もう、どれ程の時間をこの場所で過ごしたのだろうか。すっかり太陽が水平線に被ってきている。
やはり潮風に当てられていると気持ちが落ち着く。いい思い出なんてひとつとして無いのに、艦娘の性(さが)なんだろうね。
「はは……あのタヌキ野郎のギャグなんかよりもずっと笑えるよね」
誰に語り聞かせた訳でもないけれど、返ってくるのが破堤を打ち付ける波音だけなのは少し、寂しい気もしてくる。
「感情、か」
そんなのが備わってるからいけないんだ。始めからそんな物が無ければ、こんな詰まらないことで気を病む必要もなかったんだ。
一人だけ名前が二文字、着ている服が違う……思えば、こんなにもちっぽけな事柄だよ。
それなのに。それだけの違いなのに、あの空間では酷く除け者扱いされたような気になって、耐え切れなかった。あの輪へ加わる資格がないのだと、無言のまま突き付けられた気分だった。
同型の姉妹艦なのにどうしてこうも違うのだと、そう嘆きたかった。
「ようやく自分の居場所に巡り会えたと思ったのに……だから会いたくなかったのにな」
あの無神経なタヌキ野郎がいとも容易く、私をこれまで支えてきた淡い希望を見事に、完膚なきまでに轟沈させてきたのだ。
それであの手の輩は自分のことを善人だと信じて疑わないのだから、本当に始末が悪い。最低な人種だよ。
これなら、私のことを「出来損ないの駆逐艦もどき」と吐き捨ててくれた前の鎮守府の提督の方がまだ、私を救ってくれたように思えてくる。そのお陰で私は自分が出来損ないであることを悟れたのだから。
あんな偽善者よりも、よっぽどいい。
「あーあ、このまま岩礁から海に飛び込めば沈めるかな……」
「多分、風邪引いちゃうわよ?」
「うわっ?!」
突然聞き覚えのない声が聞こえて――あれ、誰だろう。
金色の長い髪で、身体付きが何ていうか……豊満? な人だ。
「あ、あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「新人さんよね?」
「え、あ、はい」
「何てお名前なのかしら?」
私が先に聞いたんだけど……ま、いいか。
「闇雲、です」
「闇雲ちゃんね。ずいぶんと可愛らしいけど、あなたってもしかして暁ちゃんたちと姉妹だったりするのかしら?」
「え?」
どうしてこの人、分かるの?
「一応、そうです。暁型の五番艦です」
「パンパカパーンッ! 私、大正解ねっ」
「は、はあ」
本当に何だろうこの人。
「それならどうしてここにいるのかしら。今日は第一艦隊の娘、みんな部屋に居るでしょう?」
「それは、その……」
「うーん……分かった、あれでしょう? 緊張しちゃってるのね」
そんな悩み事だったら楽なのにね。
ま、言ったところでしょうもないけどさ。
「あの、それよりアナタは――」
「それじゃ、行きましょうか!」
「はえっ?!」
急に腕を引っ張られて連行された。
謎の金髪女性に引っ張られてやって来たのは他でもない、三零三号室の扉の前だった。代わり映えることのないハズなのに、濃い木目調の扉は先よりも、幾分か大きく見える。
聳(そび)えて見えるのは多分、私がこの扉の先に待っているであろう人たちに対して抱く心の壁を、勝手にこの木板が模しているように思っているからだろう。
「ささ、遠慮なく開けちゃいなさい」
「あの、開けますけど、最期にお名前を聞かせて貰っても宜しいでしょうか?」
「あ、まだ名乗ってなかったわね。私は――」
その時、扉がひとりでに開いた。
「あの乳だけ女遅いわ、ね……て、え?」
「あら暁ちゃん。私がどうかしたのかしら?」
「あ、あははは……本日はお日柄もよく、なのです」
「ふふ、もう暮れちゃってるわよ?」
「いやあああ――」
踵を返そうとする暁をあの金髪の女性は部屋から引きずり出すようにして、そのまま廊下の奥へと消えて行く。
もしかして、すっごく怖い人?
「おーい暁――て、闇雲?」
廊下の先を呆然と眺めていると、半開きのままだった扉から雷が出てきた。
「どうかしたのですか、あれは……」
「よくあることだからねぇ――それより早く入ってよ。アンタのこと、待ってたんだから」
「私を?」
何故か嬉しそうな笑みを向けてくる雷に促されて部屋に上がると、部屋は先程とは全く別の装いを見せてきた。
色紙で作られた輪っかを繋げた装飾が壁から、そして天井から垂れ下がり、なかで待っていた他の二人は頭に円錐状の帽子を被っている。
「なに、これ?」
ぼうっとその光景に目を奪われていると、次いで雷が二人と同じ帽子を被りながら、私にもそれを差し出してくる。
「ほら、主役のアンタが被らないでどーするのよ」
「でも、どうして?」
「壁に貼った文字、見て」
響が指差した先を見るとそこには「ようこそヤニクモ」と、こちらも色紙を切り取って作られたであろう文字が壁に貼られていた。
「はわわ響ちゃん、ヤニクモになってるのですっ」
「ハ、ハラショー」
「もー、何やってるのよぉ」
え。何よこれは……何なの?
これじゃまるで、私を歓迎してるみたいじゃない。
「何なのかしらあの乳だけ女、自分が旗艦だからって偉そうに……」
「お。暁聞いてよ、響が闇雲の字を間違ったのよぉ?」
「え、何してるのよ。それじゃ完璧なレディであるこの私が企画した、闇雲の歓迎会が台無しじゃない?!」
受け入れてくれるの?
こんな私を?
どうして?
「響、これじゃ私の姉としての偉大さが闇雲に伝わらないじゃない!」
「始めから無い物は伝えようが――あうっ」
「はわわ――暴力はダメなのですっ」
「さっそく姉としての器の小ささを露呈してどーすんのよ……ねぇ、闇雲……て、闇雲?」
「どうして、ですか……どうして私のこと、歓迎してくれるの、ですか……」
ダメ。震えてうまく喋れないや。
「どうしても何も、闇雲は私の妹なんでしょ? 姉妹を大切に想うなんて、レディとしては当然の嗜みよ」
「デコピン」
「さっきのは妹への愛のムチよ」
私は何を勝手に被害妄想していたんだろう。
唯一無二の姉妹であるこの人たちのいる所が居場所でなくて、どこが私の居場所だと言うのだろうか。
「よろしくねっ」
「よろしくなのです」
「……よろしく」
「ほら、主役はアナタよ闇雲。早くこっちに来なさい」
「――うんっ」
お姉ちゃんたちがいる方へ歩み出した私は今朝、提督の言っていたことが少しだけ分かった気がした。
次回予告!
自分を受け入れてくれたことに安堵したのも束の間、
闇雲の前に再びあの女性が姿を現すのだった!
次回「その名は愛宕」お楽しみに!
闇雲「夜更かしすると深海棲艦になっちゃうぞ」