数時間の飛行を経て私は束博士の潜水艦に戻ってきた。ヴァルキュリアを抱えているため慎重に潜水艦の甲板に着陸しそのままハッチの中に入った。ヴァルキュリアは結構前から目が覚めていたが何故かずっと大人しかった。下手に暴れられるよりかはマシかと思い、放置していたが、改めてこの少女が何を考えているのかが分からなかったので束博士に届ける前に意図を聞いておくことにした。
「何も命令されてなかったのでじっとしていました」
とヴァルキュリアは抑揚のない声でそう告げた。
「あなたの主は私が殺したわ。だからもうあなたに命令する人は誰もいないのよ」
「………………それは困ります」
ヴァルキュリアは困ったような表情で小さく呟いた。
「私は命令されなければ何も出来ないです………」
「なら考えなさい。それが生きるということなんだから。私も考えて考えて考え抜いてようやく少しだけ分かったから」
「……………わかりました、考えてみます。」
「…………随分素直ね。私はあなたの主を殺したのよ?」
「それはあなたと私が似ているような気がしたからでしょうか」
とヴァルキュリアは薄く笑顔を浮かべながら言った。私はヴァルキュリアをおぶって束博士がいる部屋に向かった。
***
「おかえり、さーちゃん!いい仕事ぶりだったよ!あ、その子がヴァルキュリアちゃんだっけ?うーん、でも名前がヴァルキュリアというのも変だしなぁ。よし!束さんが新しい名前を考えてあげようではないか!」
帰ってきてそうそう束博士のハイテンションには割とうんざりしてしまうのだが、ヴァルキュリアの新しい名前を考えるのには賛成だった。流石にあの名前は痛すぎるし長かったし、何より研究所とのつながりを絶ちきるという意味合いで賛成した。
「うーん、どんな名前がいいかなぁ」
と色々な機材を引っ張り出しながらしばらく唸って考えていたがいきなり「これだ!」と叫んだ。
「うわぁ!おどかさないでくださいよ束さん機材落としちゃうじゃないですか……」
「ごめんごめん。それよりもこの子の名前を思い付いたのだよ!」
機材を運ぶのを手伝っていた一夏に謝りながら束博士はヴァルキュリアの元に走りよった
「君の新しい名前はね、クロエ・クロニクルにしたよ!私はくーちゃんと呼ばせてもらうけどね!」
束博士のことだから珍妙な名前になると思っていたが普通に良い名前だったことにその場にいた一同は驚きを隠せなかった。
「クロエ………いい名前だと思います」
「でしょー!やっぱりくーちゃんはいいこだなぁ~うりうり」
束博士はヴァルキュリア改めクロエを撫でまわしていた。クロエはくすぐったそうに目をつぶって束博士のなすがままになっていた。
「一応くーちゃんの為に洗脳解除をするための機械を用意したけどそれほど手間はかからなそうだねぇ」
と仮想ディスプレイを見ながら束博士は言った。
「どういうことですか?クロエはかなり強力な洗脳にかけられていたのでは?」
と私が束博士に聞いてみたところ彼女は私が入手してきたデータを流し見しながら私の質問に答えた
「くーちゃんはさーちゃんと戦った時点ではまだ洗脳が完全じゃなくってまだ不完全だったんだよ。それがさーちゃんとの戦闘での衝撃とかさーちゃんとの会話で少しずつ洗脳が溶け始めているみたいなんだ」
とそこでシャルロットとエフィが別の機械を持って部屋の中に入ってきた。
「エフィ、それは?」
「何でも忘れてしまった記憶を蘇らせる機械だそうです。私にはよく分かりませんが」
「ありがとうエーフィー、シャルルン!その機械をその辺りに置いてね!ちょっと微調整しなきゃいけないからね」
と束博士は工具と色々なパーツを持ってきて今持ってきたばかりの機械に手を加え始めた。それから数分後束博士が額の汗を拭いながら言った。
「よし、出来た!さーちゃん、これが君が失った記憶を呼び戻す機械。名付けて『機械人形は夢を見るか?改』だよ!」
相も変わらず微妙なネーミングセンスだがその機械の見た目はかぶったら頭がすっぽり覆い隠されそうなヘッドセットと2メートルくらいの箱にケーブルなどが垂れているという感じだった。
「これを被ればいいので?」
「うん!後はこのヘッドセットを被ったまま睡眠状態になったら第三者視点でその記憶を閲覧できるようになってるよ。実際私も使ったことがあるしね」
私はヘッドセットを被り、そのままベッドに寝ころんだ。
「それではお願いします」
「それじゃあさーちゃん行くよぉ!」
束博士がコンソールで何かを叩いた音が聞こえた瞬間私の意識は遠くなっていった。
***
「これをこうして…………よし!出来た」
束さんが箱型の機械から伸びたケーブルを部屋に取り付けられていたディスプレイに差し込んでいた。
「これでさーちゃんが見ている映像を私達も見ることができるよ!」
「いいんでしょうか?本人に内緒でこんなことをして………」
シャルが申し訳なさそうな表情で束さんに言った。
「こうでもしないとさーちゃんの過去知ること出来ないしね。さーちゃんってこういうことは絶対に言わないで抱え込んでしまうタイプだろうしね」
「さーしゃさんは私達にいらぬ心配をかけたくないみたいですしね」
と話していたところで映像にノイズが走り始めた。俺たちはみんな黙りこんでディスプレイを見た。ノイズだらけだった画面もだんだんとピントが合っていき映し出された映像は真っ白な雪国だった。
***
「どこよここ…………」
私は見知らぬ土地に1人立ち尽くしていた。一応周囲には住居があるので人は住んでいるらしいのだが。とそこで前方にあった住居の扉が勢いよく開き2人の幼女がきゃっきゃとはしゃぎながら飛び出してきた。
「こっちよ、アーニャ!」
「待ってよおねえちゃん!」
と2人の姉妹が真っ白な雪の上で走り回っているのを見て私は何かを思い出しそうになった。それが何なのかを思い出す前に先程の家から母親とおぼしき女性が出てきた。
「"サーシャ"、"アーニャ"手袋忘れてるわよ!」
「今行くわお母さん!」
「あ、私も!」
(どういうことなの!?)
私はひどく混乱していた。先程"サーシャ"と呼ばれていた少女は金髪で目の色は緑だった。私の髪の色は銀髪で目の色は青だ。もちろんこれは染めてもいないしカラーコンタクトでもない。本当にあの少女は私なのだろうか。また"白い"ノイズで目の前を覆われながら私はひたすら自問自答していた。現時点では決して分からないことを知っておきながらも考えずにはいられなかった。
ヴァルキュリアちゃんは実はクロエちゃんだったってことを見抜けた人はどれくらいいたでしょうか。次回もサーシャの記憶旅行です