オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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番外:美しく尊き星空の下+α

【うつくしいもの】

 

 人型での顔を作りたいので造作を考えてほしい、そうアルベドを頼ってきた子供に、アルベドは彼女のできる最高の笑みを返した。

 

「お任せください、きっとアッバル様のお気に召す姿を作って差し上げますわ」

 

 アルベドの脳はぎゅんぎゅんと回転する。どんな顔を作るか、アルベドに似せようか……その方がアインズとアルベドの愛の結晶のようではないか? いや、凛々しく雄々しく、この世のどのような者よりも美しい存在であるアインズの娘らしい顔にせねばなるまい。

 

 これからご飯なのだ、とぺったぺった歩いてアインズ(パパ)の部屋へと向かうアッバルとそのお付きをするユリの背を見送り、アルベドは堪えきれずその口を椀型に曲げる。豊満な体をぎゅっと抱き締め天を仰ぎ、衝動のままに笑い声を上げた。

 アッバルは支配者としての心得を知った子供、なにせアインズの横でこれ以上ない見本を学んでいるのだ、支配者らしい態度が身に付かないはずがない。つまり、アルベドが作るのはそれに相応しい顔でなければならないということ。威厳のある顔にせねば……娘は父親に似ると良いと言うから、アインズの顔(アルベドのもうそう)に似せよう。

 

 眉は太めが良い、かと言って太すぎず、凛々しく濃度の濃い眉が理想だ。針金のような眉では格好がつかない。額は適度に広く知性を感じさせるように、額から鼻にかけては深すぎず浅すぎずしかしキリッとした彫りで、真っ直ぐだが柔らかい曲線の鼻は折れぬ心と下僕らへの優しさを感じさせる。瞳は夜空の黒真珠に煌めき、切れ長で理知的な目の形。女の子らしい点も必要だろう、白雪の上に薔薇の花弁を一枚落としたような唇は上品に笑みを掃き、頬はサクラ色。これでどうだ。

 

 こうなると全身を設計したくなるものである。アルベドは目の裏に理想のアッバル(アインズのむすめ)を思い浮かべる。緩い曲線を描く胴から瑞々しく伸びる四肢、アルベドと同じ癖の髪を揺らし駆ける、(妄想の)アインズと似た造作の十二・三歳の少女……生きていて良かった。素晴らしい。

 

 顔はアインズに似せたのだ、体はアルベドに似せても問題あるまい。たおやかな四肢は柔らかく、適度に肉がある。イキイキとした両足は長い。胸はまだ小ぶりでAか、これからの成長で適度なサイズに落ち着くだろう。

 

 絵の得意な司書らに何枚も何枚も描き直させ、アルベドがアッバルへ絵を持ち現れたのは数時間後のことだった。司書に鞭を打って、間違えた無理を言って叶えた狂気てk……驚異的なスピードである。

 それが目に焼き付いてしまったアッバルの未来は……ご想像の通りだ。

 

 

 

 

【いとたかきかた】

 

 デミウルゴスにとり、アッバルとはアインズをナザリックに繋ぎ止める楔である。アインズとどのように出会ったのかは知らないが、至高の御方々がぽつりぽつりと消えていったナザリックを導くアインズ(ひかり)に長いあいだ寄り添ってくれていたことは知っている。アッバルはアインズにとって代え難き存在だと知っている。アインズはアッバルを我が子のように思い、アッバルはアインズを親のように慕う……子の養育に、右も左もわからぬ未開の地を選ぶはずもなく、アインズはアッバルを安心できるここナザリックで育てたいと思っていることも理解している。

 だがアインズはアインズ・ウール・ゴウンを守り名を広めるために忙しい。子の養育にのみ集中できる外界の状況でもなし、アインズに腕は二本しかなく顔も一つで目も二つだ。ならばそれをサポートするが下僕の務めである。いまはまだ転移して日がなく情報収集により全体が忙しないが、二月……いや、一月もすれば足元固めができるだろう。

 

 猫ちぐらで鼻提灯を膨らますアッバルを見下ろし、デミウルゴスは唇の端を吊り上げる。子育てなどに関わったことは全くないが、幸運なことに既にアッバルはアウラやマーレより少し幼い程度だ、言って聞かせることが可能なのは大きい。きっとアインズの言うことを良く聞いて、アインズの役に立つよう動けることだろう。

 

 明日、アッバルはアインズに連れられて外界へ出る。ナーベラルが付くとは言え、まだまだ不明なことの多い外界、本音としてはアインズが出ることにデミウルゴスは反対である。情報収集などいと高き御方にさせることではないのだ、末端が集めたものをデミウルゴスらが精査してアインズの下に上げるというのがあるべき姿なのだから。だがアインズはそうしなかった……未曾有、前代未聞、震天動地の大異変において、最も生存率の高いものが最も危うい場所へ行くべきだとアインズが言ったためだ。

 ナザリックを建てるまでは一介の冒険者として暮らしていたアインズだ、人族その他との付き合い方――差別意識を人間共に見せないことに慣れている。そういう点からもアインズが外へ出ることは適材適所と言えなくもないのだ。ただ納得は出来ないが。

 

 猫ちぐらからは小さいイビキが聞こえる。ぷすー、ぷすーという鼻の音に「ハイレグビキニのねーちゃん……」や「即堕ち2コマバロス」なる寝言が時折。ハイレグビキニやソクオチニコマバロスとは何なのか、デミウルゴスは不明にして知らなが、きっとアインズに連れられて来る前に共にいた者の名前ではなかろうか。アッバルはハイレグビキニ、ハイレグビキニの姉やソクオチニコマバロスらと共に暮らしていたのだろう。そしてある時アインズに出会い、異世界への〈転移〉ぎりぎりでギルドの末席に加わった。何故彼らと別れたのかは……少し考えれば分かることだ。亡くなったのだろう。そしてアインズはアッバルを保護したのだ。

 

 アッバルはアインズをナザリックへ縛り付ける存在だ。少なくとも向こう百年は、アインズはアッバルのためナザリックの主の座に留まるだろう。だがその頃にはアルベドでもシャルティアでも良い、次なる楔を生んでいるはずだ。そう思いたいだけだとも言うけれど。

 アインズにとって「後ろ髪を引かれる何か」がここナザリックに存在し続けなければならない。アルベドやシャルティアがアインズの情けを得るまでの時間を稼いでくれているのは、この小さな蛇の子だ。好意的に思わないはずがない。

 

「立派に育て上げて差し上げましょう、アッバル様」

 

 後日、アインズが「アッバルさんの相手、デミえもんやマーレなら許容範囲内」と溢したことで真剣に悩むことになるなど、この時の彼には知るよしもなかった。

 

 

 

 

【ほしぞらのした】

 

 初めて泊まった木賃宿の窓はやはり適当な作りで、木製の窓を開けようと手を掛ければ窓枠から外れてしまった。これではただの蓋ではないかと笑いつつ窓を床に置き、そこから星空を見上げる。

 

 枠に囲われた星空はまるで絵画か何かだ。星空を四角に切り取ってしまった、古びて味わいのある木枠は額縁だ。さあ、今日は木賃宿美術館の開館記念日、星空鑑賞をしよう。どんな絵画よりも美しい天然の美術、今だけはアインズとアッバルだけのものだ。

 

「ここには星座の概念ってあるんでしょうか? あるなら知りたいものです」

「そうですね……そうしたらきっと、もっと星空を楽しめるのでしょうね」

 

 いつもどんよりと暗い、二十二世紀の空。太陽さえも煙がかかったように輪郭がぼんやりとしているのだ、月など満ち欠けすらわからない。暦の上でだけ「今日は満月です」などと言われても実感など湧く筈もない。過去撮影された夜空の映像を流しながらの報道のなんと悔しいことか。

 イルミネーションとは全く違う、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンとも全く違う、天然に出来た美。計算されていないからこそ美しいそれ。輝く砂を撒いた天球……大気圏を突破して、地球の外に出ねば見られぬ遠い芸術。それを枠に切り取った。

 

「きれいですね」

「本当にそうですね。ここに来て、水面に映る月を欲しがる子供の話がやっと理解できた気がします」

 

 けして手に入らない、空に浮かぶ月。いつも綺麗な顔だけを見せ、裏の醜い顔など隠している。

 

「アインズさんはまんまるおつきさまのパンケーキってご存じです?」

「商品名だけですね……冷凍食品でしたっけ」

「それですそれです。私、あれのオマケが好きで、よく朝御飯用に買ってたんです。宇宙センターで撮られた月の写真が入ってて」

「へえ……」

 

 アッバルの説明に耳を傾けながらも、アインズの視線は空のままだ。たしか「まんまるおつきさまのパンケーキ」は朝忙しい家庭を対象とした冷凍食品で、レンジでチンすればいつでも黄色くて丸いフカフカパンケーキを食べられる、というのが売りではなかっただろうか。だがオマケなんてものが付いていたことを、鈴木悟は知らなかった。興味が薄かったからだろうか。

 ただの月の写真がオマケになる、そんな世界出身の二人。アッバルの右前足がある星を指差す。

 

「あそこの星、繋げたら小熊座みたいですね。小熊と言うより柄杓にしか見えないっていう」

「ああ……言われてみれば」

 

 遥かな昔、羊飼いらが星を繋げ神話を作ったように、アインズらも星を繋げあれやこれやと想像を語る。遥かな後、人族が十代百代世代を交代したとき、彼らの道行きが神話となるなど思いもせず。

 

 

 

【ふぞくぶつ】

 

 二十二世紀某所。バリバリと働く官僚の母親に甘え上手な父親、十歳上の兄と八歳上の姉、同じ敷地内に家を構えながらも交流のあまりない祖父母を持つ少女がいた。年の離れた末っ子がゆえ色々と見逃されてきた彼女は、医者になった兄と、官僚になった姉の姿を見てこう考えた。

 私は二人のように要領が良くもないし、頭の出来も残念だ。悪い意味で父親に似たのだろう。だが愛嬌と空気を読むスキルなら二人に勝ると思う。良い意味で父親に似たのだろう。私は官僚になどなれないし、医者など無理だ。ならばどうしようか。

 彼女は自身の父親を見た。甘え上手で空気を読み、エリート官僚の母親をゲットしたうだつの上がらない自然学者だ。書いた論文は鳴かず飛ばず、主要な研究員ではなく副やらサブやらという研究員。だが幸せな人生を送っている。そうだ、父親の真似をしよう。私が稼がなくても、パートナーがそれ以上に稼げるなら問題はない。

 

 彼女は父親を真似始めた。笑顔、空気を読んで、しかし時にはわざと空気を読まずに。愛嬌と打算の隠れた親切心。交流は手広く、儲けの無さそうな仕事を目指す者を切り捨ててはいけない。縁はどこかで繋がっているのだ。

 医者や官僚ばかりでなく、企業のどら息子とさえ彼女は交流の手を広げた。エロゲ話に花を咲かせ、小難しい話からキーワードだけ拾い上げて学び……彼女は中心だった。彼女を基点に交流の輪は広がった。全ては彼女自身のために、だが効果は全ての者に。

 

 大学にて、私服姿の青年が二人、教室の壁に背を預けぼんやりと前を見ていた。教室内は静かだ。数日前とは全く違い、笑い声と明るさが足りない。

 

「静かだな」

「ああ……」

 

 このご時世において大学まで進んだ、たった数パーセントの選ばれた者たち。端から見て、親の金で入学したような頭の良くない彼女はただの付属物だった。口のさがない者は彼女のことを金魚のふんと言っていた。だが違う。彼女こそが、この大学において文理、学年、性別、夢、親の仕事――そのどれも関係ない一大グループを作り上げたのだ。

 二人は口をつぐむ。彼女はどんな職業も、夢も、差別しなかった。懐の大きな人だった。だから、彼らも互いを色眼鏡なく一人の個人として見られた。

 

 酷い置き土産だ、恩を返すべき相手は突然その生命活動を終えた。酷い置き土産だ、全く、本当に……酷い。

 

「葬式、行くか?」

「行かねぇわけねぇだろ、んなもん」

 

 司法解剖に掛けられた彼女の遺体は、昨日帰ってきたという。DMMO-RPGユグドラシル、そのサービス終了と共に息を引き取った者は彼女以外にもたくさんいる。どうせ彼らと同じ結果しかでない、と簡単な検査しかされなかったのではないだろうか、そんな不安が少し。

 葬式は明日行われるという。参加者はきっと、友人だけで二百を超える。

 

 ――彼女の欠点を挙げよう。一つ目は空気を読めたこと。二つ目は交流を広く持っていたこと。三つ目は差別せず誰もと会話し、友情を築いたこと。

 彼女には才能があった。人たらしという生来の才能だ。その人たらしが他者から好かれる努力をしてみろ、結果は火を見るよりも明らかだ。雪だるま式好意とでも言おうか、そのつもりがなくとも好意が深まっていくのだ。多少下種い考えをもって行動したところで、やんぬるかな、生来の才能は砕けない。いつの間にか天使のように崇められ、尊ばれ、(アガペーの意味で)愛される。彼女はそういう星の下に生まれた。時代と性別が違えば天下を統一していただろう……周囲の尽力によって。

 彼女は項羽にはなれない。そんな力はない。彼女は曹操にはなれない。そんな頭はない。彼女は無理を己が手で可能にする才覚も、無理を押し通す体格もない。だが彼女は、劉邦にはなれた。人たらしで、親切で、自分の弱さを知っている。人任せにするのは気楽で良い、成果が上がれば手を打って歓び、上がらねばしょんぼりしながら相手を慰めるのだ。今度がある、大丈夫だ、今度もお前に任せる。彼女は欲しい言葉を欲しいその時に与える才能の塊、口先で人を動かす天才だった。

 

 だから、彼女はアインズと一緒で本当に良かった。父性愛というストッパーは彼女の洗脳(アガペー)ビームを弱めていた。彼女は脇役(ふぞくぶつ)であるのが一番良い。

 そう、アインズと共にいれば、安心だ。


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