オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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四話

 アダマンタイト級冒険者という金満男の娘が使う金をケチっていては格好がつかない、とアインズが言っていた。よってアッバルはそれだけの価値があるものならば迷わず買うし、高過ぎる金額設定の食事に文句を言うこともない。特に後者に関しては、無用な出費だと彼女が思っていてもだ。

 アッバルの泊まる宿の食堂――食堂と呼ぶと庶民的なそれに思えるが、実際はこの国で五つ星のレストランと変わらないそこ――では、カップルで来れば一晩で金貨に羽が生える。他者に翼を授ける能力はまさに赤い牡牛も真っ青だ。

 しかしそんな強気な価格設定でも客は途切れないし、宿の者は価格に見合うサービスを提供していると自負している。

 

 話は変わるが、美味しいと有名な店の料理と家で奥さんが作った料理を食べ比べたら、コストパフォーマンスも味も奥さんの方が高得点……なんてことはままありうる。とはいえ、外食と家庭料理を比べることは間違っているのだが。

 

 アッバルが人間だったとき中学や高校を狙っていた、貧困層出身のはずなのに何故か武器をかなりの数揃えていたテロリストたちの主張によれば、格安レストランでも「値段が高すぎる」らしい。原価は150円もないくせになんで500円も取るんだ等と主張し、値下げしろと騒いでいた。

 少し考えれば分かることだが、その150円に人件費を含む諸費用は含まれていない。店を動かすには人がいる、店舗はいつか老朽化するし設備は定期的に買い換えが必要、そして紙布巾などの消耗品ほど高い買い物はない。500円には500円の理由がちゃんとある。

 

 それを加味してもこの宿の料理は無駄に高いが。

 

 夕食を終えて部屋に戻ってきたアッバルを、セバス吊し上げ会ならぬセバスの愛人採用集団圧迫面接をしてきたアインズが出迎えた。一次のES及び常識試験や二次の面接を飛ばした内々定用の役員面接にツアレニーニャは半死半生だったが、そんなことはアインズにもアッバルにも関係ない。その程度のことはセバスが慰めれば万事解決なのだ。

 セバスに銭入れを押し付けてきたアインズにアッバルが手渡すのは今日の売り上げの六割――二本分で金貨二十四枚。研究のためならいくらでも出すぜ、と餓えた犬のように涎を垂らす研究者達が多いお陰で、一本金貨二十枚という値段でも次々売れる。全く素晴らしい金蔓共である。

 

「いつも有難うございます、アッバルさん。これがなかったらもっと酷いことになってましたよ」

「ですよね」

 

 大商人の我儘娘というソリュシャンの設定のせいで無駄に消えた金は、果たして一体金貨何枚になるのだろう。果たしてどこまでが本当に必要な出費だったのか……きっと考えない方が良い。

 

「そういえばお爺ちゃん、知ってます?」

「まだお爺ちゃんじゃないですから。で、何をですか?」

 

 先日からアッバルは何度かアインズを「お爺ちゃん」と呼んでいる。そのくせ我が子(ケツァルコアトル)のことはすっかり頭から抜けている――彼女は幸せな脳みその持ち主である。お祖父ちゃんも孫のことを思いだしてあげて、まだあれから二日も過ぎていないのよ。

 

「じゃあパパ。お金って寂しがり屋だから、たくさんあるところには集まるけど元々少ないところからはどんどん飛んでいくそうですよ」

「ああ……どこかでそんな話を聞いた覚えがありますね」

 

 強力な磁石に吸い寄せられる砂鉄の量は多いが、ただの鉄に寄ってくる砂鉄はない。また、魅力的なハーレム主人公には多彩な女性が群がるのに、根暗なモブには親しい女幼馴染みさえいない。持てる者はより手に入れ、持たざる者にはいつまで経っても何もない……残念ながらこれが現実である。

 

 ――そんな悲しい会話をした翌日の早朝、アインズはレエブン侯なる貴族から依頼を受けた。アッバルは治癒薬(ヒーリングポーション)を錬成できる錬金術師、傷ついた仲間を癒す必要があるかもしれないからと同行することになり、アインズの固くて広い膝の上に座り王都へ向かう。

 

 空飛ぶ絨毯ならぬ空飛ぶ透明板に乗り丸一日近くかけてやっとこ着いた王都だが、眼下には柱のような黒い炎が踊り狂っていた。巨大な炎というものはそこに存在するだけで風をまとうもので、ゴオゴオと唸る強い風を下から上へと吹き上がらせている。

 黒炎からは煤が多いという予想に反し、魔法の炎ゆえだろう、上空にいるアッバルらに届くのは頬を焼かんばかりの熱風と瞬く火の粉のみである。だがその炎は一分と保たず消える――これだけの勢いがある炎だ、燃料(・・)はすぐに尽きたに違いない。

 

 ナーベラルが現場へアインズを送ったのち、彼女に抱き上げられてアッバルも現場へ。仮面を付けただけのデミウルゴスが去っていく背中を見送り地面に降り立つ。

 

 三人はイビルアイと自己紹介し合い、復活魔法の説明からこれまでの経緯……イビルアイらが蟲のメイドを追い詰めた話になった。アッバルの記憶に蟲のメイドなどいなかったため理解がワンテンポ遅れたが、アインズらの反応から見てその蟲メイドはナザリックのNPCのようだ。

 口を挟むわけにもゆかず、しかし何が出来るわけでもない。そしてすぐ近くから香る空腹を刺激する匂い。アッバルは彼女最大の現実逃避――おやつに逃げる。

 

「バァル、何をしているんだ」

「お腹空いた『主食がすぐ横にあるのに食べられないので』」

「そうか。なら今の間に食べちゃいなさい『ああ……』」

 

 〈伝言〉しながらラスクの先端でイビルアイの仲間を差せば、納得したと頷くアインズ。

 英雄の身内効果なのか、アッバルが食べている姿を見せるとその店の売り上げが伸びるらしい。屋台の者達は毎日のように店の商品をくれる。昨日は鈴カステラ、今日はラスク。明後日はまだエ・ランテルに帰れそうにない。

 

 アインズとナーベラルがちょっとタンマ、と作戦会議のためその場を離れた時もそこに留まりバリバリムシャムシャと食べていれば、何やらイビルアイがアッバルを見つめていた。口の中の物を噛み砕きながらそちらに顔を向ける。

 

「バァルと言ったな。貴方はモモンさんの……えーっと」

「ん? パパの?」

 

 アッバルの言葉は、「モモンとバァルはどんな関係なんだ?」と直載的に言えず口ごもったイビルアイの繊細な乙女心を傷付けた。清らかな乙女というものは一般的に、清らかな身の上(バツなし、コブなしという意味)であることを相手に求めるものだからだ。

 一般的な感性の持ち主であるイビルアイとてそれに外れず、彼女の夢の中では、お姫様(イビルアイ)を颯爽と迎えに来る王子様が子持ちだなんてことは想定外であった。

 

「パパか……そうか」

 

 だが同時に、イビルアイにとってその程度の障壁は存在しないも同然であった。彼女の運命の王子様が未婚で子供もおらず結婚適正年齢バッチリである確率など元から低い。ちょっと想定外だっただけで。

 ――そう、イビルアイとモモンは出会うのが少しばかり遅かっただけ。こうして出会えたのだからそれで充分ではないか。モモンが既にオーバー30(推定)かつ子持ちであることなど、二人の愛の前には関係ない。どんなに分厚く高い壁も愛の力で打ち砕いてみせる。愛の力は凄いのだ。

 

 優しく聞こえるよう、イビルアイは余所行きの声でアッバルに話しかける。

 

「バァルちゃん、新しいママが欲しくはない?」

 

 早速モモンの娘(バァル)の篭絡にかかったイビルアイを止める者は、今のところいない……かと思われた。

 

「え、いいです」

「えっ」

 

 悩むこともしない即座の断り文句。なんと、第一にして最大の障壁はアッバル本人。

 アッバルはドラマやアニメのストーリーなんて二日を待たず記憶から抜けていく脳みその持ち主だが、鉄板設定や鉄板の台詞くらいは覚えている。「新しいママが欲しくない?」等と尋ねる女はだいたい後妻の座を狙っているものだ。そして後妻というものはだいたい先妻の子供をいじめる設定である。その方がストーリーが盛り上がるのだ。

 アッバルはマゾではないゆえ、好き好んでいじめっ子(予定)を家庭に迎え入れる性癖はしていない。

 

 まさかこうも瞬時に斬り捨てられるとは思ってもいなかったイビルアイは言葉に詰まる。そして信じたくなかった予想を独りごちる。

 

「ではやはり、ナーベが『新しいママ』なのか……? だから要らないということなのか?」

 

 彼女はちらりとモモンの横に並ぶ美貌の女――ナーベを見やる。推定三十以上のモモンと、いっても二十代半ばだろうナーベ。堂々とした立ち居振る舞いからしてモモンは貴種であろう、そして彼に迷いなく従うナーベは従者で間違いない。主人と従者が恋仲にならないと誰が保証できるだろうか? あの距離の近さを見ろ、ただの主従と言うには近すぎる。そしてあの胸も見ろ、男は大きい方が好きなんだろう?

 よって、イビルアイは彼女にとってとても辛い結論を導き出した。先ず、モモンは何らかの訳あって冒険者に身をやつした領主か国主だ。そうでなければおかしい。次にバァルはモモンと彼の先妻の娘。最後に、ナーベは従者から後妻に収まった女だろう、と。

 あの女(ナーベ)をいかに蹴落とすか。それが問題だ。女としてのスペックはこちらが劣っているのだから。

 

 ぶつぶつと独り言に忙しいイビルアイの横でアッバルはラスクを齧る。彼女にとって鈴カステラもラスクも空腹を宥めるには程遠く、ただ「何かを食べている」という感覚を満たすだけの効果しかない。

 

 アッバルは今、口中に唾液を溢れさせていた。なにせすぐ近くには脂肪分は少なそうだが肉の総量は多い女戦士と、細身で肉の少ない盗賊職だろう女の死体がある――もちろんそればかりではない。表面上は何もないように見えて、王都には死とその残り香が溢れていた。享楽のための死、貧困のための死、政争のための死……パン屋の扉を潜れば様々なパンの匂いに肺が満たされるように、王都に飛び込んでからずっと、アッバルの鼻孔を(ごはん)の匂いが擽っている。

 目を覚まし、夜間ずっと寂しんぼうしていた胃の訴えに従い向かう朝食のブッフェ。会場となるレストランには一口サイズのオムレツや焼き立てのパン、銀色の深い器にボイルされたウィンナーなどが並び、奥の奥にはチョコレートタワーや小さなケーキが見える。アッバルにとり王都はまさしくブッフェ会場、様々な味覚が彼女の舌の上で踊る時を待っている。

 

 今ここを離れて踊り食いに行くか? いや、それはいけない。仮面のデミウルゴスやナザリックのNPC蟲メイドによってこれほど大々的になされた襲撃はつまり、何らかの作戦が行われていると考えるのが順当だ。それがどんな作戦なのかは分からないが、見るからに腹の中が真っ黒なデミウルゴスのすることゆえ、ある程度予想はつく。アッバルの踊り食い祭りより酷い惨状が王都に広がるのだろう。

 邪魔をするつもりはなくとも、結果的に邪魔になった場合、どのような目に遭わされるかなど考えたくもない。

 

『ねえねえパパパパー、さっきのあれってなんの作戦だったんですか?』

『それが、パパも知らないんですよ』

『まじですか』

 

 アインズに〈伝言〉を飛ばせば、今ナーベラルがデミウルゴスに聞いているところだとのこと。

 

『お互いに連絡しあっていないと連携が上手く行きませんからね。まあ、デミウルゴスがナザリックのためにならないことをするはずがないので、そこらへんは心配していないんですよ』

 

 守らなければならない上司としての威厳や頼れるパパの地位。これらが合わさった結果、アインズは開き直った。デミウルゴスが何を目的としてこんなことをしているのかは知らなかったけれど、それはデミウルゴスを信じて任せていたからなのだ。もし何か悪い結果が出たとしても、部下の責任は上司がとる。それで何も問題ないだろう? と。

 ――格好良いことを言っていても、事前に報告を受けていなかったことや現時点でデミウルゴスの手綱を握れていないことに違いはない。しかし賢明なアッバルはそのことに言及せず、どのような計画が進行しているのかは後で情報を共有することにして〈伝言〉を終えた。

 

 手元を見ればもうラスクはなく、アッバルはラスクの入っていた紙袋を折り畳んだ。これから何に巻き込まれるのか、巻き込まれた結果どんな目に遭わされるのか。彼女としてはなるべく安全な場所で安穏としていたいのだが、それは無理というものだろう。

 

「お待たせしました、イビルアイさん」

「あ、いいえ! 全然待っていな、いません! 大丈夫ですモモン様!」

 

 仮面のせいでイビルアイの表情は見えないが、星やハートマークを飛ばしそうな声だ。

 なるほど、漫画でよくある「きゅるーん☆」とはこういうことだったのか。確かにきゅるーん☆ミでキュンキュン☆である。三次元でこれほどこの効果音が似合う女をアッバルは初めて見た。ちなみにリアルで彼女の身近にいたのはほとんどが肉食系である。恋に恋するような乙女なんていなかったのだ。

 

 ――アインズに抱き上げられ腕に座ったアッバルを、イビルアイが心底羨ましそうに拳を握り見上げていた。




忘れられた孫、彼(彼女?)はどうなったのだろう?


 アッバルもデミウルゴスも、親として子供を育てる時間的余裕や精神的余裕はない。特にデミウルゴスなど各地を飛び回っており、子育てなどする暇はないだろう。
 というわけで、アインズはイースター・エッグから生まれたケツァルコアトルをアウラに預けることにした。第六階層には森もあれば畑もある、なおかつアウラはテイマーの職持ちだ。躾を任せるにはもってこいだろう。

「アウラ、お前を見込んでこの子の躾を頼みたい」
「えっ、この子? わあ……ケツァルコアトルですか!? 分かりました。アインズ様のお役に立てる子に育てますね!」

 世の中には乳母に子育てを任せる身分の者もいると本に書いてあったし、アインズは現在ナザリックの主人だ。自ら子育てをする身分ではなかろう――はっきり言って子育てなんて孤児院時代だけで十分だ。やれミルクが熱いだとかおむつを替えろだとか、院の職員達に命じられてやらされたアレコレは彼にとって楽しい思い出ではない。時々面倒を見て時々可愛がる……金持ちや上流階級っぽいだろう。

「ああ、頼んだぞ」
「誠心誠意、アインズ様のご期待に応えるため頑張ります!」

 ケツァルコアトルの悲劇はこの時点から始まっていたのだろうか、それとも生まれた時からだろうか。アインズは言い忘れていたのだ――その蛇がアッバルとデミウルゴスの子供だということを。




翼蛇「わあい、ペットデビューだね!」

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