オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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The dark warrior
一話


 物理的に一皮剥けたアッバルだがサイズが大きくなるということもなく、アインズの手にすっぽり収まる適度な腹回りのままだ。とはいえ、冬眠に備えて腹一杯食べたお陰で肉がみっちりと詰まり、感触がビーズクッションからエアーベッドに進化してしまった。包み込むように柔らかいのと同時にちょっと硬い……。だが、そんなバジリスク形態もしばらくはお休みとなる。人間の姿でなければ人の街に入れないためだ。

 

 ナザリックを発つ前から分かっていたことだが、全身鎧のアインズに、顔を隠した視界が利かず口も聞けない少女、それに付き従う冷徹な雰囲気を漂わせる女はどこから見ても変な三人組でしかない。よってアインズとアッバルの協議により彼らのバックグラウンドストーリーが作られた――モモン兄とバァル妹の兄妹愛の物語だ。

 ある遠い国の領主の子として育ったモモン兄とバァル妹は幼い頃から探検が好きで、遺跡やらモンスターの出る森やらを二人で冒険するのを好んでいた。あるとき二人は遺跡に隠し階段を見つけ、冒険に飢えていた彼らは喜び勇んでそこへ入り込んだ。しかしそこには古代の呪いが残されており、バァル妹はモモン兄を庇って受けたその呪いにより声と視力、顔を失う。モモン兄はバァル妹の呪いを解く方法を見つけるため、戦闘面でも頼れるメイドと共に旅に出た。それを追いかけてきたバァル妹も加わり、三人の放浪の旅は今や数年目……。

 こんな設定にしたのにはきちんと理由がある。この国について知識が薄くても納得されやすいこと、カゼフ・ストロノーフ程度で王国一と言われるようなこの国で今までモモンらの名前が売れていなかった言い訳となること、モモンだけがバァルの言いたいことを汲み取れる理由になること、モモンらが人前で食事しない説明になること、この国の魔法や歴史について調べる時に相手を納得させられる経歴であること、ナーベがバァルの世話を焼いたりモモンらを様付けで呼んでも身分上おかしくなく、またナーベに戦闘能力があっても他者に違和を感じさせないこと……等々。これら全てを叶える設定を考えた結果、少しばかり同情を誘う兄妹愛の物語になってしまったのだ。とはいえ、こんな設定を語り歩くつもりはない。ただ何かしら聞かれることがあった際にはこのストーリーを語るようにしよう、と決めただけだった。すぐに無意味に変わるとは二人とも思いもせず。

 

 

 いま、全身鎧の男と彼に比べて軽装だが仮面の少女、彼らに仕える美しい剣士らしき女の三人は周囲の注目という注目を集めていた。それも仕方ない、彼らは冒険者のパーティーとしては異色の組み合わせだったのだ。全身鎧は外形上から性別を窺うことは難しいが、鎧の上からでも分かるその厚い肉体に雄々しい雰囲気、無造作に見えて力強く礼節のある所作から男であろうと推察される。その手に引かれた少女は首を覆う程度の黒髪に黄みがかった肌をしており、部分鎧ながら男と同じデザインの装備を身につけている。上品な灰色をした外套の裾を肩に掛け短剣を腰にはいているが、争いに慣れた様子ではない。明らかに守られる側の子供だ。それは男との立ち位置にも現れており、男の左手と少女の右手が繋がれているのがその証明である。

 ――だが、彼女の一番の特徴はこれらではない。顔全てを覆う仮面だ。仮面は滑らかで白く、細い目に高い鼻梁を持った狐の顔が象られている。目尻に引かれた朱が色っぽい。

 

 実を言うとこの仮面、八年ほど前の夏にユグドラシルで行われた縁日の目玉企画だったじゃんけん大会の参加賞だった。逞しさも美しさも関係ない、ただ運でしか勝ち上がれないそれはなんと優勝するとNPCへ割り振れるポイントが50レベル貰えるという豪華さで、アインズ・ウール・ゴウンの面々ももちろん参加した。勝利を手にしたのは中堅鍛治ギルド所属のドワーフ、彼の幸運を皆羨ましがった。しかしそれも二年前までのこと、運営が新たに設定したイベントにより、誰でも50レベルを手に入れられるようになってしまった。当時既にユグドラシルは他のDMMO-RPGに順位を追われており、ユグドラシルの色々な物はだんだんと価値を下げていったのだ。時の流れは残酷である。

 閑話休題。そんな不思議な二人に付き従うように歩く二十かそこらの女は茶色の外套に長剣をはき、ピンと伸びた背筋が凛々しい。外套に隠された体格が果たして鍛えられたものなのかは外見からでは分からないが、鋭い目付きに雰囲気は戦闘慣れしていることを窺わせる。女も仮面の少女と同じく黒髪で、伸ばしたそれをポニーテールにしている。

 

 三人が三人とも銅のプレートを首に下げ、漏れ聞こえる会話に耳を傾ければ女の「モモン様のお言葉の通りに」だの「バァル様はお疲れではありませんか」だのという声……組み合わせの異色さ、女の態度、その他色々な要素が相まって彼らをより目立つグループにしていた。とはいえ、それは人混みの中に限られる。

 市が開かれ人で賑わう中央広場を抜け、ぱったりと人の減った通りを進んで少しすると、全身鎧の騎士――アインズは冒険者組合で聞いた通りの絵が描かれた看板を見つけた。盾を奥に配し剣と槍を交差させた絵が武器屋であれば、針と糸の絵は仕立屋、炎と鎚ならば鍛治屋だ。アインズが組合の受付で教えられた武装した馬の絵の店、ここは冒険者ご用達の飯屋兼宿屋だという。

 

 店に入った瞬間むわりと漂う酒と食べ物の臭いに、鼻の利くアッバルが呻く声がアインズの背中に届く。薄暗い店内は陰鬱そのもので、掃除の行き届いていない様子は一目見ればお察しだ。何脚も並ぶ丸テーブルは使い込まれて表面が傷だらけ、それを囲む男らの腕や顔も古傷だらけ。それも顔ばかりでなく脛にも傷がありそうな風体の者ばかりだ。ナーベラルはアッバルに断りを入れるや彼女をひょいと抱き上げる。アッバルは視界が利かないため、何か汚いものでも踏んではいけないと思ってのことだ。

 大人しくナーベラルの腕の中に収まるアッバルを一瞥し、アインズは宿の主人であろう男と向き合う。宿か、とガラガラに渇いた濁声が男の口から吐き出される。

 

「そうだ。一泊、三人部屋を頼む」

 

 主人はアインズから視線をずらしてその後ろ、アッバルをじろじろと観察したのち、組合の対応はだから嫌なんだと毒づいた。

 

「止めな、ここはお嬢ちゃんみたいなのを連れて泊まるところじゃねえんだよ」

「ほう?」

「金持ちの道楽なのか知らんが、そんなのを連れて冒険者になるな。悪いことは言わねえからうちに帰れ」

 

 親切なのかそれとも嫌みか、アインズは男の表情を兜のスリット越しに見詰める。これは阿呆を見る目だ。可哀想な阿呆に、なけなしの親切心で助言しているつもりだ。つまり、アインズらはこの男に馬鹿にされているのだ。

 

「ご親切痛み入る……が、不要だ。この子は十分な実力を持つ我々専属の薬師であり、錬金術師。この子なくして我々の旅はありえない」

 

 主人がふんと鼻で笑う気配がした。

 

「錬金術師? その餓鬼が? まあいい、それであんたたちが納得してるならな。銅のプレートなら相部屋で銅貨五枚だ。飯はオートミールと野菜。肉が欲しいなら追加で一枚だ」

「できれば個室が良いのだが?」

 

 主人は傷だらけの眉間に皺を寄せ、アインズを馬鹿にした調子で訊ねる。この街に三軒ある冒険者ご用達の宿のうち、組合がアインズらにこの宿を勧めた理由が分かるか、と。アインズは教えてくれと即答する。こんな小汚ない……と表現するには汚すぎる宿を紹介する理由など分かる必要などあるのだろうか?

 そして、やはり理由などアインズらにとって重要なことではなかった。ここで仲間となる者を見つけるためだというが、こんな場所で探す必要などアインズらにはない。もし今以上の人数でパーティーを組む必要があるとしても、ナザリックから適当に人間の姿をしたNPCを連れて来れば良いだけのことだ。

 

 宿代を渡すべく丸テーブルの間を進む途中、行く手を邪魔せんばかりに足が出された。足の主はアインズの反応を気持ちの良くない薄笑いで待っている。誰も止めないどころか、鋭い視線でアインズの一挙一動を観察している者さえいる始末。彼らに値踏みされているのだ。当然であろう、個室を選んだということは彼らとかかわり合いになるつもりがないということ。仲間として協力し合う間柄にならないと公示したようなものだ。仲間であれば平和的に強さを測ったやもしれないが、ライバルにしかならない者が相手なら喧嘩を売るのが一番早い。彼のしたことはごく当たり前の行動と言える。……まあ、彼らの雰囲気からして、大部屋を選んでいても喧嘩を売られたかもしれないが。

 アインズはこの喧嘩を買う必要があった。喧嘩を避ければ弱者と見られる。それは胆力のことであり、武力のことでもある。アインズは男の足を軽く蹴りあげた。待ってましたと立ち上がり凄む男のプレートは鉄のそれだ。絡み方はなんとも下品、ナーベラルを一日貸し出せば許すという言葉にアインズの口から笑い声が漏れる。まるで世紀末を描いた漫画か何かのようだ。鶏冠か何かのような髪型をした男達が、男達の嫌がらせで粗相した哀れな給侍の少女に絡む。おうおう姉ちゃん、あんたのせいで服が汚れちまったじゃねえか。そうだな、お代はあんたの体で払ってもらおうかゲヘヘヘ。……誰が見ても雑魚のチンピラである。

 

 冒険者にボクシングのような重量制限があるわけでもなし、男は我が身・我が拳を武器とする前衛職、鍛えられた肉体は百キロを越えている。それを軽々持ち上げるなど人間相手なら普通は考えられない。――だが現実のこととして、男は悠々と全身鎧の騎士に摘まみ上げられていた。そしてそのまま軽く振り回される男。周囲の目は見開かれ、「嘘だろう」やら「あいつ人間かよ」という掠れた声を漏らす。全身鎧によって顔も何も分からないものの、若々しい声からしてまだ二十代から三十代前半であろう、そんな若さの男がどのようにしてその強さを手にしたのか。

 

 投げ飛ばされた男はとあるテーブルを巻き込んで床へ転がる。皿や瓶の割れる鋭い音、テーブルの脚が折れる音、そして女の悲痛な叫び声。それを無視して男の仲間とアインズの間で一応の和解が成立したところ、男の飛び込み先にいた女が声を荒げてアインズに詰め寄ってきた。飛んで来た(バカ)のせいでポーションの瓶が割れたから弁償しろ、と。弁償できるだけの金が男とその仲間にはないことなど明白で、女は彼らより懐が暖かいだろうアインズに弁償を求めた。

 アインズらにはたかだかポーション程度で騒ぐなど信じがたいことだが、この鉄プレート女冒険者には痛い出費であったらしい。食費やらなんやらを削ってやっとこさ手に入れたのだと煩い小犬のように噛みつく彼女の言葉に、アインズはむっとした。確かに投げる先を確かめなかったアインズも悪いかもしれないが、大切なものならばきちんと仕舞っておくべきではなかったのか。何が起きるかも分からない、こんな治安の悪そうな酒場でニヤニヤとポーションを眺めているこの女にも責任の一端はあるはずだ。

 しかし、アインズは発想を転換させる。武はさきほど示した。ならば知や慈悲を次に示してやるべきかもしれない。そうとも、今ほど示してやるにちょうど良い機会はあるまい。道具なしでのポーション生成は錬金術師が10レベルを越えなければできない――若い少女にしか見えないアッバルが熟練した錬金術師であることを見せつけるため、アインズは女へ物々交換を申し出た。

 

『アッバルさん』

『はい、どうしましたモモン兄さん』

『バァル、低級ポーションを錬成してくれ。ここの冒険者共に我々の力を見せつけてやらなければならない』

『了解です』

 

 呼び方がナザリックでのそれになっていたことに気づき、アインズは偽りの鼻腔を膨らませて深呼吸した。ここナザリックの外では、互いに呼び間違いのないように〈伝言〉の時から気を付けようと話したことを思い出す。

 

「ナーベ、バァルを」

「畏まりました、モモン様」

 

 ナーベラルがアッバルを床に下ろす。そのアッバルが掲げた右手にはアインズらユグドラシルの民ならば見慣れた小瓶、中に無色透明な液体……錬金術溶液を孕んでいる。冒険者らの視線が小瓶に集中したところでアインズが〈伝言〉で合図を送る。アッバルの手が青く輝くや小瓶の液体は紅色に変わり、周囲からどよめきが上がる。一体何が起きたのか、小瓶の中身が何なのか分からないといった様子だ。

 

「いつもながら流石だな、バァル」

「込める魔力の量、速さ、完成度共にお見事です、バァル様」

 

 アッバルはポーション使いだ。全100レベル中の七割近くを占める職業レベルの中でも錬金術師や狩人レベルなどを取得可能な15レベルまで極めており、クリスタルを溶かしたポーションを敵の攻撃可能範囲外から投げつけたり弓を射かけたりしてモンスターを倒す、というプレイスタイルを取っている。そのためポーションの消費は激しく、作成数に関してはユグドラシルサービス開始時からの生産職プレイヤーに勝るとも劣らぬほどだ。当然ながらポーションの作成に掛かる時間も一瞬である。

 アッバルから捧げられた美しい赤の液体をアインズはそのまま女に下げ渡す。

 

「お望みの治癒薬だ。これで問題はないな?」

「……ええ、これでひとまずは問題はないわ」

 

 アインズがそれを治癒薬と言った瞬間、冒険者らがざわついた。まさかこの一瞬で? いや嘘だろう、そんなわけあるまい。俺は薬草を磨り潰して作ると聞いたぞ。あれは本当に治癒薬なのか。

 そんな冒険者らなど知らぬげに、アインズは宿の主人に銀貨一枚と銅貨一枚を支払う。階段を三階までのぼってすぐ右横だという部屋の鍵を渡され、再びナーベラルに抱き上げられたアッバルを連れ彼は酒場を離れた。薬草でポーションを作るとはどういうことなのか、アッバルと相談するべきことはたくさんありそうだ。


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