駒王友人帳 作:にゃんこ
『せんせー。また夏目くんが変なこと言ってるー』
『やれやれまたか。いい加減にしろ夏目。窓に人なんか映ってないだろ? 嘘を吐くのはやめなさい』
人が見えないものが見える。ただそれだけで周りから奇怪な目で見られ、蔑まれ、迫害される。
『嘘なんかついてない! いるんだよ! ほらあそこ!』
窓の外から手を振る妖怪は僕以外には見えていなかった。
『いないじゃんか。嘘つき』
『夏目くんっていっつも変な嘘吐くよね〜』
ーーー嘘つき。
この言葉は何度言われただろう。
『いるんだよ! あそこに! なんで、なんで見えないんだよ、みんな……なんで、僕だけ……』
たった四文字のその言葉は僕の心に入り込み。徐々に、確実に僕の心を蝕んでいった。
徐々に……徐々に……。
……………
本来妖怪とは人間では捉えづらい不可思議な現象そのものや、非日常あるいは超自然の存在であるらしい。それらを見た人間が恐怖や禍福をもたらす存在として具現化されたもの。
だがおれが見る妖怪はそんな事をする存在だとは思えなかった。中には過激な奴らもいたけど、みんな優しい奴らだった。そんな妖怪達を追い出した悪魔という存在は少し受け入れがたい存在だ。どうして妖怪をこの町から追い出したのか。おれには分からない。けど、少し話してみたいと思った。
心を持つ者なら、言葉を交わせば分かり合える筈だから。
「どうしたの夏目? 手止まってるよ?」
「ごめん。ボーッとしてた」
橙色の髪を三つ編みに纏めた少女
「もしかしてぇ〜エッチな事考えてたり?」
「はぁ……そんな訳ないだろ。ほら、さっさと終わらせないと」
今日早く学校に来た理由は日直の仕事に当たってしまったからだ。この学校では定期的に日直が変わりその都度こうして二人組みで黒板を綺麗にしたり、花瓶の水を変えたりとしなければいけない。
「夏目って
変態三人組とはこの学校で広まる悪妙の一つで変態三人組はこの学校にいる松田・元浜・一誠の三人の事だ。
「枯れてないって。というか暇そうなら黒板消しを綺麗にして置いてくれよ。おれは花瓶の水変えてくるから」
これ以上話していると疲れて来そうなので早めに退散した。会うたびにこういう話をしてくる桐生は正直、少し苦手だ。
親戚の家を転々としていたおれは他人と関わる事にあまり慣れていない。兵藤家の人たちには多少慣れて来たけどこういう猥談を持ち出されると本当に困ってしまう。変態三人組と呼ばれている一誠だっておれの前ではあまりそんな話をしないし、一誠に変な気を使わせていると思うと申し訳ない気持ちになってしまう。
「……相変わらず綺麗だな」
花瓶に生けてある花はガーベラ。担任の先生が言っていた花言葉は感謝と思いやり。ピンク色と赤色の綺麗な花がそれぞれ咲いている。先生が自慢気にこの花の事を話していた理由が少し分かった気がした。
「これくらいでいいかな?」
水道水を花瓶に入れ、退けた花を一本一本丁寧に差し込んだ。そして濡れた花瓶をタオルで拭きおれは教室まで歩き出した。
……感謝と思いやり、か。兵藤家のみんなにはお世話になっているから何か買って帰ろうかな。あの人達が喜ぶ様なものを。
「……っ」
「あ、ごめん! 大丈夫?」
考え事をしながら歩いていた所為で人にぶつかってしまった。急いで相手の姿を確認すると、どうやら怪我とかもないらしい。花瓶も無事だ。
「……いえ、大丈夫です」
小柄で可憐な容姿に綺麗な白色の髪の毛。無表情だが、その子の頭と腰には特徴的な何かが生えていた。
「……猫耳と、尻尾?」
薄くだが、その子の頭の上と腰付近に白い耳と尻尾が見えた気がした。
「……貴方は」
しまった! まさかこの子は妖怪関係の人物だったのか? 迂闊だった。初めてみた猫耳少女に、つい口が動いてしまった。
「いや、ごめん。見間違いだったよ! ホント、ごめん!」
彼女が何かを言おうとする前におれは自分の教室へと逃げた。後ろから視線を感じているが、生憎おれには戦う術がない。見えるというだけでを除けば普通の人間なんだ。それにこの学校では問題事を起こす訳には行かない。
今までの様にーーー。
「はぁ、はぁ……!」
彼女はこの学校の生徒だったのか、それとも妖怪だったのか。そんな事は後回しだ。今は取り敢えず彼女から遠ざからないと! 悪意のある奴には見えなかったけど、学校で妙な事をされたら堪らない。
「ど、どうしたの夏目? そんなに汗掻いて?」
教室まで辿り着くと桐生が黒板消しを片手に心配そうな目でおれを見ていた。
「はぁ…はぁ……ッ。桐生、この学校で、白い髪の小柄な女の子っていたりするのか?」
「小柄で白い髪の女の子……? あぁ。それって塔城小猫ちゃんの事?」
「塔城、小猫……」
……聞いた事がある様な名前だ。
「知らないの? 結構有名よ? ほら、駒王学園のマスコットとか聞いた事ない?」
「そんな人が居たような……」
確か一誠がそんな話をしていた覚えがある。そうか、彼女が塔城小猫……。なんだ、おれの勘違いだったのか……。
「桐生、その塔城小猫っていう子には猫耳とか付いていたりするのか?」
「猫耳ぃ? 確かに名前とか雰囲気とか猫っぽいけど流石に耳までは生えてないわよ」
……という事はあの耳と尻尾はおれにしか見えていない恐らく妖怪の類の物。
「ふーん。夏目の趣味って猫耳なんだ……」
「何か言ったか?」
「なーんでも」
なんとなく、桐生に変な情報を与えた気がした。
『おおい人の子。随分と探したぞ』
不意に右肩から声が聞こえた。右肩を見るとそこには何時も家に籠っている小人が笑顔でおれの肩に座っていた。
「あ、お前何でここに……!」
『何やら面白い物を家で見つけたのでな。暇つぶしがてらに知らせに来たわい。友人帳がどうとか言っておったのう』
「友人帳だって!?」
まさか友人帳目当ての妖怪か?……ッまずいぞ、友人帳はおれの部屋だ!
「……誰かいるの?」
「桐生ごめん! 体調が悪くなったから帰るって先生に伝えといてくれ!」
「え? ちょ、ちょっと夏目! まだーーー」
手に持っていた花瓶を桐生に押し付けおれは小人を肩に乗せたまま兵藤家に走り出す。
もし友人帳が悪意ある妖怪に渡ったら大変な事になるーーー!
……………
「おい! 友人帳を狙っているやつはどんな奴だった!?」
『そうじゃのぅ。確か……もこもこで白かったのぅ』
「もこもこで白い……? とにかく、友人帳がそいつの手に渡る前に家に帰らないとーーー」
もし友人帳がそいつの手に渡ったら、もしその妖怪に家にいる幸子さんが何かされていたら、嫌な考えばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
おれが友人帳を家に置いていたから兵藤家の人たちが怪我をした、なんて事になればおれはこの日の出来事を永遠に忘れないだろう。それ程までにおれは焦っていた。
「あらあらどうしたの貴志くん。忘れ物?」
「はい!」
家に到着すると幸子さんが洗濯物を干しているのが見えた。良かった、まだ何とも無いみたいだ。
玄関の扉を乱雑に開けすぐさま階段を登っていく。すると、おれの部屋の中からガタンガタンと物音がしていた。
『いるようじゃの』
「あぁ……」
ゆっくりとドアの前に近づいていく。
ドアの前まで辿り着くとドアに耳を当て目を閉じる。
『……め。全く……友人帳は……』
微かに聞こえる声には確かに”友人帳”という単語が聞こえた。
(やっぱり友人帳を……!)
どうする? 考えろ。この中にいる妖ものが低級ならば何とか出来たかも知れないが中級やそれ以上となればおれ一人だと追い払うのが無理に近くなってくる。
肩に乗っている小人は全くと言って良いほど戦力にはならないし……。
(覚悟を決めるしか無いな)
「ふー……よし。小人、お前は下がってろ」
『無理するで無いぞ。それに彼奴はーーー』
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
学生鞄を両手に持ちながら部屋に突入したおれは目の前にいた白いナニカに向かって学生鞄を思い切り振り下ろした。
「ぶにゃん!?」
ーーーぼよん。
手に伝わった感触は何か柔らかいものでも殴ったかの様な、ゴム鞠を叩いた様な奇妙な感触だった。
「ぼよん……?」
殴りつけた何かは不思議な鳴き声を出しながら机に激突し、そのままだらんとなっていた。
「や、やったのか……?」
小人がわざわざ家を離れてまで学校に来たのだからこの妖は中級以上だと思っていたのだが……。
白い何かをよく見るとそいつはまねきねこの様な姿をしていた。取り敢えずかわいくはない。
ーーーこのまねきねこ、どっかで見た様な?
「こらーーー!!?」
「うわぁあっ!? い、生きてる! 化け物!」
死体? をツンツンと指でつついているといきなりまねきねこが起き上がり叫んだ。
「誰が化け物だ! 私は高貴なる存在だぞ!………ほう、お前が」
暴れていたまねきねこが急に静まりおれの事をじっと見始めた。
「な、なんだよ……」
じっとりと見透かす様な視線に思わずおれは顔を背けそうになった。
「ーーーそうか、やはりお前は夏目の血縁者か……道理で彼奴に似ている訳だ」
「お前、何者なんだ?」
何かを悟った様な、懐かしむ様な表情を浮かべたまねきねこ。おれはその顔にが何処か悲しそうに見えた。
「私の名前は
ーーー家に突然やって来たまねきねこは、自分の事をにゃんこ先生だと名乗った。その名前はかつて祖父に聞かされたあの話に出てきた妖怪の名前だった。