仮面少年★クウガ   作:快傑あかマント

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 この作品には「破壊魔定光」(原作・中平正彦)をオマージュした場面があります。作品に敬意を込めて。


5:黒い夢★赤い夢

  

 鹿目 まどかは、夢を見ていた。

 

 それは、ひどく現実味のある夢……

 

 悪夢だった。

 

 

 肌を切り裂く様な冷たい風

 

 砕けて足場の悪いアスファルトの感触

 

 水中に没したかの様な濁った耳障りなまでな静けさ

 

 空間全体に充満したザラついた空気の肌触り

 

 物の輪郭のみを奇妙に浮き彫りにする、仄暗いが仄明るい空

 

 不気味な色合いの雲にと共に重力を無視して空に浮かぶ、砕けた瓦礫と折れた摩天楼

 

 逆さまで回って踊る巨大で不気味な歯車人形

 

 まどかは、それら目の当たりにする物すべてに、不可思議な現実感を覚えていた。

 

 

 ならば、何故……

 

 彼女は、目の前の光景が

 

「これは夢……」

 

 と、気付けたのであろうか。

 

 それは、彼女の目の前にもう一人、鹿目 まどかがいるからだ。

 

 夢の中のまどかは、周りの光景や雰囲気と全く不釣り合いな桜色の可愛らしい少しだけ丈の短いドレスを着て、可愛い花のつぼみのついた杖を握っている。

 

 こんなに、可愛らしいドレスを着ているのに、夢の中のまどかは地面に蹲って涙を流している。

 

 泣きながら、瞬きもせずに一点を見つめている。

 

 そう、不思議で奇妙で不気味な光景にも眼もくれず、ある一点を見つめている。

 

 

 

 彼女の桜色の瞳の先には、四体の異形の戦士が並び立っていた。

 

 

 

 神々しい白い聖衣を身に纏い、

 

 大弓を携えた猛禽の戦士。

 

 

 雄々しい黄銅の鎧兜を身に纏い、

 

 長剣を携えた獅子の戦士。

 

 

 妖しげな蒼黒い法衣を身に纏い、

 

 斧槍を携えた勇魚の戦士。

 

 

 そして、それら三体の戦士に取り囲まれる形で、漆黒の戦士が幽鬼の様に佇んでいる。

 

 そう……

 

 戦士は漆黒だった。

 

 拳も、腕も、脚も、身体も、纏う闘気も、

 

 

 そして、その瞳も……

 

 

 何かもが闇の様に漆黒だった。

 

 天を突く様に立つ金色で四叉の額の一本角と、身体中を走る金色の装飾が、その闇の色を更に際立たせている。

 

 

 まさに、《天使》と《悪魔》の対決の構図だった。

 

 先に動き出したのは、三体の天使達。

 

 天使達は、

 

 

 烈風を纏い

 

 

 砂塵を率い

 

 

 濁流を操り

 

 

 神速の絶技をもって、三方向から《悪魔》を滅却せんと殺到する。

 

 

 

 瞬きすら許さない刹那の内に勝敗が決まった。

 

 

 

 《悪魔》の勝利で……である。

 

 猛禽の戦士は、漆黒の連弩で翼と身体を撃ち抜かれ……

 

 獅子の戦士は、漆黒の大剣で長剣ごと肩を斬り割られ……

 

 勇魚の戦士は、漆黒の矛で深々と胸板を刺し貫かれ……

 

 天使達は、頭上に光の輪を強く激しく輝かせ轟音と共に、三つの巨大な火柱を打ち建てて爆発四散した。

 

 悪魔は、天使達に勝利したにも関わらず、なんの感慨も無いかの如く武器を無造作に手に持ち……やはり、ただ幽鬼の様に佇んでいる。

 

 悪魔は、酷く緩慢な動作で、仄暗くて仄明るい空を仰いだ。

不気味で巨大な歯車人形を、しばし見つめる。

 

 すると、悪魔は、羽虫でも掃うかの様に片手で無造作に虚空を撫でた。

 

 

 唐突に、空が漆黒に染まる。

 

 

 光を発さず、逆に辺りを闇に染める漆黒の炎が、歯車人形を包み込む。

 

 歯車人形は、瞬く間に闇に焼かれて崩れ、奇妙に甲高い哀しげな嗤い声を上げながら消滅した。

 

 歯車人形が焼け崩れる様を、ただ見上げていた悪魔は、闇色の瞳を まどかに向けた。

 

 まどかは、そして夢の中のまどかも、その深い闇の色から眼を逸らせない。身動き一つ出来ない。

 

 悪魔は、酷く緩慢にも見える歩みで、まどかに近づいて来る。

 

 

 ついに悪魔は、まどかの目の前に静かに立った。

 

 悪魔の漆黒の腕が、夢の中の彼女の白く細い首に、そっと……添えられた。

 

 まるで、労わる様な優しい仕草……

 

 そして、夢の中の まどかもまた、悪魔の手を労わる様に触れ……

 

『な……く……ん……』

 

 何事かをつぶやき

 

 静かに涙を流した……

 

 

 

 

 と、そこで、まどかは夢から醒めた。

 

 

「夢……? ……夢オチ?」

 

 まどかは、まだはっきりしない頭を突っ伏す様に、もたれていたベットから、ゆっくりと上げた。

 

「こっちは夢じゃなかった……。よかった……」

 

 ベットの上で眠る彼の顔を見て安堵する まどか。

 

 ふと、あんな恐ろしい体験をして……そして、何より、させてしまったにも関わらず、彼の顔を見るなり「よかった」などと口走る自身の能天気さに、思わず苦笑してしまう。

 

「中沢くん……」

 

 ベットの上の中沢は、昨夜寝かせた時のまま、静かに寝息を立てている。

まどかは、彼の寝息に昨夜と同じように安心感を抱いた。

 

 

 まどかを護り《マラーク》を撃破した中沢は、その後すぐ気を失う様に眠ってしまった。

 

 全く目覚める気配の無い中沢に、さすがの まどかも心配になり、彼を自宅に運ぶ事にした。

中沢を家に送り届ける事も考えたが、彼の家の方角は知っていても場所までは知らない まどかはそうするしかなかった。

 

 そう思い行動に出たのは良いが、如何せん まどかは小柄で非力な少女である。

いかに中沢の体格が十人並みのと言えども、文字通り「軽々と……」とは行かなかった。

 

 見かねたサンじゅうロが、怪我を圧して大きな耳(?)と尻尾で、二人まとめて持ち上げて運んでくれたのだが……

 

 ……屋根から屋根へ、電柱から電柱へ、電線から電線へ、飛び回るのは、なかなか貴重な体験だった。

 

 ただし、二度としたいとは思わないが。

 

 そのあと、サンじゅうロは、『血がたりねぇ、そこいらで残飯でもあさってくるぜぇ!』と言って何処かに行ってしまった。

 

 なんだかんだで、彼にはちゃんと御礼の一つも出来ていない。

 

 食事くらい「うちで食べていってくれればイイのに……」と思いかけた まどかだったが、家中の食べ物という食べ物を喰い尽し、食器やテーブルをも齧る“無駄に黒いヘンなナンか”のいる光景が、何故かハッキリと脳裏に浮かび「これでよかったんだ……」と思い直し一人頷いた。

 

 それにしても……と、まどかは振り返る。

 

 昨夜は、何とも密度の濃い夜だった。あの様な悪夢も見ようという物である。

 

 

 ……もっとも、内容はほとんど、まどかには思い出せ無かった。

 

 しかし、恐ろしい……本当に恐ろしい夢だった事だけは、よく憶えている……。

 

 

 中沢と《マラーク》との戦いは、もちろんの事、中沢を……男子のクラスメイトを自宅に連れ帰ったという事も、また『一大事』だった。

 その上、気を失っているのだから、まどかを心配して待っていた両親を、さらに驚かせた。母『詢子(じゅんこ)』は何故か少し楽しそうだったが……。

 

 両親にウソをつくのは気が引けたが、「怖い人達にカラまれた所を中沢くんが助けてくれた……」と説明し、まどかは、心配をかけた事を両親に謝った。

 

 そして、その後も、なんだかんだで大変だった。

母 詢子が、中沢の家族に連絡し、土埃まみれの中沢を父『知久(ともひさ)』が着替えさせ、客間のベットをすぐに用意して、彼を寝かせた。

 

 その上、まどかは食事もとらず中沢に付き添うと言って、さらに両親を困れせてしまった。

 

 最後は、中沢の側で食事をとるという形で落ち着いたのだが……

こんな風に、両親にワガママを言って困らせたのは、どれくらいぶりだろうか?

 

 少なくとも、弟の『タツヤ』が生まれて『おねぇちゃん』になってからは、ワガママらしいワガママは初めてだろうと、まどかは苦笑するしかない。

 

 まどかは苦笑を優しい微笑に換えて、自分に久しぶりのワガママを言わせた張本人の顔を覗き込む。

 

 まどかの親友『美樹(みき) さやか』曰く「コレと言う特徴が無いのが特徴……」と評した中沢の顔。

 

 まどかには、さやかの言う『コレと言う特徴』が、どういう特徴なのかは解らないが、中沢の顔は親しみやすい「優しい顔……」だとは思う。

 

 確かに、さやかの幼なじみ『上条 恭介(かみじょう きょうすけ)』の顔立ちは目鼻立ちも整っていて中性的な『美少年』だ。まどかも、「きれいな顔……」だと思う。

 

 けれども……

 

 そう「もやもや……」した感じはしなかった。

 

 しかし今この時、中沢の顔を見つめていると、その「もやもや……」を頭の奥と胸の奥に感じる。

 

 昨日までは、この「もやもや……」は感じなかったのだが……

 

「中沢くん……」

 

 なんとなく、意味も無く彼の名前を呼んでみる。

そして、やはり意味も無く彼の髪の毛を、ぎこちない手付きで撫でてみる まどか。

 

(なんか……、好き? ……かも? この、てざわり)

 

 自分の髪の毛と違って、やや硬い感触がする中沢の髪の毛。

 

(なんか、その……男のヒトってカンジがする……)

 

 まどかの、喜びとも悲しみともつかない「もやもや……」が、胸の奥で次第に強くなる。

 

 

 と、その時

 

「まどか? 起きているかい?」

 

 

 控えめなノックの音と共に気遣わしげな父 知久の声が、ドアの向こうから聞こえてきた。

 

「ぅわぁっひゃい!?!」

 

 まどかは驚き、すっとんきょうな声を上げ、腰を下ろしていた丸椅子から滑り落ちそうになった。

 

「どうしたんだい?! 転んだの……?! なんか面白い声が……」

 

 ドアの向こうから心配そうな知久の声。

 

「え、えっと……ウトウトしてて! パパの声にビックリしちゃっただけだよ! うん! えへへ……」

 

 べつに悪い事も疾しい事もしていないはずなのに、何故か言い訳して笑って誤魔化してしまう まどか。

 

「それは、すまなかったね……。入っても良いかい?」

 

「う、うん、どうぞ……」

 

 音を立てない様に静かにドアを開け、優しい言葉を まどかにかけながら知久は客間に入って来た。

 

「おはよう、まどか。いつもより少し早いけど、朝ご飯もう食べられるよ?」

 

 しばしの沈黙。

 

「……なんで、そんなスミッコにいるんだい?」

 

 知久は、何故かスパイアクションの主人公さながらに、背中を部屋の壁に貼り付けている愛娘を、困惑半分、心配半分の、なかなか複雑な顔で見つめる。

 

「え、えと……。なんて言うか、なんとなく……? かな? そ、それと、おはよう。えへへ……」

 

 本当に「なんとなく……」なのである。

そう、何故か、なんとなく急に中沢の隣にいるのを知久に見られてしまうのが、恥ずかしくなってしまったのである。

 

「ああ、うん、おはよう。まどか」

 

 まどかの曖昧な答えに、内心で首を傾げながらも微笑み返す知久。

そして、知久は視線を愛娘から、彼女の恩人に移す。

 

「彼……中沢君は、まだ目を覚まさないんだね……。昨日の夜みたいに、ここで食べるかい? 運ぶけど?」

 

「う、うん。そう……そうしようかな……」

 

 知久の笑顔に、まどかは救われた様な気持ちになる。

 

「でも、その前に顔を洗ってくると良いよ。なかなか面白いヘアスタイルになってしまっているからね」

 

 微笑を微苦笑に換えた知久は、まどかの寝癖頭を見ながら洗面所の方を指差す。

 

「……え? えぇ!? なんで!? すわったまま寝ちゃったから?!」

 

 慌てて寝癖頭を押さえつける まどか。

しかし、あまり効果は無い。やはり、最低でもヘアブラシと鏡は必要だ。

 

「ははは、多分そうなんじゃないかなぁ。直しておいでよ。その間、中沢君には僕が着いているから」

 

「ん……、でも……」

 

 知久の『サムズアップ』と優しい提案。

しかし、まどかは躊躇う様に、まだ目を覚まさない中沢を見つめる。

 

「心配なのは解るけど、そのままじゃ、中沢君に笑われてしまうよ?」

 

「う、うん……。じ、じゃあ、おねがい……。うぅ~ん、なおるかなぁ? これ……」

 

 まどかは知久の笑顔に背中を押され、ぱたぱた……と足早に洗面所に向かった。

 

 

 知久は、まどかの背中が見えなくなるまで見送ると、その優しげな瞳を中沢に向けた。

 

「中沢 元国……君……か。ふむ……」

 

 優しい眼差しなのは確かだが、その奥には困惑、猜疑、不安、などが入り混じり複雑な光が宿っている。

 

 知久は、少し大袈裟な動作で腕を組み、何事かを考えながら、娘の恩人を見つめていた。

 

 

 

 

 

 敵だ。

 

 

 敵が来る。

 

 

 大勢の敵が来る。

 

 

 獅子や豹、牡牛のような哺乳類

 

 鷹や鷲、烏のような鳥類

 

 甲虫や蟷螂、蟻のような昆虫

 

 蛇や蜥蜴、亀のような爬虫類

 

 他にも、魚類、甲殻類、節足動物、軟体動物

 

 様々な動物の特徴と屈強な戦士の身体をもった、半身半獣の《怪人》達が来る。

 

 神秘的なほどに不気味な彼らは

 

 

 牙を剥き

 

 

 爪を立て

 

 

 翼を拡げ

 

 

 多種多様な凶器を掲げて迫ってくる。

 

 

 人々の日常を

 

 

 人々の大切な物を

 

 

 破壊しようと迫ってくる。

 

 

 中沢は戦った。自分の身体が『別の何か』に変わっていく事を、必死に無視して無我夢中で戦い続けた。

 自分が自分でなくなる事よりも、自分が『好きになった』物が無くなってしまう事の方が怖かった。怖くてたまらなかった。

 

 

 中沢は、炎のように燃え上がる拳と蹴足で……

 

 

 流水のような変幻自在の棍で……

 

 

 大地すら斬り割る大剣で……

 

 

 必殺必倒の弩弓で……

 

 

 次々と『怪人』を打ち倒していく。

 

 やがて中沢は、何時間、何日、何か月戦っているのか分らなくなっていた。そして、何のために戦っているのかも……。

 

 とても大切な事だったという事だけは憶えている。

 

 思い出さなくてはという気持ちが動く。

 

 だが、今は戦わなくては。

 

 やがて中沢は、力が欲しいと望むようになった。

 

 どうしようもない理不尽をどうにかできる力を。

 

 何かを失う悲しみや淋しさから守る力を。

 

 ……何を、誰を守るためになのかはどうしても思い出せない。

 

 いつの間にか、辺りは血で染まり、真っ赤になっている。それが自分の物なのか、『怪人』の物なのかは分らなかった。

 

 とにかく

 

 力だ……

 

 力

 

 チカラ

 

 血カラ……!

 

 

 中沢の目の前を突如、黒い影が走り抜けた。

 

 中沢は、電光石火の反応で影を大剣で横なぎに斬った。

 

『グハァァッ!! やられたぁ~!! ってかぁ? くははは! 兄弟に身体を二等分にされるのは、数え始めて二百と七回目だぜぇ!』

『ずいぶん張り切ってるなぁ? 何か嫌な事でもあったか? くははは……』

 

 中沢の目の前には、無残に切り裂かれた黒い獣……サンじゅうロが、皮肉気にほくそ笑みながら転がっている。

 

『戦いなんざ、そう思いつめてやるモンじゃねぇぜ!』

『そんな調子じゃあ、自分の護りたいモンまでぶっ壊しちまうぞ?』

 

 まるで、からかいつつ友人の無茶を諌める様な気安い調子のサンじゅうロ。

 

 

 その時、中沢は背後に何かの気配を感じた。

 

 刹那の内に大剣を棍に換え、驚異的な瞬発力で間合いを潰し、渾身の力で棍を気配に向かって突き入れた。

 

 

 《怪人》とは全く比べ物にならない柔らかな儚い手応え。

 

 

 花が咲く様に、赤黒くに染まる桜色の瞳と髪、白い肌……

 

『ホラ……な』

『くははは……』

 

 中沢は、サンじゅうロの無表情の渇いた笑い声を、虚ろに聞きながら力無く倒れ込む彼女を抱き止めた。

 

 壊れてしまった彼女の身体は、羽根の様に……儚く軽かった。

 

『カナメ……』

 

 腕の中で、彼女の身体は徐々に暖かさを失って行く様が、中沢の鋭敏になった五感が否応なしに捉え教える。

 

『……さん?』

 

『張り切りすぎんなよぉ? 兄弟……。危ねぇ危ねぇだぜぇ?』

『くははは……』

 

 サンじゅうロの、憐れむ様な優しい嘲笑。

 

 

 

 そこで、ようやく中沢は悪夢から抜け出せた。

 

「ゆ……? め……? なんて……夢……夢を?! 嫌な夢を……?!」

 

 緩慢な動きで身体を起こす。

 

 かけ布団が、異様に重く感じる。

 

 やっとの思いで起き上がった中沢は、頭を抱える様に額の汗をぬぐう。

 

 肉体の方は何時もより快調なほどだが、精神の方は今までに無い程に最低最悪だった。

 

「おはよう、中沢君。少しうなされていた……、大丈夫かい?」

 

 優しげな言葉と共に、中沢の目の前に水の入ったグラスが現れた。

 

「え? その……、大丈夫です? ええと……あ、おはようございます?」

 

 思わずグラスを受け取った中沢は、見知らぬ青年の爽やかな笑顔と言葉に、困惑しつつも律儀に挨拶を返す。

 

 そして、彼は、ある重大な事に気が付いた。

 

「え……? あれ? オレの部屋じゃない!? と、いうかオレの家でもない!? てっドナタ!? あ! すいません! オレじゃなかった、ボク中沢デス?」

 

 そう、ここは中沢の部屋でも、もちろん家でもなかった。

 

 まず、中沢の部屋は、こんなに小洒落た感じで小奇麗ではない。

 

 襖(ふすま)に欄間(らんま)障子に畳はどこに?

 

 すべて揃える前に絶版になり中途半端になってしまった分冊百科は?

 

 何よりも、一人っ子の中沢には、この様な『爽やかで優しそうなお兄さん』はいない。

 

 これは一体、どのような事態なのであろうか?

 

 

「昨日の夜は、ウチのまどかを護ってくれたそうだね? 中沢君……。ははは、いや、ありがとうじゃ足りないな……。でも、本当に、ありがとう」

 

 深々と頭を下げ、中沢に何度も感謝の言葉を口にする青年。

 

 年上の男性に何度も頭を下げられる事に違和感を感じ、困惑する中沢だったが、はたと気が付いた。

 

(ウチのまどか……? あ、そうか! ココは鹿目さんの家で、この人は鹿目さんの『お兄さん』なんだ。うん、そういえば、目元とか似ている気がするぞ!)

 

 決して灰色とは言えない脳細胞を駆使し、中沢は胸中で一人納得し頷く。

 

「いえ、そんなそんな……。その、なんて言うか、男?として当然というか? オレ……じゃなくて、ボクが勝手に暴れて勝手に倒れただけというか? 結果的に、鹿目さんが……まどかさんを助けた、いえ、彼女が勝手に助かったというか? だから、その、ボクは別に何も……。はい……」

 

 そう、今の中沢の……ある種の冷静さを取り戻した彼の感覚としては、まさにそうだった。

自分が『不愉快になりたくない』から『勝手に暴れて勝手に倒れた』だけ……

 

 たまたま、その時の中沢の『不愉快』が、『彼女の涙』あるいは『彼女の危難』だった。だから、《敵》を……

 

 突き詰めれば、それだけ事なのだ。

 

 『中沢の戦い』……すなわち『殺し合い』を演じた理由を、彼女に転嫁することなど中沢には出来ない。するつもりも無い。

 

「ははは、それでも……いや、だからこそ……かな? やっぱり、ありがとうだよ? 中沢君」

 

 爽やかな微苦笑で、もう一度頭を下げる青年。

 

(鹿目さんと同じコト言ってる……。やっぱり、兄妹だなぁ、イイ人だぁ……)

 

 中沢は、青年の謙虚で心優しい態度に、恐縮するしかない。そして、思わず目頭が熱くなる。

中沢はチョロいイイ奴だった。略してチョロ沢だった。

 

「じゃあ、その……ぜんぜん大丈夫でした。ヨユーでした!ラクショーでした!」

 

 中沢は様々な複雑な感情を、ひとまずは誤魔化して、ビシリ……と『サムズアップ』と笑顔を青年に向けた。

 

「ははは。そっか、楽勝かぁ……頼もしいな」

 

 中沢に負けない『サムズアップ』と笑顔で応える青年。

 

 

 と、その時、不意に部屋のドアが開いた。

 

「やっと、なおったよぅ。ごめんね? お待たせ、パ……?」

 

 桜色の髪の少女が、『お兄さん』に話しかけながら部屋に入ってきた。中沢と少女の瞳が重なる。

 

「中沢くん……目、覚めたんだ……。あのまま目を覚まさなかったら、どうしよう……って、怖かったんだ……。良かった……」

 

 少女は、まるで生き別れの肉親と再会を果たした様に、僅かに目じりを涙で濡らし微笑む。

 

「ホントに……、良かった……」

 

 心から、嬉しそうに泣き微笑む。

 

「鹿目……さん?」

 

 見覚えのある泣き笑いの顔の少女に名前を呼ばれた中沢は、彼女がようやく『鹿目 まどか』であると気が付いた。

 

 まどか は、見慣れた制服姿では無く私服姿で、リボンでツーテイルに結い上げている桜色の髪を下ろした姿だった。

 

 チョロ沢は、そんな、いつもと違う まどかに胸の奥と頭の芯の辺りを刺激された。

そう、いわゆる『めろめろ♡』にされたのだ。

 

(う……む、胸がくるし……、さっきの夢の所為……?)

 

 内心で首を捻る中沢。原因と思われる事に想いを巡らした瞬間、悪夢……赤く染まり力無く倒れ伏す まどかの姿が再び脳裏を過ぎった。

 

 先ほどまでの、心地良いと言っても良かった胸と頭の刺激が、たちまち苦痛に姿を代える。

 

 普段はベットではなく布団で寝る中沢は、思わぬ段差に転げ落ちる様にベットを降りると、まどかに急いで駆け寄る。

 

「鹿目さん……! 怪我は?! 痛いトコとか違和感は無い?! キミに何かあったらって……オレ!」

 

 驚いて困惑顔の まどかを余所に、中沢はまくし立てる様に問い詰める。

 

「オレ……オレ、キミに何もしてないよね……?」

 

 思わず出した両手のひらを、彼女の小さく華奢な両肩に触れるか触れないかの所で、中沢は慌てて引き戻して消え入りそうな声で続ける。

 

「オレ……オレは、あのまま……化け物の……ままで、キミの事を……」

 

 中沢は、行き場を無くした両手のひらを見つめて強く握り込む。

 

 悪夢の中の まどかの身体の脆く儚い感触が甦る。

 

 赤が深く大きくなる毎に、冷たくなって行く彼女の身体。

 

 まるで、実際に触れたかの様に、はっきりと思い出せる悍ましい感覚。

 

 

 今にも自ら握り潰してしまいかねない程、硬く固められた中沢の拳。

 

 震える中沢の拳を、白くしなやかな手が優しく包んだ。

 

 中沢の手よりも一回り小さな手

 

 柔らかい手

 

 暖かい手

 

 まどかの手

 

「大丈夫だよ。中沢くん……、わたしは大丈夫だから……」

 

「鹿目さん……」

 

 まどかは、中沢を真っ直ぐ見つめ返し、優しく微笑む。

 

「わたしは……ほら、ゲンキゲンキ! 中沢くんのおかげ! ね?」

 

 まどかは両腕でチカラこぶを作るマネをして、中沢に少しおどけて見せる。

 

「ごめん、鹿目さん。ありがとう……!」

 

 中沢は自分の袖に顔を埋める様にして、濡れかけた目じりを隠して拭う。

 

「良かったね、まどか……。良かったね、中沢君……」

 

 まどかと中沢のやり取りを見守っていた『お兄さん』は、まどか、中沢の順に優しく微笑みかける。

 

「二人とも、つもる話もあるだろうけど、朝ご飯を食べながらにしないかい? お腹空いているでしょう?

まどかも中沢君も」

 

「え? 言われてみれば……。はい、恥ずかしながら空いてます。ハハハ……」

 

 『お兄さん』の問いかけで、中沢は自分が空腹である事に気が付いた。顔を赤らめて苦笑するしかない。

 

「なら、遠慮はいらないよ。中沢君」

 

「ええと、その……」

 

 中沢は、どう答えた物か……と、思わず まどかの顔に視線を送る。

 

 まどかは、そんな彼に優しく微笑み返し頷いた。

 

「あ~……で、では、お言葉に甘えさせていただきます! 鹿目さんの『お兄さん』!」

 

 中沢は、思い切って『お兄さん』と まどかの厚意に甘える事にした。

 

 深々と頭を下げる中沢。

しかし、まどかと『お兄さん』から、しばらく経っても何の反応も無い事を不思議に思い、首を捻りつつ顔を上げ、二人の様子をうかがう。

 

 まどかと『お兄さん』は、一つ眼と眼を合わせると、遠慮がちにだが仲良く笑いだした。

 

 中沢には捻っている首を、さらに捻る事しかできない。ワケが解らなかった。

 

「えと、中沢くん……。こちらは、鹿目 知久さん。わたしの『パパ』です」

 

「え……?」

 

「申し遅れたね、まどかの『父』の知久です。よろしくね、中沢 元国君」

 

 と、まどかの紹介と、『お兄さん』改め知久の自己紹介。

 

 『ぱぱ』と『ちち』の、二つの言葉の意味が理解できず、中沢はしばし首を傾げる。

 

 『教皇(Papa:パーパ)』だろうか?

 

(スゴいなぁ、この若さで教皇様かぁ……。コンクラーベは大変だって聞いたけど……。それにしても、鹿目さんはキリシタンだったのかぁ……)

 

 それでは、『ちち』はどうだろうか?

ここは、素直に『父』……『父親』だろうか?

 

 『父』……?

 

 『パパ』……?

 

「あっ……、なっ?! 『お父さん』?!」

 

「うん、その通り僕が まどかの『お父さん』さ。改めてよろしくね、中沢君」

 

 『鹿目さんのお兄さん』あらため『鹿目さんのお父さん』は何処か得意気に微笑み、呆然とする中沢に『サムズアップ』を送った。

 

「そういえば、おはようがまだだったね中沢くん? おはよう、中沢くん。それから、我が家へようこそ中沢くん!」

 

 まどかの花咲く様に柔らかな笑顔に、再び中沢は胸の奥と頭の芯を刺激されたのは、言うまでもない。

 

 

 

 目的不明、正体不明の謎の怪人《マラーク》

 

 黒い獣からもたらされた《チカラ》……霊石《アマダム》

 

 少年の『少女を護りたい』という幼いが純粋な思いは、《アマダム》を、力をもたらすベルト《アークル》に換えた。

 

 かつての英雄《第4号》と同質のチカラを使い、少年は怪人の魔手から少女を護ったのだ。

 

 

 しかし、天は、そんな少年に、更なる試練を与えた。

 

 

 その試練とは

 

 

 ある朝、目を覚ますと「あ、なんか、気になるかも……」と、想い始めたばかりの少女の家に何故か『お泊り』していて、ご両親に『御挨拶』した後、御食事を御一緒する事になった……なってしまっていた。もう、色々な段階を飛ばし……いや、むしろ『ワープ』してである。

 

 

 という、恐ろしく壮絶な物だった。

 

 チョロいボキャブラリーしか持たないチョロい中沢

 

 略して、チョロ沢に、この状況で何が出来るとういのか……

 

 というか、どうしろというのか……

 

 既に、『お父さん』を『お兄さん』と間違えるポカをやらかしているチョロ沢

 

 そんな、彼が桜色の少女と彼女の御家族の前で、更なる大ポカをやらかさないで済むのか……

 

 そして、『ヘンなヤツ』と思われないで済むのか……

 

 もしかしたら、もう思われているかもね……

 

 

 

 それは

 

 

 

 《神》も……

 

 

 

 《悪魔》も……

 

 

 

 知ったこっちゃない……

 

 

 

 というか……

 

 

 

 聞かれたって困る……

 

 

 

 のである……

 

 

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