駒王友人帳   作:にゃんこ

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夏目と一誠 参

ーーーそうか、そういう事か。

 

流れ込んで来た霜舟の記憶。そこには確かにおれの先祖である夏目レイコがいた。奏という小さな女の子も、霜舟の記憶にはいた。だが、その存在は居ただけに過ぎなかった。

 

「霜舟、お前の探している奏さんは……」

『いや、いい。お前のお陰で思い出せた。……私は長年待ち続けていた所為で、レイコとあの子を重ね合わせてしまっていた』

 

妖と人の時間の流れはあまりにも違いすぎる。妖が語る少しの時間と人の語る少しは、桁の大きさがあまりにも違っているのだ。霜舟はレイコさんを待ち続けた結果、自らの記憶にある女の子を具現化し、いると思い込んでいた。それが霜舟が探していた奏さん。

 

『やはり、お前に会えて良かった。お前に会わなければ、私はずっと見えない影を追い続ける所だった。名前を返してくれてありがとうナツメ、お前のお陰で、レイコとの思い出も思い出せた』

「……おれは何もしてないよ。ただ名前を返しただけだ」

 

名前を返すと、その反動からか酷く疲れてしまう。でも、これももう慣れた事だ。長い間名前を縛っていたのだからこれは当然の事なのかも知れない。自分の体力の無さに少し落ち込んだ。

 

『フッ……そうだな。お前は名前を返しただけだったな。おぉそうだ、お前にこれをやろう』

 

霜舟が懐から何かを取り出し、無理矢理おれの手に握らせてきた。

 

「なんだこれ? ガラス玉……?」

 

握らされたのは小さな青いガラス玉だった。ビー玉より少し小さめなそれは少し暗い今の場所でも何故か光っていて、少し不思議だった。

 

『それは持ち主に幸福を与えると言われているガラス玉でな、物珍しいので持っていたのだが私にはもう不要故、ナツメにあげよう』

「いいのか? こんなの貰っても」

『私はもう幸せになれた。そのガラス玉は、ナツメが持っていた方がいいだろう』

 

幸福を与えるガラス玉……か。なんだかパワーストーンみたいだな。手渡されたガラス玉の存在を確かめる様に握ると僅かな光を反射する様にキラリと煌めいた。

 

「もう行くのか?」

 

ガラス玉をおれに渡した霜舟は、その姿が徐々に、薄くなり始めていた。もう余り時間は残されていないらしい。

 

『あゝ。後は故郷の森へ戻り、少しの間眠るとするよ』

 

出会いは突然で別れも突然。勝手に関わってくる癖に勝手に居なくなる。おれと妖怪の関係はほとんどこんな感じだろう。名前を返して、妖が満足して何処かへ去っていくのを見送るだけ。貴志さんはこの出会いと別れをどう思ったのだろうか。

 

『さようならナツメ。また何時か、お前と逢う日を祈っている』

 

 

 

おれは、少しだけめんどうだ。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

昔の夢を見た気がした。

祖父の家にいる時、あの夏の日の夜。縁側で綺麗な夜空を祖父と見ていた時の記憶を。

 

「貴志はいま、幸せか?」

 

唐突に祖父がそう口を開いた。顔はこちらに向いておらず、ただ夜空を見上げていた。

 

「ぼくは幸せだよ。おじいちゃんが居てくれるから」

 

確かに幸せだった。どんなに人にバカにされようとも、祖父が居てくれたから。祖父だけはおれの頭を優しく撫でてくれた。

 

「そうか……」

 

祖父はおれの返事を聞いて何処か納得した様な顔をした後、おれの頭に手を置いた。しわくちゃで少し冷たいか細い手だ。

 

「貴志は幸せか。良かった」

 

頭に手を置いたまま、祖父は笑みを浮かべていた。何だかその笑みがおれには少し変に思えた。

 

「貴志。人とは一つの人生の中でいっぱい出会って、いっぱい別れる。お前もいつか、この家から出る時も来るだろう。……世界は広い。もしかしたらお前と同じ様に視える人もいるかも知れん。その人もお前と同じ様な人生を歩んできて、悲しそうにしている。貴志、そんな時お前はどうする?」

「……分からないよ」

 

もし、自分と同じような人生を歩んできた人と出会えばどうすればいいのだろうか? 幼い頃の自分には考えが思い浮かばなかった。助ける、という答えが正しいと思う。だけどそれを選択する事ができるくらい自分は強くなかった。

 

「そんな時はな貴志、迷わず手を出すんだ」

「手を……?」

 

ぎゅっとしわくちゃの手が自分の手を優しく掴んだ。

 

「手を出せば、誰かが掴み取ってくれる。手を差し出せば誰かの助けになる。まだまだお前は弱いけど、いつかお前はそれが出来る様な人になれーーーそれが出来れば、お前の周りにはたくさんの人がいるだろう」

 

 

 

 

 

夏目貴志に取って人とはどういう存在だったのか。

それは今までの彼の生い立ちからいうに『自分には不必要な物』だと決めつけられていた。それは変わりようのない事実だ。自分には見えていても周りには見えていない。

見えていると断言しても、周りの人間からすればそこには何もなく。それを繰り返す度に周囲からの目は冷たくなる。

 

『嘘つき』

 

出会った人間の殆どにこの言葉を言われ続けた。自分は嘘つきでは無い。現に彼ら(妖怪)は目の前に居て、自分と同じように生きているのだ。自分に話しかけて来るのだと。だが視えない彼らにとっては其れ等は全て妄言であり、幼い子供が親に捨てられたショックで見ている夢なのだと、構って欲しい子供の嘘だと決めつけた。

 

時には自分の分の食事が用意されていなかった時もある。ランドセルを川に捨てられた事もある。理由もなく叩かれた事もあった。

それでも、夏目は文句を口に出すことは無かった。

文句を言えばもうこの家に居られなくなる、迷惑を掛けてはいけない。自分はあくまで居候なのだ、自分は人とは違う異物なのだ。と夏目はそう無意識に思い込み、人に関わる事に怯えていた。

 

何時だろうと人は異物を拒絶する。白い集団の中に浮き出た一つの赤いモノは紙くずの様にぐしゃぐしゃに纏められ、別の場所へと捨てられる。

 

 

ーーーだから、夏目に取って兵藤一誠は理解しがたい存在だった。

 

拒絶をしても尚接してくる兵藤一誠が。

 

 

 

 

 

 

 

次の日、誰も居ない静かな教室で自分の席に座りながら霜舟から渡されたガラス玉を見ていた。これがどんな幸福をもたらすのだろうか、とか本当に効果はあるのだろうか、とか色々と考えていると大分暇は潰せた。クラスのみんなは無愛想なおれに話しかけて来なくなり、いつもの様に一人になれたとーーーそう思っていた。

 

「よっ。何見てんだ?」

 

でも一誠だけは違った。隣の席だからなのか事あるごとにおれに話しかけて来るのだ。冷たくあしらっても、次の休み時間にはコロッと何もなかった様に話しかけてくる。そんな一誠に少々苛立ちを覚えながら一誠を視界に入れた。

 

「ビー玉か? すげぇ綺麗だな。どうしたんだそれ?」

「貰った」

「誰に? ーーハッ……まさか女子か!?」

「……」

 

同じ家に住んでいて同じ学校で同じクラス、そして隣の席。これ程までに面倒な事は久しぶりだ。高校に入るまでの繋ぎで居候をしている身としては、仲良くしなければいけないんだろう。

 

でも、おれがこのままあの家に居続けたらまた変なモノを呼んでしまうかも知れない。

そんな不安に駆られてしまって、今まで仲の良い人。つまり友達なんて出来た事が無かった。今更、友達なんて要らない。自分の視ている世界は他の人とは違うのだからと。

 

「普段あんまり喋らないからそんな事はないと思っていたのに、まさか女の影があるとは思わなかった! で、どんな子だ? 胸デカい?」

 

昔から納得はしていた。自分はそういう存在なのだと。

今までも、これからも、自分を理解してくれていたのは祖父だけだと、その祖父を少しでも楽にさせてやろう。その思いだけを持ちおれはこの駒王町にやってきた。

 

だから、おれはーーー……おれは。

 

「どうしてお前は、おれに構うんだ?」

 

気づけばそう口を開いていた。何故かは分からない。でも、聞いてしまっていた。

今までの様に同情されたのだろうか。親に捨てられ、親戚の家をたらい回しにされている自分に。

 

「何となく、かな」

 

少しの間沈黙が流れた後、一誠が口にしたのは自分の予想外の一言だった。

 

「おれは、真面目に」

 

少し強めに一誠に言うと一誠は頭を掻きながら溜息を吐いた。

 

「悪い、真面目に言うよ。……最初は父さんと母さんに、お前の事を説明されて『かわいそうな奴だな』って思った。でも、なんだろうな、放って置けないんだよ夏目は」

 

おれは黙って一誠の話を聞いていた。

 

「それにさ、お前がクラスで一人でいる時、楽しそうに喋ってる奴らを見ている時、表情が違うんだよ。何ていうか少し別の場所を見ているような感じ?」

 

「ーーー俺は夏目が今までの場所で何があったのか、何をされたのかは分からない。だけど、そういう同情とかを引っこ抜いて俺は夏目を助けたい、仲良くしてみたいって思ったんだよ。それだけじゃあダメか?」

 

ーーー。

 

「おれは……っ」

 

「いや、今すぐにとは言わねぇよ。俺達はまだあって日も浅いし、秘密にしていることだって沢山あると思う。だからさ、腹を割って話せるようになるまで普通の友達として、過ごして見ないか?」

 

そう言って差し出された右手。それは兵藤家に来た時にも差し出された手と同じだった。

この手を握れば、おれは何か変わるのだろうか。拒絶すれば今までと同じ様に一人になってしまうのか。こんなに真剣になってくれている一誠の気持ちをむだにしていいのか。

 

迷惑を掛けたく無い。でも独りは嫌だ。

二つの考えがぐるぐると頭の中を回りうまく言葉が浮かんでこない。何かを言わなければいけないのに、喉に固形物を詰められた様におれの口からは言葉が出なかった。

 

 

ーーーもし、迷った時は手を出せばいい。

 

何故忘れていたのだろう。大切な、大切なこの言葉を。頭の片隅に存在していた大事な言葉。

 

「おれは、昔から変な子だと、嘘つきだと言われてきた。それでも、お前はおれを友達だと、そう言ってくれるのか……?」

「言っただろ? 俺は夏目と仲良くしたいって。だから夏目が困ってたら俺は助けるつもりだし、不幸なんて誰にでもあるだろ? 気にするなって」

 

 

ゆっくりと手を握ると一誠はにこやかに笑った。その笑顔はおれにはどうしても眩しく見えてしまった。

 

 

 

 

 

 




遅くなってしまい申し訳ありません。一応、これで過去の話は終了です。次回からは物語を進めていくと思いますので、よろしくお願いします。
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