オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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四話

 漆黒の剣メンバーからして、モモンら三人は変なパーティーだった。第三位階魔法の使い手であるナーベ、同様の実力を持つ戦士だというモモン、薬師兼錬金術師で(モモンが称するには)ポーションマスターらしいバァル。たとえばモモンとナーベが同年代であったならばまだ納得も出来ただろうが、年齢がてんでバラバラで、彼らの接点がいまいち分からない。三十前後のモモン、二十かそこらのナーベ、十代半ばであろうバァル……更にナーベがモモンとバァルに傅く様子からして、モモンとバァルの身分は高いようだ。だが、従者というものは一人で二人の世話をするものだっただろうか? モモンにはモモンの、バァルにはバァルの従者がつくものではないのか。貴族に詳しくない彼らには判断がつかない。

 野伏として人や物を観察し慣れたルクルットだが、この三人が一体どのような関係なのか掴みきれていない。訊ねるようなペテルの視線にルクルットは頭を横に振ることで答えた。実際に戦う姿を見てみねばどうにもこうにも、と。

 

 いま彼らに背を向ける美女――艶やかな黒髪とエキゾチックな造作の、ストイックな雰囲気だからこそ感じる色気とでも言おうか、美しいナーベ。ルクルットはそのどこか不器用そうなところに惹かれた。良くも悪くも嘘を吐けないタイプだ……愚直で、大真面目で、信念以外には脇目も振らない性格だろう。

 

「あー、美人だなぁナーベさん」

 

 食料を購入しに組合のカウンターに並ぶナーベらの背中を視界に収め、ルクルットは熱の籠ったため息を吐いた。

 

「顔だけが好きなんてのは嫌われますよ。確かにナーベさんは美人だと思いますけど」

 

 ニニャの苦笑にルクルットはニヤリと歯を見せる。

 

「顔だけなんて言ってないって。顔も好みなの、顔も。全部が好きになったんだよ」

「うわー、うたがわしーですねー」

「不真面目な恋愛ならば応援できないである」

「そうだぞルクルット」

「皆の俺に対する評価低すぎやしない? ときにニニャ君、仲間を疑うとはどういうことかな」

 

 軽口を叩き合い、ニニャの頬を餅のように伸ばしながらルクルットはいい笑顔を浮かべる。この童顔の仲間は男にしては可愛い顔で背も低いが、冒険者は戦士だけではないため見た目ではない。彼は魔法の方面でかなり才能のある冒険者だ。

 特権階級、特に貴族を憎んでいるニニャだが、ルクルットらが心配するほどモモンらへの態度が悪くなることはなかった。――モモンが弱い者(バァル)を守ろうとする姿を見たからかもしれない。弱者を虐げ、傍若無人に振る舞う者をこそ憎んでいるそうだから。

 

 ペテルはパーティーのすぐ横、壁に背を預けて立つ少年ンフィーレア・バレアレを見やる。冒険者として、そして契約を結ぶ相手として真摯な態度をとったモモンよりも、ペテルらが気を付けるべきはこの少年かもしれない。もちろんモモンらは少し奇妙なパーティーだが、秘密を抱えていない人間などいないのだ……その秘密の大小に差はあれど。モモンらを信じると決めたのだから、その期待が裏切られるまでは漆黒の剣はモモンを信じて頼りにするし守りたい。

 ンフィーレア・バレアレの目は獣じみている。ざんばらな前髪に隠れているから分からないとでも思っているのだろうか、狐面の少女を見る彼の目は森に棲むモンスターのそれにそっくりだ。今にも少女を食らい尽くし啜り尽くそうと言わんばかり。

 

 ――ペテルは理解した。ンフィーレア・バレアレはバァルと出会うためにモモンに指名依頼をしたのだ。

 

 バァルに何があるのか知るため、カルネ村へ向けエ・ランテルを出てからずっとバァルらの観察を続けたは良いが、モモンがバァルに明らかに幼児向けであろうおもちゃを与えたり、バァルもそれを喜んでいたり、ナーベが二人の様子を微笑ましそうに見ていたりと三人の関係はやはりおかしい。バァルを子供扱いし過ぎている……もしや、バァルには身体の不具だけでなく、精神面にも何かあるのではないだろうか。生まれつき心の成長が遅い者は貴族も農民も関係なく生まれるものだ。バァルは身体的に不具があるばかりではなく、心の成長も遅いのだろう――そう考えた。

 ルクルットが探りを入れてみれば、どうやらバァルはモモンの娘らしい。ということは、これはバァルの心の成長を正す道具や薬を求めての旅なのだろう。アルベドという妻やアッバルという子を領地に置いて、信頼できる供を一人伴い、バァルを治すために旅を続けているのだ、きっと。……なんとも泣ける話だ。

 

 バァルの幼さをはっきりと理解したのは、モモンらの未来を垣間見たのとほぼ同時だった。身の丈よりも長く厚い剣を二振り、子供が小枝で英雄ごっこをする時のように軽々と振り回したモモン。モモンを信頼しその背中を支える、第三位階魔法を軽々と放ったナーベ。もしや、自分達は新たなる伝説の幕開けに参加したのではないだろうか? 後世へ語り継がれるべき英雄の物語を目撃した、始めの人間なのではないか。

 気迫、鋭く正確な魔法、人として尊敬できる律儀な性格。誰が飲み込んだのだろう、小鬼や人食い大鬼の死体の中に立つモモンが支配するこの場に、唾を嚥下する音が響いた。

 

 だが、ぎゅううう、と響き渡る場の雰囲気を壊す腹の虫。音源はバァルだ。空腹に耐えきれないと言わんばかりに腹を押さえ、小さく首を傾げている。

 ペテルは困惑した。普通なら、そう、普通ならだ……非戦闘員であっても戦いの雰囲気に呑まれ、一時的に空腹などは忘れるものだ。だというのに何故腹の虫が鳴るというのか。それはつまり、戦闘の緊張感を理解できていないということではないだろうか。五、六歳を過ぎればもう理解できるだけの判断力が身に付くはず。ということは、バァルの心は五歳以下なのだ。ならばモモンの焦りも分かろうもの、ペテルももし自分の身内に心が幼い者がいれば、何としてでもそれを治すための方法を探し求めるだろう。生まれつきかと考えていたが、魔法や薬で心の成長を阻害された可能性もあると気付いた。ニニャに魅了の魔法などについて訊ねていたのはこれが原因なのか?

 あの仮面は心の幼い娘の将来を守るためのものなのかもしれない、心が壊れたり幼かったりする者の顔は表情や顔付きが似通いやすい。バァルにいらぬ評判をつけないための仮面なのだとしたら、それはなんと悲しくも優しいことだろう。

 

「空腹になるとは健康の証、良いことであるな!」

 

 ダインの言葉に漆黒の剣メンバーも常を取り戻す。良いフォローだ、ルクルットが先ほどモモンらの関係に棒を突っ込んでしまった手前、バァルについて訊ねて藪蛇になるのは避けねばならない。ルクルットはもちろんのこと、ペテルやニニャも「元気なのは良いことだ」と笑って話を流した。

 ルクルットはンフィーレアの視線に気がついた。ルクルットを見る視線ではない、バァルを見つめる視線だ。あれは子供に向けるべき目だろうか、飢えた獣は小鹿を前にして牙をにんまりと剥き出しにしている。彼が一体何を望んであのような目をしているのか……また、モモンらもンフィーレアのあれに気付いているだろうに無視しているのは何故なのか。首を突っ込んで人食い大鬼に会いたくはないと、ルクルットは頭を振る。彼らの問題は彼らが解決すると信じよう。

 

 

 モモンらが人食い大鬼などを楽々倒し、再びカルネ村への道を進む一行。御者として馬を操るンフィーレアは前髪の下、前方に向けたままの視線を鋭く尖らせた。

 狐面の少女はかつての英雄らの先祖返り……そう、人智を超えた能力で人々を守り導いた英雄達の血を引いているに違いない。そうでなくば、ンフィーレアと似たような年齢の少女がポーションを生成するという耳を疑うような話など信じられないではないか。父親であるモモンもそこらの冒険者など目ではない胆力を持つ男、尊い血筋が羨ましい。神の血を求め、一体どれだけの先人らが涙を飲んできたと思うのか。バァルの錬金が異能であるにせよないにせよ、彼女から吸収できるものがあるならば何でも吸収したいところである。

 バァルは子供の思考力しかないようだし、ンフィーレアが頼めば喜んでポーションを生成するだろう。上手く行けばそれを手に入れることも可能かもしれない。いや、どうやってでも手に入れてみせる。真のポーションを作るためなら、ンフィーレアはどんなことでもするつもりだ。リィジーもそう考えているからこそンフィーレアを送り出したのだから。

 

 そんなことを考えつつ馬を歩かせて数時間、そろそろ夜営の準備をせねばなるまい。バァルの体力を考えて休みを多目にとったことからいつもよりゆっくりした旅路ゆえ、カルネ村に着くのは明日の夕方にかかるかもしれない……二日ほど多目に拘束日数を増やしたのは正解だったようだ。

 明るいうちに馬を止め、仮設の竈に薪や拾った木の枝を並べる。風が通るように枝を組み、ニニャがいるため火打ち石ではなく魔法で着火剤に火を着ける。着火剤は何度も油を濾した布で、元の布の色など既に分からないほど黒ずみ汚れているそれは街のどの家庭にもあるものだ。冒険者らはそれを安く買い取って旅先で使うのだが、今回は街に家を持つンフィーレアが用意した。

 油が染み込んだ布ゆえ、上がる炎の臭いは少し胃にムカムカする。だがそれも少しの間のこと、すぐに火は薪の表面を舐め、小枝は自ら炎を上げ始める。踊る炎は夕陽の橙に染まるンフィーレアの顔をより赤く輝かせる。内包する水分が膨張したのか、ぱきっという音と共に少し太めの枝が割れた。

 

 どうせ行き道は軽い馬車だ、途中で水を汲む必要などないよう十分な水を積んである。昼の休憩時から水で戻していた野菜を使い作ったスープは旅の途中で食べるそれとは思えぬほど豪勢な食事だ。昼食が薄く切った干し肉と雑穀のパンだけだったせいもあり、温かくたっぷりな夕食に誰もが相好を崩した。心まで温まるようだ。ほうと吐いた息もほこほこと熱い。

 スープを食べる途中、宗教的な戒律により少し離れた場所で食事をとるモモンらを簾のような前髪越しに見やる。バァルはモモンの膝の上にいるらしい、彼の広い背中に隠されてしまい全く姿が見えない。甲斐甲斐しくバァルに食事を与えているモモンやナーベは優しい雰囲気で、バァルを可愛がっていることが感じられる。ナーベがモモンの胸辺りに匙を差し出す様子はまるで母親だ。

 

 漆黒の剣メンバーとの交流を深めつつ食事を終え……ンフィーレアが再びモモンらを見れば、モモンは空を見上げていた。ンフィーレアも釣られて見上げたが、あるのは雲一つない明るい空だ、今晩は冷え込むだろう。

 と、一陣の風が吹いた。泣いているような葉擦れの音がモモンらのいる方からンフィーレアらのいる方へ走り、そして過ぎ去っていく。まるでモモンが泣いているように感じられ、ンフィーレアは口を開き、止まった。何で悲しそうなんですか、なんて明らかなことではないか。心の幼い娘を連れての旅路など訳有りに決まっている。何度か口をぱくぱくとさせるも良い言葉が見つからず、ンフィーレアは結局口を閉じた。

 

 ンフィーレアは、自分のしていることが正しいのか分からない。本来の彼ならば、子供を利用するなどという汚い行為はしない。だが、真の神の血たるポーションを見て、触れて、嗅いで、舐めて……研究を進めるためなら彼はどんな汚いことだって出来る。

 ンフィーレアは心の中で謝罪を繰り返した。

 

 ごめんね、厭らしいよね、こんなこと。でも、どんなに申し訳なくても僕は見たいんだ。見なくちゃいけないんだ。本当の神の血の生成、その様子を。――そのためなら僕は、悪魔にだって魂を売れる。

 

 

 バァルならぬアッバルが知れば「そうか、わかったぞ! 犯人はヤスだったんだ!」と髪を振り乱し発狂しそうな誤解だ。だがまあ、隠さねばならないことが多過ぎて、誤解を解く以前にそんな誤解されていることに気付いていないが。アッバルは果たして幸せなのか不幸なのか、それは今のところ誰も知らない。

 彼女の明日に幸あれ。




アインズ→仲間でありストレス解消揉みぬいぐるみ兼子供
NPC→子供扱い・仕えたい欲求解消相手
守護者→\夢はでっかくエンシェント/わーわー!
アルベド→妻になるために育てきってみせる
デミデミ→今はまだ弱くとも支配者層の子供、強く育てねば!\エンシェント/
漆黒の剣→可哀想な子扱いnew!!

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