キリトとアスナの結婚報告を受けてから数日後。
血盟騎士団のギルド内にPKが紛れ込んでいた事件の後処理は、予想通りヒースクリフが何とかしたらしく、SAO内でも大騒ぎになるほどの事件にはならなかった。
俺も万事屋として『
ともかく、血盟騎士団内で起こった事件の後処理が無事に終わり、俺たちの日常はいつも通りの落ち着きを取り戻していた。ボス部屋の発見なんかで忙しくなる前に、俺はリズを誘って22層にあるキリトとアスナの新居を訪れることにした。
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「あいつらにしてはかなり低層に家を買ったんだな。前線に近いほうが何かと便利だろうに」
「アスナが物件を見て一目惚れしたらしいわよ。キリトが用意した他の候補を全部突っぱねて即決だったらしいわ」
「なるほどねー。確かに、アスナはこういうの自然が多いところ好きそうだしな」
「むしろ自然以外何もないわね。私たちの店がある48層も自然が多いけど、さすがにここまでじゃないし」
「前線から離れてリラックスするには絶好の場所ってことか。何もないから余計に攻略のことを考える必要ない」
「ホントに、いいところ見つけたわねー」
キリトとアスナの家は、アルゴから聞いた限りだと結構な豪邸だそうだ。
建物の規模がでかいというよりは、22層の中でも抜群に見晴らしが良い場所で、プレイヤー内でかなり人気の高い物件だったらしい。そのせいで家の値段は俺やリズの店よりも高くなっていたようだが、攻略組トッププレイヤーの夫婦はドンと一発で支払いを終えて、その人気物件を勝ち取ってしまったというんだから、うらやましい限りだ。
「・・・・ここか?」
「近くにそれらしい建物もないし、間違いなさそうね。それにしても・・・・」
「綺麗なログハウスだな。こりゃあ人気が出るのも納得だ」
「ホントね。あたしもこんなところでのんびり過ごしたいわー」
「リズの店もかなり人気が高かっただろ。48層でしかも水車付きの鍛冶場とか、ここのログハウスとそんなに値段変わらないだろうに」
「お店とは違うのよ! なんというか、別荘みたいな感じでこんな家がほしいのよ!」
「贅沢な要望だな・・・・」
とはいっても言いたいことは分かる。
こんなに立派なログハウスは現実世界ではそうそうお目にかかれないだろう。リズが言うように別荘っていう響きが一番しっくりくるかもしれない。特に何の情報もない人にログハウスと言われたら、真っ先にこんな感じの家を想像するってくらい綺麗なログハウスだ。
「ともかく、家の前でじっとしてても仕方ないでしょ。早く中に入りましょうよ」
「それもそうか」
リズの言う通り、外観だけを眺めてても仕方がない。外観だけじゃなく内装も見せてもらうことにしよう。キリトはともかく、アスナはそういうの気にするだろうし、外観に負けなくらい凝った内装にしてそうだ。
木製の大きめのドアをノックしてみるとコンコンと気持ちのいい音が鳴ってくれた。
簡単なノックだけで家の中にいる住人にちゃんと伝わるのはSAOのいいところでもあるな。この家に機械的なインターフォンがついてたら少し興ざめだ。
ノックして数秒後。ゆっくりとドアを開けたのは、いつもの黒いコートではなくラフなTシャツ姿をしたキリトだった。というかこいつ部屋着も黒かよ。
「キリト。遊びに来たわよー」
「久しぶりだな」
「クレハにリズ、いらっしゃい。ちょうどよかった、俺たちもクレハの所に行こうと思ってたんだ」
「いつものお茶会ならここですればいいだろ。アスナの調理場を借りればコーヒーぐらい作れるだろうし」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっと依頼したいことがあってな」
「依頼? お前たち前線から離れてるじゃないか。そんな状態で依頼なんて・・・・」
『することあるのか?』と言おうとした瞬間、キリトの後ろから見慣れた栗色の長髪をなびかせながら、アスナが顔を出した。
そこまではいい。ここはキリトとアスナの家で、キリトがいるってことは当然アスナもいるだろう。問題なのはアスナが抱きかかえているもの、いや・・・人だ。
身長はアスナの腰あたりまでしかない小柄な少女。キリトと同じ真っ黒な髪の色に、アスナと同じ腰まで伸びた長髪。アスナとキリトにこんなに低年齢のプレイヤーと知り合いが居るなんて情報は聞いたことがない。ということは、この子は俺達が合っていないここ数日の間に出会ったわけで・・・・・・。
「あらリズ、クレハ君。いらっしゃい」
「・・・パパ、ママ。この人たち・・・誰?」
「え”」
今なんて言った?聞き間違いか?
だめだ。軽い気持ちで知り合いの新居に遊びに来ただけだったから、この状況に全然頭が追いつかない。というかリズはこの子の事を知ってるのか?
「なあリズ、ちょっと聞きたいんだが・・・」
「・・・・・・・・」
・・・・だめだ。リズは俺以上に状況を把握できてなさそうだ。真顔で完全にフリーズしてるし、さっきから一言もしゃべってない。
リズもこの子のこと知らないみたいだな。というかたぶんさっきのは聞き間違いじゃない。現実逃避してる場合じゃないよな。
「どうした?二人とも固まって」
「・・・・なあキリト」
「なんだ?」
「・・・・SAOって子供作れたんだな」
顔を真っ赤にしたアスナに、思いっきり殴られた。
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「「記憶喪失?」」
「そうみたいなの」
「一昨日の昼過ぎあたりかな、森の中で倒れてたんだ」
キリトとアスナをパパやママと呼んだこの女の子は『ユイ』というらしく、どうやら記憶を失っていて、自分の名前くらいしかわからない状態になっているらしい。22層の森の中をたった1人でさまよっていたこの子をキリトとアスナが保護して、今に至るそうだ。
声をかけてもクエストフラグが立たない、キリトが触れてもハラスメント警告がでない、プレイヤーの家に連れて帰ることができる。2人はこの3つからこの子がNPCじゃないって判断したみたいだ。たしかにHPの表記もあるし、ウィンドウだって開ける。
けど、どうしても違和感はぬぐえない。
「22層に1人で居たってのはどういうことだ? 装備も普通の部屋着みたいなものだし、流石に危険すぎるだろ」
「そのあたりもよくわからないんだ。HPゲージはあるのにカーソルは出ないし、何かのバグなんじゃないかって思ってるんだけど」
「バグか・・・。正直納得はできないが、そこは今気にしても仕方がないだろう。この子本人から話を聞ければ一番なんだけど、そうもいかないしな」
なにしろ記憶喪失だ。昨日のうちにキリトとアスナがいろいろ聞いてみても、やっぱり分かったのは名前だけだったみたいだし、改めて俺が聞いても特に変わりはないだろう。
「ユイの情報が少しでもないかと思って、クレハ君の店に行く予定だったんだけど・・・」
「残念ながら、人探しの依頼は入ってないな。今アルゴにも確認をしてみたんだが、それらしい情報はまだないらしい」
「そうなのか。アルゴでも持ってないってことは、つい最近はぐれたなのかもしれないな」
「そう考えた方がいいな。新しい情報が入ったらすぐ伝えるようにしておくよ」
こう言ってみたが、流石におかしい。
キリトが見つけて2日もたっているのに情報が一切ないってのはどういうことだ?
ここまで小さな子が居なくなったら多少なり騒ぎになるはずだし、記憶喪失になるような事件があったらなおさらだ。それなのにあのアルゴがいまだに情報を持ってないってのは変だ。これじゃあまるで、
「・・・・・・・」
「あらら、またクレハが考え込んじゃったわよ」
「こうなると長いからな、アスナは今のうちにお茶の用意しておいてくれないか?」
「・・・・・・クレハ君の扱いが雑になってきたね、2人とも」
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ユイのことをいろいろ考えてはみたけど、結果として『考えても仕方ない』ってことが分かっただけだった。情報がないものは仕方ないんだし、今はアスナやキリトと一緒で幸せそうに見えるから、変に詮索するよりは、当初の目的通り2人の新居でのんびりしておこう。
「ほらユイちゃん。この人は私たちのお友達よ」
「おともだち・・・・?」
「そう。こっちのお兄さんがクレハ君で、こっちのお姉さんがリズよ」
「くれは、りず?」
「うわあ・・・・どうしようクレハ。すごいかわいいんだけど」
「俺に言われてもな」
アスナには随分なついてるみたいだな。
俺たち2人にはまだ若干の警戒心があったみたいだけど、アスナの紹介でそれが少し解消されたようだし、本当に母親みたいだな。
「おにいさんがのんでるの・・・何?」
「ん? これか?」
「クレハが飲んでるのはコーヒーっていう飲み物よ」
「・・・おいしいの?」
「クレハのコーヒーはおいしいぞー。けど、ユイが飲むには少し早いかな」
「コーヒーに興味があるのか?」
「うん。のんでみたい」
この年でコーヒーに興味を示すとはなかなか見どころがある。
いつもなら喜んで1杯振る舞ってやる所だが、さすがにこんなに小さな子に飲ませても苦いだけかもしれないな。
「コーヒーだけじゃなくて、いろんな物に興味があるみたいなんだよ。昼飯の時も俺が食べてたサンドイッチに興味があったみたいで、1口食べさせたりしたし」
「ええ!? キリトのサンドイッチっていっつもバカみたいに辛いソースかけてるじゃない。まさかあれ食べさせたの?」
「ああ、けど『おいしい』って言ってた」
「なにいってるのよ。キリト君のサンドイッチ食べた時のユイちゃん、すごい渋い顔してたじゃない」
小さいのになかなか根性があるやつだ。キリトの辛い物好きは異常だからな。サンドイッチに味覚エンジンの辛さの値をマックスまで上げた調味料をぶち込んでやっても、平気でパクパク食べてたくらいなのに。よくそいつの同じものを食べて泣き出さなかったもんだな。
「俺としては飲ませてやってもいいんだが、子供にコーヒーを飲ませるのってあんまりよくないんだよな」
「え?そうなのか?」
「まあSAOだから問題ないとは思うが、小さいころはカフェインの影響を受けやすくて、中枢神経が刺激されすぎるみたいで良くないんだよ」
「さすが、コーヒーのことには詳しいわね。SAOなんだから気にする必要ないって言いたいところだけど、そんな話を聞いたら・・・・」
「絶対にあげちゃダメだからね!クレハ君!」
リズが言い切る前にアスナが俺に釘を刺してきた。
かなりユイに入れ込んでるみたいだし、良くない影響が出る可能性が少しでもあるなら、アスナは意地でも飲ませないだろうな。
「わかってるよ。けどまあ、代わりのものくらい飲ませてやってもいいだろう」
「代わりのもの? ジュースか何か?」
「いや、コーヒーに似た子供向けの飲み物だよ」
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アスナの調理場を借りて数分後。
ユイのために作った飲み物をもってリビングまで戻ると、ユイはリズの膝の上にちょこんと座っていた。
「なんだ、随分となつかれてるじゃないか」
「いやー。小さい子と触れ合うなんて何年振りかわからないから、すごく癒されるわねー」
「そうなのか。俺はSAOに入ってからも多少は関わってるけど、確かにユイくらい小さい子は初めてだな」
俺が見たのは最年少で10才くらいだったし、たぶんユイはそれよりも下だろう。
体の大きさからの目測だから正確じゃないけど、小学生低学年くらいなのは間違いないだろう。
「ほら、ユイの分の飲み物だ。これならおいしいと思うぞ」
「あー・・・甘くていいにおいがするな。クレハ、これって・・・」
「ココアだよ。これならカフェインもほとんど入ってないから大丈夫だろ」
そもそもSAOにカフェインがちゃんと設定されているのかとか、現実で飲んでるわけじゃないから問題ないとかいろいろと思うところはあるが、過保護なママがそこを一番気にしているみたいだから一応伝えておこう。
「あんたが初めてコーヒーを出してきた時にもびっくりしたけど、SAOってココアもあったのね」
「ココアってコーヒーの親戚みたいなものじゃないのか?」
「おいおい・・・まあ詳しくない人からしたらそうかもしれないが、原材料から作り方から何もかもが違うから、親戚とは違うな。ココアの親戚はどちらかというとチョコレートだ」
ココアはカカオ豆を発行させてペースト状にしたカカオマスから、脂肪分を抽出して残ったものを粉々の粉末にしてから作るわけだから、コーヒー豆を粉末にしてお湯で抽出するコーヒーとは全く別物だ。
けど、ユイのご希望はコーヒーだからな。今のところは親戚みたいなものってことにしておいた方が素直に飲んでくれるだろう。
「ちょっと熱いからな、火傷しないようにしろよ」
「うん。いただきます」
「失敗はしてないはずだ。たぶん」
「たぶんって、あんたねぇ・・・」
なんせココアを作るのなんていつぶりか分らないからな。
最近は自分が好きな味のコーヒーとか、アルゴ用の甘すぎるコーヒーとかばっかり作ってたから加減が分からなくなってる。子供の口に合うかどうか少し不安だ。
「・・・・甘くておいしい!」
「そうか、それはよかった。・・・マジで」
「よかったねユイちゃん。私もクレハ君にココアのレシピ教えてもらっておこうかしら。作れるかどうかは分からないけど」
「コーヒーよりは複雑じゃないから安心しろ。あとで教えてやるよ」
前にアスナにコーヒーの作り方を教えた時は、どれだけ頑張っても成功しなかったからな。コーヒーを作ってるって言ってもあくまでSAOの中にある素材で限りなく本物に近いものを再現してるだけだから、分量調整が色々と面倒なんだよな。
「なんか、俺のサンドイッチの時より嬉しそうで複雑なんだが」
「別にキリトが作ったわけじゃないだろ。それにお前の口に合うようにアスナが作ったとしても、お前が満足するような辛さのものはほとんど食い物とは呼べん」
「失礼な! あの辛さがいいんじゃないか。病みつきになる味だ」
「だったらユイちゃんに聞いてみたらいいじゃない。昼にキリトが食べさせたサンドイッチと、今クレハが作ってあげたココアのどっちがおいしかったかって」
リズの言葉を聞いて、キリトがゆっくりと審査委員長。もとい、ユイの方へ顔を向けた。
両手で少し大きめのカップを抱えながらココアを飲んでいるユイは一瞬キョトンとした表情を浮かべていたが、リズがさっき言った質問内容と同じことをユイに聞いてみると、にっこりと笑って一言コメントをしてくれた。
「ここあのほうが、甘くておいしい!」
キリトが膝から崩れ落ち、俺たちはやれやれと肩をすくませることになった。
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大勢に囲まれて疲れたのか、ユイはアスナの膝の上でスースーと静かに寝息を立て眠っている。プレイヤーの家でここまでぐっすり眠ってしまったり、ココアをのんで笑顔になったりと、挙動の一つ一つが町で店を開いているようなNPCとは違う、感情をもった人間であるように感じる。
けど、カーソルが出なかったり、自分の名前以外を思い出すことができなかったり、情報が一切ないことは正直言って異常事態だ。なにかしらの対策をとっておく必要がある。
「キリト。はじまりの街にこの子を連れて行った事は有るか?」
「はじまりの街? いや、保護してから一度もこの層以外のところへは行ってない」
「それがどうかしたの?」
アルゴがいろいろと手をまわしているみたいだが、未だにユイの正確な情報はつかめていない。基本的に俺達の情報は攻略にかかわることがメインだし、こういう情報を普段から積極的に集めていなかったって言うのも情報不足の理由でもある。
だから、今度はそういう情報を持っていそうな人のところにユイを連れて行こう。
「はじまりの街の教会で、低年齢のプレイヤーを保護して生活しているシスターがいるんだよ。明日そこにユイを連れて行ったらどうだ?」
「そんなことをしてるプレイヤーがいるのか。すごいな・・・」
「そこでだったらユイちゃんくらいの年のプレイヤーが集まっているから、記憶を失う前のユイちゃんを知っている人がいるかもしれないわね」
「そういうことだ。このまま情報が入ってくるのを待つより、自分から探しに行った方がいいだろう。シスターとは顔見知りだから、連絡しておけば詳しく話を聞けると思う」
もしいなかったとしても、同じ年齢層の知り合いは作っておいた方がいいだろう。俺たちの知り合いとなると、どうしても年が上になりがちだからな。一番年下でもシリカになる訳だし。
「シスターに連絡を頼む。 明日の朝にユイを連れて行ってみるよ」
「了解だ。明日は俺もついて行かせてもらってもいいか? 個人的に用事もあってな」
「もちろんだ。じゃあ明日の朝にクレハの店に行くから、準備をしておいてくれ」
「あーもう! 予約のお客が入ってなかったら私もいっしょに行ったのにー」
「仕方ないわよ。リズは自分のお店を優先しなさい、クレハ君も仕事の一環で私たちについて来るんだから」
「うー。わかったわよ・・・」
そういう訳で、明日はキリト、俺、アスナの3人ではじまりの街の教会に行くことになった。リズは店の用事で不参加になるが、むしろ予約までしてくれる客がいることを喜ぶべきだろう。
明日は、そこでぐっすり眠ってる謎だらけの女の子のことが少しでもわかるように、良い情報が入ることを期待しよう。本当の親が見つかったとしても、たまにココアをご馳走に行くくらいはできるだろう。
という訳で二十二話でした。
原作をなぞりながらトークがメインになるように話を組み立てていますが
次回か次々回あたりで戦闘が入りそうです。