オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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今回も下半分――とまでは言いませんが、三分の一程がおまけです。πは驚きの減量。そして今までにない文字数。おまけなど合わせて一万超!


九話

 アッバルがアルベドに頼んだ新しい顔は早々にお披露目となった。もう少しゆっくり決めるつもりだったのだが、なってしまったものはもうどうしようもない。アルベドに渡された紙をそのままコピペして貼り付けた顔はかなりの美少女である。黒々と艶めく瞳、凛々しい眉に柔らかく通った鼻筋、薔薇の唇に桜の頬。ゴマ塩鼻ののっぺらぼうと比べれば月とすっぽん、天と地だ。

 

 だがその白皙の美貌の下半分、口元から下はいま、真っ赤に血で染まっている。

 アインズがスケルトンドラゴン――スケリトルドラゴンだっただろうか、アッバルには細かい名前の区別などつかない――二体を相手に俺TSUEEEEと大剣を振り回し、ヒロイックファンタジーの主人公ばりに輝いている姿を見ながら、彼女はこっそりクレマンティーヌの足を食べていた。生きている物から切り落としたばかりの足だ、サラサラと流れる血はアッバルの口元ばかりか胸元も真っ赤に彩っている。

 

 アインズへの言い訳は用意してある。逃亡防止に食べましたと言うつもりだ。足さえ失くしてしまえばそう簡単には逃げられまい、そうだ、足がなくとも匍匐前進で逃げられるかもしれない。腕も食べておこうか。

 失血死を防ぐため傷口を焼いたが、うっかりスパッツまで燃やした。ノーパン……もしかしなくとも痴女だ、見なかったことにしよう。えっちなのはいけないと思います。

 胸に手を当てて我が身を振り返るべき感想を抱きつつ、クレマンティーヌの腕を切り落とす。上がる血飛沫……太い動脈から、脈動に合わせ波打つように血の噴水が流れる。アッバルの手の中には血に濡れた鎌、アイテムボックスの底に眠っていた低レベル用武器の一つだ。

 クレマンティーヌの体を転がし、残ったもう片方の腕に笑顔で鎌を振り下ろす。今のクレマンティーヌにいくら痛みや刺激を与えても、彼女が目覚めることはない。アッバルが彼女の頭を麻痺させたからだ。バジリスクの固有能力たる魔眼はとても便利である。

 

 足と同じように腕の傷口も焼き、血と焦げた肉の匂いを肺いっぱいに吸い込む。素晴らしい匂いだ。例えるなら子供時代、夏祭りでテンションが上がっている時にフッと香った焼き鳥串の匂い。絡むタレの材料は醤油や豆板醤、ゴマ――強く香るのは醤油の焦げる匂いだ。嗅いだ瞬間ググゥ、と腹の虫が鳴き、子供は親の袖を引き引き店を指差すのだ。アレ買って、と。ウキウキと食べてみたら肉が固いわパサパサしているわで思っていたより美味しくない……そこまで含んでがデフォルトだ。

 血はタレで腕は手羽先だろうか。先ほど食べた足は腿肉、筋肉質で硬かったがそれもアリだ。発達した大腿骨や上腕骨などは少し固めの歯応えがあり、この食感を前の世界の食べ物で例えるならば骨煎餅だろうか。塩焼きにして頂いた鮎の、まるっと残った骨をカラッと素揚げした骨煎餅……高温で熱したお陰で小骨が口に刺さることなく、名の通り煎餅のようにパリパリと食べられる。酒のあてに良い。

 出来るならレモンかスダチが良いが酸っぱい柑橘類ならば許容範囲、果汁をジュワっと絞り、食べるときのあの爽やかさ。七味唐辛子をパッと振ると、唐辛子の刺激とタレの濃さで酒が進む、進む。血のソース(これだけ)でも十分美味しいが、酸味や辛味のアクセントがあれば更に美味しく食べられるはずだ。

 

 魅力的な食べ方を次々と連想してしまい、アッバルの黒真珠の瞳は熱に潤みクレマンティーヌを見下ろす。胸肉なんていかにも柔らかそうだ。どうやって食べよう……皮を残して、脂身を削いでグリルなんてどうだろう。付け合わせは軽い歯ごたえの鎖骨か。ああそうだ、中に野菜を混ぜた 米を詰めて蒸しても良い。すじ肉はすでにほとんど食べてしまったが、腹筋あたりはコトコトと似てカレーかシチュー、カレーなら中辛のルゥにヨーグルトを入れてマイルドな味が好みだ。――だが残念なことに、この女は殺し(食べ)てはならないという。残念だ、本当に残念だ。

 

 アッバルが舌鼓を打っている間に、アインズが華麗に「名前を言ってはいけないある人」似の男を倒したようだ。ギルドに一人残されたサラリーマン(のこってたおとこのひと)の尽力により骨製のドラゴンは大破、例のこの人は物言わぬ死体と化した。

 観戦してくれているとばかり思っていたのか、果てぬ食欲に理性が崩れそうなアッバルを見るや、アインズが「えー」と肩を落とす。

 

「見てくれてなかったんですか?」

「見てましたよ、ちゃんと! ほら、逃げないように足と腕を取ったんですけど、やっぱり不安でしょう。だから絶対に逃げられないように見張ってたんです! とても美味しかったです!」

「アッバルさん……それ自白と一緒です……」

「はい……すみません」

 

 アインズの悲しげな声に流石のアッバルも謝罪した。ノリノリで恰好良く敵を煽り華麗に戦う姿を誰かの目に収めておいて欲しかったのだろう、申し訳のないことをした。アッバルも自分の華麗な姿を見ていて欲しいタイプだ、気持ちは良く分る。

 かなり失礼なことを考えつつ謝れば、アインズの後方からこちらへ駆けてくるナーベラルの姿――闇の中でも昼間の様に明るく見えるアインズらと違い、人族は松明なくば路上の小石が見えない。ナーベラルは砦を守っていた兵士らを置いてこちらへ来たようだ。砦から霊廟までは走っても十分は必要な距離がある、既に日が落ちているうえスケルトンの残骸らで埋め尽くされた道だ、兵士たちがこちらへ来るまでまだまだ時間はかかるだろう。

 

「アイ――モモン様! その者は……」

「アッバルさんだ。エルダーに進化したことで卵にかえってしまっていたようでな……そのまま連れ去られていたらしい」

「アッバル様……なんとお労しい」

「誘拐されましたけど、思ってたより平和で暇でしたよ。卵の中でコピベ作業してただけですし」

 

 ナーベラルがアッバルへ向ける視線は柔らかい。膝を突いてアッバルの顔をハンカチで拭うナーベラルにパフパフしてもらおうと手を伸ばしかけ、口元から胸にかけて血まみれなことを思い出して止めた。

 

「この女はナザリックへ送ろう、こいつに聞きたいことがたくさんあるのだ。ナーベラル、この女をナザリックへ。今だけ指輪を借与する」

「畏まりました。御前失礼いたします」

 

 ナーベラルは頷くと指輪を中指にはめ、クレマンティーヌを掴み上げると〈転移〉で消えた。

 

「アッバルさんにもナザリックへ帰ってもらいましょうか、その格好ですし」

「了解です」

「それと、今回はお疲れ様でした。誘拐されて心細かったでしょう」

「え、と。まあ……リアルで、傷害事件とか誘拐騒ぎとか身近によくありましたし。荒事には慣れてますよ、実は」

「どんなご家庭だったんですかそれ」

「十代くらい続く医者と官僚の家系でして。傷害事件については怨恨のが多かったですね。ちゃんと手術しても死ぬ人はもちろんいますし、恨みなんてあちこちから買いまくり、みたいな。それに単に金持ちを憎んでる人とか、身代金目的の無差別犯とか」

 

 私も銃を携帯していましたよ、と口にする。

 世界全体の治安が悪い二十二世紀だ、日本でも免許さえ取れば銃の携帯は許されている。とはいえ、その免許を取れる人間は限りなく零%に近い。身分のある者が護身用に持つことだけを想定している免許であり、そのため高卒の資格を持つ者であることが免許取得の必須事項だったからだ。

 

 アッバルも通っていた大学には二種類の人間がいた。頭脳で入学資格を得た人間、金で資格を買った人間。アッバルは後者だったが、前者にも後者にも共通することが一つあった。背景に資産があるかどうか――資産家の子や、資産家のパトロンを持つ者であるかだ。中学・高校・大学と計十年分の高すぎる学費は貧困層はもちろん中流家庭でも捻出は困難を極める。しかし中・高・大の校舎は富裕層専用コロニー(アーコロジー)外の、つまり企業の関係者以外が暮らす貧困層の土地にデデンと大きく建てられている。内とは桁が二つ三つほど土地が安いうえ、そこに暮らす貧民など命じて立ち退かせれば良い。ドームに囲われた校舎は貧民らの目の前に悠然と建っているのだ。まるでヴェルサイユを見上げる農夫のように貧民らは「学校」を見上げる。

 

 あそこに通うことができたら……きっと採れたてでシャクシャクした野菜に柔らかいお肉、甘いお米やパンを食べられるのだろう、と。

 

 よって、そこに通う学生らが「金持ちめ」、「貧しい者を搾取するクズに天誅を」と反巨大企業組織から身代金目的に誘拐されたり、殺されそうになることなどよくある話。

 だが、貧困層の子でも小学校時点で宝石の原石と目されればパトロンが付く、こともある。千人に一人付けばマシといった程度ではあるが。選ばれた子は一家・一族の暮らしを引き上げるために死に物狂いで学び、パトロンの下へ就職する。辿り着ける地位は係長まで、しかし使われるばかりの者たちとの差は大きい。彼らにとって大学は未来を手に入れる手段なのだ。殺されてやる余裕など全くない。

 

 そんな状態だ、中高に増して莫大な入学金と授業料を取る大学の警備は当然ながら厳重、校門を入ってからの生徒の命と安全は学校が保証していた。

 とはいえ校門を一歩出れば、大学はその者の命の保証など関知しない。企業の者であれば大学と各アーコロジー間を繋ぐバスがあるが、貧しい者にそのような送迎などあるはずもない。彼らは我が身を己自身で守らねばならなかった。金持ちしか通えない「学校」の生徒だからと無差別に狙う犯罪者も多く、狙われるのはそのような苦学生ばかり……学生や教職員の中で銃を携帯していない者はほとんどいない。取得単位の中には銃の扱い方・撃ち方講座なんていうものまであったのだ。

 アッバルの祖父母は医者だ、所有する病院はアーコロジー外にあり、彼女の暮らす家も外にあった。もちろんアーコロジー内にも家があるのだが。自宅がアーコロジー外(まもられていないばしょ)にあることから苦学生に混じり通学していたアッバルだ、誘拐された程度で泣くような小さい肝はしていない。

 

「それは、なんとも大変そうですね……」

 

 アインズも返事に困ったらしく、捻りだした言葉は苦い。

 

「そういうふうに育ちましたから、大変だとはあまり。だんだん銃の重みに安心を覚えるようになりますし」

「あ、そう……」

 

 先ず銃を携帯することからして縁遠い話のアインズがぼんやりした返事をするのも当然のこと、アッバルはこう締めくくった。

 

「ところ変われば常識も変わるってことですよ」

「あ、うん」

 

 ローマに入りてはローマに従えということだ。先人の言葉は偉大、けだし名言である。

 金持ちには金持ちの常識がある。ある実例を挙げよう――ある人が、立派な日本家屋にお住まいの方に「素敵なお家ですね」と褒めた。するとそのお宅の主人は「いえいえ、私どもは庄屋の家系ではありませんから」と答えた。一般庶民には良く分らない謙遜である。噛み砕けば「庄屋ではない」とは、その周辺を統括していた方のお宅は別にある、ということだ。つまり「そんな褒められるほどの家ではありませんよ。ウチなんかよりもっと地位があって素敵なお宅、余所にありますし。ウチなんて下の方ですよ、下の方。偉くなんて、オホホホホ」と言っているわけだ。意味が分かると少し苛っとくる言葉である。

 そんな言われ方をされてすぐにその意味が分る人間は、そういう世界で育った。帰宅してから頭を捻ってやっと理解できる人間は、そうでない世界で育った。常識とは地方や国ばかりでなく、育ちや資金力でも異なるものだ。それはもちろん、アーコロジーの内と外についても言える。

 

 アインズはアッバルと住む世界が全く違った。受けた教育も、常識として身に付けたアレコレも。アッバルは恵まれていた。アインズは搾取されていた。だがアインズは彼女を羨んだり憎んだりなどできない……元の世界とのよすがであり、ギルメンが次々に消えていく中で彼の心を支えてくれた年下の女の子だから。そして最大の理由を言おう。――彼女はアインズの無学を馬鹿にしなかったのだ。同じ高さで同じ物を見て、そしてあるときこう言ったのだ。モモンガさん、あのとき私を見つけてくれてありがとう。モモンガさんと出会えたからユグドラシルはこんなに面白いんだって知ることができました、と。

 救われるとはこう言うことなのだろう。ユグドラシルをしていて良かったと、目元を覆う機械の下が濡れ頬がひんやりとした。既にアインズはほぼ一人ぼっちに近かった。寂しかったのだ、誰もいないギルドホームは。時々ログインするギルメンもいたが、週に一度あれば良い方、半年以上姿を見ない者ばかりだった。嬉しかったのだ、ここにいる価値があったと知ることができたから。

 

「それなら、ここでは銃なんて必要ないですし気が楽なのでは?」

「そうですねえ……怨恨やら何やらの襲撃に備えなくて良いのはほんと、仰る通り気が楽ですね。それに銃よりも物騒な能力をゲットしちゃいましたし」

 

 アッバルは笑顔を浮かべる。こちらに来て良かったと、柔らかい笑顔を。

 

 

 一分とせず〈転移〉で戻って来たナーベラルと入れ代わりにナザリックへ戻ったアッバルを迎えたのはアルベドで、彼女はアッバルの顔――いや、頭のてっぺんからつま先まで、目を皿のように見開いて観察した。そしてゆるゆると彼女の顔に現れる歓喜の表情……顔の半分以上に口を大きく開いて哄笑する姿は恐ろしいことこの上ない。実を言うとレベル差ができてしまったせいでアルベドから感じる威圧感が増しているのだが、種として進化したお陰か我慢が利くようになった。とは言っても、寝る時は近づかずにそっとしていて欲しいが。

 しばらくしてアッバルが血塗れかつ布を巻き付けただけの格好と気づくやアルベドは顔色を変え、彼女の部屋へとアッバルを導く。

 

 アルベドの使う部屋は新たなギルメンにと用意されたものであるため、さりげなく置かれた備品も品が良く綺麗に纏まっている。扉を入って正面の壁にはアインズ……否、モモンガを表す旗が広げられている。彼女のアインズ個人に対する執着が見てとれようというものだ。

 本来ならばアッバルも部屋が与えられるべきなのだが、ほとんどの時間を外界で過ごす現時点では与えられても意味がない。それに加えアインズがアッバルから目を離すのを恐れていることから、アッバルに個人の部屋はない。現在それで問題が起きていないため、しばらくの間はこのままだろう。

 

「この様な格好でアッバル様を外に出すなんて、ナーベラルは何をしていたの……」

「ナーベラルを責めないでください。私、一度卵に戻ったんで素っ裸になっちゃって。布を巻き付けただけの格好なのはナーベラルのせいじゃないんです」

「なるほど、分かりました。ナーベラルを叱ることはしません。ささ、湯あみいたしましょうね!」

 

 移動した先は浴室。乳白色の壁には時おりピンクや黄色、オレンジといったパステルカラーのタイルがランダムに貼られており目に優しい。床は優しい水色のタイルが隙間なく組まれ、少しざらついた表面は滑り止めだろうと思われる。

 だが湯を出す蛇口は壁際に彫られた人魚の像、その二つの乳房から極太の湯を浴槽へ注ぐという異様なデザイン。……いや、実際に乳房から放水するデザインの噴水はあるけれども、この極太の水量はなんだろう。ミルク風呂に入りたいなどの願望でもあったのかもしれない。是非ともデザイナーとお話ししたかった。

 浴槽は壁に貼り付く半円型で、入ろうと思えば一度に三人ないし四人がのびのびと入浴できそうだ。石の名前は分からないが、浴槽の枠は墨に砂金を散らしたような風合いの岩石を切り出し磨きあげたもの。浴槽の湯は高さが八分目ほど、まだまだ注いでいる最中らしい。

 

 アルベドが「アインズ様と私の間に生まれた愛の結晶、娘と一緒にお風呂……! ゆくゆくはアインズ様と……くふーっ!」と呟いてガッツポーズしているのを横に日光東照宮の三猿になり、アッバルは体に巻き付けていた布を落とす。顎から胸にかけてを鮮やかに彩っていた血は既に乾いており、パリパリという感触が少し不快である。

 アッバルは縮んだ。もちろん身長のことではない、以前も今も百六十センチと少しに変わりはない。そして胸でもない、元から断崖絶壁である。ならばどこが縮んだかと言えば外見年齢だ。アッバルの見た目は二十歳の女性から十二・三歳の少女に縮んでしまった。処理に困っていた腕や脛の体毛の面倒が減ったのは有り難いが、ここまで若返りたいとは思っていなかったのだ。

 

 活動的に伸びる四肢は椿の若葉のよう、古く色の濃い葉の中にパッと目を引く新緑――初々しさと若さ、瑞々しさ、そして命。若さとはそれ事態がエネルギー、夢や希望の詰められた気球を持ち上げる熱量だ。

 この発露は、つい数十分前に作り変えた人造の若さである。そんな若さなどたかが知れる、馬鹿らしい……そう言う者もいるだろう。だがそうだろうか? 人造の美は多くの人を虜にしてきたはずだ。彫刻然り、絵画然り、建造物然り。アッバルは「そのようにあれ」と生まれた。ならばこの姿こそが今のアッバルなのだ。これから伸び伸びと成長する姿が楽しみである。

 中身がどうかは別にして。

 

 眉と眉の間を通り鼻筋を少し逸れて顎先へ落ちる黒髪の房を後ろに流して一つにまとめ、それをタオルでくるりと巻いて押さえる。いまだイヤンイヤンと体を揺らすアルベドは放っておくことにし、アッバルは浴槽から湯を掬い肩からザバリとかける。数日ぶりの風呂だ……桶に溜められた湯に突っ込まれ、ユリ・アルファの手でピカピカに磨かれたことを除けば。

 顎の血を擦り落としながら、アッバルは笑みを浮かべた。某ホモい少年(カ○ルくん)も言っていた――温泉は人類の文化の極みだと。

 日々の疲れはお湯に溶かすに限る。さて風呂に入るなら先ずはかけ湯だ、そして体を洗って浸かろう。

 

 食後の風呂は眠気を誘うものだと忘れていたアッバルが、湯船に頭も沈むまであと二十分。

 

 

 

 

 

 

 

―おまけ―久しぶりにかてきょーリボーンFFを見たので記念に。

 

『スター・システム?+α ver.撃たれては蘇る世界にうちの蛇が転生していた悲劇』

 

 

 

 奥さまの名前はアルベド、旦那様の名前はアインズ。ごく普通とはかけ離れた二人は案外普通に恋をし、ハタからはごく普通に見える結婚をしました。

 でもひとつ明らかに普通と違っていたのは、奥様は魔女で旦那様は骨だったのです! ちなみに娘のアッバルは蛇でした!

 

 アッバルが十二歳のある日、ダーリンことアインズの仕事の都合でアメリカへ転勤することになった。アインズは家族全員でアメリカへ行く気満々だったが、それにイヤと言ったのがアッバルである。アメリカは確かに面白かろう、しかし頻繁に銃の乱射事件が起きるような国になど行きたくない。もう銃はごっつぁんです。

 まだ田舎町ならばアッバルもアメリカ移住を考えたが、アインズの行く先はニューヨークだと言うではないか。加えてアメリカは入れ墨=ファッションという国。「誕生日プレゼントにパパが刺青の店に連れて行ってくれたの!」というアメリカの高校生の話を聞くと行く気が失せるというものだ。

 固すぎる考えやもしれないが、入れ墨のようなものは自分で責任を持てるようになってから自分の金で入れるべきだし、墨を入れた後の弊害などを考えると気楽に入れるようなものではない。弊害を挙げるなら、MRIを受けられなくなることだ。墨に含まれる成分が熱され、入れ墨のある部分が火傷を負うのだ。加え、そこらの無許可の入れ墨屋で墨をさせば肝炎などの病気が感染するおそれがある。服やアクセサリーで十分ファッショナブルになれるだろうに、そんなデメリットを背負うだけの価値が入れ墨にあるとは思えない。

 アメリカを離れ日本で暮らして二十年近いという結婚式の司祭さんは、久しぶりの故郷から帰って来たらこう言った。「離れてる間に従姉も知り合いもマッドになっちゃったよ」と。ちなみに実話というか作者の実体験である。メタな話。

 

 だがイタリアも治安が良いかと言えばそうでもない、長閑な田舎でもなければそこらを残念な破落戸やマフィアがうろついている。例を挙げるなら、街を歩けば背後に幽霊背負ったコロネヘアの青年が無駄無駄言いながら敵を殴っていたり、乳首が見えそうな穴あきスーツの青年がウロウロしていたりするということだ。もしくはスカーフェイスの元軍人なロシア美女が高台から街並みを見下ろし、「この地を制圧せよ」などと部下に指示しているようなものだ。

 そんな場所に一人残るのも心配というか不安だ――アッバルはそこらのか弱い女の子ではないため心配など無用なのだが――そう尻込みするアインズから、アッバルはどこか治安の良い場所でなら一人暮らしを認めるという許可をもぎ取った。

 

 治安の良い場所といえば日本である。アラブの金持ちの中には、我が子を安全な場所で育てたいとして日本に嫁と子供を日本で住まわせている者もいるという。子供を子供だけで外へ遊びに行かせられる素敵な国・日本。日本人は平和ボケしていると言われるが、まったくその通り、例えばアメリカでは子供だけで公園に遊びにいくなど「どうぞ誘拐してください」と言っているようなものである。一晩帰らなくとも思春期で済まされる平和ボケ万歳。

 

 アインズの知り合いに日本人がいることをアッバルは知っていた。バールで知り合い意気投合したらしいその日本人に日本での住居の手配について相談すると、彼は彼の嫁と息子が暮らすという街の不動産を紹介してくれた。アインズパパンは大喜び、だがアッバルは、この時になって少し……不安を覚えた。

 

 並盛町、ずいぶん昔にどこかで聞いた地名であった。

 

 

 晴れ渡る初夏の大空、雲は白くもこもことして大きい。イタリアの学年を終え、アッバルが日本へやってきたのは七月初旬のことだった。友人だけは多いアッバルだ、別れを惜しむ者は多かった。絶対に返事をしろよと言われつつ住所の交換をした結果、彼女のアドレス帳は二百件を超えた。封筒と便箋、郵便切手代で破産する未来が見える。

 

 日本の中学校は学期末、迫る期末試験に泣く学生たちが量産されている。早朝に到着の便で日本に着いたアッバルが並盛に到着したのは八時前のことで、軽いキャリーバックを引き己のアパートへ入るアッバルの耳に「オレはヤマカンで行く。もしもの時の遺書は頼んだ」とか「わぁんママに怒られるよォ! 今まで勉強してなかったんだもォん!」などという声があちこちから届く。

 商店街へは歩いて五分、駅から歩いて十五分の独り身専用アパートは、物をあまり持たないアッバルにとってかなり広々としたそれだ。二十三平米で管理費合わせて三万円、都内ではないとはいえ都心へ電車で二時間という立地の並盛だ、この値段は普通ならありえない。色々と口利きをしてくれた沢田に頭が上がらない。

 

 到着してすぐに始めた荷解きは下校する青少年らの声が聞こえてくる頃に終わった。まだ四時過ぎで日も高い。向こうで買ってきたパスタを手土産に聞いていた住所――沢田のお宅を探すことにする。

 見つけてみれば、沢田家はどこにでもありそうな普通の一軒家である。沢田の話ではイタリアからのホームステイを積極的に受け入れているため幼児から大学生まで色々いるということだ、もう部屋が無いんだよと、イタリアで沢田は申し訳なさそうにアッバルらに手を合わせた。

 

 アインズやアルベドはアメリカンスクールへ行くことを勧めてきたが、アッバルは並盛中への編入を強行した。アッバルは元々異世界の人間であるとはいえ、その元はこの世界に酷似した世界の日本人、日本語なんて習わなくても話せる。

 目指すは中学・高校のマドンナの地位。爽やかで頭が良く将来有望な彼氏を一本釣りすることが目標だ。少人数制であるアメリカンスクールなどに行ってしまったら出会いの可能性が狭くなってしまう、それはいけない。

 

 チャイムを鳴らせば、インターフォン越しに可愛らしい女性の返事。

 

「引っ越しのご挨拶に伺いました」

「あら、少し待って下さいね。今参りますので」

 

 玄関ドアが開くとその向こうにはやはり可愛らしい女性――三十代半ばだろう、笑顔の似合う人だ。沢田家光の紹介で並盛に引っ越して来られたのでお礼に来ました、と土産の入った袋を掲げれば、女性はニッコリと笑んでどうぞ中へとアッバルを促す。

 居間に移れば紅茶と菓子が供され、有り難くそれを頂く。

 

「イタリアからだなんて、遠かったでしょう」

「そうですね……確かに遠くはありますが、それだけの時間をかけて来た価値はあると思います。平和だし、お寿司はあるし」

「そう言ってもらえると嬉しいわ! イタリアで出来ない経験をたくさん積めると思うから、色々とチャレンジしてみてほしいわ。――あ、そうだ、あの人はどう? 元気にしているかしら」

「奥さんの自慢で耳にたこができるくらい元気でしたよ」

 

 まあ! と頬を染める奈々。耳たこと言ったせいで蛸が食べたくなってきた、今晩は寿司屋だ。蛸も頼もう。

 

 紅茶を手にキャッキャと話しているところに可愛らしいタダイマの声、声からして男の子だろうが――何故か硝煙とエスプレッソの臭いがする。居間のドアが開いた向こう、現れたのは幼い子供だ。子供はスーツ姿にボルサリーノを目深に被り、懐には銃を携帯している。大きな瞳がリスかネズミのよう……ハムスケを思い出させる。

 

「リボーンちゃんお帰りなさい! 紹介するわね。アッバルちゃん、この子はリボーンちゃん。息子の家庭教師なの。リボーンちゃん、この子はアッバルちゃん。家光さんの紹介で日本に来たそうよ」

「アッバル・ウール・ゴウンです、よろしくね」

「リボーンだぞ。よろしく頼む」

 

 家光はイタリアでできた一般人の知り合いの子供を、安全な日本で暮らさせてやろうと考えていた。ゴウン家は資産家とはいえ表の住人として振る舞ってきたし、裏の顔など誰も知らないのだから当然のこと。だが、リボーンは「家光の紹介」を裏の住人としてのそれだと考えた。理由は三つある。

 一つ目はアッバルの日本語が流暢であったこと。綱吉の側近となるならば日本語ができていなければならないのだ、事前にある程度会話できるようになっておく必要がある。

 二つ目はアッバルにある程度の戦闘能力があることを見抜いたこと。今生でもアインズやアッバルは世界でも指折りの実力者だ。星の電波を受信する少年が「表・裏関係無しに怒らせたら命がヤバい個人」ランキングを取ったなら、一位アインズ、二位アルベド、三位アッバルとなっただろう。運が良かったことに今まで彼らを怒らせた者は一人としておらず、その実力が発揮されたことはない。ちなみに三人は骨や悪魔、八本足の蛇に戻ればもっと凄い。

 三つ目はアッバルがリボーンにさほど驚かなかったこと。裏の住人であればリボーンのことを知っていてもおかしくない。ゴウンとやらの名前は今まで聞いたことがないが、名を隠して活動している者の方が多いし、偽名の可能性もある。

 

 なぜ報連相しないのだ、家光。貴様はそれでも組織のトップか。

 

「ツナより一つ上だっていうけど、そう見えないわ。もっとお姉さんに見えるわね」

「有難うございます。そう言ってもらえるととても嬉しいです」

 

 なにせ幼児プレイを強要されたことや二十歳から十二歳に突き落されたことがあるアッバルだ、年上に見られる方が嬉しい。

 

 

 

 続くと思うじゃろ? でもこれ、終着点が見つからなくてぶつ切り終了なんじゃ……。実は至高の41人が全員この世界に存在していて、その中のSEとかプログラマがタッグ組んで時代を先取りし過ぎたDMMO-RPGとかサマウォのOZみたいなのを作ってるとか、その会社の重役にアインズが収まってるとか、そんな妄想もしていました。ユグドラシル経由じゃない他の人たちは普通の体だけどユグドラシル経由のアインズやアッバルは人外になってるとか、そんな妄想もありました。たっち・みーさんが某凄い顔なテルミーちゃんの親戚だという設定だって考えていました。名字が巽さんとか、名前が竜美さんとか。

 πに辿りつけなかったのが無念です。おにゃのこを書けなかったことも辛いです。




クレマンティーヌさんを鶏に置き換えたらとても美味しそうな描写になります。是非お試しあれ。
※今晩の日付が変わるまで、五日の活動報告にありますアンケートのご参加をお待ちしております。

追加:コンプティークに載せられた公式設定に合わせるため、明日から一章一話から順に修整してゆきます。はよ……公式資料集はよ……。

追記:全面改定終了

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