駒王友人帳   作:にゃんこ

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教会の出会い 後

翌朝、僕が目を開けると黒猫は居なくなっていた。寝かせた場所には巻いていた包帯が律儀に折りたたまれていて、その上に小さな紙が置いてあった。

その紙には猫の肉球のマークがポンとハンコの様に押されていて、それを見て僕は思わず笑ってしまった。

 

「なんだ、あの猫妖だったんだな……」

 

別にその考えをしていなかった訳じゃない。でも、少しショックだった。あの猫が一人ぼっちだったのなら自分に仲間が出来た、なんて思っていたりしていたからだ。

恐らくこの包帯に付いている血も、普通の人には見えないだろう。妖の姿は普通の人には見えない。だから周りの人から見れば自分はただ白く汚れていない包帯を持っている様にしか見えない。

 

「また……会えるといいな」

 

そう呟くと遠くで猫の鳴き声が聞こえた気がした。

 

 

 

……………

 

 

 

「お蕎麦って初めて食べましたけど、とても美味しかったです! 流石ジャパニーズですね!」

「いや〜食った食った」

 

日本に来たのが初めてなアルジェントさんは蕎麦の味に大興奮していた。修道服で変な猫を抱えていた姿はとても目立っていたけど。

 

「先生は天ぷらそば食べすぎなんだよ。その体の何処に入るんだ」

 

天ぷらそばを2杯も食べたというのに先生の体は全く変わっていない。妖と料理を食べた事なんて今までなかったからもしかしたらにゃんこ先生が標準なのかもしれない。……今まで貯めていた小遣いで足りるだろうか、これから。

 

「私は高貴な存在だ。その私に食べ物を貢ぐのは当然の事。これからも貢げ」

「はいはい。……じゃあアルジェントさん。まだ時間が大丈夫ならこのまま街を案内するけど」

 

アルジェントさんを案内する。というのは建て前の様な物だった。錦神の言っていた一誠の死……それには堕天使という存在が絡んでいて、その堕天使は先ほどにゃんこ先生と共に行った教会に。そしてその教会にアルジェントさんは派遣された。

 

彼女はおれと同じく妖が見える。それは先生の言っていた神器の恩恵の様な物らしいけど、おれは初めて出会った同じ世界を見る人を疑いたくはない。美味しそうに蕎麦を食べていたアルジェントさんが、おれを騙す為にわざとこういう演技をしている……と。何度も何度もその考えが浮かんで、すぐさま消している。

 

「私はまだ大丈夫です。……それに、同年代の人とこうして一緒にお食事をしたりするの、憧れてたんです」

 

両手を合わせ祈るように言うアルジェントさんは、やはりシスターなんだと思わされた。だが同時に、何故彼女があの少し寂れた教会に派遣されたのだろう? という疑問が浮かんだ。

 

「そっか……実を言うとおれも、こういう経験をしたのは初めてなんだよ。その、同年代の人と一緒に出かけるのって」

 

一誠とは家や学校で喋る事はあるけど、それもほんの少しだ。この一年少しずつ距離を縮めようと一誠はしてくれているけど自分自身、妖が見える(この事)をどう伝えたらいいのか。伝えてしまえば嫌われてしまうのではないか。そんな事を考えてしまう。優しい人達だと分かっているのに、どうしてもその考えが拭えない。

だから、自分と同じ妖が見える彼女に対してここまで心を開けているのかも知れない。同じ世界を見てきた彼女に。

 

「お揃いですねっ、夏目さん」

「そうだね、アルジェントさん」

 

こうして秘密もなく語り合える人を、おれは求めていたんだろう。

 

「甘い。甘いぞ小童。今の空気はまんじゅうより遥かに甘い」

「はぁ? いきなりどうしたんだよ先生」

 

にゃんこ先生が顔を歪め、舌を出しながらペッペッっと唾を地面に吐き捨てている。猫の姿をしていなければそこら辺にいるおっさんみたいだ。

 

「おい小童。まんじゅうだ。次はまんじゅうを食いに行くぞ」

「……今昼食べたばっかりだろ? まんじゅうは帰りに買うから我慢しろよ先生」

「我慢ならん。今だ今食う」

「夏目さん! 私もまんじゅうを食べてみたいですっ」

 

まんじゅうに興味を持ったのかアルジェントさんがそう言ってきた。甘いものは別腹というものなのか?

 

「はぁ……仕方ないか。じゃあ行こうか七辻屋(ななつじや)

 

 

 

……………

 

 

 

七辻屋はこの駒王町にひっそりと建つ和菓子屋である。周りとは異なるレトロな外観にすこし仄暗い店内。

その雰囲気に初めて来たときにすぐ気に入った店だ。それに、この店のまんじゅうは本当に美味しい。幸子さん達にも好評だった。

 

「こんな所に和菓子屋さんがあったんですね〜」

「ここにも七辻屋があったのか。でかしたぞ小童。ほれ、早くまんじゅう買え」

 

アルジェントさんは初めてきた和菓子屋に興奮気味。先生は俺の肩に乗りながら早くいけと肉球を顔に押し付けてきている。

 

「ーーーいらっしゃい。……おぉ、夏目くんじゃないかい。久しぶりだねぇ」

「こんにちは」

 

店に入ると奥の部屋から眼鏡を掛けた白髪の何処かゆったりとした雰囲気のおばあさんが出てきた。彼女はこの七辻屋の店主であり、近所では優しいおばあさんとして通っているらしい。彼女は少ししか訪れていない客の顔も覚えているすごい人だ。……まぁ、それは表面だけだけど。

 

「おや、今日は連れがいるのかい。珍しいねぇ」

「は、初めまして! アーシア・アルジェントと申します!」

「にゃん」

 

ぺこりと深いお辞儀をしながらアルジェントさんは自己紹介をした。おばあさんはそれを微笑ましそうに見た後、おれを見た。

 

「夏目くんも男だねぇ……外国人の女の子とタヌキを引っ掛けて来るなんて」

「タヌキだと!?この私の事をこの婆さん、目が腐っているぞ小僧!(にゃん!? にゃんにゃにゃにゃん、にゃん!)」

「それに日本語も上手だねぇ。留学生かね?」

「はい。色々勉強したので! 後女の子を引っ掛けるとはどういう意味でしょう?」

 

意味が分かっていないのか首を傾げて此方を見るアルジェントさん。

 

「違いますよ。彼女は最近この町の教会に派遣されたシスターさんで、色々あってこの町の案内をしているんです……あと、肩に乗っているのは猫です」

 

にゃんこ先生がタヌキに間違えられて少し怒ったのか、おれの肩に爪が食い込んだ。ちなみに今分かった事だけどにゃんこ先生の声は普通の人には猫の声にしか聞こえていないらしい。

 

「町外れにある教会かい? 確かあの教会には最近変な噂が流れていて誰も近づかないらしいねぇ」

「噂、ですか?」

「何でも羽が生えた女の人が教会に入っていくのを見たとか、夜中に笑い声が聞こえたとか。まぁ噂程度だけどねぇ」

 

羽の生えた女の人……その人が一誠の事を殺す堕天使か。人目についてまで一誠を探しているって訳なのか? そこまでして一誠を狙って何になるんだ?

 

「羽が生えてるって、コスプレか何かですか?」

「さぁ? 私も其処まで詳しい訳ではが……アーシアちゃん」

「はひっ!」

 

急に名前を呼ばれびっくりしたのか、びくりと肩を揺らし、目が泳いでいる。

 

………。

 

「気を付けなよ? もしかして幽霊の仕業かもねぇ」

 

おばあさんはヒッヒッヒと不気味な笑い声を上げている。アルジェントさんはその笑い声に少し顔を青ざめていた。

 

「き、気をつけます」

「おばあさん。そろそろやめといて下さいよ。アルジェントさんが怖がっているから」

 

見ていてあまり面白くないので愚痴を挟んだ。

 

「そいつは悪い事をしたね。からかい甲斐のある子だからついつい……」

 

口元に手を当てておばあさんは笑っている。見た目は優しそうな人なのに、どうしてこう、人をからかうというか、弄るのが大好きなのか。

 

「それで? 今日は何個買ってく?」

 

いつの間にか計算機を持ち出しておれを見ている。

ほんと、見た目は優しそうなのに……。

 

「二箱でお願いします」

「はいよ……じゃあーー円だねぇ」

 

手慣れた手つきで値段を計算すると皺くちゃの手をこちらに差し出してきた。

 

「毎度」

 

財布からピッタリお金を払い、まんじゅうを受け取った。

 

「むふー」

 

匂いを嗅いだにゃんこが目をキラキラとさせながら肉球をまた押し付けてきた。

 

「それにしても変わった猫だねぇ……こんなに大きな猫見た事ないよ」

「そうですね、実家の猫を預かってるんですよ」

 

勿論嘘だ。にゃんこ先生の事を話す訳にもいかないから、適当な嘘を吐いた。

 

「そうかい。そんなに大きな猫だと食費も掛かりそうだねぇ」

「分かりますか? 食費が掛かって仕方がないんですよ、よく食べるんで」

 

てんぷらそば二杯とか。

 

「それじゃあおばあさん。また来ます」

「あっ、えっと……さようなら!」

 

これ以上話しているとにゃんこ先生の機嫌が悪くなりそうなので、さっさと退散することにした。

また来ますというとおばあさんは手を振りながらニコニコとしていた。だけどその目は$マークをしているように見えた。

 

 

 

店から出て少し歩いていると公園があったので、休憩も兼ねて立ち寄る事になった。

 

「ふむ。このまんじゅう少し味が薄いな。砂糖が足らん」

「先生の舌が肥えてるんだよ。というか食い過ぎだ」

 

にゃんこ先生の周りにはまんじゅうの包装紙が巻き散らかさせている。

アルジェントさんは美味しいです! といいながらまんじゅうを頬張っている。

 

『夏……ナツメ……見つ…た……! やっ……ヤット』

 

「ッ! 」

 

不意に頭の中に語りかける様な声が聞こえた。周りを見渡しても何も見当たらない。気の所為、だろうか?

 

「どうした小僧」

「いや……なんでもないよ」

「……妖者か?」

「分からない、けど何か聞こえた気がしたんだ」

「妖怪さんが近くにいるんですか? 見当たらない様ですけど……」

 

アルジェントさんもおれと同じ様に周りを見渡したが、何もいないので首を傾げている。

 

「ふむ。妖者の臭いはしない所を見ると随分遠い所から声を送ってきたと見える。私の鼻が聞かない距離だ。相当面倒な奴だろうな、そ奴は」

 

何処か嬉しそうな、興奮したような声。それだけおれを見つけた事が嬉しかったんだろう。おれだけに送ってきたという事は、きっとそいつは友人帳に名前が書いてある妖怪に違いない。最近、妖者が来る事が多くなってきた気がする。

 

「まだそ奴が遠い場所にいるならば対策など幾らでも打てる。気にするな」

「そうだな……」

 

途切れ途切れになっていたから、にゃんこ先生の言う通りまだ遠い場所にいるんだろう。……大丈夫だ。これからはにゃんこ先生がいるし、間違っても死ぬ事はない筈だ。

 

「あの、夏目さん。顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」

「あぁ……うん。大丈夫だよアルジェントさん。心配してくれてありがとう」

 

余程おれの顔色が悪かったのか隣にいたアルジェントさんが心配そうにこちらを見ていた。まだ大丈夫だと思っていたのだが、案外疲労していたみたいだ。確かに今日は色んな事が起きすぎている。

 

「今日は、もう帰ろうか。あんまり街を案内出来ていないけど……」

「いえ、 私は楽しかったです。お饅頭とか、お蕎麦とか食べた事のない料理をたくさん知れたので!」

「そっか……良かったよ、喜んでくれて。食べ物ばかりになっちゃったけど」

「私は満足だぞ」

 

時間としては短かった。今日彼女に出会えたのは偶然なのかも知れない。

 

「あの、夏目さん」

「どうしたの?」

 

自分と同じ視える少女。そんな彼女に出会えたのは……。

 

「良かったらなんですけど……私と、ともだちになってくれませんかっ!?」

 

にゃんこ先生(まねきねこ)が招いた奇跡……だったりして。

 

 

 

 

「ーーーあぁ。勿論」

 

 




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