人食い植物の巣と化した森から命がらがら脱出した一行は、激しく乱れる息を整えながら全員の無事を確認しあった。
ペテルは薄暗い森の入り口を見ながら思う。
そして、つい先程の地獄から無事脱出出来た事が未だに信じられなかった。
森の深部で得体の知れない化け物達に囲まれるなんて、絶体絶命の危機だ。
普通なら全滅していてもなんら不思議ではない状況だったが、そんな想定外の事態を根底からぶち壊す【規格外】の存在のおかげで無事五体満足で森から出れた。
しかし五体満足と言えど、死に物狂いで魔物と闘い、足場の悪い暗い森を全力疾走したのだ。
当然、皆の身なりはボロボロ、身体の方は満身創痍である。
「此処まで来れば大丈夫だろう」
モモンはそう言うと両手に持った剣を背中に戻し、バサッと真紅のマントを翻す。
満身創痍とは程遠いその立ち振舞いは、今しがたの出来事など無かったかの様だ。
「……とんだ災難だったな」
一方、肩をすくめながら心にも無い事を言ったタイラント。
本当に災難なのは頑張って増やした自身の分身を無慈悲に伐採されまくったPLANT-42の方だろう。
タイラント達ならばPLANT-43が何体居ようが準備運動にもならない相手だが、この世界の住人達では対処が分からなければ数体で手に負えなくなるのは安易に想像がつく。
ましてPLANT-42本体にいたっては、要塞と化した支配区域と植物らしからぬ頑強さも相まって並の冒険者では束になっても敵わないだろう。
森の深部で見た事無い魔物に包囲される、この冒険者達は生きた心地がしなかっただろう。
見知らぬ有象無象なら容赦なく捨て置くが、団長が組んで行動しているからには何か考えあっての事なのでだろう。
まぁ、名を得るには目撃者が必要、きっとこの冒険者達はその為のスピーカーに違いあるまい。
(……ならばそれに便乗させてもらうしかないな)
「薬草採取で死んでたまるかってんだ」
「ま、全くである」
「本当に死ぬかと思った……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
口々に生きているからこそ吐ける愚痴混じりの溜め息、激しい息遣いを横で聞き流しながら、タイラントは先程から背中に刺さる視線に少し不快感を感じていた。
誰しも覗かれて良い気持ちはしないだろう?例えそれが"味方"であったとしても。
腕を組ながら視線の感じる方向に顔を向けると何かが慌てる様子が見える。
(あれはアウラ?しかし、確か大森林を調査中だった筈。この場に居るのは何故だ?俺は呼んで無いし……団長が呼んだのか?)
団長が呼んでいたとすればアウラには悪い事をした。殺気混じりに睨んで少々驚かせてしまった、反省せねば。
『いやぁ、いかんね、どうも』
『どうかしましたか?』
『後ろの木にアウラ居るでしょう?つい気になって睨んじゃって……』
『あ!言うの忘れてました!すみません!』
『いやいや!職業病みたいなもんだから!隠れて見られるのが苦手なんですよ……撃たれそうで』
『何か、殺し屋みたいですね』
『し、しがない公務員なんですけど……』
確かに殺し屋と言っても間違いは無いが、職業軍人とは言え肩書き上は一応公務員なのだ。
殺しだけを生業としている生粋の殺し屋と一緒にされるのは少し悲しい。
まぁ、やっていた事に大した差は無いのだが。
気が付けば太陽は傾き、夕焼けの紅い光が大地を照らしていた。
もうすぐ日は沈み、夜になるだろう。当然だが夜の森には夜行性の魔物も数多く存在する。
そして先程のPLANT-43達も追って来ていないとも限らない。奴等は足は遅いが食欲のみの単純思考だけにとても執念深い。
何れにせよ、日の暮れた森の目と鼻の先でいつまでも長居をするのは愚か者だけだ。
さっさと移動した方が賢明だろう。
「……移動すべきだ、日が暮れる」
「そうだな、一度村に帰った方が良さそうだ、皆さんよろしいかな?」
「ね、願ってもない、早いとこ戻りましょう」
皆立ち上がると急いで帰り支度を開始した。疲労した状態でも最低限やるべき事が出来る辺りが素人と冒険者の違いであろう。
こんな危険な場所から直ぐにでも離れなけば、と言う強い思いが自然と行動に出ているだけかもしれない。
普段よりも早く準備は整ったのは言わずもながら、だ。
「タイラ……いや、少佐はどうする?」
「……森の探索に戻る、依頼を達成していないのでね」
まるで何かの買い出しをする様な気軽さで再び森に入ると言ったタイラント。
組合からの依頼は森の賢王の討伐だ。手掛かりも無しに帰ったら今後の予定が大幅に狂ってしまう。
団長はある程度地道に名声を上げていくプランの様だが、俺は組合上層部に直接腕を売るのだ、失敗は許されない。
何事にも信用第一の姿勢で行かねばならん。いい加減な奴だと思われたら終わりだからな、社会人として。
「正気ですか?!夜の森は危険ですよ!」
冒険者らしくない服装の背の低い男に怒鳴られた。
見た所、武器らしい物も持っていないし、見た目からして非常に弱そうだ。
だが、魔法詠唱者ならば見た目が弱そうでもとんでもなく強い場合は多々あるし、人は見かけによらないとは良く言ったものだ。
しかし、この如何にも草食系の……うん、とりあえず草男としよう。
この草男からは何の強さも感じられない、本当に只の一般ピーポーなのかもしれない。
だが、こんな危険な所に何故居るのだ?自分の身の程が分からん奴は戦場では直ぐに死ぬし、仲間に迷惑がかかる。
少し、お灸を据えねばならんな。
「……至って正気だ、危険か危険でないかの判断は出来ている」
タイラントはその不気味な顔を草男の顔に目一杯近づけ言った。
防護マスクから漏れる吐息、赤目の圧迫感、威圧感たるや尋常ではなく、草男は気絶しそうになっていた。
「あまり私の依頼主を脅さないで欲しいな、少佐」
モモンがタイラントにやれやれと言った感じで止めに入った。
少し悪戯が過ぎたかと思ったタイラントは直ぐに顔を離す。余程不気味マスクに驚いたのか尻餅をついてしまっていた草男。
もっと肉を食え、肉を!そんな優男で草食系なんぞ俺は認めんぞ!
『ところでタイラントさんの依頼って何です?』
『ん、森の賢王の討伐ですけど、何か情報あります?』
『え!?森の賢王!?』
『ええ、森の賢王です』
『……賢王居ます』
『え、何処に?』
『後ろに』
『何が?』
『賢王が……』
タイラントはモモンの後ろをスッと覗く。そこには先程気絶させた凄く大きい喋るジャンガリアン・ハムスターが鎮座していた。
あの愛嬌のある愛玩動物ハムスター、それを規格外の大きさにしたのが森の賢王。
一体、何の冗談なのか。むしろこんな可愛い奴が森のボスとか他の魔物とか悔しくないのかっ!
それを見たタイラントはモモンの肩に手を置き、項垂れながら首を振った。
『いやいやいや、嘘は良くない』
『いやいやいや、嘘言ってない』
『ハムスターが賢王とか世界観が全く分からん……』
『同感ですが、事実なんですよ……本人もそう言ってますし、ほら』
タイラントはモモンに促され、巨大ハムスターと対峙する。
常識的に考えてハムスターに向かって喋るなどこれこそ正気の沙汰でない。
何とも言えない羞恥心を感じながらタイラントはハムスターに話しかけた。
「……お前が森の賢王なのか?」
「いかにも!某は森の賢王と呼ばれていたでごさる」
タイラントは頭痛がした気がした。巨大ハムスターが喋るだけでも衝撃的なのに、喋り方が変ときた。
マイナーな方言とかではなく、日本の古き良き時代に存在した侍の喋り方なのだから。
このハムスター、もしかしたら時代劇でも見て言葉を覚えたのかもしれない。
『何故、侍口調なのだ』
『なんででしょう……』
『もう意味がわからん』
『と、とりあえず!このハムスターは我らナザリックの新たなペットもとい仲間になったので…』
『そうか、仲間になったのか……なら殺せないな』
『なんか、すみません』
『……このトロールの首だけで何とかなるか?』
『まぁ、今後の事も話す必要あるだろうし、一旦カルネ村に一緒に行きましょう』
『あ、了解です』
色々と揉めたがモモン一行とタイラントはカルネ村に戻ると言うことで話は纏まり、足早に森を後にした。
「改めて紹介しよう、私の無二の友であり相棒でもある……」
タイラントはカルネ村に着き、一息ついた後にモモンと行動を共にしていた冒険者達に夕食がてら紹介された。
別に自己紹介とか必要ないと思っていたがコミュ障だと思われるのも嫌なので、夕食に参加した。
もっとも夕食など食べる必要は無いし、防護マスクを取ると中々ヤバイ顔を晒さなければならないので非常に面倒なだけだ。
団長の様に魔法で顔を変えられると便利なのだが、生物兵器である仕様上、顔は既存の状態からT-ウィルスの感染度、強化寄生虫を寄生させる事位でしか変化しない。
現在のタイラントの死体顔なんて晒したらどうなる事やら、安易に想像がつく。
(うん、絶対ドン引きされる)
だって、しょうがないじゃないか。
僕、生物兵器なんですもの……
「……名は故あって捨てた、少佐と呼んで欲しい」
ありきたりだが、無難な自己紹介をするんだっ!
俺はやれば出来る奴なんだ、断じてコミュ障ではない。
ゲームだって自己紹介の欄に紹介文書くの俺超得意だったんだからな!
因みにこれがタイラントの紹介文の一例である。
趣味:【俺の趣味をあえて紹介するなら俺の趣】
一体、何処が得意だったのか問い詰めたいクオリティーだった……
投稿遅くなってしまいすみません……
鎌で草刈りをしていたら指を切って四針縫いました。
PLANT君の呪いかもしれません。
誤植、誤字脱字等は発見次第訂正します。
報告頂けると凄く助かります。