オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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三話

 エ・ランテルへの人の流入が以前より倍増したらしい。らしいと言うのもアッバルには興味がない事柄だったためで、人のする噂話を漏れ聞いてやっと「へえ、そうなんだ」と一つ頷きすぐに忘れる程度のことだった。

 ――とはいえ、薬師や錬金術師からアッバルへの熱烈なラブコールが増えていることについては、アッバルも知らないはずがなかった。

 

「ばっ、バァルさん! ぼきゅと真実のポーションにちゅいて」

「黙れイトミミズ。バァル様の名を呼ぶな、視界に映るな、息を吸うな」

 

 時刻は昼を過ぎ、三時を回って少しした頃か。小遣い稼ぎとしてギルドに低級治癒薬(マイナーヒーリングポーション)を二三本売ったのち市場の外周に並んだ木製のテーブルと椅子に腰かけ、出店の一つからタダで貰った鈴カステラもどきに舌鼓を打っていたアッバルの元に、この街でも名の知れた薬師や錬金術師が現れては追い払われ現れては追い払われしている。

 ナーベラルのキツい言葉で追い払われたいから声を掛けてきているのか、それとも何度追い払われようとも諦めきれない不屈の研究者魂がそうさせるのか。後者であればまだ良いが前者であれば気持ちが悪い。後者であることを切に願おう。

 

「ねえナーベ、私お肉食べたいな。あの美味しそうな匂いのする串肉とか」

「バァル様、これ以上買い食いされますと夕食が入らなくなります」

「ぬうん……」

 

 バァルのお小遣い稼ぎという名目で行われているポーション売買だが、売り上げの六割ほどはナザリック外活動資金として吸い上げられている。身の安全と安定した食料供給等を考えるとむしろアッバルはもっとアインズに支払うべきであろうが、小遣いを稼いでいるという外形を保つためにはアッバルも何かしらで金を使わなければならない。

 よって、バァルが無計画に浪費しようとし、ナーベが止める。自然にその流れが生まれた。

 

 席を立って周囲に手を振りその場を後にし、財政状況を考えるとあまり嬉しくない価格設定の宿に向かう。アダマンタイト級冒険者としては当然の宿とはいえ、それは養うべき部下のいない身軽な立場であればの話。小銭を数えて深く沈んでいたアインズを見ていたアッバルも気を揉んでいるのだが、彼女に出来ることは少ない。アッバルが気を揉むのではなく、アインズがアッバルを揉めば彼のストレスなど一発で解消するのだが。

 

「お帰りなさいませ、バァル様、ナーベ様。お手紙が二通、こちらに届いております」

 

 宿の主人が差し出した手紙の文字は、残念ながらこの場にいるアッバルとナーベラル二人とも読めない。とはいえ中に何が書かれているかは二人とも知っている。似たような手紙はもう既に両手両足の指の数よりも来ており、セバスの翻訳によれば「素晴らしい錬金術師であるバァル殿を専属として迎え入れたい。給料はこれたけ出す」と言っているのだ。

 

 突き返せば角が立つので、アッバルは手紙を受け取るだけ受け取り、セバス翻訳に回している。勧誘以外の手紙の可能性もあるからだ、今のところ勧誘以外の手紙など一通もないが。

 ――しかし。今朝、そのセバスと行動を共にするソリュシャンから、セバスの裏切りの可能性があると言う報告が上がった。もし本当にセバスが裏切っていてアッバルに何かがあってはいけないからと、アインズ一人転移してしまったため、アッバルはナーベラルとエ・ランテルでお留守番なのだ。

 

「ナーベラル、セバスってどんな人?」

 

 アインズが身を切るような思いをしながら借りている無駄に豪華な一室に戻ると、アッバルはナーベラルにそう訊ねた。

 アッバルが分かるのはナーベラルやユリ等のメイド数名にアッバルの母親になりたいらしいアルベド、子作りさせられたデミウルゴスとその配下数名、時々お世話になるアウラにマーレ、アッバル専属按摩師パンドラくらいだ。偽乳さんことシャルティアのような例外もいるが、他のNPCとはあまり言葉を交わしたことがないため名前はおろか性格も顔も把握できていない。

 セバスについては、顔と名前は分かるという程度だ。

 

「そうですね……先ずはセバスの略歴からお話ししましょう。セバスことセバス・チャンは至高の四十一人のお一人であるたっち・みー様が創造された、私やユリ・アルファ等のメイドを監督する執事です」

「ほうほう」

「たっち・みー様が弱者救済、正義執行を理念として掲げられていたことから、創造物たるセバスも同様の傾向が見られます」

「ほえー」

 

 たっち・みーのことをモモンガから聞いたことがあるが、「異形種狩りが横行していた時期に出会った恩人」という程度のことしか知らない。そんな理念を掲げる男だったということも今初めて知った。

 

 アッバルはユグドラシルを始めた時、種族選択などの確認もあってwikiやプレイブログを読んでいる。それにはこのアインズ・ウール・ゴウンの悪評や悪口、ギルメンを名指しして非難するコメントはもちろん、客観的に見たギルメンの性格などもあった……のだが、彼女はそのどれもほとんど覚えていない。

 というのも、サービス開始から既に十年ほど過ぎていたためユグドラシルに関する情報量が膨大であったこと、巨大ギルドのギルメンとまさか自分が出会うことになるなど考えてもみなかったためプレイヤー情報に興味がなかったこと、とりあえず蛇に関する種族さえ分かれば良いというスタンスでほとんどの記事を読み流していたこと――そして、アッバルの記憶スペースが洗面台のごとく、一定量を超えると上部の排水溝から流れ去っていく方式だったことが理由だ。

 必要ならばその時その時にwikiれば良いじゃない、という現代っ子思考であったのも原因の一つかもしれない。

 

 とはいえアッバルは人の話はちゃんと聞ける女の子である。女の子というには少し年齢があれだが、勉学に関する知識量がそこらの中学生に負けるので、女性ではなく女の子ということにしよう。テストの点は悪くても、アッバルは人の話に相槌を打ちウンウンと頷くことに定評のある女の子なのだ。

 セバスの性格の話から話は広がり、ナーベラルが語ったのはアインズ・ウール・ゴウンの輝かしい栄光、ギルメン四十一人が全員揃っていた頃のきらめき。

 

 NPCから見たプレイヤーは、まさしく神そのものだった。地底を這いずる価値しかない低級モンスターから最上級モンスターへと自らを高め、世界の敵(ワールドエネミー)を屠り、四十倍近い人数の侵入者共を追い返した。英雄譚に語られるべき英雄、最新の神話の当事者、NPCらの創造主。

 

 アッバルは納得した。ナザリックNPCらは自らを選ばれた民だと思っているのだ、と。

 アッバルが通った中学、高校、大学――そのどれにでも選民思想を持った者達はいた。彼らの主張を簡単に言えば「アーコロジーに暮らす我々は偉い」だ。ご先祖様のやった地球破壊で多くの人々が地獄に叩き落されたことなど彼らには関係なく、豊かさを鼻にかけ、貧しい身分に生まれた者達を嘲笑う。だが、彼らの選民思想に根拠はない。ただ親が、祖父母が豊かだったから、彼らも豊かだっただけだ。

 逆転、NPCらはどうか? 英雄に、神に望まれて生まれた。そのようにあれと作られた。生を受けた時から完璧で、完成していた。まさしくNPCらは選ばれた民だ。

 

 そして選ばれた民だからこそ、彼らがアインズを裏切ることはない。自らの足元を崩したがる馬鹿でもない限り。

 

 窓の外は橙色に染まり、日没まであと僅かといったところか。

 

「ナーベラル、そろそろ夕飯食べに行かない?」

 

 宿の食堂はそろそろ夕食を提供していることだろう。




蛇「なんだ、狂信者の群れかよ。知ってた!」

繋ぎのためもあり短くなりました。すみません。

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