そんなある日の日曜日 作:唐笠
気分転換に私では珍しい明るい話でも書こうかと…
「よしっ!
今から出掛けるぞハヤテ!」
「はい、お嬢様♪」
それは、ある晴れた日曜日のできごと。
お嬢様が思い付きで行動するのはいつものことだ。
しかし、お嬢様が外に行きたがるとは珍しい。
もしかしたら、普段のHIKIKOMORI生活脱却に一役かってくれるかもしれない。
同時に、この気まぐれが変わらない内に支度をしなければならないのもまた事実なわけで…
「ハヤテ、準備など何もいらぬぞ」
「えっ?
だって、外に行くんですよ!?
お嬢様にとっては危険が一杯なんですよ!?」
「私にとってとはなんだ!私にとってとは!!」
「わ、わかりましたよ…」
ガムテープをバッグに入れているところで僕にかかるお嬢様の声。
お嬢様と外出する上で手ぶらなのは自殺行為に等しいだろう。
それをいらないと言うのだから困ったものだ…
もちろん、僕はそれに逆らうわけにはいかないので、用意を始めたものを定位置に戻し始める。
ちなみにガムテープを何に使うかは秘密だ。
「うむ、では行くぞ。ハヤテ♪」
「お待ちくださいお嬢様!」
本当に何も持たずに出掛けてしまう主の背中を僕は追いかけるようについていく。
今日一日が幸せであるように願って…
「うむ…
しかし、私たちはどこに向かっているのだ?」
「えっ…
僕はお嬢様に着いてきただけなのですが…」
思い出したかのように止まり、僕に尋ねるお嬢様に僕は頼りない返事をするしかなかった。
「私はハヤテが着いてくるから、こっちに何かがあると思ったんだが…」
「……………………………」
「……………………………」
そして沈黙である…
一応、この先にあるものを知らないでもないが、お嬢様が行きたがるかどうかと言われれば別である…
「と、とにかくこのまま行くぞ!」
「ははは…
わかりましたけど、行く場所を決めないと日が暮れてしまいますよ?」
「(別に……それでも私は……)」
「ん?
なにか言いましたか?」
「な、なんでもない!
モタモタするな!早く行くぞ!」
たしかにお嬢様が何かを言ったかのように思えたのだが、どうやら聞かれたくない内容だったようである。
それなら僕はそれを詮索しなければいい。それだけでこの場は丸く治まる。
ただ…
小さな背中がより一層小さく……まるで遠くのものを見ているかのように見えたのは僕の気のせいなのだろうか…
「あっ、これなんていいかもな♪」
結局のところ、僕たちはあれからしばらく歩いた先にあるデパートに来ていた。
人混みが嫌いなお嬢様が入りたがるとは思わなかったから、自ら入っていった時は自分の目を疑ってしまったものだ。
しかも、現在に至るまで笑顔とはどんな奇跡だろうか…
「ハヤテ、これどう思う?」
そう言ってお嬢様は小さな猫のヘアピンを僕に見せてくる。
タマや白野威を大切にしている辺り猫好きなのだろうか…?
「えぇ、お嬢様に似合うと思いますよ」
「そう言うのではなくて、もっと具体的な意見はないのか?」
「具体的にですか…?」
これは中々困った要求である。
下手気な意見を言えば機嫌を損ねてしまうのは明白。
また、お嬢様は気難しい性格なので普通に誉めただけでは納得しないだろう。
「むっ…
なんだ、さっきからジロジロ見て…」
「あっ、いや…
その凄く似合っているなぁって思いまして…」
こんな取り繕ったような返事では、お嬢様の機嫌を損なってしまうのは解りきっている。
だけど、とっさに出た言葉がこれだったのだからしょうがない…
と言うか、そんなに僕はお嬢様の方を見ていたのだろうか?
「そ、そうか…
まっ、まぁ、ハヤテがそこまで言うならこれでいいかもな!」
そう言うお嬢様は腕を組ながらも笑顔がこぼれていた。
どうやら、僕の予想に反してお嬢様はなんだかご機嫌そうである。
そんなにこのヘアピンが気に入ったのだろうか…?
「はい、ではお会計をすま――――――」
「おっ、あっちのもいいな!
ハヤテ、このカードで会計を済ませておいてくれ!」
「あっ、お嬢様!」
止めようとした僕よりも早く別のコーナーに走っていってしまうお嬢様。
そして、僕の手元には走り去る前に手早く渡されたカードとヘアピンがある。
「まったく、お嬢様も困った方ですね…」
それは誰へ向けたものでもない独り言。
天才的な頭脳や商売力、そして三千院家の者として、一人の人間としての高いプライド。
それらと相反するように持ち合わせる年相応の子供らしさ。
それを垣間見ることができるのは僕だけではない。だけど、決して珍しくないそれが僕にとっての『大切』であった。
「やれやれ…
まだまだ僕がお嬢様をお世話する時間は長そうだな…」
そう言って僕はレジに向かっていく。
確かに微笑む僕が窓ガラスに映っているのにも気付かずに…
「うむ、中々これも美味しいな♪」
「よかったですね、お嬢様」
昼食はデパートの最上階にある高級(そうな)レストランに来ていた。
と言うのも、僕自身、高級レストランになど来たことはないので解らないのである。
「ここは本来なら夜景が綺麗なのだが、さすがに昼間では無理だな…」
「お嬢様ならいつでも来られるじゃないですか」
そう、お嬢様がその気になれば来るどころか、ここを貸し切るのも容易いだろう。
それが僕の予想通り、高級レストランであっても変わりのないことだ。
「まったく、ハヤテは解ってないな。まったくもう…
私に必要なのはここの料理でも綺麗な夜景でもない」
「と言いますと?」
そう、それはまるで相槌を打つかのような言葉。
たぶん、誰でも同じ返答をするであろう…
僕も特に考えることなく言ったのだから……
「それは秘密だ。
だけど、また来ような。ハヤテ♪」
笑顔でそう言うお嬢様。
その笑顔は窓ガラスから射し込む陽の光にあてられてか、輝いて見えた。
それはなぜたか『特別』を感じさせるもの。
いつも見馴れているはずなのに…
いや、いつもはこんなにマジマジと見ないからだろうか…?
だけど、一つだけ言えることがある。
この時の僕はどこか『おかしかった』のだろうと…
でなければ、お嬢様のその笑顔を誰にも見せたくない。一人占めしたい等と思わないだろう…
いつも傍にいる。
だけど、いつも見せてくれる笑顔とは何かが違う気がした。
もっと笑ってほしい。お嬢様に……
………………………………お嬢様に…?
そこに疑問を挟む必要性などないはずだ。
しかし、僕の中の何かがそれは違うのだと疑問を投げ掛けてくる。
違うわけがない。ずっと僕はそう思ってきたし、今もそうである。
………………………………今も…?
また挟まれる疑問。
おかしい。何かがおかしいんだ…
でも、なにがおかしいのかわからない。
………………………………わからない?
いや、それも何かが違う。
わからないんじゃない。だけど、説明がつかない…
「…い………やて」
そんな中、微かに耳に届くその声はなぜか僕に安らぎを与えた。
不思議とさっきまでの悩みが消えていくようだ…
この声が聞こえる限りは、難しいことを考えなくていい……
ただ、思うがままにいられる。根拠のない確信がそこにはあった。
「………は…て………おい、ハヤテ!しっかりしろ!」
「あっ、お嬢様」
今まで思考の海をさ迷っていた僕にお嬢様の心配そうな顔が迫る。
もしかしたら、何度も呼ばれていたのかもしれない…
だけど、僕は自分の考えに没頭して返事をしなかったのであろう。
お嬢様の心配そうで、どことなく悲しそうな顔がそれを物語っていた。
「まったくハヤテはなんなのだ!
私との食事がそんなに楽しくないのか!」
「そ、そんなわけありませんよ!
お嬢様との食事……いえ、この一時は僕にとってかけがえのないものですから!」
「ばっ、バカ!
人前でそんな大胆なことを言うでない!」
さっきまでとは打って変わって赤面していくお嬢様。
その時、僕の中にもっとお嬢様をいじめたいという『執事』にあるまじき考えがわきあがった。
「大胆なんかじゃないですよ。僕の本心なんですから」
「お、おい!
な、な、な、なぜ今日はそんなに積極的なのだ!」
お嬢様の反応はいちいち面白い。
いつもは見れないそれは、僕を不思議と満足させていく。
もっと困ってくれればいい。僕が困らせたい。
普段ならば異常とも言えるそれに今の僕は違和感をもたなかった。
そんなことを考えることすら今は愚かしいてさえ思える。
それは普段の『僕』ならありえないこと。ありえてはいけないことだ。
「クスッ、お嬢様は本当に可愛らしいですね」
「お、おい!
わ、私をのぼせ殺す気か!?」
「そうやって、真っ赤になってるところも可愛いですよ」
まるでお嬢様を褒め殺すかのように僕は饒舌になっていく。
もはや、躊躇うなどという概念はとうの昔に捨てたかのように…
まだまだこれからだ。
もっと僕がお嬢様を困らせて、いつもは見れない姿を、表情をみたい。
そこまで考えた時、ふいにその瞬間は訪れた。
ガラガラガシャーン!
急に視界がぐらついたかと思うと、僕はテーブルに前のめりに倒れ込んでしまった。
その衝撃で散乱する食器。
「は、ハヤテ!しっかりしろハヤテ!!」
そして、お嬢様の僕を呼ぶ声だけが聞こえた…
明るいのか…?
いや、私の中ではこれでも明るい方なんです
近々、後編もあげます