オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

10 / 31
十話(改)

 ナザリックへ戻っておよそ一日――アインズが自らの改名を下僕らに宣言してから半日が過ぎただろうか、いまだアッバルは猫ちぐらに寝かされ第七階層にて夢の中だ。よほど消耗していたらしく起きる様子のないアッバルとは彼女が目覚めてから話すとして、今のうちにナザリックのブレーンたちと意見を出し合うことくらいはしても問題あるまい。アインズは執務室へアルベドとデミウルゴスを呼び、彼らへ意見を求めた。アッバルが暴走したことの原因について何か思い付くところはないか、と。デミウルゴスは「実際にその場を見ていたアルベドの意見を先に聞きたい」とアルベドに先を譲り、アルベドは少し首を傾げて顎に手を添え考える様子を見せた後、こう言った。

 

「なんらかの生存本能への刺激があったのかもしれません。例えば飢餓、生命の危機など……」

 

 カルネ村の粗末な家にいたときからアッバルの様子がおかしかったことを思い出す。アインズの〈伝言〉が聞こえていないわけでもなかったのに返事が無く、ぼんやりしていた。あれは暴走の兆候だったのか? カルネ村で生存本能への刺激があったとしても、それが何だったのか分らず、アインズはううむと額に指先を添える。そこにデミウルゴスが口を開いた。

 

「生存本能への刺激なら常に感じているでしょう。なにせオーバーロードたるアインズ様が傍についておられるのです、ただのバジリスクでは生命の危機を感じるでしょうね」

「えっ」

「アインズ様、いかがなさいましたか?」

「いや、なんでもない」

 

 まさか自分が原因なのか。アルベドがおずおずといった様子でこちらを見やったのに手を振って応え、アインズは唸る。デミウルゴスの言う通りかもしれない。アインズはバジリスクという種の弱さを忘れていたのではないか? 何せ、バジリスクスという種は終点に選ぶには弱すぎる下級の種族だ。それに加え、アッバルは種族レベルよりも錬金術師や薬師、採掘師レベルなどの職業レベルで100レベルへ至った生産職系戦闘員。ユグラドシル黄金期ならばトップランカーらに鼻息で飛ばされるほど弱い。

 アッバルとアインズの差を例えるなら、レベル1の勇者とラスボスの魔王を操っていた魔神の間に横たわる強さの差と同程度……青銅のナイフ、皮の胸当てでドラゴンに挑む村の薬師とその相手をする何千年を生きたドラゴンでも良い。単なる村の薬師がドラゴンと同じ室内でリラックスできるだろうか? 気絶して弛緩することならあろうとも、リラックスするのは無理だろう。

 

「デミウルゴス。アッバルさんが恐怖する対象は私だけと思うか?」

「いえ……アインズ様はもちろんのこと、我々守護者やセバスやプレイアデスが相手でも恐怖を感じていると思われます。なにしろアッバル様はバジリスクの幼生、まだまだ弱い生き物です。赤ん坊に本気になるような大人のつもりはありませんが、アッバル様が我々に威圧感を覚えてしまうのはどうしようもないかと」

「では次はアルベドに訊ねよう。これを解決するにはお前ならどうする?」

「アインズ様のお望みの通り、アッバル様を強く育てることで解決いたしますわ。そう、そして私こそがアインズ様の妻に相応しいと証明してみせます。ご期待下さいませ、アインズ様。私、必ずアッバル様を強く、美しく、私のような淑女に育て上げます!」

「あ、はい」

 

 答えになっていない気がするのはアインズの気のせいだろうか。強く育てろなんて言ったっけ? 妻ってどういうことだ?

 

「しかし、恐怖か……弱者が強者に威圧感を覚えるというのは、なるほど生命の危機と考えうるな。他に何か生命の危機を感じる原因となりそうなものはあるか?」

「一つ、可能性として思い付くものがございます」

「ほう……答えよ、デミウルゴス」

「はい。アッバル様をアインズ様がナザリックへ連れて来られました次の日、アッバル様は冬眠されそうになりました。冬眠する獣は食い溜めをするもの……食い溜めせねば冬眠が永眠に変わります。アッバル様の本能は冬眠の準備をしようとしたのではないでしょうか」

 

 言われてみればなるほど、ありえそうだ。アンデッドたるアインズには室温など問題ではないし、そのように創られている守護者らが温度変化について苦言を呈するはずもない。よって、実に残念なことだが、このナザリックにおいて室温の低さが問題となるのはアッバルのみである。

 寝ている間アッバルを「溶岩」に連れて行っていたのも事態の発覚を遅らせた要因だ。寒さによる体調不良だというのに、目が覚めたら快調に戻っていたことで「まだこの体に慣れていないから疲れてしまったんだ」と彼女に勘違いさせてしまったのだ。アッバルを色々な不安から保護しようと考えたアインズは、自分が対処すれば問題ないだろうと冬眠のことを黙っていた――彼女へ伝えていれば事態は変わっていただろうが、本人はそのことに気づいていない。

 

「彼女には人型をとってもらった方が良さそうだな」

 

 人の形であれば防寒対策は容易いし、蛇の体ほど寒さに弱くもない。そう考えを口にしたアインズだが、いや、とまた口を開く。

 

「アッバルさんは人型だと目と口がないんだった……」

 

 ゴマ鼻とノーマル耳はあるが、目と口という重要な部分が欠けている。会話については〈伝言〉を使えば解決するとはいえ、視界が利かないというのがかなり不便であろうことは想像に易い。他のとりうる手段を考えもせず、本人にとってかなりストレスに感じるだろうことを強要するのはいけない。クライアントの無茶な要望、少なすぎる予算、押し付けるばかりで何もしない上司……。うっ、頭が! と思ったところで鎮静効果。

 アッバルにとって良い方策は何だろう、そう考え、アインズは物理的にこのナザリックから離れさせる案を思い付いた。そうとも、外へ連れだしてやれば良いのだ。冷え冷えとした墓地の地下深くと比べれば外は暖かいし、陽光聖典の騎士らから引き出した情報によればバジリスクを威圧する生き物などそういないようだ。アインズはもちろんアッバルはユグドラシルのプレイヤー、未知に尻込みするような性格はしていない。そう考えれば考えるほど良い案と思えてきて、アインズは心の中で自らの良案に拍手した。

 強者の威圧に対する耐性がつくまで、彼女をナザリックから離れさせるべきだ。そうだ、アインズとアッバルであっちこっちなんて良い案じゃあないか? アッバルもアインズ一人ならゆっくりと耐性をつけられるだろうし、視界はアインズが補助してやれば良い。人気のない場所でならバジリスクに戻ってもらって、二人で景色を楽しむなんてことだって出来るだろう。ユグラドシルではできなかった、チームを組んで共にギルドのランクを上げていくような楽しみも可能だ。始めは銅ランクとかFランクで、次第に金ランクとかSランクになるのだ。なんとも楽しそうではないか。それに加えてアインズ自身の目でこの世界を知ることができる。一石二鳥ならぬ三鳥、四鳥五鳥だ。

 

「二人とも礼を言う。あとは私とアッバルさんの話し合いになるからな……彼女が起きるまで他のことをしていようと思う」

「畏まりました。また御用がございましたら何時でも呼びつけてくださいませ」

「アインズ様のお役に立つことこそ我々の存在価値です」

 

 二人が一礼して去る背中に右手をヒラヒラ振りながら見送り、自分一人となった執務室にアインズのハァァと長い溜め息が響く。背もたれを背中が滑り、あまり姿勢が良いとは言えない体勢になる。はっきり言ってアインズ――モモンガも、守護者たちには威圧をビシバシと感じている。下手を打って彼らに裏切られたらと思うと無いはずの心臓が縮むし、裏切られる・裏切られないを別にしても彼らを失望させるのではないか不安がいつもつきまとう。

 彼らを伴わず外へ行く体の良い言い訳にアッバルを使おうと考える自分のいやらしさには溜め息しかない。

 

 アインズは分かっていた。この見知らぬ世界を冒険して回りたいという自分の本音を知っていた。だがそれには守護者らNPCがいると不都合なのだ……異形種が故に人間を見下した態度をとる者ばかりであるという点と、彼らが我が子のような存在でもあるが部下でもあるという点が。人を見下すなよ、勝手に食べるなよと宥めながら好き勝手な冒険ができるか? 無理だ。威厳を見せるべき相手を連れながら気楽に騒げるか? 無理だ。世の中のパパが子供の前でビールをガバガバ呑んで正体を失くしても平気なのは、子供から裏切られる心配がないからだ。「理想の父親像を裏切った父さんには死の鉄槌を下す!」と包丁を振り回し銃を乱射するような、色々な意味で危ない子供などそうおるまい。

 この世界の視察がてらガス抜きしても良いじゃないか、なにせアンデッドに睡眠はなく、夢の世界に逃避することすら許されないのだ。ちょっとの間くらいここを離れて何が悪い……もちろんナザリックを捨てるつもりなど毛頭ないのだが、NPCらから寄せられる期待が重すぎて辛い。アインズはよくあるRPGのラスボス大魔王ではない、日々の仕事に体を酷使するただのサラリーマンなのだ。悪のカリスマを持ち合わせてはいないし、数多くの部下を抱えた経験もない。上司として正しい振る舞いとはどの様なものなのかも分からない。

 

 アインズからすれば、NPCらは我が子のような部下で、裏切られるとかなり手痛い相手。アッバルは同郷の仲間ながら保護対象で、強さやその他色々な要素からアインズを裏切ることはまずない女の子。どちらといる方がより気楽かなど幼稚園児でも分かる。頭が良く、躾られたドーベルマンは従順だろう。だがもし何かあって攻撃されれば……噛まれ所が悪いと火葬場行きだ。ハムスターは可愛いこと以外に役に立つ点はないが、これと言った害にもならない。噛みつかれたら痛いどころではないドーベルマンではなく、可愛いハムちゃんを連れて旅行したいと思っても仕方ないではないか。

 

 

 そんな妄想を膨らましたアインズだったが、悲しいかな、現実は無情であった。至高の御方として称えられ尊ばれるアインズと、ナザリックの基準では弱過ぎて外へ出すのも怖いアッバルの二人旅など守護者らが許すはずもなかった。もちろんアインズの強さを心配してのことではない、アインズの強さについて彼らは過大とも言える評価をしている。ただ、身の回りの世話を全てメイドや守護者らに任せるべき存在であるアインズに供をつけないなど言語道断、ましてや守護者らでは踏み潰してしまいかねないほど弱いアッバルを抱えて冒険など……と、彼の世話をすべき随行がいないうえアッバルという荷物を抱えていることを心配しているのだ。下僕としてアインズを信頼しているからと言って、アインズを心配しないこととイコールになるわけではない。

 アインズと守護者らの攻防……綱引きと言った方がより正しいか、綱引きは守護者らの勝利で決まった。アインズとアッバルの二人旅にメイドを一人随行させることになったのだ。プレアデスから選ぶとは言っても、ユリはメイドらの取りまとめ役であるため除外、ルプスレギナは頭の出来からボロを出しやすいと除外、シズは存在そのものがここの世界観に合わないため除外、ソリュシャンは魔法を使えないため残念ながら除外、エントマは魔法とかそういったこと以前の問題で除外。なんと、連れて行けるメイドにはナーベラル以外の選択肢が無かった。よって拝親子……否、プレイヤー二人の旅に、冷涼な美貌の女が一人付属することが決まった。この旅には復讐すべき柳生一家などいないが。

 

 そのあと。実に二日も夢の世界でゆったり休んだアッバルが目覚めるや脱皮したり、脱皮に際して目が白濁していたことにアインズが悲鳴を上げたり……色々あった。色々なことに驚いたり楽しんだり、まるで遠足の前の晩のようだった。これから夢膨らむ日々が始まるとアインズは信じていた。

 まさか本当にハムスターを連れ歩くことになること、そしてそのせいで恥ずかしい思いをすることなど、アインズはこのとき予想すらしていなかったのだ。

 

 

 

~一巻の終わり~




 後書き。

 来週の予定じゃなかったのかって? 前倒しって素敵な言葉ですよね(目逸らし)研修先でまさかの再会がありましてテンションが上がったのも原因ですが、そういえば次の月曜日ってシルバーウィークだから休日じゃないか、よーし休みはあとで取れば平気さ、風邪引いたけど(頻繁に風邪を引くスタイル)というのも原因です。

 さてさて一巻が終わりました。一巻の終わりって言うことですし、誰が死んだんでしょうね。陽光聖典でしょうか。きっちり一巻の終わりあたりで一巻の終わりになりましたから。
 二巻以降は、ぶっちゃけ、妄想はありますが構想がふにゃふにゃです。悲しいけどこれ、まだ妄想なのよね。お待たせせずにお届けできれば良いのですが……。

 拙作について、こちらの感想欄やPixiv様にて感想や評価、スタンプを頂きました。とても嬉しく、またやる気が出ました。こちらでも改めてお礼を申し上げます。
 拙作、最初は短編で終わらせる予定でした。後は自分の脳内妄想で充分だっちゃ、と考えていたので。ですが感想でちらっと妄想を吐き出してみたら「書けるじゃないですかヤダー」なんて、つまり「YOU書いてみなYO! ME楽しみにしてるYO!」ってことですよね。勝手な脳内補正ですが。

二巻以降はいや本当にまだ妄想しかないので遅くなっても怒らないでください。二巻以降の妄想を活動報告にて吐き出していますので、気になる方はどうぞ活報へ。


追記:うっかり加筆修正前のを載せてしまいました。すみません!分かりやすいよう(改)としております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。