駒王友人帳 作:にゃんこ
ーーー中学三年生の頃。おれはある妖怪と出会った。それは兵藤家に居候する事になった僅か一週間後の出来事だった。
「夏目貴志です……短い間ですが、よろしくお願いします」
淡々と自己紹介を終え、少しだけ頭を下げた。小慣れた態度に担任である先生は少しだけ微妙な表情をしていた。恐らく自分の境遇を転入する時か何処かで誰かに聞いたんだろう。そういう態度にも特に何も言う事は無く、あそこの席に座りなさいと言った。
「やっぱり同じクラスになったな。よろしく、夏目」
気を効かせたんだろう。おれの隣は居候先に住む少年 兵藤一誠がいた。
休み時間になると転校生恒例の質問タイムが始まった。何度も転校を繰り返してきたおれにとってはもはや珍しくもなんとも無いイベントの一つだ。
「夏目ってどこから来たんだ?」
「夏目くんって好きな食べ物ある?」
「前いた学校はどんな所だった?」
「好きな歌手とかいる?」
次から次へと質問が飛んでくる。おれとしては仲良くする気は無かったから適当に返事を返していると無愛想な奴に思われたのかその日の終わりにはおれに話しかけてくる奴は少なくなっていた。おれは別に何とも思わなかった。だけど、隣に居た一誠だけは事あるごとにおれに話しかけてきた。
学校が終わるとおれは一先ず落ち着ける場所を探す事にした。ぶらぶらと一人、学校を歩いていると校舎の裏にある少し薄暗い場所へとやってきた。
おれとしては明るく振る舞わず、教室の隅の方にいる生徒になる事にしているからクラスメート達にも極力関わらない方向で行こう。下手に人に関わると疲れるだけだ。今までもこうして来た。だけど、なんで一誠はおれに話しかけてくるんだろう。どうせすぐ出て行くだろうから冷たく接していたつもりだったのに。
『あゝ……懐かしい……お前はレイコか?』
「……誰だ?」
野太い声が周囲に響き渡る。それに無意識に返事をしてしまった事におれは直ぐに後悔した。まさか新しい学校に来たその日に妖に絡まれるなんて思いもしなかったからだ。
声を掛けてきたそいつは長く顔が半分くらい隠れる灰色の髪に、髪色と同じ灰色で無地の着物を着こなした人型の妖だった。
『あゝ……その気配。正しくレイコの物だ。レイコ、何故私の名を呼んでくれない? レイコ、何故私を求めない? レイコ、私はずっとお前が呼んでくれるのを待っていたのにーーー』
ーーー繰り返されるレイコという名。その名前は確か聞いたことがある。遠い先祖におれや貴志さんと同じ様に妖力の強い人がいたと。
「おれはレイコという人物じゃない。レイコは多分、おれのご先祖様だ」
『ーーーレイコ、じゃない?』
「あぁ」
『……そうか、そうだったな。人の命は余りにも短い。そんな事を忘れてしまっていたのか私は……』
悲しむ様にそう言い終えると妖怪はおれに向かって頭を下げ始めた。いきなりの事に頭が付いて行かずおれは口をポカンと開けるだけだった。
「おい……」
『ーーーナツメよ頼みがあるのだ。どうか、聞いてはくれないか』
「頼み……?」
『あゝ……この町にいるという友人に会いに来たのだが、中々見つからぬ故、どうしたものかと途方に暮れていた時に偶然、懐かしい気配を感じ取り私は此処まで来たのだ』
それがおれだった、という訳か。
『お前程の妖力がある奴ならばきっと力になってくれるだろう、そう思っていたのだ』
「……残念だけど、おれはお前達を見えているけど妖を探すなんて事出来ないぞ」
妖を探したり祓ったりする人達もいる様だけどおれにはそんな力がある筈も無く、力にはなれないと諦めて貰おうとした。下手に妖の頼みを聞くと危険な目に遭うことを知っていたからだ。
『いや、その友人というのは人の子なのだ』
「は? えっと……つまりおれの他にも見える人がいるって事か?」
『何しろ会ったのは昔の事だ。今もあの子が視えているとは限らない。それに、あの子はレイコやお前の様に妖力の強い訳でも無かった』
「その子の名前は? 探すにしても名前とか特徴を教えてくれないと分からないぞ」
おれは自分が驚くくらいこの頼み事に興味を持っていた。それは多分、おれと同じく視える人がいるかも知れないという期待からだと思う。その人は妖達の事をどう思うのだろうか。
『名前は確か
「奏か……聞いたことが無いな。この学校にいるのか?」
『……分からぬ。だが、この町にいる事は確かなのだ』
「この町にはおれも来たばかりだし、知らない場所も多いからな」
土地勘もあまり掴めていない今のままでその奏という人を探すのは難易度があまりにも高い。
『……すまないナツメ。無理な願いを押し付けてしまった』
「いや……待てよ?」
この妖がおれのご先祖様にあっていたなら、もしかすると友人帳に名前が載っているかも知れない。肩から下げていたカバンを漁り友人帳を取り出す。
「お前、もしかして友人帳に名前があるか?」
『名前……? おぉ、そうだ。確かレイコと勝負をした時に名前を書いて渡したのだ』
そうか。よし、それならこいつに名を返せば何か分かるかも知れない。
「今から名を返す。多分、そうしたら何か分かる気がするんだ」
『……そうか、では返して貰おう。私の名を』
「ーーー我を守りし者、その名を示せ」
友人帳を持ち妖怪の姿を見ながら強く念じる。すると友人帳がパラパラと一人でに動き出し、ある程度進むとその動きが止まった。そのページをちぎって口に加える。
名前を返すのに必要な事はその血族の唾液と息。妖怪を見ることができなかった祖父たちには出来なかった事、そしておれに与えられた役目。
「『
ふぅと息を吐くと文字達が霜舟の額に吸い込まれる様に入っていった。
ーーーそして。霜舟の名前を加えたからか、おれの頭の中にフラッシュバックする様に霜舟の記憶が流れ込んできた。
……………
『貴方はここで何をしてるの?』
草木が生い茂る森の中に一人の少女と霜舟がいた。少女は半袖のシャツに短パン、麦わら帽子を被り石の上に座る霜舟を見上げていた。
『驚いた。お前は私が視えるのか』
『おじさんは見えちゃいけない人なの? お化け?』
『幽霊か。あながち間違ってもいないな。少女よ、暗くならないうちに住処へ帰るがいい。この森は夜になると危険だからな』
『……帰りみち、分からないの』
少女は帽子を握りしめ、少し震えた声で霜舟に言った。
『これは困った。人の子がこんな森に迷い込むなど滅多に無いだろうに』
『おとうさんとね、お魚を見に来たの。だけどね、いつのまにかおとうさんが居なくて、かえりみちもわからなくて……グス』
誰かに出会えたという事への安心と帰れないかも知れないという不安は少女を泣かせるには十分の理由だった。霜舟に抱きつきワンワンと泣く少女はやがて、霜舟の腕に抱かれながら眠り始めた。まるで電池が切れたおもちゃの様に。
『困った。私が人の子などを預かる日が来ようとは……』
霜舟は眠っている少女に目を向け、首を二、三度降ると決心がついた様で少女を抱き抱えたまま歩き始めた。
『これも何かの縁。人の子を助ける事もまた一興か。感謝するが良い人の子よ』
霜舟がしばらく森の中を歩いていると少し広い河原に辿り着いた。そこには大声で何かを叫んでいる男が見つけた。
『奏ーー!? 奏ーー! どこにいるんだーー!』
男は少女と同じく麦わら帽子を被り、半袖のシャツと短パンを身につけていた。額には大粒の汗が垂れており、必死に何かを探している様に見えた霜舟は少女と男の服装を比べた。
『同じ服装……あれがおとうさんという奴か』
霜舟は少女を近くの木下に寝かせ、近くの草をガサガサと鳴らした。
『奏! そっちにいるのか!?』
男が音のした方向へ走り出すと木下に寝かされている少女の姿を発見した。
『奏! 良かった、無事だったのか……』
『ふぇ……? おとうさん? 』
『良かった、良かった……!無事でいてくれて……! 』
(うむ。おとうさんという奴が見つかって良かった。全く、人というものは分からない生き物だ)
大切な人と離れれば泣き、再開しても泣く。人というものは、何故こうも泣くのだろうか。大切ならば目を離さず何かで繋いで置けば良かろうに。
親子が抱き合う姿を影で見ていた霜舟は小さく溜息を吐くと、その場から立ち去った。
後日、霜舟は親子と別れた河原まで足を運んでいた。大きな石の上であぐらを掻いている霜舟は心なしか、うずうずしている様に見えた。
『むぅ……この私がこんなにも興味を持つとは珍しい。あゝ人の子よ。今度はいつ来るのだろうか……おお、そうだ。あの人の子は魚を釣りに来たと言っていたな。私も魚を釣っていれば来るだろうか』
霜舟はそう言うと早速、魚を釣るための道具を作り出した。近くの葉や木を器用に削り、一時間程掛けて少し歪な釣竿を作った。
『こんなものだろう。よし、では早速魚を釣るとしよう』
糸代わりの細い蔓に小さな木の実を巻きつけ、それをぽちゃんと川に投げ入れた。
『……釣れぬ。釣れぬぞ』
だが、魚が掛かる事は無く。霜舟はその苛立ちからか貧乏揺すりをし始めていた。
『ええい! 人の子の真似などするから釣れぬのだ! 魚なんぞ直接捕まえた方が早い!』
痺れを切らした霜舟は釣竿を河原に投げ捨て、腕まくりをして川に入ろうとした。
『 へ〜器用な物ね。手作りの釣竿なんて』
川に足を入れようとしたその時、霜舟の背後から声が聞こえた。
霜舟が振り返るとそこには霜舟と同じく、釣竿を持った一人の女がいた。
『でもダメね。ここら辺の魚はこの木の実は食べないもの』
『何? そうだったのか?』
『ええ。貴方、そのことを知らないで魚を釣ろうとしていたの?』
『う、うるさい! 魚を釣るなど初めてしたのだ』
クスリと自らの勘違いを指摘された霜舟は少し顔を赤くしながら反論した。
『なら、私と勝負しない?』
『勝負だと? 何の勝負だ』
『勿論、魚釣りに決まってるでしょ? 私が負けたら何でも言うことを聞いてあげる。何なら食べてもいいわ? もし勝ったら……』
『勝ったら……?』
『この紙に貴方の名前を書きなさい』
ビシッと霜舟の前に突き出されたのは一枚の紙だった。恐る恐るその紙を受け取るが特に仕掛けはなく、ただの紙だった。
ただの紙だ。名前を書くくらいならいいだろう。と霜舟は女の勝負を受けることにした。
『そうね……ハンデとして私が貴方の作った釣竿を使うから貴方は私の持ってきた方を使いなさい。餌も使っていいわよ』
と、釣り初心者の霜舟は女にハンデを貰い。正々堂々の勝負をした。
『ぬぅ……何故だ。何故餌も付けたのに負ける』
結果は1対5で女の圧勝だった。ハンデを貰ったにも関わらず、だ。あまりの結果に霜舟は思わず地面に手をついた。
『ま、こんなもんね』
ふふんと威張る女を見上げながら霜舟は素直に負けを認め、女が差し出した紙に名前を書いた。
『これで良いのか』
『ええ。ふーん……霜舟かぁ。いい名前ね』
『お前は名前など集めてどうするつもりなのだ?』
『そうねぇ……私が呼んだら飛んで来てくれる奴を集めてるってだけよ』
『私も呼ばれれば行かねばならぬのか』
『えぇ。ちゃんと来なさいよ?』
『……むぅ。これもまた縁、か。それよりお前、私だけ名前を教えるのは不公平ではないか? お前の名前も教えろ』
『言ってなかったっけ? 私の名前は
霜舟は教えて貰った名前を何度も繰り返し呟いた。
『レイコ……レイコか。覚えたぞその名前。この霜舟、お前が呼ぶならば何時でも駆けつけよう』
『よーしこれでまた増えた。じゃあ私はそろそろ帰るから』
『ぬ。もう帰るのかレイコよ』
『早く帰らないとうるさいからね』
心なしかレイコは寂しそうな、何処か遠くを見る様なそんな目をしていた。
『レイコ。人が嫌いならこの森で住むのも一興だぞ? この森は穏やかで、お前ならば直ぐにでも馴染めるだろう』
『そうね……この森は静かで好きだわ』
『ならばーーー』
『ーーーー遠慮しておくわ』
レイコが出した答えは霜舟の予想していた答えとは違っていた。レイコは先ほどまでの寂しそうな顔から一変し、ニヤリと笑みを浮かべて霜舟の提案を一蹴りした。
『何故だ、お前は人が嫌いなのだろう? 言わなくても分かる』
『だから、よ。私何かがこんな綺麗な森に来てしまったら、綺麗では無くなってしまうもの』
それが、霜舟と夏目レイコが出会った最初で最後の日だった。