駒王友人帳 作:にゃんこ
夏目の友人帳
小さな頃から人には見えない物が見えた。
普通の人間とは明らかに異なる容姿のソレは自分達を妖怪だと名乗った。
父さんと母さんに相談しても笑われるだけだった。友達に相談してもバカにされるだけだった。
父さんも母さんも、妖怪が見える僕を気味悪がった。友達も僕のことを嘘つきだと言い始めた。
どんなに伝えても理解される事はなくて、次第に僕は家族からも友達からも見放された。
変な事を言い始めたのはお前の教育が悪いんじゃないか。
あんな気味が悪い子と一緒にいるのは嫌だ。
そんな両親の言葉を聞いてしまった。大好きだった両親に縁を切られ、大好きだった友達とも縁を切られ、僕に残されたものは妖怪が見えるという誰にも理解されない事だけだった。
知り合いの家を転々とし、最終的に母方の祖父の家に預けられた僕は出来るだけ迷惑を掛けないように、出来るだけ祖父を怒らせないように、ずっと部屋の隅に蹲っていた。日の光も浴びず、毎日毎日。
追い出されるのが怖いから。人と関わらない様にじっとしている方が賢明だと思ったから。
「貴志、お前に見せたいものがある」
そう祖父に言われ半ば無理矢理といった形で僕は奥の部屋に連れて行かれた。
また何か言われるんじゃないか。
また追い出されるんじゃないか。
祖父と歩く一歩一歩が怖かった。
奥の部屋に着くと少し待っていなさい。とおじいちゃんは部屋の奥に行きガサゴソと引き出しを漁り、あったあった。というと僕にボロボロの手帳の様なものが渡された。
「何、これ?」
「それはね、友人帳と呼ばれているもので数々の妖怪の名前が書かれている凄い手帳だったんだよ」
「妖怪の名前?」
「その友人帳に名前を書かれた妖怪は持ち主に呼ばれると逆らう事ができない。その紙を破ったり、燃やしたりするとその妖怪も同じ目に遭うという恐ろしいものらしい」
「……」
手渡された友人帳をパラパラと捲る。友人帳に残されたページは結構残っており文字は難しくて読めなかったが何となく名前が書いてある事が分かった。
「おじいちゃんにも、僕と同じ様に見えるの?」
「いんや。儂には全く見えん。ただ、儂のおじいちゃんが見えたらしいんじゃ。お前みたいにの」
「おじいちゃんのおじいちゃん?」
よっこいせ。とおじいちゃんは座るとおもむろに頭を撫でられた。しわくちゃな手でガシガシと乱暴に撫でられた。でも不思議と嫌な気分はしなかった。
「その人の名前もお前と同じ貴志でな、もしかしたらお前が見えるのも貴志さんの所為なのかもな」
おじいちゃんは目を細めながらそういった。
「貴志さんは、どんな人だったの?」
ふと気になってしまった。自分と同じ名前で、同じ様に妖怪が見えた人物。その人がどんな人生を歩んだのかを。
「貴志さんはな、優しくて穏やかな人物じゃった。当時子供だった儂に毎日妖怪の話をしてくれてな。そのどれもがキラキラと輝いて見えたわい」
「へぇ〜……」
そしておじいちゃんは語ってくれた。夏目貴志という人物について。
夏目貴志という人物は当時ある一点を除けば普通の高校生だった。
ーーー妖が見える。
小さな頃から続いていたその能力は夏目貴志を孤独に追いやっていった。
その能力故に人は彼を気味悪がり彼は親戚の家を転々とし、ある夫妻の家に行き着いた。その家の人達は彼の事を実の息子の様に愛し、大事にされた。そしてある日、彼は妖怪に追いかけられある神社に辿り着き、ある妖怪の封印を解いてしまった。
斑と呼ばれる妖怪は彼の祖母夏目レイコと知り合いだったらしく彼が持つ友人帳を手に入れるべくやってくる妖怪達を追い払う代わりに夏目貴志の死後その友人帳を譲り受ける契約を交わした。これが夏目貴志と斑……にゃんこ先生の出会いだった。彼はにゃんこ先生と共に友人帳に書かれた名前を返すべく様々な妖怪達と出会いと別れを繰り返した。
「え? じゃあなんで友人帳はここにあるの? そのにゃんこ先生っていうのに渡すんじゃなかったの?」
「さぁな。儂が貴志さんに聞いたのはこれくらいじゃった。彼の死後、友人帳はまだあった訳じゃからのぅ……」
にゃんこ先生が何故夏目貴志の死後、この友人帳を譲り受けなかったのか、今になってはわからないけどきっと何か事情があったんだろう。そう思う事にした。
「のぅ貴志。その友人帳、お前に渡そうと思うんじゃ」
「え?」
「その友人帳はな、貴志さんと同じ位の妖力がないと使えないらしくての、未だにその友人帳に書かれた妖怪の名を返せていないんじゃ」
「僕に、残りの名前を返せって事?」
「まぁ、そうじゃの。儂には妖怪達を見ることも触ることもできん。だがお前なら、夏目貴志と同じ力を持つお前なら、出来るんじゃないかと思っての」
それに、と言葉を一区切りするとおじいちゃんは僕の頭に手を置いた。
「可哀想だと思わんか? 名前を返してもらっていない妖怪達が」
「……うん。分かったよおじいちゃん。貴志さんみたいに出来るか分からないけど……僕が、この友人帳の名前を全部返すよ」
ーーーこれがおれと友人帳の出会い。そして苦難の始まりだった。
……………
pipipi! pipipi!piーーー。
「……」
軽快に鳴り響く目覚ましを止め、近くのカーテンを開ける。太陽の光が全身を照らし思わず背伸びをした。
「久しぶりにあの夢を見たな……」
幼い頃に祖父と交わした大事な約束。その約束は未だに果たされていない。
チラリと机に目を向けるとそこには今も変わらずボロボロの手帳が置いてある。そのページは数ページしか減っていない。
幼い頃は祖父の家がある田舎で暮らしていたが高校受験という事でおれだけがこの大きな町に引っ越してきた。今はある家族の家に居候させてもらっている。
『駒王町』と呼ばれるこの町はかつて妖怪が溢れかえっていたらしい。だがある日、この町を何者かに追い払われたらしい。
ーーー悪魔と呼ばれる存在に。
だから今、駒王町には妖怪がほんの少ししか居ないし居たとしても小さな名前のない妖怪やある程度力のある妖怪位だろう。
それでも一応名前を返してもらいに来る妖怪はいる。その妖怪達は誰経由で聞いたのか遠くから遥々この町に来ている。
「おーい貴志くん。そろそろ朝ごはん食べないと遅刻するぞ〜」
「あ、はい。今行きまーす」
「あぁ、あとイッセーを起こしてやってくれ」
「分かりました」
今おれが居候させてもらっている家は兵藤さんのお家だ。祖父の知り合いというだけでおれの事を家に迎えてくれた心優しい人達。
実の息子の様に、本当の家族の様に優しくしてもらった。
この人達はまだ、おれに妖怪達が見える事を知らない。明かすべきなのか迷っている。この人達なら、祖父と同じ様におれを受け入れてくれるだろうか……なんて考えてもう一年。
この人達の笑顔を曇らせたくないからだ。なんて言い訳をしているが、結局おれ自身が一歩踏み出せずにいるだけ。
「一誠、朝ごはん出来たって」
「あ〜い……」
ドア越しからノソノソと音が聞こえ中から返事が返ってきた。兵藤一誠。彼もまたおれが大切にしたい人物の一人だ。
「先行ってるよ」
「うぃ〜……」
何とも間抜けな返事に苦笑いしながらおれは階段を降りていった。
リビングに着くと既に食卓には朝食が4人分、ちゃんと並んでいた。椅子には既に眼鏡を掛けた短髪の男性……
「おはよう貴志くん。イッセーは起きたかい?」
「はい。一応起きました」
「そうか……何時も済まないね」
「いえ、全然そんなことないです」
一年経ってもこの雰囲気は馴れない。家族揃って朝食を食べるという何気無い日常風景がおれにとっては何処か別の場所から見ている様な、そんな気分になってしまうからだ。
「ふあぁ〜あ……おはよう」
寝癖だらけの髪をボリボリと掻きながら一誠が階段から起きてきた。
「ほらイッセー。顔でも洗って来なさい。寝癖とか酷いわよ?」
「ふぁ〜い」
どうやらまだ完全に目が覚めていないみたいだ。
「ごめんね貴志くん。イッセーのお守りをお願いしちゃって……」
「全然迷惑じゃないですよ。むしろ楽しいです」
今まで、この力の所為で友達なんてほとんど出来なかったからな……。
「あんな性の化身、何時でも叱ってやってもいいからね?」
「はははーーーあ」
並べられた食事の中に小さな小人の影が見えた。
『ほぉ〜うまそうな飯じゃのう。どれどれ』
小人はおれの皿に乗せられている卵焼きに顔を突っ込み、そのまま食べ始めた。
『おおっ うまいうまい。この卵焼きは実に美味だ! 儂はもう少し甘めの味付けの方が好きじゃがの』
勝手に食べておいてこの言い草だ。小人はまた顔を突っ込み卵焼きを食べ始める。そのスピードはありえない程早く、既に卵焼きの半分を食らっていた。
(おい、勝手に食べるなよ)
満さんに聞こえない様に小さな声でその小人に話しかけた。
『おお人の子。あいも変わらずお主は儂等が見えとるんじゃな』
(生憎とな……。ていうか、満さん達がいる前で大胆な事はしないでくれ)
『相変わらず口うるさいのぅ……。そんなんじゃから友達も碌に出来ないんじゃよ』
(友達がいるいないは関係ない。とりあえず、早く食べてどっか行ってくれ)
「どうしたんだい貴志くん?」
「な、何でもないです」
顔を上げると満さんが不思議そうにこちらを見ていた。まずい。目の前の小人に完全に気を取られていた。
「あっ、貴志くん。もう卵焼き一つ食べちゃったんだね? そんなにお腹が空いていたのかい?」
「えーと……あはははは。
苦し紛れの言い訳を並べた。満さんはこの
そう思いながら机を見ると小人の姿が無くなっていた。
(逃げたな……)
「そうかそうか。幸子の作る卵焼きは美味いからなぁ」
「もう、口が上手いんだから……」
「そうですね」
取り敢えず納得してくれて助かった。
「んー漸く目が覚めてきたぜ。おっ今日は卵焼きかぁ。美味そうだ」
顔を洗い終えた一誠が戻ってきた。寝癖は既に無く何時もの髪型にセットしてある。
「よし。じゃあ全員揃った事だし食べるか。いただきます」
新聞紙を折りたたみ机の端に置いた満さんは手を合わせながらそう言った。
「「いただきます」」
次いで幸子さんと一誠もご飯を食べ始める。
「いただきます」
この人達に何時か、ちゃんと伝えられる日が来るだろうか?
「はい貴志くん。今日のお弁当」
「ありがとうございます幸子さん」
花柄の包みに包まれた弁当箱を受け取る。ご飯を入れたばかりなので少し暖かい。
「もう、お礼はいいって言ってるでしょ? 貴志くんはもうウチの家族と同じなんだから」
そう言って微笑んでくれる幸子さん。
……こういう時。返答に困ってしまう口下手な自分が恨めしい。
幸子さん達はたった1年一緒に暮らしている人物にここまで心を開いてくれているのに対して、おれは未だに他人行儀だ。
「はい。そう、ですね……」
「まぁ直ぐにとは言わないわ。ゆっくり馴染んでいきましょう?」
「すみません、幸子さん」
「いいわいいわ! ほら、今日は当番の日なんでしょ? 行ってらっしゃい」
トン、と背中を押された。慌てて振り向くと幸子さんは笑顔で手を振ってくれていた。その笑顔に答える様に、おれは答えた。
「ーーー行ってきます」
誤字・脱字などがあれば教えてください