オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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三話

 あえて言う必要も無かろうがアッバルは弱い。アッバルが十体束になってモモンガに挑もうが、それが五十体に増えようが、瞬き一つの間に全滅するほどに弱い。進化の枝を違えて旧支配者の一つたるウロボロスになっていれば結果は違っただろうが、アッバルが選んだ枝は小さな八本足の蛇・バジリスクだった。大型になると小回りが利かず、蛇の姿で城下町などを移動しづらいというデメリットを嫌ったのだ。ちなみにどちらの種族でも人型にもなれるのだが、その機能は死蔵されて久しい。

 アッバルもマゾではない、俺YOEEEプレイがしたいわけではない。どうせするなら俺TSUEEEの方が楽しいに決まっている。だがユグドラシルの運営はこう言っている――『強さが全てではない』と。

 

 ソロで倒すのは難しい、レベル差の大きいモンスターに遠くから第五位階までの魔法を放ち、スラッシュなどの武技が詰まったポーションを投げつけるのは楽しかった。狩人の職業レベルを得て命中率を上げれば笑いが出るほど攻撃が当たり、相手の制空圏外からちまちまと嫌がらせの様に攻撃するのはとても楽しかった。アッバルはプゲラの楽しさを知った。格下の弱い弱いと馬鹿にしてる相手に負けてどんな気持ち? ねえねえどんな気持ち? と煽る楽しさをユグドラシルは教えてくれた。

 運営が言いたかったのはこういうことなんだろう、と考えた。きっと違うだろうが。

 

 このようにクリスタルの消費が激しいアッバルはちまちまと中レベルモンスターを倒してはクリスタルを溜めこみ、錬金術溶液に溶かし、格上を相手にNDKするというルーチンを繰り返していた。

 しかし。

 

「あー、こら、無理だわ……勝てませんわ」

 

 第六階層にある円形劇場、そこでアウラやマーレが根源の火精霊を相手取りそれぞれの武を示している姿を見て、アッバルはそう呟いた。アッバルがユグドラシルにて倒して来たモンスターも所詮はAI、決められた反応しかできない。自ら考え、行動する上位モンスターにはアッバルのような弱者に勝ち目などなかったのだ。ナザリック地下大墳墓内で「圧倒的弱者」の冠はアッバルにこそ相応しかろう。

 モモンガにアッバルが負けるのは当然だ。相手は旧支配者、彼女は一山いくらのバジリスク。相手は武器から防具から揃っている、彼女は手榴弾とドーピング剤のみ。だが、ギルドNPCにも勝てそうにないという、燦然と輝けるドベキングの地位……流石のアッバルも凹まずにはいられなかった。先ほどモモンガの魔法確認時には富士山の頂上にあったテンションも、今やダンボールスキーで斜面を滑り降り、そのまま海面を過ぎて海底火山の麓まで落ちていった。

 

 魔法やアイテムの発動確認を終えたモモンガがアイテムボックスの確認する足元で、アッバルも八本ある足の一本をもにょもにょと動かして自身のアイテムボックスを確認する。薬師として不可欠な道具、錬金術に必要な道具はもちろん、彼女が今までに作ったポーションがずらりと並んでいた。一つも欠けた様子が無いことにアッバルは安堵のため息を吐く。ただでさえ弱いのだ、武器になる物はいくらあっても足りない。

 アウラたちに対抗するには貧弱すぎる己が武器の貯蔵に「貧弱、貧弱ゥ」と力なく呟いたのち、アッバルはまきびしタイプのポーションや煙幕タイプのポーションをピックアップすることに集中した。

 

『アッバルさん、ちょっと良いでしょうか』

 

 モモンガからの伝言に少し肩――四対ある全てだ――を揺らし、顔を上げぬまま返答をする。

 

『いいですよ、どうしました?』

『これからどうするかアッバルさんにも話しておかないとと思いまして。異世界に転移してしまっただろうことは間違いないでしょうが、元の世界へ帰る手段がすぐに見つかるとは思えないので……しばらくはこのナザリックに留まることになると思います。アッバルさんはまだ学生さんですし、留年させてしまったら申し訳ない』

『なんでモモンガさんが謝るんですか、モモンガさんが犯人でもあるまいし。留年ならまだマシですよ、モモンガさんだとリストラされちゃうんですよ! ライオンと魔女みたいな異世界転移だと良いんですけどね、ほら、元の世界に元の時間、元の姿で戻るってヤツです』

『リストラか、考えてもみませんでした……リストラか』

 

 アッバルが横目で見上げたモモンガの顔は煤けている。――だが、帰る手段を見つけても自分が必ず帰るかどうかについて、モモンガに確信はなかった。モモンガには家族は無い、友人もない、恋人なんてもちろんいない。街の中心に建つ限られた者達の楽園(アーコロジー)をぼんやりと羨みながら、職場と家の往復に心と体を削られる毎日。唯一の楽しみは帰宅後のユグドラシル(ちがうせかい)へのログインだったが、そのユグドラシルもサービスを終えた。

 モモンガの、鈴木悟の後ろ髪を引くような物は一つとてないのだ、あの世界には。

 

 ただひたすら命や気持ちを削られて過ごすばかりのあの世界と、危険が待っているかもしれないが未知の広がるこの世界。セバスの持ち帰る情報が待ちどおしい。外は地獄のような世界かもしれないが、ユグドラシルのような世界の可能性もあるのだ。ワクワクとドキドキが待っている世界かもしれないのだ。

 

『でも帰る手段なんて二の次三の次かもしれませんよ。重要なのは、この世界で無事に生きていけるか否かですし』

 

 アッバルはNPCだったアウラやマーレにも勝てないくらい弱い。出来るのはポーションを作ること、第五位階までの魔法を使うことくらいで、バジリスクの種族特性たる即死の魔眼はもう一つ種の階段を上らねば身に着けられない。このナザリックにはアウラやマーレと同程度のNPCが他にもいるらしいから、アッバルの持つ価値はリスポーンするザコNPCレベルだ。

 

 よってアッバルがすべきことは、媚を売ることだ。殺す価値も無いと思われるようにすることももちろん考えたが、その場合「そこにいたら邪魔だから」とか「なんとなくムカついていたから八つ当たりに」殺される可能性がある。

 このナザリックの支配者は誰だ、モモンガだ。ナザリックでアッバルが頼れる相手は誰だ、モモンガだ。ならばアッバルのすべきことは何だ――モモンガから決して離れず、NPCらには無害アピールをすることだ。アウラたちを見る限りNPCらは異世界転移後もモモンガを慕っている様子、モモンガの庇護下にある可愛い蛇を傷つけようとする者は……いないと良いのだが。

 

『アッバルさんの仰るとおりですね。先ずは生き延びることが最優先だ』

 

 モモンガにとって、アッバルは決して弱くないプレイヤーである。ユグラドシルを始めた時期が悪かったために損を被って来たが、もしあと五年早くプレイし始めていればトップランカーの一人になったに違いないだろうにと考えている。

 かつてもソロ職はたくさんいたが、彼らには頼れる生産職プレイヤーがいた。ポーションしかり、武器しかり、きちんとゲームマネーを払いさえすれば薬でも武器でも、ほぼ何でも手に入った。だからこそプレイヤー達は「戦うためだけ」に職業レベルを取得して行けたのだ。だが生産職に限らずプレイヤーというものはシビアだ、ユグドラシルではもう自分のしたいことができない・作りたいものが作れないと判断すれば、新たな舞台へ去ってしまう。彼らを引き留めるギルドやパーティーがないのならなおさらのこと。遅参も遅参であるアッバルに、生産職プレイヤーのバックアップはなかった。

 全てを一人で賄おうと工夫した果てに、今のアッバルがある。確かに弱いだろう、戦闘の最前線など走れないだろう。だが、ただその弱さを嘲笑(わら)うことなど誰にもできない。工夫している人をどうして馬鹿に出来るだろう。アッバルは手段を選ばず、決して驕らず、敵を煽って状態異常を引き起こさせ、自らよりも強いはずの敵モンスターを倒す。アッバルを笑う者こそ、その程度が知れるというものだ。

 

 モモンガ一人では自分の意見に自信が持てなかったかもしれないが、彼女の賛成を得たとなれば自信をもって決断できる。そうとも、目の前にある問題から片付けていくのだ、と。

 

『有難うございます、アッバルさん』

『私、何かお礼を言われるようなことしました?』

『言いたかったんです』

『はあ、はい』

 

 モモンガの突然の礼にアッバルは困惑した。彼女は生き延びるためには仕方ないとモモンガに寄生する気満々であり、むしろ彼女こそ彼にお礼を言わなければならない立場だ。一緒に異世界転移してくれて有難うございます、お陰で生き延びることができそうです、と。

 それが何故か、負の波動Ⅴではなく温もりの波動Ⅲあたりを送られたのだ。異世界転移して狂ったのだろうか? 頭がおかしくなった結果、思考回路が太平洋に平和をもたらすほどの愛に包まれたのかもしれない。アッバルは動く骨に包まれ癒される地球を想像し、見てみたいと思わなくもなかった。モモンガに限らず、地球の自然が蘇るなら誰がしてくれても構わない。

 

 二人から離れた地点でアウラらが根源の火精霊を倒した。ゴウという熱風が吹き、アッバルの軽い体が風にあおられどこぞへ飛んで行きそうになるのをモモンガが慌てて捕まえた。部位は腹である。

 アッバルの腹はストレス解消用ゼリーぬいぐるみに感触が似ている。あれは握り潰す用だが。モモンガはアッバルをずっと握っていたい衝動に駆られ、二度三度ほどニギニギと揉んだ。駄目だ、これは止まらなくなる。モモンガはアッバルに願った。

 

「アッバルさん、すみませんが人型になってもらえませんか?」

「もちろんですとも。私も今そうしようと思ったところですから」

 

 握り潰し殺されるのを圧死というのか何と言うのか。アッバルは死の危険を感じていた。

 

 アイテムボックスから白い布(付加効果無)を取り出し体の上に掛けるや、布の下が風船のように膨れ上がり人の形をとった。体に布を巻き付けつつ身を起こしたアッバルは人の姿をしている――目も口も無く、鼻の穴らしき小さい黒丸が二つと耳だけがある頭部だ。

 セミロングな髪の色は濃紺に前髪の一房が赤く、バジリスクの肌の色と鶏冠の色そのもの。身長は百六十かそこらで低くもなく高くもない。顔が無いこと以外はごく普通な容姿だ。

 

「えっと、アッバルさん話せます?」

 

 返事が無い代わりに、両腕が上がってバツ印を作った。なるほど口が無ければしゃべれまい。

 

「じゃあアッバルさんの紹介は私がしても良いでしょうか」

 

 今度は両腕で大きく丸が作られた。モモンガは頷いた。頷いたのが見えているのだろうか、あとで確認させてもらおう。

 

『ノーマルの耳とゴマ鼻だけ付けてたんですよ、暫定として。そのお陰で耳と鼻は使えるんですけど、視界は効かないし口はないし、違和感が凄いです』

「でしょうね」

『あ、でも、匂いで場所とか物がなんとなく分るし伝言を使えば会話できるし、案外イケる感じです』

 

 果たしてそれで良いのか、そこは妥協してはいけない点ではなかろうか?……アッバルは案外、適当な人なのかもしれない。


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