけに生物兵器的思考に比較的に早く順応する事が出来た。

 故にタイラントは【人間】と【兵器】の思考の食い違いを只の違和感として感じているだけで済んでいる。

 だがこれは、人によっては多重人格障害や、または精神崩壊をしかねない重度の欠陥である事は間違いないのだが……

 本人はあまり気にしていない。

 

 タイラントは放射機の炎が止まると手に持った発破用のダイナマイトを取り出した。

 そして導火線を放射機に近付け残り火でを着火すると、風穴へと投げ込んだ。

 導火線が焼けるジジジと言う音が穴の中で静かに響き、底も見えぬ闇の中に落下していった。

 

 「……離脱するぞ」

 

 「アスタ・ラ・ビスタ・ベイビー……」

 

 ダイナマイトの落下を見届けると何処かで聞いた事があるセリフを言ってから風穴の入り口から遠ざかるシズ。

 後にシズは何故か言わなければならない使命感にかられたとタイラントに語る。

 二人が悠々と離脱して暫くすると、低い籠った爆破音と共に地面が揺れ、風穴の入り口は付近の地面ごと崩れた土砂や木、岩、がゴブリンの死体もろとも飲み込み、穴は完全に埋もれた。

 

 「……害虫駆除は巣ごとやる、鉄則だ」

 

 「ごもっと……も?」

 

 視角外からの不意急襲的な一撃は相づちをしようとしたシズ、ヤレヤレと肩を竦めていたタイラント達を凪ぎ払う様に放たれた。

 しかし、一見油断していると見れた両名の行動は振られたそれよりも一段速かった。

 目にも止まらない速度で左右に散った二人、コンマ数秒前まで居た場所が地面ごと抉れ、バンッと激しく弾けた。

 二人を襲った得物は剣と言うには太過ぎで、鉄塊と言うには鋭利過ぎた。

 だが、一見粗末に見える剣の"様な"物は見るからに使い込まれ、数多の血を吸ったであろう禍々しさが確かにあった。 

 

 そんな奇襲の一撃を回避した二人は、間髪入れず手に持った銃を構え、体勢が整う前にも関わらず引き金を引く。

 曰く、反撃とは即座に行わなければ意味がない。合計3丁の銃からは大量の弾が吐き出され、舞った砂ぼこりに写る影に向かって容赦なく叩き込まれた、筈だった。

 

 「……ほぅ」

 

 いつもと同様に其処には銃弾で蜂の巣になったデカイ生ゴミが転がっていると思っていたタイラント。予想外の光景に感心のあまりつい声が出てしまった。

 そこには、多数の銃弾を受けても尚生存している人食い大鬼(オーガ)よりも遥かに大柄な"何か"が居た。

 

 「血の匂いするから来てみたら、何故人間居る!?」

 

 (流石に小銃弾程度ではかすり傷にもならんか、見た目からしておそらく妖巨人(トロール)だろう)

 

 タイラントは目の前にいる醜い筋骨の化け物をトロールだと一目で看破した。環境適応性が高いモンスターであり、場所によって様々な種類が存在し、高い再生能力は驚愕に値する。

 現にタイラント達が放った銃弾で与えたダメージは全て再生されてしまっている。

 更にトロールは単体ではなくオーガ4匹を従えていた。

 

 (見慣れぬトロールに、オーガを従えて偵察?低脳筋肉馬鹿が組織的に行動しているとはジョークにしては中々面白い)

 

 

 「……知るか、貴様の足らん頭を少しは使え」

 

 タイラントはトロールの問いに自分の頭を指で指しながら小馬鹿にした態度で答えたが、それと同時にシズに手信号で単切に合図を出していた。

 

【合図で薙ぎ払え】と。

 

 「ぬうぅ!人間如きが東の地を統べる【グ】の一番の子分の俺を馬鹿にするか!?」

 

 「……己が馬鹿だと言う事が解るとは大したものだ」

 

 軽口を叩きながら、スラッグ弾を装填したSPASを向け連続で引き金を引いた。

 ガスオートマチックの連続射撃の制圧力は並の魔物など一瞬でミンチへと変える。まして、大型魔物用のスラッグ弾ならば尚更だ。

 しかし、その弾をもってしてもトロールの再生能力を凌駕する事は出来なかった。

 弾が穿った皮膚はみるみる再生し、一見すれば致命傷とも思える頭部へのダメージも無駄弾になった。

 

 「フハハ、やはり"腰抜け"だな人間!チマチマと弱き者の攻撃だ!」

 

 トロールの聞き捨てならない単語が聞こえ、思考が固まった。

 

 

 「……腰抜けだと?」

 

 その一言を聞こえた瞬間、シズは心底恐怖した。

 タイラントの背中から溢れ出た圧倒的な憤怒の殺意が、ビリビリと感じる。

 かつてナザリック地下大墳墓が襲撃された時と同等かそれ以上のプレッシャー……

 この暴君の必滅の殺意を感じていないのかと、トロールの方をチラッと見たがこの筋肉達磨は全く気が付いていない。

 自分の力を信じきった、盲目的でなんと愚かなことか。

 いずれにせよ、この愚か者は間違いなく死ぬ。

 

 

 それもとびきり惨たらしく。

 

 

 

 

 「……もう一度、言ってみろ」

 

 手にした銃を離し、脚に力を入れ、拳を強く握り締める。 

 

 「グハハ、"腰抜け"め!調子に乗るなよ、今度は俺……」

 

 

 その時、激しい突風が森を駆け抜けた。

 

 それはパァン!と何かが弾けた音と共に、風が森を貫いたのだ。

 

 音すら置き去りにした空気の衝撃波はトロール中心に発生し、森を駆け抜けた衝撃の威力たるや凄まじく、木々の葉に残る雫を全て吹き飛ばす。

 衝撃で弾けた雫はまるで雨の様に森の中に降り注ぎ、それは異様な光景と言わざるを得なかった。

 また空を覆って浮かぶ雲は真っ二つに割れ、さながらそれはモーゼの如く。

 その空を見た者は皆、天変地異の前触れだと畏れ叫んだ。

 

 

 「……誰にも、誰にも"腰抜け"なんて言わせんぞ」

 

 タイラントはそう呟くとトロールの身体を貫通している右手をゆっくりと戻す。

 胸付近にはまるで大砲でも撃たれたのでは?と疑ってしまう様な大きな穴が一つ出来ていた。

 一体いつ間合いを詰めたのか、タイラントは瀕死のトロールの前に立っており、全身に返り血を浴び、その右手からは白煙が出ている。

 この一連の惨事は全てタイラントの仕業である事は間違いないが、その速さは完全に常軌を逸脱しており、シズですら動きを捉える事は出来なかった。

 必殺の拳を受けたトロールは強力な回復力も発揮出来ずに口からゴボリと血を吐くと倒れ、完全に息絶えた。

 

 トロールが最後まで手にしていた剣モドキも主を追う様に地面へと落ちる。

 カラン、カランと乾いた金属音は、凶悪な武器の一つとしては何とも無様な最後だった。

 

 ほどなくして、指揮官を失った残されたオーガ達の統制は呆気なく瓦解し、シズが腰だめに構える通称ヒトラーの電気ノコギリ(グロフスクMG-42)が逃げ惑う子羊達へと向けられた。

 

 「アスタ・ラ・ビスタ」

 

 死刑宣告をしたシズが引き金を引くとドババババッ!と爆音と共に驚くべき速度で発射される7.92×57mmモーゼル弾。

 装甲車両にすら効果のある弾丸はオーガの身体をまるで紙を切り裂くが如く解体していく。

 人間ならば三脚を使用しなければまともなマズルコントロールなど出来ないが、シズは事も無げに射撃をしている。

 

 (さ、流石は自動人形と言った所だろうか)

 

 無表情で機関銃を掃射するシズを見て、改めて人外の類いなんだなぁと感じる。

 そして、ベルトリンクの弾が全て無くなる頃にはシズの眼前に動く物は何一つ無かった。

 

  




火炎放射機=植民地海兵隊が使ってた奴をイメージ

マスク越しの声=硫酸男の声が理想的な声

次回、モモン一行と接触予定。

タイラントパンチの威力=総火演の戦車の主砲発射時の衝撃波、またはサイ○マのパンチをご想像下さい。

誤字、誤植、脱字は発見次第直します。

ご報告してくださると大変助かります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。