オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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The undead king
一話


 アッバルは約束の場所への悪路を一人、彼女の出せる全速力で駆けていた。サービス終了まであと三十分しかない――明日提出のレポートに時間がかかり過ぎたのだ。こちらに顔を出してからレポートの仕上げをすれば良かっただろうか、と彼女は今さらながら後悔している。

 そして彼女が着いたのは石造りの遺跡で、かつては神殿としてあったのだろうが今はその面影を遺すのみ。遺跡を囲む毒の沼を悠々乗り越えれば時間は23:37:44。だいたい三十八分かと呟いて、伝言を飛ばす。

 

『モモンガさん、モモンガさん。今よろしいですか?』

 

 返事は思っていたよりすぐに届いた。

 

『アッバルさんこんばんは』

『こんばんは。ナザリックの入り口に着きましたけど、これから私はどうすれば良いのでしょう?』

『ギルドに招待しますから、ギルドに参加したら普通に入ってきてください。第一階層まで迎えに行きます』

『分りました。待ってます』

 

 点滅し始めたメールフォルダを開けば未読メールが一件。【モモンガ さんがあなたをギルド アインズ・ウール・ゴウンに招待しています。参加しますか?――YES・NO】。迷わずYESを選び、アッバルはナザリック地下大墳墓への門を潜り石の階段を下りる。

 はたして、そこには見事な鎧とマントを身に着け美しいスタッフを手にした骨がいた。アッバルは笑顔の感情アイコンを浮かべて骨へ駆け寄り、骨もまた笑顔のそれをポンポンと表示させている。骨のプレイヤーネームはモモンガ、ここナザリック地下大墳墓をホームとするギルド:アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターだ。

 

「モモンガさん、招待有難うございます!」

「私もアッバルさんを呼ぶことが出来て嬉しいです」

 

 アッバルがこうしてサービス終了ギリギリになってギルドに入ったのには理由がある。最近始めたからなどではない――彼女はユグドラシルを二年プレイしている――モモンガとその友人達が作り上げた思い出の詰まった場所を乱したくなかったためだ。モモンガには世話になったからこそ、彼女はモモンガの誘いを断っていた。

 だがユグドラシルのサービスも今日、あと三十分もせずに終了する。最後だから見ていって欲しいと頼まれては断れるはずもなく、アッバルはモモンガに借りたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを指に嵌めた。

 

 

 

 ユグドラシルにおいてアッバルは遅参も遅参のプレイヤーで、彼女が登録をした時にはもう、彼女が先達らとの差を埋めるのは絶望的だった。イベントも減り、初心者クエストを終えればあとはただひたすらレベルを上げるだけの作業ゲー。――そんなとき、アッバルの前に現れたのがアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター・モモンガだった。

 

「もう辞めようかな、ユグドラシル……」

 

 始めてからまだ一月も経たない頃だった。生産職のプレイヤーがさっぱりいないために、加工することもできないのにクリスタルばかりアイテムボックスに溜まっていく日々にアッバルは鬱屈としていた。美術の成績がアヒルだったアッバルには武器や防具の生産は向いておらず、また彼女の選んだ種族に合う防具類の数は絶望的に少なかった。

 彼女の中で、子供の頃にCMを見て憧れたユグドラシル像が色あせていく。大学に入学したのを期に手に入れたダイブマシンを見る度に金をどぶに捨てたような気持ちになるほど、彼女は打ちひしがれていた。

 その日もログインしたは良いもののやる気が起きず、かつての人ごみなど過去の栄光とばかりに過疎ったはじまりの城下町、中央広場の噴水の縁で丸くなっていた。身咎める者などいないはずだ、どうせNPC以外に誰もいないのだから。だが。

 

「あの、隣に座っても良いでしょうか」

 

 アッバルに声を掛けた相手こそ、モモンガだった。

 

 モモンガはアッバルの現状を知るや、それはお辛かったでしょうと悲しみマークの表情アイコンを浮かべた。私が楽しんで来たユグドラシルをアッバルさんにも楽しんもらう手伝いがしたい、などと提案されたアッバルは目を見開いた。そして驚き顔の感情アイコンを連打する。

 

「古参プレイヤーによる初心者の手助けなんてよくあることですよ。そうだ、もう使わなくなった武器をお譲りしますよ」

「いえいえいえいえいえ、そんなご迷惑をおかけするわけには! 寄生とか姫プとかしたいわけじゃないので!」

「本当にもう使ってない箪笥の肥やしですから」

「いやでも、そんな、悪いです」

「武器は使われてこそです。使ってやってください」

 

 この縁からアッバルとモモンガの付き合いが始まった。

 交流が続きモモンガと話すうち、アインズ・ウール・ゴウンの抱えた問題をぼんやりながら知り得たが、彼女にはどうしてやることもできない。リアルの多忙などでだんだんと消えていったギルメンと、置いて行かれるばかりのモモンガ。思い出の詰まった場所を維持し続けることの寂しさはいかほどのことだろう。

 そして二人が出会って一年が過ぎようとする頃、アインズ・ウール・ゴウンのギルメンで今なおログインを続けている者はモモンガ一人になった。寂しいですねと頭を掻くモモンガをどう慰めたものかアッバルには思い付きようも無く、この親切で愚直な男の横に座り続けた。

 

 数カ月後、新規プレイヤーの登録が停止された。近々サービス終了かとログイン勢が夜逃げのように別のゲームへ去っていった結果、以前よりいっそう過疎化が進み、ナザリック地下大墳墓近くの村からアッバル以外のプレイヤーが消えた。

 

 隣で村を見ているだろうモモンガを窺えば、剥き出しの頭蓋骨はいつも通り無表情だった。そしてモモンガは口にした。アッバルさん、アインズ・ウール・ゴウンに入りませんか? どうせあと二ヶ月かそこらですから。

 モモンガは優しい。優しすぎて……悲しいと思った。だからアッバルは断った。

 

 

 

 モモンガ以外のギルメンが一人としていないナザリック地下大墳墓内を見て、先程の伝言の返事の速さに納得する。モモンガとサービスの終了を共にしてくれる人は一人もいなかったのだ。彼らはリアルが忙しいからこそギルドを辞め、もしくはログインが減っていった。サービスの終了だからといって時間を捻りだすのは難しかったのだろう。

 途中で執事とメイドたちを捕まえて後ろに従え、玉座の間へ案内される。玉座の間は四十メートル以上ありそうな高い天井に繊細なデザインながら荘厳なシャンデリアが輝き、四十一の紅い旗が壁に等間隔に並ぶ、立派すぎるものだった。玉座の横には白いドレスに蜘蛛の巣状のネックレスをした美女NPC。アッバルはモロ厨二病と言いかけて口を噤んだ。

 

 アッバルには自作NPCはいない。知人にAIの製作を頼むほどのことでもないし、過疎ったユグラドシル内で作りたがりと知り合うことも無かった。思い描いたビジュアルを3D化する美術の才能も持ち合わせておらず、有料のデータに手を出せるお小遣いの余裕も無かったため、ポイントだけ残っている。

 

 なにやら美女NPCの装備に関してモモンガが怒っていたようだが、アッバルは直立不動の執事とメイドらの観察に夢中で右から左へ聞き逃していた。どうすればこんなにリアルに作れるのか。よほどの才能があったのだろう、観察をデータに出来る人には尊敬するものだ。

 

「アッバルさん、そろそろですよ」

 

 モモンガはアッバルが執事らの周囲を回りながら観察していたのを見守っていたらしい。優しい声音にアッバルはハッと正気付いてモモンガの傍へ寄る。階段を数段上り、玉座の横へ。座ってみますかと聞かれたが流石にそれはと断った。

 

「彼らが棒立ちというのは味気ないですよね」

「あー、まあ、そうですね」

 

 だがNPCとはこういうものではないのかとモモンガを見やったアッバルに、モモンガは雰囲気だけニッコリと笑む。骨は全く動かず無表情だが。

 

「ひれ伏せ」

 

 モモンガが手を上から下に動かしつつそう口にすれば、執事らは全く同時に跪いた。おお、とアッバルの口から感嘆が漏れる。プロが組んだAIにはこのようなモーションなどお手の物なのか。凄い。

 

「あと三分と少しですね」

「はい。モモンガさんともう一緒にいられないのは寂しいですね」

「また、別のゲームで会いましょう」

「そう……ですね。また別のゲームで」

 

 モモンガの方を見ていられずに真っ直ぐ正面を向けば、壁に並んだ旗がそれぞれ違うマークを掲げていることに気が付いた。旗の数は四十一あることからそれぞれのギルメンのマークなのだろうと理解し、さてモモンガのマークはどれなのかが気になった。

 

「モモンガさん。モモンガさんのマークの旗ってどれですか?」

「ああ、手前のアレです」

 

 モモンガは自らの旗を指差したのち、感慨深いのだろう、旗を一つ一つ確認するように見ていく。

 そして、全てを確認したモモンガがスタッフを握り締める。スタッフの上部から立ち上るエフェクトは苦悶の表情で、モモンガの心情を表わしているように思えたアッバルはモモンガに声を掛ける。

 

「モモンガさん、大丈夫ですか」

「――大丈夫です。すみません、湿っぽくなってしまって」

 

 残り時間は二分。サービス終了は当然ながら、モモンガの思い出が詰まった場所との別れもあと二分。アッバルは口を閉じ天井を見上げる。

 残り三十秒。二人は最後の別れの挨拶を短く済ませた。

 残り十秒。二人とも目を閉じ、強制ログアウトを待つ。

 55、56、57、58、59、ブラックアウト、しない。

 

 アッバルは小さく悲鳴を上げた。腹の下の冷たい石畳の感触と鼻孔を刺激する匂いの氾濫、視野が後方へも広がり鮮明になりすぎた視界。不快ではないそれらの持つ意味が、理論ではなく感覚として理解できてしまったから。

 

「アイエエエエエエナンデ!? ナンデ!?」


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