オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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五話

 アインズはアンデッドゆえ睡眠が必要ないし、また火を見ていたかったために寝ずの番に立候補した。ペテルは交代すると言っていたが、アインズには彼を起こす気はなかった。

 燃えろよ燃えろよ炎よ燃えろという歌詞があるのも納得の話、火を見ていると楽しい。もし叶うならばもっと大きな炎にしたいものだが、それを今ここで叶えると山火事になることは必至。大きな火を囲んでマイムマイムをしたというかつての学生らを少しばかり羨ましく思いつつ、火が落ちないよう適当に枝を足す作業を続けた。そしてペテルらを起こさぬまま日の出を見たアインズは「ほほう」とため息を吐く。

 自然の中で迎える日の出のなんと美しいことか……紫がかった暗い空に一筋の光が射したと思えば、その光は次の瞬間に扇のごとく左右に開いた。地平線の向こうでその目蓋を持ち上げ始める太陽の輝き。雲は下方から白く照らされ、濃紺の空をピンクや黄色に近い色をした光が浸食する。空を支配していた夜を追いだし、息を吹き返す様に激変する明け方。――なるほどアポルローンは馬車にて太陽を引くのだ、少しその瞳を覗かせたと思えばそれからが速い。ぐんぐんと昇る太陽は十分もせず全体を現した。橙の光は目を刺すように強く、悪は許さじとばかりにその棘を投げてくる。

 時刻は六時を迎えんと言う頃だ。アインズに温度は分らないが、ナーベによれば深夜三時過ぎから明け方に掛けてぐんと気温が下がったらしい。ナーベごと毛布にくるまり眠ったアッバルは寒い思いをしなかっただろうか? 強い朝方の光に照らされた狐面はより一層白く、まるでアッバルが冷え切っている象徴のようだ。

 

「ナーベ、バァルは冷えていないか?」

「問題ありません、アイ……モモン様。バァル様の表面体温は現在35度3分、スッキリと目覚められるでしょう」

「え……いや、そうか」

 

 え、ちょっと低くない? と口にしかけたが、寝ている間の体温は普段の体温より低くなると聞いた覚えがある。ナーベの言う通り問題ないのだろうと考え、アインズは再び太陽の昇る東の空を見やる。

 かつては、富士山の頂上から見る日の出を誰もが見たがり、富士の高嶺を列を成して登ったという――アインズは知識でしか知らないが。なるほど御来光と言うのも納得だ、神聖な気持ちになる。日光が夜を駆逐して行く様は清々しく、爽やかな気持ちになる。アインズのような闇の怪物が「素敵な朝だね。好きだよボカァ、太陽光」などと言うのは違和感が拭えない気もするが。

 

 朝日という強烈な目覚ましに起こされてか、最初にペテルが目覚めた。日光の眩しさに目を瞬かせている。そして一夜を明かしたアインズを見るや一晩任せたことにハッと気がついた様子で、ペコリと軽く頭を下げた。長年冒険者をしていてもうっかり寝すぎることくらいあるだろう、気にするほどのことではない。アインズはそれに手を振って応えた。

 ンフィーレアやルクルットらがペテルに起こされて始まった朝食だが、アインズとナーベは既に摂ったという体でペテルからの誘いを断った。おかずは昨晩と同じオーツ麦の黒パンに燻製した分厚いソーセージのスライスだ。一晩中絶やさずにいた焚き火の火を竈に移して湯を沸かし、白湯でそれらを胃へ流し込む。モソモソと食べる様子からしてソーセージもあまり美味しくないのかもしれない。楽しむといった雰囲気など全くないまま、十分と掛からず食事は終わった。

 気持ち良さそうに鼻イビキをかくアッバルはアインズが抱き上げて運ぶとし、昨日よりは心持ち速い歩調で道を進む。アッバルは一度起きたのか途中もぞもぞと動いたが、揺れが心地良かったのか歩かない楽を手放したくなかったのか二度寝三度寝し、結局きちんと起きたのは昼前になってのことだ。

 

『おはよー、ござす、アインズさん』

『おはようございます』

『……あ、抱いて歩いてもらって有難うございます。重かったでしょうに、腕疲れてません?』

『いえいえ、重くなんて! 赤ん坊を抱くより楽でしたよ。それに私はアンデッドですから疲れ知らずなんです』

 

 孤児院で過ごす間に面倒を見た赤ん坊――あのぐにゃぐにゃした物体は、小学校低学年の子供たちに「触るな危険」扱いされていた。抱き方を誤って気管を圧迫したとか、重くて取り落としたとかいう前例でしこたま叱られたためだ。高学年になれば抱き上げるための力も体格も出来上がり苦手意識もなくなるのだが、初めて赤ん坊に触れた時は赤ん坊の軟体動物具合にショックを受けた。赤ん坊には「ぐにゃ」やら「ぺしゃ」という擬音が良く似合う。その癖をして騒がしく泣くのだから、赤ん坊の肺には拡声機能でもついているのではなかろうか。施設の誰だったかが言った「小型超高性能スピーカー」には頷いたものだ。

 赤ん坊に比べれば、首が据わり重心の定まったアッバルなど抱いて運ぶなど簡単なことだった。アインズ個人としては蛇の姿でいてくれた方が嬉しかったが、漆黒の剣らがいる手前そんなことは出来ない。

 

 アッバルを地面に下ろし、あと少ししたら昼食を摂ろうという話が出た、その時だ。ルクルットが警告を発した。

 

「おっと、呼んでもねえお客さんがいらっしゃったようだ」

「小鬼の群れか?」

「いや、人食い大鬼である。しかし一体のみ、どういうことであるか……」

 

 ペテルの質問に答えたのはダインだ、彼も険しい表情を浮かべている。人を襲おうというには少ない数ではないか? もしや、何かに追われてこちらへ向かってきているのではないか……それが正しいのなら、人食い大鬼を追うのは何なのか。

 木々を掻き分け現れたのはダインの言う通り人食い大鬼だ、全身ずぶ濡れで息が上がった様子はどう見ても平時の人食い大鬼らしくなく、アインズらの存在に今気付いたのか困惑した様子で足を止めた。後ろを振り返り、またアインズらを向き……やはり何かに追われているのだ。

 

『ねーねーアインズさん、何が来たんですか?』

『オーガですよ。何やら追われているみたいで挙動不審ですが。……そうだ。どうでしょう、アッバルさん、オーガを倒してみませんか?』

『オーガを? それまたどうして』

『私とナーベの強さは昨日示しましたし、今度はアッバルさんの番だということで』

『ほほう、分かりました。それじゃあ錬金からした方が良さそうですね』

 

 英雄にはどれだけエピソードが付属しても構わない――それが肯定的なものならば。英雄の仲間もまた英雄なのだと示すことだ、何を憚る必要があろうか。アインズは人を落ち着かせる柔らかさを込めた声で漆黒の剣らに呼び掛ける。

 

「みなさん、どうせですからバァルの実力も知りたいと思われませんか」

「え、バァルさんの?」

「ポーションマスターなのであろう、何故いまここで……」

「ほう」

 

 ニニャ、ダイン、ペテルの返事。ナーベはアインズの希望ならなんでも叶えると言わんばかりにこちらを向いているし、ルクルットは人食い大鬼を視界に収めたまま「どういうことっすか」と口を開いた。ンフィーレアなどギラギラした目でアッバルを振り返っている。アインズは鷹揚に頷くと、芝居がかった調子でこう言った。

 

「ポーションマスターの実力と言うものを、ここでお見せしましょう。バァル」

 

 ナーベに道を譲られ一歩前へ進み出たアッバルが掲げる右手の内には小瓶、中に彼女が錬成した錬金術溶液がたぷんと揺れている。次に掲げるは左手、クリスタルは第二位階魔法の効果があるそれだ。アッバルが〈伝言〉内でした説明によれば、相手へ巻き付く炎の繩を操る魔法だという。繩炎だったか炎繩だったか、そんな名前らしい。

 アッバルの両手が青く光り……クリスタルは砂と崩れた。禍々しいほどに紅く変わったポーションのみがチラチラと輝き、単なる治癒薬(ヒーリング・ポーション)ではないと主張している。付加された効果は第二位階の魔法だが、ただの人食い大鬼程度に第三位階やら第四位階やらのクリスタルを使うのはもったいないのだ、第二で十分ならそれで良いではないか。

 

 アインズの指示通りに空を舞ったポーションは放物線を描き、しかし人食い大鬼はこの程度の小さなものなど問題ないとばかりに持った剣の腹で叩き落とす――その瞬間、蛇のように剣を這い上がる炎。芯の直径は15cm、体長は3mか、燃え上がる火の勢いでそれ以上にも見える。使い古されたとはいえ剣は剣だ、金属の塊であるはずのそれが蛇に締め上げられ砕ける様は異様の一言。そして鉄を食らってなお腹を空かせた炎の蛇は本当の獲物に目を向ける。

 人食い大鬼が剣の柄を離す暇も与えず、獲物を前にした強き者は大鬼の太い腕を這い上る。生きたまま皮膚やその下の筋肉、骨が燃える衝撃に人食い大鬼の口から絶叫が迸り、しかしそれも直ぐに止んだ。……人食い大鬼の肩口に刺さる、先端は細く鋭く根本に毒溜まりを孕んだ蛇の牙。毒液を注ぎ込むように体内に炎を注ぎ込まれた人食い大鬼の肺は焼けたのだ。白目を剥いて泡を口の端から撒き散らす人食い大鬼は、瞬きの間に炎に喰われ消えた。

 

「流石だな、バァル」

「まさにバァル様に相応しい炎の蛇でした」

 

 アインズは手放しにアッバルを褒めた。雑草には全く焦げた跡などなく、燃やし尽くされたのは人食い大鬼のみ。地面に散らばる剣だけが人食い大鬼のいたことを示す唯一のなごりだ。

 照れた様子で狐面の頬あたりを掻くアッバルの頭を軽く叩くように撫でる。蛇が好きだと言うことは知っていたが、まさか炎をあのように操るとは、視覚的にもセンスが感じられる。毎日見ていたからこそなのだろう。

 

『蛇の動きが凄いですね』

『へへ、上手でしょう? アインズさんが前に魔法がユグドラシルの時と違う感じがすると仰ってたので、見た目も変えられないかなと試してみたんです。同じように創作舞踊部で一人獅子舞も蛇を参考にしたんですけど、あれだけは美術の先生も褒めてくれたんですよ』

『へえ~』

『でも友達には不評でした。妙に動きがリアルで怖かったそうです』

『それはそうでしょうね』

 

 きっと這い寄る混沌のような恐怖だったに違いない。

 

 実を言えば、先程のアッバルの魔法は第二位階を越えていた。本来は単に炎でできた繩を操るだけの魔法だ、蛇のような見た目やあの体の厚みはありえない。しかしそれを可能にしたのがアッバルの錬金術師としての高い能力、魔法を使うのではなく魔力を操り続けた結果である。アッバルは魔力の微細なコントロールにより炎の繩を炎の蛇とするに至った。先に第二位階の〈炎繩〉だか〈繩炎〉であると聞いてしまったがゆえ、彼女の魔法が第二位階ではないのではないかと疑うことをしなかったのだ。あれは繩を操る魔法の延長だとスルーしてしまったのだ。名付けるならばあれは〈蛇炎〉(スニーキングフレイム)、第三位階か第四位階かだろう。

 それでもナザリックでは軽く叩き落とされるのだ、種族の壁は天まで高く果てが見えない。アッバルは泣いても良い。

 

 ――ダインが叫んだ。

 

「まて、何か来るである!」

 

 猛スピードでこちらへ走り来る獣の気配。身構えれば乱立する木々の向こうから軽やかに現れた……巨大なハムスター。

 視界の利かないアッバルは例外として、アインズは一気に緊張をなくした。つぶらで愛らしい黒目がちな二つの瞳に下っし類らしい飛び出た二本の歯、ピンク色の鼻頭、ひくひくと震える長い髭、丸く小さな耳……サイズさえ気にしなければジャンガリアンハムスターにそっくりだ。尾が緑色で長く蛇に似ている異形とはいえ、果たしてどれほどの脅威であるかと言えば、ナザリックの基準ではただのゴミだろう。

 

 大きいだけの可愛いネズミじゃないか、と笑おうとしたアインズはペテルの表情を視界に入れた瞬間、固まった。真っ青な顔色で冷や汗をかき、いかにこのばから安全に逃げるかを探っている。自然にンフィーレアをかばう位置へにじり寄ったのはさすがは冒険者と言うべきか。

 まさかこんなのに恐怖を感じるとはアインズには思いもよらなかった。この世界のレベルは全体的に低いのだということが、これほど明らかな差異として現れるとは……。

 

 とはいえ、あのサイズでもケーブルやガス管を削るネズミだ、体格や体積がウン万倍に増したこの巨大ネズミならば一口で木を噛み千切りそうだ。そういう意味では恐ろしい魔獣と言える。

 

「むむっ? それがしの水場を侵した人食い大鬼はどこへ行ったでござるか?」

「それがし……ござる……」

 

 可愛い声だが、残念ながらアインズにはハムスターの雌雄など分からない。某ということは雄だろうか。

 

『凄く美味しそうな臭いがしますね、この某がござるとかなんとか言ってるのはモンスターですか、それとも人間ですか?』

『モンスターというか、ハムスターですね。ジャンガリアンに似てますよ。大きさは全く違いますけど』

『へー、ハムスター。ねえアインズさん、食べても良いですか?』

『お腹が破裂しますよ』

 

 ナーベラルの背中に庇われたアッバルが気楽なことを言い出す。確かに蛇はネズミを食べるのかもしれないが、こんなに大きなネズミだ、アッバルの瞬間消化がいくら高性能だとしても難しいのではなかろうか。それにアインズは拾い食いは叱るタイプだ。めっ! 汚いでしょ、食べちゃいけません。

 

「も、森の賢王とお見受けする……! 賢王よ、貴方の求める人食い大鬼は死んだ!」

 

 アインズは小さく「えっ」と呟いた。森の賢王……これが? ただ大きいだけのハムスターではないか。

 

「それがしは確かに森の賢王。どういうことか説明しろでござるよ」

「我々の仲間が焼き尽くしたのだ! 知性ある賢き森の王よ、われわれの仲間が人食い大鬼を倒したことでここは収めて頂きたい!」

「むむ、確かにここであの泥棒人食い大鬼の臭いが消えているでござるが……人食い大鬼を倒したその仲間とはどの者のことでござるか? 某はなかなか信じられないでござるよ」

 

 ペテルが言葉に詰まり、ちらちらとアインズを見やる。どうやらこのハムスターに恐怖を覚えている様子のペテルらだ、アッバルがやったとは人を売るようで言えないのだろう。

 

「森の賢王とやら、お前が追っていた人食い大鬼を殺したのは私だ」

「ア――モモン様!」

「ナーベ、お前はバァルを守っていろ」

 

 一歩踏み出し堂々と胸を張り名乗りをあげたアインズに、ハムスターが首を傾げる。

 

「お主、見たところ剣士でござろう?」

「私が倒したものを処分のために燃やした。そういうことだ」

 

 ハムスターはフンスと鼻を鳴らす。じろじろとアインズを観察し、妙案を思い付いたとばかりに目を輝かす。

 

「それならお主の強さ、某に見せてみよでござる!」

「貴様、獣の分際でモモン様を愚弄するとは!」

「ナーベ」

 

 いきり立つナーベを手で制し、アインズはさてどうするべきかと考える。どう見てもハムスターな外見のモンスターだが、人食い大鬼を倒せるだけの力があるからこそ人食い大鬼を追って現れたのだ。ならばモモンがこの賢王を倒す、もしくは調伏すれば更なる名声を得られるのではないだろうか。

 

『アッバルさん、可愛いペットが欲しいと思いませんか』

『可愛いペットは蛇ちゃんだけです』

『あ、はい』

 

 目に見える名声を得るため賢王をペットにしようと考えたアインズだが、アッバルの却下に少しばかり沈む。しかし一度の却下でめげないのが社会人である、言葉を変えて再度提案した。

 

『……自分からついてくる保存食、とか』

『アインズさん頑張ってー!』

「アッバルさんったら正直……森の賢王よ、私が勝った暁には我々の配下になってもらう!」

「それほどの大言壮語を吐くとは面白い奴でござる。その言葉受け取ったでござるよ……! それがしが勝ったならば、その命! 貰い受けるでござる!」

 

 かくして、ハムスターと人間型モンスターの戦いは幕を開けた。

 四足自立歩行型保存食(もりのけんじゃ)にアッバルがボンレスハムと名付けようとしたのを止めハムスケと名付けたアインズのネーミングセンスは、さて、センスが良いと言えるのだろうか。




アッバルに配慮してゆっくり歩いたし休憩もとったため、原作よりゆっくりした旅路となっております。

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