赤い絨毯が敷かれる廊下を水墨画が飾られる白壁に向かって歩く。この絵は何? 波? ま、どーでもイイけど。
突き当たったら右……じゃない、左に旋回して進む。
傍の窓を見る。今朝方の爽快さはまだ失われていないようで何よりね。
でも、私の心の暗雲はより一層にその黒を増している。時期に雷雨でも伴いそうな、そんな嫌な予感をもたらすのは言わずもがな。
「はあ……開けたくないな」
『三零三』と表記されている、これから私の寝床になる部屋の扉である。
「いつまでもこんな所で肩を落としている訳にもいかないよね、やっぱり……」
気乗りしない自分に言い聞かせてから、意を決して金銅の丸いノブを回す。
カチャ。やや年季を感じさせる黒ずみとは裏腹に、意外にもノブは軽快に回ってくれた。
どうしてだろう。こんな些細なことが、今はすごく嬉しく感じられる。
「失礼しま――」
やや持ち直しを図ることに成功した私の気分は、引き開けた木目の扉の隙間から見えてきた光景を受け、今度こそ深海へと沈殿した。
「いいかしら雷。立派なレディになる為にはね、もう少しお淑やかさを磨く必要があるのよ。今のままじゃ全然ダメよ」
「別にいーもん。司令官はこれでイイ、って言ってくれるもの」
「はわわ――響ちゃん、それは枕じゃなくて魚雷なのですっ」
「……ハラショー」
何、この混沌とした空間は……。
「あ、あの……」
取り敢えず一歩だけ部屋に入り、存在だけでも気付いてもらうことにしよう。
「そーいう暁はどーなのよ?」
「私? 私はもう既に立派なレディよ。この間なんて、提督と一緒に大人の遊びをしたもの」
「はわわ――そっちも酸素魚雷なのですっ」
「……ハラショー」
気付きもされない、と。
出来損ないだと自覚はしているものの、流石にここまで無視される謂れはないハズよね。かくなる上は。
「あのー!」
ようやく全員がこっちを向いた。
「あなた、誰?」
黒髪の娘が口火を切る。
あのレディだか、大人の遊びだかをの賜っていた娘だ。
「えー、本日付けでこちらの鎮守府に転属された暁型五番艦、闇雲です」
一応、敬礼しておく。礼儀作法は大切だもの。
すると四人は一箇所で丸くなり、ヒソヒソと内輪会議をし始める。案外、仲睦まじいのかもしれない。
「あ、あの。私たちは四姉妹なのです」
「そーだよ。五番艦が居るなんて聞いたことないわよ」
「自分の名前も満足に語れないようじゃ、レディへの道は険しいわね」
「嘘は良くない……」
成る程ね。
「ご存知なられないのも無理はないと思いますが、私は暁型の五番艦として建造されたのは事実です。アナタ方が何と仰ろうとも、その事実は揺らぎません」
まさか一番出会いたくなかった連中と同室にさせられるとは、あの提督、とんだタヌキ野郎ね。
となると……あの黒髪は一番艦の暁、半目の白髪は二番艦の響、茶髪の八重歯が三番艦の雷、同じく茶髪のパッとしない娘が四番艦の電、ってことになるのね。
揃いも揃って同じ服を着ちゃってさ、これじゃ信じてくれなくっても不思議じゃないわよね。こんな出来損ないの妹のことなんて。
「荷物を置きに来ただけですので、これで失礼します。それでは……」
「ちょっ――」
バタン。
最期に聞こえたのは多分、暁の声だった。
「私、何してんだろう……」
これまでどんなに蔑まれようとも、どんなに邪魔者扱いされようとも、「仕方が無い」と誤魔化してきたのに……今回はどうしてだろう、耐えられない程の疎外感を感じてしまった。
その結果、部屋を飛び出すなんてね。どうせ後で戻ってくることになるのに……。
「こういうところが出来損なってるんだよね、きっと」
背を預けていた扉から離れると、私は当てもなく歩き出した。
さっきは気の良い日和に思えた窓から見得る空も、今はとても疎ましくて、思わず視線を赤い床へと落とす。その赤色ですら歪んだ色味に感じるのは、この絨毯の古さからか、それとも私の目が潤んでいるからなのか。
もう、どうだっていい。だって。
「私はただの――兵器だもの」
そう。私たち艦娘は対深海棲艦用の兵器なのだ。
敵を撃沈させる為に造られた存在で、同型の姉妹艦同士で馴れ合ったりする為に存在している訳じゃない。
だから、あの娘たちは間違ってる。正しいのは私なんだ。あんなのは残念娘――残娘なんだ。
あんな残念な姉妹なんて要らない。元から私は一人だったんだ。そうだ、これまで通りなんだ。
「寂しくなんか、ない……寂しくなんか」
見慣れない廊下は何故か海原よりも寒く、広く感じられた。
次回予告!
部屋を飛び出してしまった闇雲。
失意に暮れ、日も暮れていたその時。
一人の女性が声を掛けたのだった!
次回「姉妹」お楽しみに!
闇雲「寝る前に物を食べると深海棲艦になっちゃうぞ」
おまけ
暁型五番艦『闇雲』
第二次世界大戦終局間際の日本海軍が寄せ集めの建材で建造した特攻目的の駆逐艦。その為、武装も装甲も最低限に絞られており、船体も他の駆逐艦に比べてやや小さい。
暁型五番艦と銘打たれた理由として、物資不足も極まっていた事で相討ち目的での新しい艦の建造は多方面からの反発を招くことを危惧したもののひたすらに、それこそ闇雲に製造した為と語られる。
初陣にして最期の出撃になった際には中破しながらも敵国の軽巡洋艦への突貫を成功させ、日本海兵の述べ二十四人の尊い命と引き換えにこれを撃沈させ、自らも轟沈した。
しかし後に日本海軍は同艦の存在を隠蔽し、歴史や記録上この闇雲は存在していないことになり、当時のことを知る者たちからは「幻の一隻」と称されるに至った。
――Usodayoより引用