オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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二話

 デミウルゴスは頭脳のみならず忠誠心も随一の男である。彼はその良く回る頭でアインズ・ウール・ゴウンと彼の支配するナザリックの利益を求め続けているが、現状、彼はじめ守護者らの働きは芳しいものとは言えない。

 スクロール用に飼育している両脚羊らの皮はまだ質が悪く利用範囲が狭いし、「魔王」の準備も既に整っているとはいえ、計画が実行されるまでは単なる口先のことに過ぎない。他にも任された仕事は多いが、どれもこれも成果が出るまでまだ少しかかる。コキュートスのミスについても、この世界の蒙昧な異形種らを殺さず支配するテストケースとして誤魔化せたが、プラスマイナスで言えば誰が見てもマイナスだ。

 

 アインズに胸を張って報告できる成果がない。実績がない。至高の御方々の手ずから創造された守護者だというのに、出来て当然の結果をアインズに捧げられていない。アインズの役に立てていない現状に気が重くて仕方ない。

 そんな時にアインズから新たに下された命令は、先に命を下されていたアッバルとの婚約と目的を同じくするものだった。しかしやはり、すぐに成果をあげられるものではなく、成果を得られるには時間の掛かるものだ。――デミウルゴスが任されたのは、アッバルがイースター・エッグで「孫」を作るための父親役。親の片方がペア解消の意思を表せばとたん露と消える命はなるほど、アッバルへのこれ以上ない楔だと言えよう。

 

 一つ目の利点は彼女の愛情を人質にできることだ。下僕らにも心を砕くアッバルのことだ、それが自分の面影を残した幼児であればより一層愛情を覚えることだろう。だがナザリックを去れば、つまりデミウルゴスと別れれば「孫」は消える。彼女がそれを望まないことなど日よりも明らかである。

 二つ目の利点は彼女の弱点を増やせることだ。「孫」を守るにはアッバル一人では心許ないが、ナザリックにて暮らす限りアッバルと「孫」の身は安全だ。「孫」を連れてナザリックと袂を分かったとして、「孫」を守りながら生きていけるほどアッバルは強くないし、NPCの追跡は優しくない。いつデミウルゴスがペア解消を表すか怯え、心身を削りながら「孫」を守り続けられるとは思えない。

 三つ目の利点は上の二つとは少し毛色が異なる――デミウルゴスへの親近感が湧きやすくなることだ。両親の要素を継いで生まれる「孫」だ、アッバルにも似るであろうが当然デミウルゴスにも似る。愛情を感じている相手と似た存在へは親近感や愛情が湧きやすいものゆえ、「孫」はアッバルを絆す良い触媒となってくれるはずだ。

 

 時間を決めてナザリックへ帰還したデミウルゴスは、部下からイースター・エッグを受け取りアインズとアッバルを迎えた。彼らが仲良く腕を絡ます姿はまさに親子だとはいえ、本当の親子になれるはずもなし。アインズはアッバルを愛しているがゆえ不安要素を全て取り除きたいのだろう。可愛い娘が彼を裏切ることのないように、ナザリックへの敵意を持つことのないように。

 棘を一つ一つ取り去るような作業だが、その作業さえ終われば美しくか弱い薔薇となる。アインズは虎を飼い猫にしようと望んでいるのだ――もちろん、ナザリックの面々に牙を向けぬだけで、人間共にとっては虎でしかないだろうが。

 

 デミウルゴスは二人へ深々と頭を下げ、出迎えの挨拶を口にする。

 

「お帰りなさいませ、アインズ様、アッバル様」

「ああ、出迎えご苦労――デミウルゴス」

「承知しております。さあアッバル様、こちらへ」

 

 手を引けば簡単についてくるアッバルはまだ弱い。その弱いうちに首輪を付け、楔を打ち、教え込むのだ。お前の家はここだ(アインズをうらぎるな)、と。

 

 両親として認証をすればイースター・エッグは一瞬ぼんやりと緑色に輝いた。デミウルゴスの仕事は多い、まさかアッバルに持たせるわけにもいかぬとイースター・エッグは部下が運ぶようにと指示し、すぐにまた外界へ出る。「孫」への興味はもちろんあるが――だからと言って仕事を疎かにする訳にはいかないのだから。

 

 

 

 

 アルベドの居室は新たなギルメンが入ってきた時のための予備であるため、部屋の広さはもちろん内装に至るまで他のギルメンのものとも同じだ。メイドらは毎日のように百あるギルメンの部屋を掃除し、必要ならば暖炉に火を入れる。たとえ部屋の主がギルメンでなくとも当然それらは行われ、ベッドは焼き石を入れた目の細かい鉄の籠を潜らせ温められている。アルベドは寒さなど苦でもない身ゆえ必要のない心配りだったが、今日ばかりは役に立った。

 変温動物であるアッバルがそこで寝たからだ。

 

 アルベドのベッドにて過ごす間、アッバルは八本脚の蛇の姿となっていた。疲れきってしまったとき、眠気で動きたくないときは蛇の姿になるのが癖になってしまったのだ。そうすればNPCらが拾って猫ちぐらに入れてくれる。甘やかされ過ぎているなど言ってはいけない、レベル上げのため動けなくなるまで召喚モンスターと戦わされているのだから。

 外界は夏とはいえ寒いナザリック、冬眠などさせぬよとばかりに布団は蛇を温める。

 

 そんな小さな蛇であったが、布団の中をもぞもぞと移動して親鳥よろしく卵に覆い被さってみたり転がしては上下を変えてみたりと、なかなかどうして親らしいことをしている。彼女は高校生のときクラスメイトが鶏の有精卵を孵化させようとしたのを手伝ったことがあるのだが、適切な湿度や温度管理、定期的な卵の回転が必要なことを覚えていた。もちろん育てた鶏は若鶏の甘酢掛けにし、クラス全員の腹に収められた。

 アッバルは普段ぐっすり眠って朝まで起きない良い子だが、それが何故途中で起きては卵を転がせたかと言えば不定期な迷惑メール(アインズからのメッセージ)のおかげだ。〈伝言〉が来る度に半覚醒し卵を抱きしめたり転がしたり、良いアラームに使わせてもらったのだ。ただブツ切れの睡眠のため朝食後も眠気が失せないのが問題だ。

 

 アッバルは寝ぼけ眼でスプーンまでバリムシャと噛み砕いて朝食を終え、再びアルベドのベッドにダイブする。未使用のためかアルベドの体臭は全くなく、このままではベッドはアッバルの縄張りになりそうだ。

 朝食を食べてからまた布団を被り寝るその姿はなんとも堕落しきっている。

 

 ――そして朝食後すぐ、孵化まであと一時間ほどという時間、アルベドの寝室にアインズが現れた。アッバルを起そうとする名なしのメイドには手を振って下がらせ、こんもりと膨らんだ布団を剥ぐ。そこには直径十五センチほどの卵と、それにぺたりと貼り付いて鼻提灯を膨らませるアッバルの姿。腹のあたりを持ち上げればぐんにゃりと垂れて伸びる彼女を持ちあげ、傍付きのメイドには卵を運ぶよう指示する。

 アッバルはぐっすり眠っているらしい、布団から取り出されたというのに起きる様子がない。しばしその場に立ち止まりむにむにと手の中のシリコンもどきを揉む。低反発クッションのように手に馴染み、温かい布団の中に潜り込んでいたお陰かほんのりとした熱が手に感じられる。

 

 ……ああ、これだ。これが足りなかった。アインズの空洞の胸を爽やかな風が吹き抜けていく。天井を見上げる様に少し顎を反らし、この心地よさを全身で受け止める。

 アインズはここのところストレスが溜まっていた。一人になれる時間は少なく、すべきことは多い。彼には癒しが必要だった。だいたい何故パンドラは良くてアインズが揉むのは駄目なのか。こんなに柔らかくて気持ち良いのだ、パンドラなど按摩にかこつけてこの感触を楽しんでいるに違いないというのに。

 

 もしこの場にメイドがいなければ、アインズはベッドに倒れこみ「あ゛ー、癒されるー」等と言いながらゴロゴロと転がっただろう。しかし残念なことにショートヘアのメイドがキリリと真面目かつ輝いた顔でアインズの後ろに控えているゆえ、そんな姿など見せられるはずもない。

 至高の四十一人の長、最後のギルメン、現在唯一のプレイヤー――これらの肩書と肩書から生まれたアレコレが彼の肩にのしかかり、彼の自由な裁量や行動を制限している。NPCらの信奉する『偉大なる支配者』はそんな格好の悪いことはしない、と。

 自分で自分の行動を制限し、どんどん引き返せないところへ来てしまっていることについては、アインズは目を背けている。いつか直視せねばならないが。

 

 だいたい『ぼくのかんがえたさいきょうのまおう』プレイというものは時々だから楽しいのだ、何ヶ月もずっと続けるものではない。地の自分を殺し求められる姿を演じ続ける息苦しさ……大きな感情の変化は沈静されるとはいえ、火傷はたとえ小さくともジクジクと燻り続けるものなのだから。

 熱を持った傷口に蝿が集り蛆が湧き、何度叩き落としても何度潰しても、無駄なことをと蝿は嘲笑う。膿んだ傷口がある(ナザリックにいる)限り、蝿の温床にされ続ける(ストレスはきえない)のに、と。

 

 何も考えず揉んでいたい。子供時代、プチプチとかエアークッションと呼ばれる梱包材をひたすら潰し続けたときのように無心に揉んでいたい。

 この感触がナニを想起させるのかについてはわざと考えない――爆死する未来しか見えない。三本目の脚がお世話にだとかそんなことは絶対にない。絶対にだ。

 

「……ああ! 起きないな。アッバルさんは朝食を摂ったのだろ?」

「はい」

 

 揉みに揉んでいたのを、これは起こすつもりだったのだと早口で言う。どうやら癒しとしょうもない言い訳に意識が飛んでいたらしい。

 

「何度となく目を覚ましては卵の上下を入れ換えたりなさっていたので、睡眠時間が普段より短くていらっしゃるようです」

「ほう?」

 

 鳥は卵を温める際に腹の下で卵を転がすのだと

動物番組で見たことを思いだす。ずっと同じ状態では良くないとか……鶏冠のあるアッバルの一部は鳥類ゆえ、親鳥らしく抱卵したのだろう。

 アインズの頭に「なるほど、だから鳥頭」という言葉が浮かんだが、失礼な表現であると思い自戒する。

 

 ちなみに鶏は三歩あるけば恩を忘れると言うが全くそんなことは嘘っぱちで、少なくとも二分は忘れない。それだけではない、誰に従うべきか(こわいやつ)や、誰に喧嘩を売って良いか(おまえ おれの パシリ)等もきちんと覚えている。

 アッバルの名誉のためはっきり言っておこう。アッバルは鳥頭ではない、平均より少し上な程度のスペックを持つ凡人だ。ただ興味のあることの範囲が狭く、学校で行われる授業に面白さを感じていなかっただけで。もちろんアッバルの一番は女性の双丘――頼み込み、縋り付いてまでして揉ませてもらった双子山は数え切れず、硬いサブレから良く揺れるスポンジまで多種多様だ。それゆえ彼女は一目でバストサイズを見抜き、バストから対象の年齢をも当てる。無駄に研鑽された無駄な技術とはまさにこのことだ。

 暴論でもそれらしい理由を三つも挙げられれば「そういうものなのか」と騙されてしまう単純思考の主であることに違いはないのだが。

 

「このままでは、アッバルさんは卵の孵化を寝過ごしてしまうかもしれん。執務室へ連れて行こう」

「畏まりました。今すぐ猫ちぐらを用意いたします」

「いや、このまま持って行こう」

 

 手の中でスライムのように項垂れ伸びる蛇を揉みつつ踵を返した。アインズは部屋に戻るとNPCらを下がらせ、蛇を膝に置いてつんつんと突いたり揉んだりする。イースター・エッグは執務机の上にデデンと置いて孵化を待つ。

 どんな子が生まれるのだろう? イースター・エッグを割った動画はアインズも見たため、中身が人族の胎児であることは知っている。人型で生まれて人のように育つのか、それとも異形で生まれ異形として育つのか。異形として生まれるならばどのような姿になるだろう――アッバルは爬虫類のミックスに鶏冠を付けたような見た目で、デミウルゴスは尖った耳と悪魔の翼に尾を持つ巨大な蛙だ。要素を混ぜてみよう。

 

 その一、鶏冠の生えた蛙。アッバルの餌としか思えないのは気のせいだろうか。

 その二、尖った耳と刺の尾を持つ八本足の蜥蜴。なんだか強そうだ。

 

 アインズは後者が好みだ、それの腹回りはアッバルと同じ感触に違いない。

 だんだんとその二以外は認めないとさえ思い始める。娘は思春期なのか父親に腹を揉ませてくれないが、孫は三歳までしか育たないゆえいつまでも柔らかい腹をお祖父ちゃんに揉ませてくれることだろう。

 柔らかい孫よ来い――そんな身勝手なことを考えていたためだろうか? アッバルがアインズの膝の上で惰眠を貪るなか、割れたイースター・エッグから現れたのは……蛇に似た別のもの。

 ガラスのように硬質な瞳、濡れてぺたりとした羽毛に包まれた長い体に三対の翼、蛇の顔をした二本足のこれは……。

 

「け、ケツァルコアトル……?」

 

 雛ゆえ絶対にコレとは言い難いが、これはケツァルコアトルではなかろうか。ケツァルコアトルとはアステカの言葉で「羽毛を持つ蛇」を意味し、マヤ文明ではククルカンとも呼ばれた農耕神だ。ユグドラシルにおいては倒すべきモンスターの一つとしてしか登場しなかった――いや、進化のツリーが見つけられていなかったのかもしれない。

 羽毛持つ蛇ということはつまり、鳥の要素を備えた蛇だ。もう一ついるだろう、ここに、鳥の要素を備えた蛇が。

 

「バジリスクの進化先だった、ということか!?」

 

 ケツァルコアトルは農耕神であるのと同時、人類に火を与えた創世神でもある。アッバルは薬師の職業レベルを有しているし、デミウルゴスのスキルや魔法は火のものばかり。アッバルとデミウルゴスの良いとこ取りをすれば生まれる可能性がないではないが、それはあまりに都合が良すぎやしないだろうか。そう考え、いいやと頭を振る。

 

 イースター・エッグからは両親の要素を受け継いだユグドラシルに実在するモンスターが生まれる、と考えればなんらおかしくはない。鶏冠の生えた蛙はいないし、八本足の蜥蜴や蛙もいない。三対の翼は八本の脚のうち六本が翼に変化したと考えれば、このモンスターが生まれたことにおかしな点はないのだ。

 つまりアインズはナザリック地下大墳墓において最高の組み合わせを、そうと知らずに引き寄せたことになる。

 

 雛は机の上をチイチイと鳴きながら這い回り親を求める。体長は十五センチほどだが、膨らんだ腹部と羽毛からもっと大きく見える。摘み上げてアッバルの腹の上に置いてやれば擦り寄って目を閉じた。

 

 アッバルが不在の時にはアウラやマーレにこれの世話を任せよう。農耕神なのだ、収穫率数パーセント上昇のような能力があるやもしれない。色々と調べてみたい、知りたい――アインズは自分がわくわくと浮き立っていることを自覚した。ユグドラシルでは最後まで開かれなかった進化の森に、初めて自分が分け入るのだ、と。

 

 アインズはまだ知らない。この「孫」すらも遠望深慮の一部であると思い込まれることを。

 アッバルもまた知らない。一応はアッバルの子である存在がアウラのペットと化すことを。




アウラ「三歳児並みの頭があるの? なら良いペットに躾られるね!」
ケツァ「両親に愛されるため生まれたはずでした」

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