オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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八話

 指定したレベル――種族レベルでも職業レベルでも、どちらでも選べる――をゼロにするアイテムがある。アイテムガチャを回しに回したアインズはもちろん、初心者のお助けアイテムとして一人につき一個配られたお陰でアッバルもそれを持っている。

 アッバルはアルベドについ先日、といっても昨日一昨日のことだが、顔の製作をお願いした。数時間後に凛々しい造作の美少女の全体図を持って来られた時には「流石は守護者統括、仕事が速い」と唾を飲み込んだ。そして「でもこれじゃあ十二歳かそこらですよ、想定年齢おかしくない?」という言葉も飲み込んだ。

 アルベドの顔は何故か恍惚に染まり、アッバルにとって彼女は恐怖以外の何でもなかった。

 

 アッバルがエルダーバジリスクになりたいと考えたのは、現在の不便さが要因であった。〈伝言〉でしかやり取りの出来ない状態は、コミュニケーション手段が残されているとはいえストレスが溜まる。

 それに加え、視界が無いのも苦しい。躓きかけてはナーベラルに支えられるたび、人と言うものはかなりの部分で視界に頼って生きているのだと知らされる。進化時に顔などの設定を変えられるのだ、その機会にでも目と口を付けたい。皆の余裕があるときアインズと相談しよう、そう考えていたのだ。

 

 ――いま、アッバルは選択を迫られていた。アインズとナーベがギルドでハムスケの登録をしようというところだということは〈伝言〉で知っている。今すぐ助けに来てもらえるとは思えない。いや、すぐに助けに来てはくれるだろう。彼は仲間思いだ。だが、視界の利かないアッバルがこの狂った女やその仲間らしき男たちから、いま、逃れる手段はないのだ。視界が利かぬゆえ火炎系の薬を投げまくるわけにもいかないのが辛いところ。装備品と言えば腰に差したる伸びるつっこみ棒、懐にはでんでん太鼓……駄目だ、これは詰んでいる。

 人の体とは不便なもの、声の方向でどのあたりに人がいるかは分っても、どの程度の距離で何時何分の方向にいるのかまでは分らない。いくら魔法が使えても、対象を定められなければ意味が無いのだ。人間形態で活動することを想定せず、人間形態にデメリットを重ねることでバジリスクの身を強化していたアッバルは、つまりそれだけ余計に不便なのだ……。

 

『モモンガさん、モモンガさん』

『どうしました、アッバルさん。そちらで何かありましたか?』

『もしギルドで「エルダーバジリスクが出たー」とかなんとか騒ぎが起きた時は、それ私ですのでモモンガさんが倒すふりお願いしますね』

『……ハァ!? ちょ、待って下さい、何が――』

 

 指定した職業や種族を消去するアイテムを頭に念じながらアイテムボックスへ手を潜らせれば、手の中に小さなクリスタル。目で見て確かめられないのがやはり不便だ、だがこれがその消去アイテムであることは間違いない。エルダーへの進化のツリーが開かれたとき、アッバルはこれを長いあいだ手の中でこねくり回したのだから。

 

 クリスタルを砕き、捨てるのは『採掘師』。カンストしている職業だが、今のアッバルが取得している必要は全くない。後悔は少しあるが、ナザリックにいる限り、NPCのみなさんが代わりに採掘でも何でもしてくれるはずだ。有難うナザリック、良い下僕(パシリ)です。

 そして取得する種族は、取得条件を満たしたまま宙に浮かせていた『エルダーバジリスク』。エルダー、グレーターもしくはギガント、そしてエンシェント。進化のツリーにはまだ先がある。だが、いまアッバルが取りうる手段はエルダーバジリスクになるという、上へ伸びる進化の枝。願えば手が届くはずだという確信があった。タップできるコンソールは今やないが、願えば……。

 彼女はその枝へ手を伸ばし、掴んだ。

 

 ――だが期待というものは外れるように出来ている。次にアッバルが知覚したのは、真っ白く狭い中に丸まる自分の姿だった。

 

 

 

 仮面を付けた少女がクリスタルを砕くと、身を守る様に白い膜が現れ彼女の体を覆っていった。まるで卵、表面は濡れたように艶めいており、柔らかそうだ。

 

「モモン殿のことだ、娘の身の安全を第一に考えアイテムを渡していたんですね」

 

 このパーティのリーダー、美男に分類される顔の男はそう口の端を上げる。これで守るべき相手、逃がすべき相手が一人減ったと思っているのだろう。あのニニャと呼ばれた背の小さい少年とクレマンティーヌらの目的である少年・ンフィーレア、そして仮面の少女を逃そうとしていたのだから。

 

「んー、面白そうなアイテムじゃん。斬り刻んでみたくなっちゃう……でも今はぁ、タレント持ちの君! 君だけが欲しいからさー」

 

 だからさ、とりあえず君以外の全員ぶっ殺して、この白いのは君と一緒に持って帰れば良いよね!

 クレマンティーヌは舌舐めずりする。切るよりも突き刺すことに特化した双剣に舌を這わせ、狂喜に染まった目を漆黒の剣らに向ける。デザート(しろいの)は最後でなくては。甘く、滅多に食べられないからこそ余計に美味しく感じられる珍しいデザート。今日ばかりはディナーをさっぱりで済ませよう、この面白いデザートをより楽しむために……。

 

 

 アインズがどうにかギルドに言い訳をしてバレアレの店へ駆けつけた時、既に店内は静かであった。途中で拾ったリィジー・バレアレと共に店の奥、居住スペース兼工房へ踏み込めばムッと籠った血の匂い。ペテル、ルクルット、ダイン、そしてニニャ――彼らの死体が物のように放られていた。死体の中にアッバルの姿が無いことにほっと安堵し、しかし同時に彼女がどこへ消えたのか眉間に皺を寄せる。どこだ、どこに消えた。アッバルはどこへ行ってしまった。連れ去られたのか……もしくはシャルティアを洗脳した本人、ないし本人の所属する団体に洗脳された可能性もないではない。ああ、苛々してくる。

 

 アインズが救うつもりなのはアッバルだけ、ンフィーレアに関しては恩を売るのに使わせてもらおう。リィジーの身柄を報酬として契約し、本格的に彼らの居場所を探る。

 地下水道など行くはずもない。彼らがダイングメッセージなど残せるとは思えないし、奪われたプレートの場所を探れば確実に正解に辿りつける。プレートの位置は街外れの墓地、やはり地下などではない。

 魔法の重ね掛けをして、さあ、誘拐犯をとっちめに行こうではないか。

 

「ナーベラル、アッバルさんはバジリスク形態になっている可能性がある。それと……洗脳されているかもしれん。その時はどんな手段でもってでも気絶させ、無事にナザリックへ届けよ」

「畏まりました」

 

 エルダーバジリスクがどうの、とアッバルは言っていた。身を守るために進化を選んだのだろうか。あのままでは無理だと判断したのだろう、単なるバジリスクでは勝てない、と。

 初心者用に誰もが一つはレベル消去アイテムを配られている。アッバルも持っていたはずだ――どれを消去したのかは分らないが、きっと何かを犠牲にした。アインズがその場におれば、彼女にそんな選択などさせなかったのに。

 

 ハムスケの登録にどれほどの時間がかかるか分らなかったため、ここで休んでいるようにとンフィーレアに着かせた。それが間違いだったのだ。握り締めた手から、ギリィと金属同士が軋む音が響く。ハムスケの登録に引きとめられた、あのたった少しの時間が憎い。この世のどこかにいるやもしれない敵対プレイヤーへの身バレを恐れ、ユグドラシル金貨の換金を躊躇った自分も。潰せば良かったのだ、元の形が分らないように、潰して金塊として売れば良かったのだ。手段はあったのだ。

 

 失くした腸が煮えたぎるような心地。目の前がチカチカとフラッシュし、間欠泉のようにブシュ、ブシュと言葉にならない単語が喉仏を突く。墓場は近い、ああ、アンデッドが――ただ動かされているだけの骨が、砦を襲っている。シャルティアは洗脳され、アッバルは誘拐されたうえ、もしかすると洗脳された。嫌なことほど、面倒なことほど重なるものだ。アインズをわざと怒らせたいかのようだ……敵は皆殺しにしても足りない。

 指を一本ずつ引き千切ると言うのはどうだろう? 両手両足に合計二十もあるのだし、それにどうせ生きては帰さない。ゆっくり失われていく我が身に恐怖し、泣き叫んでくれることだろう。爪先からじわじわ焼いていくのも良い、命乞いする人間の姿が目に浮かぶ。そうだ、ゆっくり半日かけて四肢を引き裂くなんて素晴らしくはないか? ああ、どれも心踊る光景ではないか……。

 

 前線を支える兵士らを越えて墓地へ降り立ち、雑魚以外の何でもないスケルトンを砕き進む。ギルドに預けたままのハムスケがいないお陰で、アンデッド共はアインズに群がることなくただ前へ進むばかり。単純作業しか出来ぬ雑魚スケルトンらの姿には、同じく骨によって構成される存在として憐れみさえ覚える。

 ナーベラルにスケルトンらを砦へ行かせぬよう命じ、着いた先にはリビングデッドのような容姿の男やその弟子か仲間か……フードを目深にかぶった男たち。彼らが口々に訊ねる、一人で来たか否か、どうやってここに犯人がいるか知ったのかなど一円の価値にもならない話題だ。アインズが聞きたいのはただ一つ。

 

「バレアレの店で仮面の少女を捕えただろう」

「仮面の……? ああ、あの白い膜を張った女か。クレマンティーヌ」

「知ってるよー。もしかしてあの子、お兄さんの仲間だった? ごめんねー持って帰っちゃってさ! あの白い膜ってば蛇とか蛙の卵みたいにさ、弾力あり過ぎて刃がぜーんぜん通らないの。表面がヌルヌルして滑るんだよね。いやになるよねー、煮たら蚕みたいに剥けるかなって思ったから今お湯の準備中! でも本人に聞いた方が早いかなー? ねえ、あのアイテムってなんだったの?」

「ほう、蛇の卵か」

「……え、なに、お兄さんも詳しくは知らない感じ? うそー、ソレを人に使わせるー? ま、良いけど」

 

 想像はついた。アッバルは生まれ直しているのだ。さなぎが蝶に羽化するように、アッバルは変態をしている最中なのだ。はたしてバジリスクがエルダーバジリスクに変わる時に蝶や蜻蛉のように変態が必要なのかという疑問はあるが。良かった、〈星に願いを〉でさえシャルティアの洗脳を解けなかったのだ。その対象が倍に増えているかもしれないと考えたアインズの胸中は推して知るべし。

 羽化にどれほどの時間がかかるものなのか分らないが、無事が分っただけで有難い。アインズは兜の下で笑んだ、その時。

 

 ずるる……れるん。

 

 霊廟の奥から、何かを啜りとり舐めるような音がした。続いて建物の奥から聞こえる悲鳴、それも一瞬で途絶える。クレマンティーヌは振り返り、音源を目にするや驚愕を顔に貼り付けた。

 それはバジリスク。体長に対する胴周りの太さを見ると、ただのバジリスクではなくエルダーだろうか? やけに体が小さい固体のためどちらなのか判断がつけられないが、バジリスク種であることは間違いない。真っ赤な鶏冠に深緑の体色、足は八本――何故ここにバジリスクが。目を見てはいけない、鏡を持って戦うべき魔獣。直視できないため戦いづらいと悪名高いモンスターだ。

 

「なんだ、クレマンティーヌ! 中で何が起きている!?」

「ちょっちやばいよ、カジッちゃん。どこから入ったのか分んないけど、いまバジリスクに二人、食べられた」

 

 バジリスクに睨まれる前にと階段をぴょんと跳ねるように降り、クレマンティーヌは口をへの字にしつつカジットへ駆け寄る。その姿にアインズはこれ以上ない愉悦を覚えた。なんとタイミングが良いのだろう、まるでアインズが迎えに来たのに気付いたようではないか。全く素晴らしい。

 

「ふふ、どこから入って来たのか、か。お前たち自身で招いたのさ、そのバジリスクをな」

「――はあ? どういう……まさか、あんた!」

 

 クレマンティーヌに続いてカジットも目を見開く。まさかあれは、始めから罠だったということか。一人を生贄に捧げて生みだした怪物なのか。だとすれば、なんと……なんとおぞましい薬であろう。この鎧の男、カジットよりもクレマンティーヌよりも性質が悪い。彼らはそう判断した。

 

「その通り! あのバジリスクは私の可愛いペットでな……ペットと、ついでに誘拐された子供、その二つを迎えに来たのだよ」

 

 アインズはとりあえず肯定した。彼らがどんなことを考えたのかは知らないが、きっと恐ろしいアインズ像を頭に描いたはずだ。彼らは一歩下がり、しかし、彼らの状況はまた悪化に一歩進む。のそのそと建物の影から姿を現した、丸めの体格をしたバジリスク。それがローブを被った男の一人にバネの如く飛び付き――何も残さず男が消えた。

 

「まいうー」

 

 おおよそバジリスクらしくない鳴き声だが、一人を恐慌状態へ陥らせるには充分だった。アインズは我慢できず噴き出したが。

 

「うわあああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 一人が放ったのは第二位階の炎魔法、火は大概の動物に共通する弱点だ。彼の判断に間違いがあったとは言えない。だが今回、彼の判断は意味を成さなかった。このエルダーバジリスクには火属性への耐性があったのだ。第二位階程度の生ぬるい炎では赤外線治療にもならない。彼が撃つべきは氷結魔法であった、それならば数瞬の足止めができたであろうに。

 次々と消化吸収されていく男たちの姿に、しかし慌てたのはアインズだ。

 

「待て、アッバルさん! 私が殺したと言う証拠を残さなければならないのだ、そろそろご飯は終わりです! めっ! 太るぞ!」

「うー……」

 

 アインズの口調も乱れ、威厳があるようなないような、もはや元の恰好を付けたポーズなど形無しだ。

 カジットは彼の全ての憎しみを込め、アインズを睨む。彼が数年かけて準備してきた全てが、いま、この男のせいで崩されようとしている。許せるか? 否。認められるか? 否。倒せるか? 倒せるはずだ。カジットには奥の手がある。

 

「クレマンティーヌ、奴の隙はわしが作る。お主はその隙を突いてやつを殺せ」

「え、やだ」

 

 いつの間にか少し離れた場所に立っていたクレマンティーヌ、彼女の空気を読まない発言にカジット以下、残った男らが息を飲む。

 まさかこの場で裏切るのか。敵は強大、しかし力を合わせれば倒せるだろう――そう考えていたカジットらに、クレマンティーヌは飄々と言い切った。

 

「だって私、叡者の額冠を使える道具(ひと)が欲しかっただけだし? それに私の足なら逃げ切れるしさー。ぶっちゃけカジッちゃんたち足手まといにしかならないんだもん、仕方ないよ」

「持ち込んだ責任を取らんつもりか!」

「やだなー、責任感なんて持ってたら、元から法国を裏切ったりなんかしないって。んじゃあカジッちゃん、頑張ってねー」

「貴様、それをわしが許すと思うのか!?」

「許すも許さないもないよ、元から単なる協力者ってだけじゃない。あは、変なのぉ」

 

 じゃーねー、といつの間に重ね掛けしていたのか、〈超回避〉や〈能力向上〉、〈疾風走破〉を展開するや、クレマンティーヌは霊廟へ飛ぶ――いや、飛ぼうとした。

 

 アッバルの取得した職業レベルには、カンスト済が三つ、その他に四つあった。カンスト職業の一つであった「採掘師」はエルダーバジリスクになるために消し、残るは錬金術と薬師の二つ。この二つは現状どうでも良い、残る非カンスト職業が問題となる。

 彼女の取得した非カンスト職業は狩人、暗殺者、魔法使い、森司祭。その中で、カンストすれば残像さえ誰の目にも映らず人を殺めることができる職業、それが暗殺者だ。アッバルが取得したレベルはたったの七、しかしその七によって彼女は爆発的な瞬発力を手に入れた。

 ユグドラシルにおいて、アッバルがヒット&アウェイや逃亡によく利用した暗殺者専用スキル〈死之跳躍〉(フライ・トゥ・デス)が、クレマンティーヌを捕えたのだ。ユグドラシル時代、アッバルが暗殺に使うことのなかった悲しいスキルである。暗殺職を極めねば単なる跳躍だから仕方ないといえば仕方ないのだが。ちなみに身に付いたのは瞬発力「だけ」であり、持続力はない。

 

「嘘ォ!?」

「いっただき、したら駄目だった。ねえお姉さん……こっちの予定を(あたま)よくも狂わせやがったな(ひやそうか)

「な、しゃべっ」

 

 ビキニアーマーに覆われた胸部、そこに貼り付いた八本足の蛇がニッコリと笑んだ。

 

「お持ち帰りしたげるよ」

 

 ――クレマンティーヌの記憶はそこで途切れた。




ヒロイン枠に入ったと思われただろうか。だが残念、腹ペコ枠のままである
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