「……小便は済ませたか?神様にお祈りは?地べたに這いつくばって命乞いする心の準備はOK?」
タイラントは腰にマウントした短刀を取り出し、逆手に構えながら狼狽える盗賊達に向かって歩き出す。
"妖刀ムラマサ"
黒赤色の刀身から不気味な妖気を放ち、魔法武器である事をこれでもかと主張している短刀。
見た目は魔法武器と言うよりかは、"呪われた"武器と言う方が正しいかもしれない。
そんな、不気味な武器を持った不気味な黒い男。
完全武装の、それも盗賊に取り囲まれているにも関わらず、動じる様子は微塵もない。
寧ろ余裕すら感じさせる振る舞いは、本当にこの黒い男とって、この状況は余裕なのであろう。
だが、黒い男から放たれる覇気がピリピリと肌に感じる。
間違いなく凄腕の冒険者、或いは傭兵だと皆確信していた。
「す、すかしてんじゃねぇぞ!こらぁぁ!!」
そんな中、痺れを切らした手下の一人がタイラントに斬り掛かった。
(漸く、来たか……)
中々かかって来ないから、コイツ等やる気が無いのかと思い始めていたが杞憂だったようだ。
威勢よくかかってきた命知らずの見た目は、筋肉隆々で毛深い。
体格から察するに力自慢で極めて粗暴、そして不潔。
正しく、賊になるべくして生まれた様な男だ。
手に持つ得物は粗末ではあるが、人間を殺すには十分過ぎるであろう大鉞。
知力のパラメータにポイントを振らず、腕力に全振りしたかのような……馬鹿?
馬鹿な男の馬鹿力、言い当て妙である。
(おいおい……フルスイングかよ)
自分に対して躊躇無しに振るわれる鉞を見て若干引いたタイラント。
この躊躇の無さ、良心の呵責の欠片すら感じさせない一撃。
(コイツ等、明らかに殺し慣れをしてやがる)
その思い切りの良さは賊として評価に値するが……
だが仮にも殺しを生業としているのならば、自分の武器位少しは整備したらどうなのかと思う。
迫る鉞を呑気に観察し、武器の程度の低さに呆れていた。
格闘系パッシブスキルの効果で、格下過ぎる攻撃がスローになって見えてしまう。
避ける気になれば眼前ギリギリに迫っても余裕で避けれる。
寧ろ、直撃を受けた所でダメージなど皆無。
まぁ避ける必要も、ダメージの不安も無い。
故に、こんな状況でも冷静に観察出来る訳だが。
しかし、見れば見る程本当に酷い武器だ。
こんな酷い武器で殺される身にもなって欲しい。
全然研がれて無い刃では綺麗に肉を断つ事は出来ないだろう。
まぁ、鉞の重量と腕っぷしの強さで何とかなりそうではあるが。
現に鉞男のフルスイングの一撃は、皮鎧の下に鎖帷子を着こんだ貴族の護衛を真っ二つにしている。
正に"力こそパワー"が武器の性能をアップさせたと言っても過言ではない筈。
(良し、完全に殺った!)
この盗賊団を束ねる頭目の男は、ほくそ笑みながら勝利を確信した。
団随一の巨体で馬鹿力のドゴール。
奴の一撃をまともに受けて、生きていた奴など存在しない。
いつもと同じ、馬鹿な男の死体が一つ出来るであろう。
その死体を横目に、俺達はお楽しみの時間を味わう。
この瞬間、誰もがそれを信じて疑わなかった。
!!!!!!
結果、大鉞はタイラントの顔面に見事に直撃した。
だが、それだけだった。
肉と骨を断つ手応えや、生温かい大量の返り血、死に際の断末魔。
そのどれもが、感じられなかった。
「……なんだァ、てめェ」
現実とは時に、残酷なものである。
「そ、そんなな、な……」
鉞の刃はタイラントに直撃した直後、バラバラに砕け散り、柄の一部を残して大鉞は完全に壊れてしまった。
まるで硬い岩にでも叩きつけたかの様な、そんな手応え。
間違っても人間相手に感じる手応えではない。
「どうして、こんな事ありえな……ひっ」
茫然自失する盗賊の背後に、いつの間にかタイラントが立っていた。
濃厚な殺意の波に飲まれた盗賊は身動き一つ出来ず、只々立ち尽くす。
「……死ね」
死神の非常に簡潔な死刑宣告。
その一言を聞き終わると同時に、盗賊の意識は永久に途絶えた。
古今東西、背後からの"致命の一撃"は大ダメージ必至。
無論、首を深々と斬り裂かれた鉞男は断末魔すら叫ぶ間すらなく即死。
取れかけた首から、血飛沫が噴水の様に舞う。
が、その血の全てがタイラントが持つ短刀に吸い込まれ、鉞男の身体はあっと言う間に血を吸い尽くされた。
カラカラに干からびた身体は、大男の面影など欠片もない。
枯れ木の様な、ガリガリのミイラへと成り下がった。
ムラマサは久しぶりに血を吸って満足したのか、赤黒い刀身の輝きが一段と増した。
まるで生き血を吸って喜んでいる吸血鬼かの様に。
「な、何んなんだ……これは何なんだ……」
不気味なナイフはともかく、あの男はまともじゃない。
顔に鉞が直撃してピンピンしてるなんて、人間じゃあない。
あの"怪力ドゴール"の大鉞を受けたのに生きているなんて……
楽な貧乏貴族襲撃依頼の筈が、とんでもない事になった。
盗賊頭はドッと出る冷や汗を背中に感じると同時に、身体と本能が特大級の警報を発していた。
"此処から早く逃げろ"と。
「……さて、掃除の時間だ」
だが時既に遅し、逃げる算段を考えるには遅すぎた。
目の前で展開される一方的な虐殺。
部下達は、斬られ、刺され、裂かれ、殴られ、砕かれ、潰され、千切られ、弾かれ、皆等しく殺されている。
その動く黒い霧に飲まれた者は悉く、断末魔と共に見るも無惨な死体となって霧から吐き出されていた。
(アイツは化け物だ……人間の皮を被った怪物だ)
「に、に、逃げないと……此処から、早く逃げないと」
逃げようにも、迫りくる極大の恐怖は身体の自由を強力に阻む。
意識と身体の操作が乖離した為か、走り出す一歩目に力が入らず、前のめりにコケてしまった。
「ちきしょう……脚が動かねぇ!」
この時、襲われているのに逃げない奴ら、獲物の気持ちが漸く理解出来た。
奴らは、只の間抜けではなかった。
逃げないのではなく、逃げれなかったのだ。
死の恐怖に直面して初めて、理解出来た狩られる側の心理。
それは、この場において自分が狩られるべき対象の"獲物"であると言う事に疑いの余地はなく、只々地面を這いずる様に逃げる事しか出来なかった。
"地べたに這いつくばって命乞いする心の準備はOK?"
黒い男が言い放った言葉が頭の中でこだまする。
皮肉な事に、今自分が置かれた状況が正に言葉のそれである。
「ちきしょう、ちきしょう!こんな筈……あ」
気が付けば、いつの間にか聞こえなくなった部下達の断末魔。
そして、間近に感じる冷たい殺意。
恐る恐る顔を上げると、あの黒い男が自分を見下ろしていた。
「……よぉ、待たせたな」
「ひぃ!こ、こんな所で俺は死にたくなぃぃ!」
「……お前、悪党のお手本みたいな奴だな」
地べたに這いつくばり、命乞いをする盗賊を容赦なく蹴り上げる。
硬いブーツの爪先が顎に食い込み、砕けた歯と血が口から吐き出された。
自分の所業を棚にあげた、余りに身勝手な願望。
それを、恥ずかしげもなく喚き散らす哀れ過ぎる姿。
しかし、そんな事は正直どうでも良かった。
この男が、泣こうが喚こうがどの道生きて明日の朝を迎える事は無いのだ。
そして、地べたに這いつくばった盗賊頭をつまみ上げると諭す様に言った。
「……さて、そろそろ終いだ」
「た、たしゅけ……むぐっ!」
盗賊の命乞いなど全く聞く気が無いタイラントは、その無駄に動く口に手榴弾を強引に突っ込む。
口を塞がれた盗賊はモゴモゴと言葉にならない何かを言っているが、お構い無しにタイラントは袖とベルトを掴んだ。
「……おい、空を飛んでみたいと思った事はあるか?」
「むぐっ、むぐぐむ……!」
その突飛な質問に、盗賊頭は自分がこれから何をされるのかを概ね悟った。
タイラントは口に突っ込んだ手榴弾の安全ピンを抜くと、その身体を空に向かって投げ飛ばした。
「むが!むぐぅぅゥゥゥ………………」
!!!!!!
「……きたねぇ花火だ」
空中で爆発四散する様子を見ながら、お決まりの台詞を言うタイラント。
最早、様式美である。
確かに汚いおっさんの肉片が飛び散る様子は、汚いと言う以外に形容しようがない。
とにもかくにも、街道の掃除が出来たし溜まった鬱憤もある程度解消出来た。
まさに、一石二鳥とはこの事だ。
清掃に関しては、結果的に散らかしているので何とも言えないが。
「……日が暮れてしまった」
薄暮時の街道、ましてやこんな田舎道にまともな明かりなど皆無。
せめて街灯でもと思うが、文明レベルで無い物を期待しても仕方がない。
タイラント・アイはナイトビジョン内蔵なので夜間でも問題は無いのだが……
あの緑色の視界は酔うので、タイラントは少し苦手意識があった。
「あ、あのこの度は危ない所を……あ、ありがとうございます……」
腕を組んで呆けるタイラントに、肩口から服が裂けた貴族の侍女とおぼしき女が、警戒心を露にしながら声をかけてきた。
こんな状況で警戒するな、と言う方が無理な話しだろう。
主の貞操、著しくは生命の危機、そんな緊急事態の最中の一筋の光明。
藁をもすがる思いで助けを乞うたは良いが、冷静になって見てみればどうだ。
俺、かなりの不審者じゃね?
十人は居た盗賊をナイフ一本だけで皆殺しにするわ、おまけに見慣れない黒装束だわ、全身血塗れ不気味マスクだわ。
うん。警戒しない方がおかしい。
「……おい、その娘は大丈」
!!!!
「お嬢様に触れるな!」
努めて紳士的に、手を差し伸べたのに弾かれました。
何故だ、俺そんなイヤらしい手つきだったか?
そもそも、未成年の小娘なんぞに邪な感情なんて抱く訳がない。
俺の好みは着物が似合う"大和撫子"or"金髪美女"。
そして、勿論ナイスバディ……
要するに、この女達は俺のストライクゾーンには遠く及ばない。
顔を洗って出直して欲しい。
でもまぁ、常識的に考えて助けてもらった相手に対する態度ではない。
あれか、下賎な身分の平民は触れるなって事か?
この緊急時に貴族って奴は本当にアホだなと、ある意味感動すらおぼえる。
理解は到底出来そうにないが。
「……日も暮れて森も近く、そしてこの血の臭い。移動した方が賢明だ。まぁ大変だろうが"お嬢様"共々頑張れよ」
殺るだけ殺って満足したし、一応は礼?は言われたし。
ならば、こんな所に長居する必要はない。さっさと王都に向かって進むに限る。
そう言うとタイラントは、足早に立ち去ろうとするが……
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
侍女の必死な声と同時に腰のポーチを引っ張られて、止められた。
辺りに転がる盗賊の骸と、魔物が活発に蔓延る夜の森。
こんな所に女二人置き去りにされたら、その結果は火を見るよりも明らかだろう。
「……なんだ?」
「どうして置いて行こうとするのです!」
「……俺ごときが触れられない"貴き御方"なのだろう?ならば自分で何とかする事だ」
「そ、それは……その」
バツの悪そうな侍女を見ながら、タイラントは大きな溜め息をついた。
誤字修正、ご感想ありがとうございます。
感想の返信出来ずにすみません。
機を見て随時返信していきますので、今後もよろしくお願いします。