駒王友人帳 作:にゃんこ
傷ついた黒猫を僕は見捨てられずにはいられなかった。黒猫は今にも息絶えそうで、その小さな体は冷たくなり始めていた。
鞄に入っていたタオルで黒猫を包み両手で優しく抱きしめながら僕は急いで家に向かった。
本とかで調べたりしながら必死に血を止め傷口に薬を塗ったり慣れない手つきで包帯を巻いた。
「これでいいのかな?」
我ながら酷い出来だったと思う。包帯の巻き方はぐちゃぐちゃで、そこら中は色んなものが散らばっていた。
「……早く治るといいな」
黒猫に毛布をかけ、僕は部屋を片付け始めた。
そして片付け終わると僕は黒猫に寄り添う様に眠った。
……………
にゃんこ先生と契約を交わした後時計を確認すると既に11時だった。
慌てて下の階にいると幸子さんがまるでおれに気づいていないかの様に掃除機をかけていた。
声を掛けても返事をしない幸子さんを不思議に思っているとにゃんこ先生に「私がやった。感謝しろ」と短く告げられた。なんでもおれが家に帰って来たこと自体を忘れさせたみたいだ。このにゃんこ、案外役に立つんだな……。と口に出してしまいそのふくよかな体で体当たりを受けた。そのふくよかな体は以外に固く、危うく気を失いかけた。
「痛いじゃないかにゃんこ先生。そんな見た目の癖になんでそんなに硬いんだ……」
「ふん。私のスムァートなボディをバカにするからだ」
今おれはにゃんこ先生先導の元ある場所に向かっていた。幸子さんはにゃんこ先生のお陰で助かったものの、桐生には体調不良で家に帰ると伝えた手前これからどうするか悩んでいた時に、にゃんこ先生が行きたい所があるから付いて来い。と言われたので付いて行くことになった。
「早く来い小童。間に合わなくなってしまう」
「何処に向かってるんだよにゃんこ先生。あと、小童はやめてくれ。おれの名前は夏目貴志だ」
「ふん。お前なぞしばらく小童で十分だ。ーーーんん? 見つけたぞ! こっちだ小童!」
にゃんこ先生に認められるのは難しそうだ。
「待ってくれよにゃんこ先生!」
ひとまずは、走り出したにゃんこ先生を追いかける事にしよう。
「ふむ。着いたぞ小童ここだ。ここから臭う」
「ハァ……ハァ……こ、ここか?」
普段、あまり走ったりしていない所為でだいぶキツかった。体力、付けないといけないな。
「なんだ。本当にモヤシだなお前は」
「うるっさい。先生が、急に走り出したからだろ」
走って走って、ようやくついた場所は町の外れにある使われていない教会だった。……この教会は前に来たことがある。確か、この町に引っ越して来たばかりの時だ。あの時は自分でも荒れていたと思う。事情を知っていた祖父にだけは心を開けていたけど、その他の他人には何処か疑っていた。だから声を掛けてくれた一誠に冷たく接してしまっていたし。でも今は少し仲良くなれている……気がする。
「先生、こんな教会に何か用があるのか? 妖の類もいないし」
この教会は特に変わった感じはしない普通の教会だ。ただ、少し汚れた様なそんな
そう聞くと先生は顔をにたりと歪ませた。
「何、その兵藤一誠とかいう奴は堕天使に殺されるのだろう? ならば、その堕天使を先に潰してしまえばいいのだ」
「じゃ、じゃあこの教会にその堕天使がいるっていうのか?」
「私の鼻を甘く見るな。薄汚い堕天使の臭いを見つける事など容易い事だ」
確かに元凶を潰すという提案は理に適っていると思う。だけどこのにゃんこ、考えが怖すぎる。
「何で先に言わないんだよ先生!」
「馬鹿者。何のために私が居ると思っている! この中にいる堕天使なんか私一人でけちょんけちょんにしてやるわ。モヤシは其処で見ていろ」
にゃんこ先生は獣の姿になり教会へと入ろうとーーー。
「あの、此処で何をしていらっしゃるんですか?」
振り向くと其処には首から十字架を下げた修道服を身に纏う女の子がいた。まずい、教会の人に見つかった!
「え、えーっと……ちょっとペットが逃げ出して」
我ながら苦しすぎる嘘だと思う。こんな時間に使われていない教会にいるなんてどう考えても怪しいだろう。
「わぁ! 大きなワンちゃんですね! 貴方のワンちゃんですか?」
「え? あぁ、うん」
女の子は手を合わせながらにゃんこ先生を見てそう言った。見間違いではなく、その目はにゃんこ先生の方に注がれていた。下手な嘘がバレずに済んだ。
「……君には、見えるのか? にゃんこ先生が」
「えっと、はい。見えますよ? 大きくて立派なワンちゃんですね!」
女の子はおれの問いの意味をよく理解していないのか、首を傾げながら答えていた。まるで見えているのが当然の様に。それと、この子は少し天然なのかもしれない。
この町に来て、妖が見えているのはずっとおれ一人だと思っていた。今まで探し求めていた何かを見つけた気がした。
「にゃんこ先生、彼女は本当に……」
『あぁ、見えているな。私の姿を見て驚かない所を見るとこの小娘は見慣れている』
ーーー見慣れている。それは今まで彼女が多くの妖を見て育ってきたという事。
「ひょっとして、彼女もおれと同じなのか?」
『いいや違う。小娘が私の姿を見れるのは恐らく
「セイクリッドギア?」
初めて聞いた言葉だ。
『神器とは聖書の神が創ったシステムの様なものだ。神器は強力な力を所有者に与えるが、それは人の子の血を引いた者にしか宿らん。小童の異能とはまた別の存在だ』
「そうなのか……」
『答えろ小娘。お前の力は何だ? 私の姿が見れる位の力を持っている神器など数少ない。場合によってはーーー』
にゃんこ先生は声のトーンを低くして脅す様に言った。
すると女の子は少し慌てた様に手を差し出してきた。
「わ、私が神様から授かった能力は治癒の力です」
『治癒か……ふん。成る程な』
女の子の細い指には綺麗な指輪がはめてあった。それを確認すると先生は一人納得した様に鼻を鳴らし、にゃんこ先生は元のまねきねこの姿に戻った。
「先生、成る程ってどういう事だ?」
「この小娘の力は恐らく
「彼女が見えているのはその能力のおかげ、か……。えーっと、君は妖が怖くないのか?」
「はい。私は怖いとは思いません。私が出会った皆さんは優しい人たちばかりでした」
笑顔でそう言った彼女だが、おれにはその笑顔が何処か曇っている様に見えた。
「そういえば自己紹介をしていなかったね。おれは夏目貴志。駒王学園の二年生だよ。そしてこの狸みたいな猫がにゃんこ先生」
「狸とはなんだ! モヤシの癖に私をバカにするのか!」
「モヤッ……! せ、先生はにゃんこという体型してないだろ。どちらかというと子ブタだよ」
「言ったなこの木の棒」
「言ったなこの白饅頭」
「ふふっ。仲が良いんですね」
女の子はおれとにゃんこ先生が言い争っているのを楽しそうに見ていた。側からみたら今の光景は仲良く見えてしまうのか。いや、それはないな。どうやらツボに入ったらしく女の子は目の辺りに薄っすら涙を浮かべていた。笑い泣きというやつだ。
「私はアーシア・アルジェントと言います。昨日からこの教会に派遣されたんです」
「アルジェントか、よろしく。おれの事は夏目でいいよ」
「はい! では夏目さんと呼ばせて頂きますね」
初対面の人と此処まで話せた事は初めてかもしれない。やっぱり、彼女がおれと同じ見える人だから無意識に心を開いているのか、それとも彼女自身の魅力なのか。
先ほどの笑顔が曇って見えた理由も、ほぼ初対面のおれに話してくれる事はないだろう。おれ自身、兵藤家の人たちに隠し事をたくさんしているから人のことは言えないな。
「そうだ。今からこの街を案内しようか? アルジェントさんはまだこの街の事を良く知らないだろ?」
「おい小童。奴らはどうする気だ」
にゃんこ先生がおれにだけ聞こえるくらいの声で囁いてきた。
「しょうがないだろ? 彼女がその堕天使の仲間なのか、唯教会で働く人なのか分からないんだし」
「手遅れになっても知らんぞ」
「……この近くに美味いまんじゅう屋があるから、それで我慢してくれないか?」
「それならば仕方あるまい。後日にしてやろう」
にゃんこ先生は先ほどの態度から180度変えると嬉しそうに町に向けて歩き出した。
正直、疑いたくはないけど彼女が堕天使の仲間かも分からない以上ここで迂闊に行動してしまえば厄介な事になるに違いない。まずは情報を少しでも集めないと。
「いいんですか? ありがとうございます! 私、教会まで辿り着けたのは良いんですけれど道をまだ完全に覚えきれていなくて……」
アルジェントさんはそう言うと照れくさそうに笑っていた。
自分と同じ妖が見える彼女を疑いたくはない反面、実は今見せているこの表情も全て計算された行動なのかもしれない。
……こんな事は考えないようにして来たのに、ふとした瞬間考えてしまう。今見えている世界が、人達が全部偽物なんじゃないかって。妖が見えると打ち明けたら今の日常が崩れ去ってまた一人になるんじゃないかと。
「大丈夫ですか夏目さん? 顔色が悪いみたいですけど……」
この優しさに慣れてしまえば失う時の悲しみが増えてしまうから。それならいっそ自分から突き放した方がいいと。
「大丈夫、少し目眩がしただけだから。……よし、じゃあ行こうかアルジェントさん」
「本当に大丈夫ですか? 体調が優れないなら後日でも構いませんよ?」
「心配しなくてもいいよ。案内くらいは出来るさ」
「おい、さっさと行くぞ! 私のまんじゅうが無くなってしまう!」
…………
やはり町に来るとアルジェントさんはかなり目立った。外国人のシスターなんて滅多に見かけないからか、通行人も必ずこちらをチラリと見てくる。おれの肩に乗って楽をしているにゃんこ先生も中々視線を集めていた。
「あの、ここのお店はなんて書いてあるんですか?」
「ここは蕎麦屋だね」
アルジェントさんは日本に来る前に色々と勉強してきたが喋る事も一苦労で、こういう看板などの字がまだあまり読めないらしい。
「何? 蕎麦だと? おい小僧! そろそろ飯時だ。蕎麦食うぞ蕎麦」
「そういえばそんな時間だな……。アルジェントさん。良かったらここで食べていく?」
「で、でも私お金なんか持ってないですよ?」
「いいよ気にしなくて。今日はおれの奢りって事で」
「そんな、悪いですよ! 今日知り合ったばかりの人に……」
アルジェントさんは申し訳なさそうに顔を俯かせた。確かにあって間もない人に奢ってもらうのは気が引けるな……。
「小娘。ここはこいつの財布の緩さに感謝して恵んで貰うべきだ。奢って貰え」
「そうなのでしょうか……?」
にゃんこ先生の言葉は有難い。が、そのキラキラとした目で商品のレプリカを見ていなければの話だ。
アルジェントさんは悩んでいるのかうんうんと唸りながら考え込んでいる。
「小僧。私はてんぷら蕎麦だ」
「何勝手に決めてるんだよ。というかこの店に猫入っていいのか?」
「その時は私の事をぬいぐるみとでも言え」
「いやそれは無理があると思う」
ーーーくぅ。
と、小さな音が聞こえてきた。にゃんこ先生の方を見ると首を振って否定していた。となると……。
「で、では、お言葉に甘えて今日はご馳走になりましゅ! で、でもいつかこのご恩は御返ししますね!」
真っ赤になったアルジェントさんが顔を俯かせたままおれの手を取りそのまま蕎麦屋に入った。
「こら私を置いていくな!」
長くなりそうなので切りますね