ネタバレになりますので、あとがきに簡単な登場人物紹介が書いてあります。
中沢 元国が、まどかと彼女の家族と共に、完全にアウェーかつ土壇場でピッチに上がる万年控えの新人サッカー選手の様な心境で朝の食卓に付き、緊張で全く味覚が働かないコンディションでチョロいはチョロいなりに奮戦し、持ち前の不屈の粘りで、地味ながらも見事な
《Own☆Goal!!
を決めまくっている……
ちょうどそんな時、鹿目家の前を青と白のツートンカラーの四輪駆動車が安全運転で横切って行く。
車体上部の赤色回転灯、フロントの桜の代紋、車体左右側面の『POLICE』の文字から、この四駆が一眼で警察車両だという事がわかる。
しかし、この四駆は一般的な警察車両とは少し様子が違うようだった。
車両の各部には、青い縁取りの中で桜の代紋を掲げるように高々と広げられた白い翼に『MDP SAUL』の白文字が重なったエンブレムが描かれている。
この車両は、
警視庁 未確認生命体対策班(Squad・Against・Unidentified・Lifeforms)
通称『G3-Unit
そして、その内には五人の隊員が乗り込んでいる。
実直そうな顔付きの身体の大きな男性隊員がハンドルを握り、助手席では小柄な女性隊員がノートパソコンを忙しなく操作している。
後部座席には、やや寿司詰め状態で三人、男性隊員が仲良く(?)座っている。
やはり、三人とも窮屈なのか複雑な表情だ。
左の窓側に座る、いかにもキザなお坊ちゃんという雰囲気の隊員《ミドリ》警部補が、面倒くさそうに誰に聞くとも無しに呟く。
「爆発事故だって? それで? なんで俺たちなワケ? しかも土曜の朝に……ねむスギ……」
アクビを一つして、窓の向こうの景色を意味も無く眺めるミドリ。
そして、アクビをまた一つ。
「正確には、それなりの規模の爆発事件だ。場所は、何年も前に潰れた小さなショッピングセンター……今は廃材置き場だが……。つまり、廃墟だ。火の気どころか、爆発物の類は無い場所だ。誰かが『起こした』事で、まず間違い無い……」
右の窓側に座る、長身痩躯の猟犬の様な鋭い眼差しの隊員《アオイ》巡査部長が抑揚の少ない声で、同僚の間違いを補足訂正する。
几帳面な性格の様だ。
「うーん……なるほど。やっぱり、また何処かの工作員かな? それとも思想犯? 俺、苦手なんだよなぁ……。なんかスゲェやりヅライんだよなぁ……」
アオイとミドリに挟まれる形で、文字通り肩身の狭い想いをしている中途半端になってしまった茶髪で、人の良さそうな隊員《アカギ》巡査部長が、眉を歪めて憂鬱そうに呟く。
「そういう連中が好きな奴がいるものか。なににしろ、俺達の仕事は《敵》の排除だ。相手が未確認だろうが、テロリストだろうが関係ない……」
物騒な事を当然の事の様に、抑揚の少ない声でアオイは吐き捨てる。
「なんで、そんな言い方するワケ? 実に、イヤな奴だなぁオマエは。そんな事より、もっと建設的な話をしようじゃないか?」
実に爽やかな口調で暴言を吐きつつ、アオイに笑い掛けるミドリ。
「俺の“友達”の話なんだけどさ……、カワイイ系の顔の学校の先生を飲み屋でひっかけたワケ。絶対年下だと思ってたんだけど、実はそのコ、そいつより五歳も年上で、もう三十代でさぁ……。騙された~! って感じなワケ。で、オマエらどう思う? ソイツは、しばらく遊んでから適当にサヨナラすべきだと思ってるワケ……」
深刻そうに頭を抱えるミドリ。
しかし、眼は何処かニヤけている。
「正直、俺には、お前の“友達”とやらが、何をどう問題視しているのかが解らないのだが……。しかし、その“友達”とやらが、男として最底辺の人間だという事は解った」
「そうだよなぁ……。良い人で、キレイな人なら、少しくらい歳が離れててもイイじゃないか? そいつゼータクな奴だなぁ……。くそぅ、転んで膝とか擦り剝けろ……」
軽蔑の色を含んだ瞳で、同僚を横目で見やるアオイ。
実に不思議そうな顔をしてアオイの意見に頷いた後、本当に悔しそうに拳を握るアカギ。
と、その時、車両が丁寧なブレーキ操作で、ゆっくりと停車した。
「皆さん、着きました。現場です……」
運転手を務めていた男性隊員『白鳥沢 恵実
「さぁ、みなさん! お仕事ですよ! 今日も張り切って行きましょう!!」
助手席の女性隊員『柳田 理科
「なんで、リカちゃん……。あんなテンション高いワケ? 朝っぱらから……」
「恐らくは……、体温が高いんだ。それに、子供は総じて血圧が高い」
やっとの事で、窮屈な車内から抜け出したアオイとミドリは、長身をダルそうに伸ばしつつ、ちっこい上司を眺めて軽口を叩き合う。
「オマエらな……。失礼じゃないか? 確か柳田さんって、もう三十後……は……!」
最後に降りてきたアカギが、苦笑気味に同僚たちを嗜める様とするが、突然の奇妙な圧迫感に押し黙る。
見れば、柳田警部が可愛らしく微笑み手招きしている。凄まじい圧迫感を発しながら手招きしている。
愛すべき部下であるはずのアカギを呼んでいる。
「っ……! お、おいおい! なにやってんだオマエらぁ! 無駄口叩いてるヒマ有ったら走れよ! 事件は会議室で起る事もあるけど、今は現場で起きてるんだぞ!! 『時はかけなり』なんだよ!!」
アカギは慌てて制帽を被って手袋をはめると、先陣を切って事件現場に駆けていく。
「それを言うなら、『時は金なり』だ……」
「それだと、ラベンダーと甘酸っぱい青春の香りして来そうなワケだが……」
「アカギ君は、いつも元気でヨロシイですね。私達も見習って、張り切っていきましょう~!」
アカギに続き、“まだまだ”三十代前半の柳田警部、アオイ、ミドリ、白鳥沢巡査は、非常線テープの前に移動する。
隊員達は、現場を保全するべくテープの前に立ち眼を光らせる警官達と敬礼を交わすと、テープをくぐり廃材置き場に踏み込んだ。
「あ、あぁ……。俺、昔ここに来た事ある。そうか、潰れちゃったのか……」
「そうなんですかぁ……」
辺りを見回して寂しそうに呟くアカギ。そして、そんな彼に同調して柳田警部もまた、寂しそうに辺りを見回す。
「……気持ちはわかるが、今は仕事に集中しろ」
「まったく、お二人さんはナイーブだなぁ。また今度、デパートの屋上のソフトクリーム、ごちそーするからさ。お仕事がんばろうな?」
気付かっているのかいないのか、判断し難い抑揚の無い声のアオイ。そして、気付かっているのかいないのか、判断し難いほど優しい口調で前髪をを掻き上げるミドリ。
なんとなく緊張感に欠けた事件現場の雰囲気にそぐわない会話を繰り広げる隊員達に、タヌキの置物を彷彿とさせる恰幅の良い壮年の男性が、のすのす……と近づいて来た。
背広に白手袋、彼もまた警官だ。
「おう、おまえら。よく来た、よく来た。訓練、訓練でキツイだろうに悪いなぁ?」
警官は、気さくな敬礼をしつつアカギ達に笑う掛ける。
「スギさん!」
人懐っこい笑顔でアカギは、警官に駆け寄る。
「杉浦警部だ。馬鹿が……」
呆れたアオイのため息が一つ。
馬鹿呼ばわりされたアカギは、アオイに非難の眼を向けるが、柳田警部を始め同僚達が姿勢を正すのを見て自身も慌てて姿勢を正す。
「『G3-Unit』第202小隊 見滝原出張所 柳田 理科、以下四名。只今到着しました!」
普段の間延びした子供のような声と喋り方は何処へやら?
柳田警部は凛とした表情と声で名乗り上げ、杉浦警部にお手本の様な敬礼を送る。それに倣い、アカギ達も整列し敬礼する。
「ん。ご苦労……」
顔を引き締めた杉浦警部も、年季の入った敬礼で『G3-Unit』の敬礼に応える。
「……早速ですが、杉浦警部。どうして私達は、呼ばれたんですかぁ?」
長くは保てないらしく、柳田警部は元に戻ってしまった声と喋り方で、杉浦警部に質問する。
「あぁ、まぁ……なんつぅかな……」
杉浦警部は、何やら言いにくそうに無精髭を大きな手で撫でる。
「後で資料にして、お前等んトコに送っても良かったんだがな……。だが、対策班の誰かに一度直接見てもらったほうがイイんじゃないかと思ってなぁ」
やはり要領を得ない……
しかし、当の杉浦警部は、一人で納得して頷いている。
「なんか良くワカンナイけど、とにもかくにも見せて貰いましょうよ? その方が早いですよ柳田さん」
アカギは軽い調子で、柳田警部を促す。
「そですねぇ。『百聞は一見にしかず』ですもんね!」
学生同士の様な二人の能天気なやり取りに、頭痛を覚えるアオイを余所に『G3-Unit』は、問題の爆発地点へと案内された。
その道すがら、事件のあらましを聞く。
それは、こうだ……
昨夜19時30分ごろの事。
この近辺を寝床にするホームレスの男が、この廃材置き場の前に差し掛かった時、断続的に響く大きな破砕音と獣のような唸り声と咆哮を聞いたと言う。
恐ろしくなった男は、すぐにその場を逃げ出したのだが、そして、そのすぐ後に廃材置き場の上空に火柱が上がると共に物凄い爆発音が轟き、しばらく後に黒い四足動物の様な《何か》が、ピンク色の頭の子供らしき者を乗せて住宅地の方に飛び去った。
という事だった。
爆心地に近付くにつれ、異様な光景が、『G3-Unit』の眼に徐々に飛び込んでくる。
痛んでいるとはいえ硬いはずのアスファルトやコンクリートの地面を踏み砕いて、無数に口を開けた足跡。
コンクリートの瓦礫や錆びた鉄塊、分厚いコンクリートの壁に、無数に打ち込まれた拳と蹴りの跡。
見事に、くの字折れ曲がった鉄骨。しかも、一つや二つでは無い。
綺麗に輪切りにされたドラム缶に鉄柱、コンクリートの柱。皆、切り口は信じられない位に滑らかだ。
凄まじい状況だった。
誰の眼から見ても、『普通の』爆発事件では無い事は明らかだった。
「アオイ! ミドリ! これって?!」
息を飲んだアカギは、同僚二人に慌てて振り返り叫ぶ。
「ああ、似ている……な」
「ハッ……あ~ぁ、一番メンドくさいパターンかぁ……?」
アオイは無表情でただ頷き、ミドリは苦笑いと共に憂鬱そうに朝の空を見上げた。
「やっぱり似ているだろう? その……」
杉浦警部は何事かを確信しつつも、縋る様に『G3-Unit』達の顔を見回す。
老獪なはずのベテラン刑事の瞳に、怯えとも焦りとも付かない複雑な色が見え隠れしている。
「未確認……生命体……?!」
柳田警部の少女の様にか細い声が、妙にその場に響いて聞こえた。
今『G3-Unit』達の目の前には、やはり、“只の爆発事件の現場”では無い光景が有る。
映像資料や現場写真、詳細な報告書そして訓練用VR
十四年前、多く笑顔と尊い命を奪い取った
《未確認生命体事件》
において
《第4号》と《グロンギ》が戦いを繰り広げた後……
の状態にである。
『G3-Unit』の本来の任務である
“再来した《未確認生命体 グロンギ》と戦い、それを殲滅する”
という任務を果たすべき時が……来るべきではない時が、この瞬間ついに、来てしまったのかも知れなかった。
とにかく、何をどう判断するにしても、まずは『情報』が必要だ。
隊員達は実際に自分達の眼で、現場を見て回る事にした。
地味な事だが、こうした『情報』の地道な積み重ねが《神経断裂弾》《対未確認生命体用ガス弾》などの武器を人類にもたらし、《未確認生命体事件》を終結に導く一因になったのだ。
決して、たった一人の《英雄》の力だけが《未確認生命体》を退け、《みんなの笑顔》を護ったわけでは無い。
今ある平和は、あの戦いを戦った全ての者達……《英雄達》の掛け替えのない大切な贈り物なのだ。
今度は自分達も護る……
そんな思いで、隊員達は捜査にあたる。
アカギは、見事に切断された鉄骨やコンクリートの瓦礫の断面を注視する。
まるで研磨されたかの様に滑らかな切り口だった。
『G3』の専用兵装の一つであり、理論上では地上のありとあらゆる物質を切り裂く 超高周波ブレード《GS-03 デストロイヤー》を持ってしても、ここまで見事な切り口には出来ないだろう。
これだけでも“敵”の恐るべき戦闘能力が窺い知れる。
つまり“敵”は、高周波ブレード以上の切れ味の武器を『G3』以上の速さで、あるいは複数同時に振るうという事なのだろうか?
やはり《未確認生命体》の仕業なのだろうか?
もしくは、ソレ以上の《何か》……
「くそっ……! なんなんだ? せっかくの平和だぞ? 大人しくしててくれよ……」
蘇えるのは十四年前の記憶
あらゆる意味で無知で、あらゆる意味で無力な少年時代に目の当たりにした悪夢の記憶
賑わう地下商店街
妹の誕生日 笑い合う自分達家族
笑顔の妹 釣られて笑う自分
突然の轟音 身体を芯ごと揺さぶる轟音
響き渡る悲鳴 現れるのは猛牛の角と人の身体を持った悪魔
そして振り下ろされる豪腕 舞い散り咲き誇る赤黒い無惨な花々
妹を抱きかかえたまま吹き飛ばされる母 殴り潰される父
無惨に潰れた父の下敷きになり倒れる自分 満足そうに自らの拳を撫でほくそ笑む悪魔
そして悪魔は拳をさらに赤黒く染めて屍と赤の海の中を行く その後を無感情に付き従う幽鬼の様な白い外套の男
徐々に温もりを無くしてゆく父の身体 視界の端でぴくりとも動かない母と妹 赤と痛みに染まり薄れてぼやける自分の感覚
立ち止り振り向く悪魔
自分に気が付いた
まだ生きている自分に まだ生きていたい自分に
その時きこえた音と声 今でもはっきりと思い出せる命の恩人の足音と掛声
悪魔の物とは違う軽快な足音 雄々しく勇ましい掛声
煌めく金色の二本角
赤い炎の灯った複眼
さらに赤く燃える様な甲冑
現れた《英雄》
『ッオリャアアァァ!!!』
地下街を揺さ振る気迫の声
(落ち着け! もう“俺”は、あの頃の“オレ”じゃない……)
過去へ飛び恐怖で停止しかけた思考を、アカギは頭を振るって呼び覚ます。
(俺には仲間もいる……!)
アカギは過去の恐怖と不吉な予感振り払うため、同僚二人を仰ぎ見た。
アオイとミドリは、肩を並べ爆心地にいた。
痛んで砕けたアスファルトに、ぽっかり……と口を開けた歪なクレーターを二人は観察している。
「二種類の足跡が有って、爆発が有った……って事は、少なくとも一匹は確実に片付いてるってワケだ。やっぱ《4号》大先生のご活躍かぁ? ハッハッハッ」
「かもな……。もっとも、倒した方が俺達の《味方》とは限らないし、まだ《未確認》と決まったわけじゃない」
「イヤな事言うヤツだな……」
顎をなでつつ、皮肉気な口調で笑うミドリと、無表情で跪きクレーターや踏み砕かれ出来た足跡を観察するアオイ。
「爆発の規模からすると、《ズ》か《メ》……かな? まぁ、許容範囲だな。《ゴ》じゃないのは不幸中の幸いだな? と言っても、面倒なのは大差ないワケなんだけども……」
軽い口調で不敵に笑うミドリ。
アオイはゆっくり立ち上がると、そんな同僚を冷めた瞳で一瞥すると
「幸い? 何を馬鹿な……。《ゴ》よりも、大勢の人を手に掛けた《ズ》や《メ》もいる」
と、同僚に対してか未確認に対してかは判然としないが、忌々しげに吐き捨てつつ立ち上がり続ける。
「個体の強さは問題じゃない、強かろうが弱かろうが、何もさせない。何かする前に……“殺す”……それだけだ」
「ふっ……そうだったな。ワルいワルい、そう睨むなって」
怖い怖い……と、ミドリは肩を竦める。
しかし次の瞬間には、特に気にした様子も無く、気安く同僚と肩を組み笑う。
「まぁ、せいぜい後悔させてやろうぜ? 『やめときゃ良かった!』ってさ、“俺達
「……ああ、そうだな。そうする事にしよう」
ふてぶてしい軽薄な笑みの裏に、嗜虐的で冷酷な色を浮かべたミドリは拳を握って胸を軽く叩く。
そして、アオイもまた冷徹な瞳の奥に、憤怒の炎を灯して同僚の言葉に頷いた。
「しっかし……。こんなに吹っ飛んじまったら、細胞サンプル一つ手に入れるのも一苦労だな? これはもう鑑識課の皆様方に足を向けて寝れないな」
廃材置き場を見回してミドリは笑った。
細胞の一欠片でもサンプルが手に入れば《敵》の正体はもちろんの事、弱点、独自の習性や行動パターン、効果的な攻撃方法、などを割り出せる。
そうした、とるに足らない些細な情報でも、いざ必要になった時“既に知っている”と“何も知らない”では、全く違ってくるのである。
しかし、そうそう上手く事が運ばないのが、『世の常』らしかった……
「いくら探しても見つからない?! なんでですか!?」
驚いたアカギは、思わず柳田の両肩を掴み詰め寄る。焦っているのか、ずいぶん両者の顔が近い事に気が付いていない。
「わ、解りませんよぉ……。建物の中に二人分の痕跡“消した跡”が見て取れたらしいんですから……、ここに誰かがいて、何かが有ったのは確かみたいなんですけど……」
心なしか頬が赤い柳田は、思春期の少女の様にしどろもどろに答えた。
「でも、《敵》の方は、まるで……その……“初めからいなかった”みたいに……」
顔を赤らめながらもアカギを見つめ返し、柳田は事実を伝える。
「死んだ後どうなるかは、あまり興味が無いな。《第43号》の様に深刻な被害が予想されるなら別だが……」
「イヤな言い方するヤツだな……。しかし、なるほど、まさに《未確認》ってワケね」
無表情で不穏かつ冷徹な事をためらい無く口走る同僚に、ミドリは顔を引き攣らせつつ、指先で顎を撫でながら呟く。
「いや……むしろ、今はまだ《Unknown
アオイの冷めた瞳と呟きに、不安を駆り立てられた隊員達は、しばらく沈黙する事しか出来なかった。
「ハッ……正体不明に目的不明、オマケに国籍不明で《アンノウン》ってワケ? 上手い事言うじゃないの? ハッハッハッ……いや、笑うほど面白くないし、笑い事じゃないんだけどな……」
重苦しくなり始めた沈黙を払拭するためか、からかう様な口調と表情でミドリはアオイと気安く肩を組む。
「目的不明……か、本当にそうかなぁ?」
アカギは、《アンノウン》と《もう一体の何か》が踏み抜いたであろう地面を見回し首を捻る。
「何に気が付いた?」
特に驚くでも馬鹿にするでも無く、自然に同僚の言葉の先を促すアオイ。
「なんて言うかなぁ、まぁ『カン』なんだけどさ……」
しかし、こう言い出した時のアカギの『勘』は、侮れない物がある事は隊員達は理解していた。
踏み砕かれ出来た足跡をたどり歩くアカギは、立ち止りゆっくりと右足を抱え込む様に持ち上げ前に突き出す、次いで軸足の左足を九十度ひねり、右前蹴りを後ろ蹴りに変化させ、さらに蹴り込む。
その蹴り足の先には、クレーターが口を開けている。
アカギは、静かに足を下ろすと同僚達に向き直る。
「少なくとも、俺は……この蹴りを放った方の《奴》は、悪い奴じゃない。必死だった……ホントに、ただ一生懸命だったんだと思う」
不思議な説得力を持った真っ直ぐな眼差しだった。
「……いや、ホントもう、めちゃくちゃ《カン》なんだけどさ。アハハハ……!」
若干、逃げ腰なのはご愛嬌。
「なるほど……」
「なるほど、なるほど……」
アカギの言葉を各々が独自に受け止め頷き合う隊員達。
そして、ミドリが肩を竦めつつ笑いながら首を傾げる。
「わぁい。『楽しいアカギくん☆ワ~ルド』は、毎回……おっもしろいなぁ~。だがしかし、カッコよさげなのは結構なんだけど、だからなんなの? って、既に薄汚れてしまった心の俺は思っちゃうワケ」
「確かに、情報が不足している現状では、そういう固定観念を持つ様な考え方は危険だな……」
「そうですねぇ……。じゃあ、ひとまずアカギ君のお話は、忘れてコッチに置いておくコトにしましょうぅ……」
なかなか手厳しい意見が容赦無く飛び交っている。
しかし、それは彼らが仲間としてアカギを信頼し、気を許している証拠である。
……と、自分に言い聞かせて傷付きそうな心を必死に守るアカギ。
「まずは、そうだな……。この、目撃情報の『黒い四足動物』と『ピンク色の頭の子供』というのを調べよう。『動物』の方はともかく、『子供』の方は未確認生命体の人間体の可能性も有る」
手帳に記したメモを見ながらアオイは呟く。
「ピンクの頭って……。素直に考えれば、そういう髪の色の子供が黒い犬かナンかに乗ってった……ってカンジだよな?」
「おいおい、まんまかよ?」
首を傾げるアカギと、そんな彼に肩を竦め苦笑するミドリ。
「ピンク色の髪の毛ですかぁ……? 特に珍しい色じゃないですねぇ……」
柳田警部は、人差し指で頬を撫でつつ小首を傾げる。
「確かに……」
彼女の意見に頷くアオイ。
そう、珍しくない。
ちなみに、アオイの出身地では主に中高年の女性を中心に、パープルにセルリアンブルー、ショッキングピンク、極めつけはレインボー……そんな人々が大勢いる。人工だが……
その上、ファッションは、豹柄、虎柄ときてゼブラ柄だ。最近のトレンドは、ピーコック……孔雀柄らしい。
それはともかくとして、何はともあれ捜査開始だ。
柳田警部は珍しく深刻そうに眉を顰め頷く。
「ここは、やっぱり基本に従うしかありませんねぇ……」
「なんですか? 基本って?」
疑問顔のアカギの質問には答えず、柳田警部は、ゆっくりとした動作で胸ポケットから彼女には全く似合わないレンバンのサングラスを取出し架けると……
「昔から言うじゃありませんかぁ? 捜査の基本は『足』ですよぁ!!情報は『足』で採ってくる物なんですよぁ!!」
ひょい……と上げた膝小僧を、小気味良く叩いて高らかに吠えた。
「まぁ……基本だよな。なんでだか、腑に落ちないんだけども……」
「あーぁ、カッワイーよなぁ! 理科ちゃんはぁー。ハッハッハッ」
どこかげんなりした様子のアカギと、やけくそ気味に笑うミドリ。
刑事ドラマに憧れて警察官になった所が多分にある柳田警部に、振り回される事しばしばな『G3‐Unit
』であった。
それはともかく、アカギとミドリ、柳田と白鳥沢そしてアオイ、と二手に分かれて現場周辺に聞き込みする事にした。
アカギとミドリは、爆発現場から一番近い商店街にやって来た。
中心部の駅ビルやショッピングモールなどに比べると、手狭で“レトロ”な印象を受ける昔ながらの商店街という感じだが、土曜日の午前中という事もあってか中々の賑わいだった。
「あぁ……のどかだなぁ~。そこらへんの喫茶店で、ティーブレイクってワケにはいかないのかぁ?」
大きく伸びをして青空を眺めながら、ロクでもない事を口走るミドリ。
「良いわけ無いだろ! なに言ってんだよ、まったく……」
やる気に欠ける同僚に、アカギは怒れば良いのか呆れればいいのか解らず、肩を落とす事しか出来ない。
そんな、同僚は悪びれた様子も無くアカギの背後を指差し笑う。
「真面目だなぁ、お前は。いちいちマジにとるなって。冗談なんだからさ! とかなんとか言ってる間に『ピンクヘアーちゃん』発見だぞ?」
「うん?」
はたして、その指の先には……
淡い桜色の髪を赤いリボンで可愛らしく二つに結い上げた小学校高学年、あるいは中学一年生くらいの少女が、一、二歳年上に見えなくもない少年と並んで歩いていた。
何故か、ジャージの少年に比べて、少女は“おめかし”している。
二人は、仲良く同じ携帯電話ショップの紙袋を提げている。
「うーん、なるほど、なるほど。ふたりで、ケータイ選んでペア契約ってワケかぁ? 羨ましいなぁ? 妬ましいなぁ? よし、邪魔しに行くかぁ……。俺達も仕事なんだから仕方ないよなぁ? ハッハッハッ」
まるで新しい遊びを見つけた子供の様に、微笑み頷くミドリ。
「オ、オマエなぁ……」
呆れるアカギだったが、若い二人の邪魔をするのは確かな事実だ。
それに、この目の前の“お調子者のええかっこしぃ”が、軽口や冗談を駆使し嫌悪感や罪悪感を『コメディ』化して誤魔化す癖が有るのを承知していた。
しかし……、である。
彼女イナイ暦《年齢ト同ジ》のアカギは、正直なところ、ちょっと羨ましかったりしたのだった。
「よかったね中沢くん。制服、月曜日には間に合いそうで。わたしも汚しちゃった時は、『西洋洗濯舗 キクチ』なの! いつも元通り、ピカピカにしてくれるんだよ」
「へぇ、そっか。ありがとう鹿目さん。スゴく親切なクリーニング屋さんで助かったよ。でも、受付の人は、なんか怖そうな人だったけど……」
「イヌイさん? いつもあんなカンジだけど、ホントは優しい人だよ。この前なんか、たっくんにキャンディくれたし」
笑顔を交わし合い、他愛ない話に花を咲かせる少年と少女。
少年のほうが『ナカザワくん』で、少女が『カナメさん』という名前らしかった。
会話から察するに、『ナカザワくん』の学生服が汚れてしまい、『カナメさん』が行きつけのクリーニング店を紹介したようだ。実に、仲がよろしいようで結構なことである。
「やぁや、御二人さん。俺達、ご覧の通りの“こっち”関係の怪しい者なんだけどさっ。ちょっと話、聞かせてもらって良いかな?」
無遠慮にも二人を通せんぼする形で立ちはだかり、くるり……とターンを決めて制服と階級章を得意気に見せ付けるミドリ。
「オマエなぁ……。怪しい者じゃないからな? 俺達、見滝原署の者なんだけど……」
そして、やはり同僚に呆れさせられたアカギだったが、努めて明るい口調と笑顔で少年少女に話し掛け、しっかり警察手帳を開いて見せた。
「え、えぇと……な、なんでしょう?」
『ナカザワくん』が、一歩前に歩み出る。
若干、笑顔が引きつり声が裏返っているが、不安顔の『カナメさん』を庇うように立っている。
アカギとミドリは、頼もしいような、微笑ましいような気分になった。
「そんな緊張しないでくれよ。話を聞きたいだけなんだからさ!」
「は、はい……」
まるでクラスメイトの様な、実に気安い態度と笑顔のアカギ。
しかし、当の『ナカザワくん』は、なんとも居心地悪そうに曖昧に頷く。突然、警察官に話し掛けられたのだから無理も無いことだ……
アカギは、そんな『ナカザワくん』に苦笑するのみで特に気にせず切り出した。
「実は、昨日の夜遅くに、この近く……って言っても、けっこう距離が有るんだけども……昔ホームセンターだった所で事故か事件かは、まだ何とも言えないんだけど、何かが爆発したみたいなんだ……」
アカギはペンと手帳を手に、高圧的にならない様に世間話でもする調子で少年と少女に事情を話す。
「というワケで、なんか知らない? 『カナメさん』。何か見たとか、ヘンな音が聞こえたとか、どんな些細な事でも構わないからさっ。ハッハッハッ」
「え!? あ、えと、あのその……」
何でも無い事の様なミドリの質問。
しかし、突然の事だからなのだろう、少女は口籠り桜色の瞳を左右に彷徨わせたかと思うと顔を上げ、何か決意した表情で口を開いた。
「あぁ……えと、すみません! 昨日は学校の係の仕事で遅くなっちゃって……。だからその……そう、真っ直ぐ帰宅しましたので何も……そういうのは!」
警官達を真っ直ぐに見詰め返し、まくし立てる様に少女は言った。
「鹿目さん……!?」
「それで、その……わたし、わたし達すぐに家に帰りました。だから、そっちの方には行ってなくて。中沢くんも……彼に家まで送ってもらったので! だから、その、つまり……ごめんなさい!」
呆気にとられる少年を余所に少女は、アカギとミドリに勢い良く頭を下げた。
「いや、そんな謝らないでくれよ。君達が無事で、何かに巻き込まれたりしてないなら、それで良いんだからさ!」
「そうそう」
突然年端も行かぬ少女に頭を下げられ、流石にバツが悪そうな苦笑する警官二人。
「それにしても、『ナカザワくん』……俺は君を見くびってたよ。彼女、送ってあげたんだ? いいよ、いいよ~。優しいじゃない? そーゆーひとつひとつの小さな優しさの積み重ねが“モテるコツ”だったりするワケよ……。ね? 『カナメさん』」
「ごめん、お前ちょっとだまっててくんない? えーと、なるほど……そうかぁ、うん、ありがとう二人とも。参考になったよ」
アカギは、悪戯っぽくほくそ笑む同僚の脇腹を肘で小突いてから、努めて明るい笑顔と口調で『ナカザワくん』と『カナメさん』に頭を下げて手帳を閉じた。
「デートの邪魔して悪かったな。じゃあ、良い休日をな? 『ナカザワくん』に『カナメさん』」
「デっ!? えぇ!?! トっ!?」
「あ……!」
アカギの何気ない一言に『ナカザワくん』と『カナメさん』は、揃って固まった。どういう訳か、二人仲良く顔が真っ赤だ。耳まで真っ赤だ。
いったい、どうしたというのだろうか。
「デートなんかじゃ! デートじゃありません!! あ?! いや、なんかじゃなくて! これは、けっして鹿目さんとデートはしたくないというコトじゃなくて! あぁ、な……なに言ってんだオレ?! そ、そういうコトじゃなくてですね! だ、だいたい……オレと鹿目さんとじゃ、つり合わないじゃないですかぁ?! こんなにキレイでカワイイ人とオレが……? やだなぁお巡りさん。アハハハ……」
顔を真っ赤に染め、一気にまくし立てる『ナカザワくん』。
必死な『ナカザワくん』は、隣で『カナメさん』が、自分の言葉で耳と首筋まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯いているのには気が付いていない様だった。
(なんか……変なイイ奴だなぁコイツ。マヌケだけど……)
(なんて……恐ろしい奴なんだコイツ。カッコつけて無いクセに、完全に口説き文句みたいになってるワケだが……)
アカギとミドリは、それぞれ異なる着眼点でだが揃って苦笑する。
「OK! ちょっと、落ち着こうか『ナカザワくん』? お互いフリーな年頃の男子と女子が二人で連れ立って歩いてたら……それは、立派な『デート☆』だ。そうさ! 君は今、間違い無く『カナメさんとデート☆』の状態なんだぜ!!」
ミドリは、無責任かつ無遠慮に「自信を待て!」と『ナカザワくん』の肩を気安く叩くと、優しい兄貴的な笑顔と『サムズアップ』を残して颯爽と去って行った。
同僚のアカギを置き去りにして……
「あぁ、あーと……。なてーか……その、ごめん二人とも。なんか余計なコト言っちまったみたいで……」
バツが悪そうに頭をかきながら、少年少女に頭を下げるアカギ。
「い、いえ、アハハハ……」
「その、えへへ……」
同じくバツが悪そうに頭を下げ、赤い顔のまま苦笑する『ナカザワくん』と『カナメさん』。
「あーその……ご協力ありがとな。まぁなんにしろ、ふたりとも仲良くな! じゃぁな!」
なんとなくアカギは、ふたりの『兄貴』になった気分で笑い掛け気安い敬礼をすると、お調子者で無責任そのうえ薄情な同僚を追った。
笑顔で少年少女と別れたアカギだったが、どこか釈然としない物を感じていた。
「なん……なんだろうなぁ? あのふたり、なんか隠してるみたいに感じるんだけど……」
アカギは、声を潜めていぶかしむように、ミドリに囁く。
しかし、当の同僚は、ひとつ肩を竦めただけでいやに爽やかなシタリ顔で、
「アレくらいの年頃は、大人どころか親にも言えないコトを、色々まとめて胸に秘めているモンなんだよ。若い二人の『ひみつ☆』に立ち入るなんて野暮だぜ? お巡りさんとしてあったかい気持ちで見守ろうじゃないの……。お前もベッドや机の下に『夢(笑)』をいっぱい隠し持っていたろ?」
と言った。
「……? なんだ、それ? 0点のテストとかか?」
確かにミドリの言う通り、人間だれしも一つや二つ秘密を秘めているだろうが、同僚の無駄に回りくどい例えに、アカギは、首を捻るばかりだった。
「ホント……、お前はイイ奴だよ。じゃ、レーテンデカ! 次行くぞ。捜査再開だ!」
「レーテン……?」
同僚の口から飛び出したおかしな単語に、アカギは再び首を捻ったが、はた……と気が付いた。
「あっ?! いや、俺0点なんてとった事ねえよ! 自慢じゃねぇけど、“0点だけ”はとってねえよ! マジで!!」
必死さが、かえって言い訳じみた印象を与えるが、確かにアカギは、『赤の魔術師(笑)』であって『零の魔将(笑)』ではなかった。
というか……
本当に、それは自慢にならなかった。
登場人物紹介
アカギ 27歳 『G3―Unit』見滝原分署 装着要員 巡査部長
お人好しで能力に“ムラ”が有り、およそ警察官らしくない性格の持ち主だが、動物的勘と強い悪運の持ち主。
アオイ 28歳 アカギの同僚 同じく装着要員 巡査部長
射撃・格闘なんでも“ソツ”なくこなし、冷静沈着。しかし、いつも一言多い嫌な奴。
ミドリ 29歳 アカギの同僚 同じく装着要員 警部補
“キザ”でお喋りなプレイボーイ気取りの嫌な奴その2。しかし、射撃の腕は一流で、いざとなれば冷酷な判断を下す一面を持つ。
柳田 理科(やなぎだ りか) 3☓歳 アカギ達の上司『G3-Unit』見滝原分署 管理官兼オペレーター 警部
小柄で童顔。呑気で朗らかな女性だが、最近何かと年齢を気にし出した。
白鳥沢 恵美(しらとりざわ めぐみ) 26歳 アカギ達の後輩 Gトレーラードライバー兼オペレーター 巡査
装着要員たちを凌ぐ長身と屈強な体格の持ち主だが、怪我の後遺症のため適性検査を撥ねられていいる。
巴(ともえ)マミ 15歳 見滝原中学校三年生
強い使命感を持った百戦錬磨の魔法少女。『魔女』の脅威から人々を守るため、いつものように夜の街へと見回りに出た彼女だったが、『魔女』とは違う未知の存在と対峙する事となる。