オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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お知らせ:コンプティークショック(勝手に命名)によりオバロ書籍版の設定が少し公開されたことから、全話加筆修整しました。加筆量の大小はありますがほぼ増えています。


十話

 アインズとシャルティアの戦いは、危ないから近づいてはいけませんと守護者のみならずアインズからも禁じられてしまった。アインズの自室、そのソファに座りテーブルにはむね肉のグリルと付け合わせ、トマトジュースを用意された正面には〈遠隔視の鏡〉。

 

「ホームシアター?」

「ええ。ここで我慢しててくださいね」

「私ってそこまで我慢の利かない子じゃないですよ? 第一怖いですし、ちゃんとここで見てますよ?」

クレマンティーヌ(コレ)

「すみません私は我慢の利かない残念な子です」

 

 テーブルの上でほかほかと湯気をあげる肉を指差され、アッバルは素直に自分の非を認めた。

 

 アッバルがナザリックへ帰還してから五時間ほどした頃、クレマンティーヌが麻痺から覚めた。

 クレマンティーヌは自分の今の姿を知るや狂ったように怒鳴り、全身でもがく様は地に打ち上げられた魚……もしくは突如地上に掘り出されたミミズだろうか。

 だが、手足のないものがよくぞここまで、と感嘆すら覚えるほどの跳ね具合は途中から、デミウルゴスを始めとする嗜虐趣味を持つ者らの肴になり下がった。怨嗟の叫びは天上の歌声、双眸を濡らす怒りの涙は一瞬の儚い命持つ真珠、肉体と床がぶつかり合い奏でられる鈍い響きは太鼓のそれに似ている。彼らはクレマンティーヌの生きの良さ、そしてこのおぞましい芸術を作り出したアッバルを褒め称えた。アインズは彼らの喜ぶ姿に「あ、うん。楽しいなら良かった……うん」と頭を振ったが。

 

 アインズの怒りは方向を見失い、その後のそのそと起床してきたアッバルへ「あー、とりあえず、人の言うことはちゃんと聞くように、うん」と注意するに止まった。運はアッバルに味方していたらしい。

 

「殺す……呪い殺してやる! このクレマンティーヌ様にこんなことをしやがったんだ、精々闇に怯えて暮らすが良い!」

 

 さて拷問か尋問かとその場の面々がわくわくと席を立ったちょうど、クレマンティーヌはそう叫んだ。舌を噛み千切るや勢い良くメイドの足元へ吐き出し、舌足らずな哄笑を上げながら息絶えていった。

 蘇生してやればさぞかし素晴らしい絶望の顔が見られるのではないかという意見も上がったが、こんな面倒そうな女を拷問するより、生け捕りにしたフードの男を拷問にかけた方が手っ取り早い。それに我が家には哀れな欠食児童(バキュームへびちゃん)がいるではないか、とアッバルの食欲が優先された。親切な彼らはアッバルのため、クレマンティーヌを逆さに吊るし首を刈って血抜きしておいてくれたのだ。有難うこのお肉、とっても柔らかいです。

 

 むね肉のグリルを切り分けるのはユリ・アルファの仕事だ。グリルの合わせ、フライドポテトではなく骨が積まれた横にはサワーソースが添えられ、プレッツェルを食べるときのようにどうぞと言わんばかり。

 生ハムのようにスライスされて供されるのは御免だが、このような調理ならいくらでもしてくれて構わない。魔法を重ね掛けしているアインズを鏡越しに見ながらストローに口をつけ、なんとなく息を吹き込みジュースの表面を泡立てる。赤くフツフツと気泡を発する液体は沸き立つマグマを彷彿とさせる。

 

 鏡面に映るシャルティアの……おおよそ武器と呼ぶには相応しくない気がするデザインの物体を見る。良く言ってブキっぽいシャ○プの掃除機、正直な感想を言うならば刺身や寿司の醤油注し。先端がスポイトにしか見えないせいだろう。

 醤油注しに狙われているアインズは魚の切り身か……いや、シャリとは仏の骨のことである。ならばアインズはシャリであり、魚の切り身はどこか別の場所にあるということか。魚はどこだ、魚を出せ! アッバルは特に西京漬けが好物だ。酒精の香りと酒粕の甘味が互いを引き立てあって素晴らしい。辛い酒が欲しくなる。

 

 アッバルの腹がググゥと鳴った。ここ最近、我慢が利かないと言おうか子供返りしていると言おうか、一時「こうしたい!」となると次の瞬間には実行してしまっていることが多い。特に食べることに関してそれは顕著で、このむね肉はもちろん昨晩も四人ほど食べたばかりだというのに、未だ物足りなさを感じている。足りないのだ、まだまだ食べ足りないのだ。あと四十人は必要だと胃が腹が訴えている。

 

 その原因はいくつか考えられる。

 一つ目は進化によって消費したエネルギーを体が補填しようとしていること。だが、これだけでは進化前の空腹感についての説明がつかない。

 そこで二つ目、この体は絶望的に燃費が悪いのではという疑い。蛇はかなり燃費の良い生き物のためこの確率は低いが、あるかもしれないと想定しておいて悪いことはないだろう。

 三つ目は冬眠のために溜め込もうとしていること。だがそうだとすると、既に十数人食べているアッバルがあと何十人も欲するのは溜め込みすぎではないだろうか。

 最後に四つ目、この体が元々飢餓状態にあった可能性。食欲のないアンデッドと違い、生き物たるバジリスクには食事の必要がある。だがユグドラシル時代にアッバルが人間種のプレイヤーに会うことはほぼなく、PKさせて貰ったのはモモンガのみ。モンスターを倒しても手に入るのはクリスタルだけだ。バジリスクとして「何か物を食べた」という経験は一度もない。アッバルはこれこそが原因ではないかと睨んでいる。

 

 アッバルがカルネ村で食べた騎士らは、きっと冬眠を死なずに過ごすには十分な数だった。冬を寝て過ごすあいだ、凍死せずにいられるだけのエネルギーがあった。しかしそのあと、まだ活動可能期間であることをアッバルの体は自覚した。凍える冬(みのりなききせつ)はまだ先だ、と。だからアッバルの肉体は更なる栄養を求めたのではないか……成長するための栄養を。

 同時に、アッバルの周囲は恐ろしいモノばかりである、弱いままではいられないと本能は危険信号を発していた。はやく強くならねば、そのために食べて栄養を得ねば。――そして、十分な栄養を摂らぬまま進化してしまったのだ。取り込んだはずの養分はマイナスに針が振りきれ、いま、アッバルの体は乾ききったスポンジよりも養分(みず)を欲している。

 

 餓えで正気を失わずにいられる理由は、アッバルの肝が据わっているためももちろんだが、最大の理由は「上位者への恐怖」がゆえだろう。アッバルにとって圧倒的強者であるアインズやアルベドに命じられれば、格下が従うのは当然のことである。そしてこれは子供返りの説明にもなる……本能が強まっているのだから。

 そこまで考え、食事の必要性をアインズに伝えなければとアッバルは眉間に皺を寄せた。尋問の末に死んだ騎士らを食べたりと誤魔化してきたが、今のままで良いわけがない。なんらかの時に、なんらかの方法で食肉(ひと)を獲らなければ。食べて、そしてまた進化するのだ。早急に。

 

 〈遠隔視の鏡〉には、アインズがアイスの当たり棒(かきんアイテム)をペキペキと折っては仲間の装備だったという武器を使っている姿。アッバルの背中を流れるのは冷や汗、いや、脂汗だ。こうして客観的に見れば見るほど、アインズとアッバルの間に横たわる絶望的なまでの強さの差は彼女の心臓を締め上げていく。何故って、アッバルにはPVPの経験がない。身近なプレイヤーはモモンガのみだったというのに、どうしてPVPができるというのか。単調なNPCとしか戦ったことのないアッバルに、自律し自立した相手と戦う技能はない。

 死にたくなどない、地に這いつくばる生活などまっぴらご免だ。だが彼の下を離れるという判断などできようはずもない。離別を告げれば殺される……アインズにではない、アインズを盲信する守護者らにだ。彼らはアッバルの行為を裏切りと取るだろう。

 命持つ物としての恐怖。鼠取りの罠に嵌まった鼠の気持ちだ。目の前の猫は自分をいたぶる気で、ニマニマと笑いながらその俊敏な腕を奮う。四発、五発、六発……数えきれぬほどの攻撃に苦しみながら、食われる恐怖とも戦う。死んだら楽になるのか? しかしこの猫に自分を殺す気はあるのか。ただ気紛れにネズミをいたぶっているだけで、飽きたらまたどこぞへ消えるのでは。飽きてくれ! はやく飽きてくれ、どこかへ消えてくれ。

 

 ――だが。アインズに飽きられたら、捨てられたら、アッバルはどうなる。

 

 知っているのだ、アインズは小卒だ。アッバルは親の金で大学まで通っている。嫉妬されていないはずがない、羨まれていないはずがない。

 嫉妬とは、羨望とは恐ろしい怪物だ。人から奪い、人を罵り嘲る正当な言い訳になるのだ。――あの子の家にはお金があるんだから、少しくらい私たちにくれたって良いじゃないケチね。あいつは恵まれてるけど頭悪いよな、兄姉は頭良いのに。

 

 アッバルには勉学の頭などない。だからより一層、人脈を求めた。他人なんてみんな利用できるかできないかの区別しかない。だが、どの人間がどの時にアッバルの助けとなるかは分からない、判断をつけられる目もない。自分以外は誰も彼も頭が良さそうに見える。大学まで来たのだ、九割方は頭の良い人間だ。だから差別しない。皆に等しく、分け隔てなく、同じように親切にする。繋がりとは体力、縁とは権力、友情とは腕力だ。縁を繋いだ相手が困っているときには必ず助けた、少なくとも助けるべく努力した。だから私が困っているときは必ず助けて、私が罵られているときには盾になって、私が苦しいときには共に背負ってね。

 打算だ。打算だとも。だがそれで困る立場の者はいたか? 一人としていなかった。皆に利益があった。だから口のさがない者達は彼女を「金魚のふんのくせに」と、「頭が悪いくせに」と罵っていたのだ、羨んで。いくらでも罵ってくれたまえ、縁を繋ぐ能力に欠けていたのだとしても頭には自信があるのだろう、どうぞ一人で頑張ってくれ。私は人の縁にすがり生きていく。

 

 愛嬌で、優しさで、親しみ易さで、そうして築きあげた蜘蛛の巣状、いや、脳神経のように複雑に絡み合い接続し合った縁。――だが学生生活で築き上げたその縁は、この世界では何の意味もなさない。一人と縁遠くなっても他の友人がいる、という環境ではない。アインズに捨てられたらそこで終わりだ。

 同じ二十二世紀出身の子供であるというだけで、これからずっと庇護してもらえるなどという希望的観測など持てない。進化しなければならない。役に立つことを示さなければならない。飼い犬に番犬としての能力を求めるように、アッバルへも役立つ何かを求めるはずだ。飼い猫にネズミ捕りとしての能力を求めるように、ハリネズミに癒しを求めるように、ただ庇護されるだけの存在でいてはならないのではないか。

 

「ねえユリ」

「はい、どうされましたか?」

「私、強くなりたい」

 

 アッバルは怖がりだ。鏡面の、いま遂にシャルティアへ止めを刺したアインズは強い。だが彼と同等の強さを持つ者達が、彼の下に数多くいる。役に立つと思われなければならない。だが、下剋上すると疑われてはならない。

 アッバルは下でなければならない。アインズより劣らねばならない。可愛い子供でなければならない。使えるペットでなければならない。便利な手足でなければならない。捨てては勿体ないと思わせなければ……殺処分さ(すてら)れないように。

 

 唇を噛む。大丈夫だとも、自分には出来る。死なないために、生きていくために。

 

 

 

 既に、アッバルにしかできない(もみぬいぐるみという)役目があることに、彼女は気づいていないのだ。




~二巻の終わり~
後書きは活動報告に。なお、次話以降の更新はゆったりしたものになることをこちらでも連絡いたします。

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