艦隊これくしょん Mercenary Fleet 作:Colonel.大佐
執務室には、乱暴に段ボール箱が並べられており、荷解きもされないまま積み上げられていた。机と椅子は置いてあるが、その上には何も置かれていない。
内装も無く、ただ単に荷物を積み上げただけの殺風景な部屋。本当に着任してすぐだったという事を改めて実感した叢雲だったが、提督は手始めに近場の段ボール箱のガムテープを剥がし、開封する。
「ま、とりあえず手始めに引越し作業手伝ってくれ」
「……」
そんな事だろうと思った、と叢雲は諦める事にした。
提督の持ち込んだ荷物はかなりの量だった。その大半は事務書類だ。
早速、アルミ製の棚を組み立て提督と一緒に書類をファイルケースごと並べていく。一通り棚へ書類を並べると、今度は提督用の机に一通り物を並べていった。それが終わって一息つくと、叢雲はふと部屋の中に置かれたロッカーに目を向けた。
「大きいロッカーね、何を入れるの?」
「そりゃ銃に決まってるだろう」
提督はそう言うと、積み上げられた荷物の中から黒く、長い袋を見つけるとジッパーを下げて中身を取り出した。
それは軍用の突撃銃だった。軍が制式にしている武器ではなく、アメリカ製のM4カービンや、M16A2突撃銃、更にはレミントン製のポンプアクション式散弾銃まで入っている。
「そんなもの何に使うのかしら……大体、その腰に付けてる拳銃も……」
「護身用に決まってる」
提督はあっさりと言い放った。
「俺は元々陸軍で働いていてね。俺には海軍の連中がみんな銃も持たずに戦争している事が非常識に思えるが」
「銃じゃ深海棲艦は倒せないわよ」
呆れたように叢雲は言うが、提督は「当たり前だろ」と返した。
「基地の警備用に使う。基地の資源目当てに入るコソ泥だっているだろう。物騒なご時勢だ、お前も平時に1挺くらい持っておけ」
「ええー……」
叢雲は再び引いてしまった。やはりこの提督はヤバいかもしれない、という予感がどんどん的中を始め、叢雲の心に警鐘を鳴らし始めていた。
日も落ち、時計の針が夜へ入り始める頃、司令室の片付けから兵舎の清掃、設備点検などの作業を終わらせた叢雲と提督は食堂で雑談をしながら晩飯にありついた。
兵舎の食堂はがらんどうだった。元々規模こそ小さいが、艦娘と提督の2人だけとなると、さらに広く感じられた。
まさか赴任初日でレーションだけの晩飯になろうとは誰が予想できようか、と思いながら叢雲は食後のレーション容器を片付けた。
「ところで叢雲、お前は酒を飲むか?」
提督は不意に席を立つと、そのまま食堂の厨房へと向かっていく。
「は?まだ未成年だし飲みはしないけど……」
「そうか」
提督は厨房へ入ると、すぐに戻ってきて席へ付いた。
片手に握った瓶を見て、叢雲はすぐにその言葉の意味を察した。
「赴任祝い」
提督はそう言うと、栓抜きも使わずビール瓶の王冠を素手で開けた。
乾杯の音頭も取らず、そのままぐいっとビールを煽った提督は、美味そうにごくごくと一口、二口と飲んでいった。
もう驚くだけ無駄だと思った叢雲は、呆れつつも紙コップに満たした水道水をくいっと煽った。
「はぁ……上手くやってけるかしらこの部隊」
叢雲は思ったままの言葉を口にする。提督は怒りもせず、逆に笑って見せた。
「随分とストレートに言う艦娘だな。ま、これが俺のやり方って所だ」
冗談じゃない、と叢雲は思ったが、まだ赴任して1日目、目の前に座る提督という男の実力までは計り知れない所がある以上、叢雲は反応に困ってしまう。
「それにしても、今日は最悪だったな。2人でやれる範囲で頑張ったが、まだまだ基地とは言えないな」
「それもそうね……」
2人は周囲を見回していた。
食堂の蛍光灯は、今2人が座っている箇所を除いて電気が消えている。兵舎も叢雲の部屋や、提督の執務室にブリーフィングルームを除いてまだ手付かずのままであり、必要最低限の清掃と整備をして、何とか使える状態にしたに過ぎない。
「遺棄されたも同然の基地だったからな……ま、明日には人出も足りるだろう」
「それで、実戦はいつからになるの」
叢雲は気になっていた話を切り出した。
彼女は艦娘である。それは、彼女自身が深海棲艦と戦うための戦力として配置された事に他ならない。となれば、実戦に借り出されるのも時間の問題だ。艦娘として訓練を積み、戦いの基礎を習い、偽装の使い方をマスターした叢雲にとって、それは一番気になる話だった。
「暫く先だ」
その返事に、叢雲はがっかりしたような、ほっとしたような気持ちになる。
「ふーん……燃料や弾薬の蓄えは?」
「出撃一回分ぐらいだ。ま、すっからかんというヤツだ」
提督はぐいっとビールを煽ってから言い放った。叢雲は呆れた顔を浮かべた。
「ここは鎮守府でしょ?油も弾も無いのにどうやって深海棲艦と戦うつもりなの?」
「これには深い事情があってだな……」
提督はテーブルにビール瓶を置くと、BDUの胸ポケットから手帳を取り出した。
ページを捲り、確認をしながら提督は話を再開した。
「当初の基地の備蓄量は1000ほどある予定だったし、司令部もそれを補充する予定だったが……叢雲と俺の2人でこの基地を回すには心もとないと思ってな。司令部の連中で話の通じそうなヤツに頼んで、資源の備蓄を回して艦娘を補充する方向で決まった。早ければ明日にも到着する予定だ」
「いきなり建造だなんて、大判振る舞いね」。
叢雲が聞いた話では、新米の提督の殆どがまず着任した艦娘と任務をこなすというのがセオリーとの事だった。簡単な任務に出撃し、流れをつかんでから本格的な艦隊の増強に乗れ出すのが一般的だそうだ。着任していきなり、艦娘を建造し資源と資材をカラにするというのは見た事がない。
だが、提督は叢雲の言葉に首を振った。
「いや、建造してないな」
「どういう事?」
「買収だ」
提督はニッ、と悪そうに笑って見せた。
「大体の基地は資源不足だ、例え100だろうが200だろうが資源はあった方がいい。素行の悪そうな艦隊の提督に話を持ち掛けたらアッサリと交渉に乗ったよ。資源と引き換えに、ここの艦隊に艦娘を引き抜く事にOKサインを出した。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ、こんな効率的な方法があるってのに」
「あんた……本当に黒いわね……」
若干引き気味の叢雲だったが、提督はさも満足げな様子だった。
手帳のページを捲りながら、提督は話を続ける。
「まあ、その分、問題児ばかりが集まった艦隊ではあるな。素行不良だったり命令違反を起こしたり、あるいは艦隊で孤立している一匹狼とか、つまりは要らない奴らの寄せ集めだ」
「大丈夫なの、この艦隊は」
叢雲は心配そうな口ぶりだが、提督はさほど気にしてないのか、それとも楽観的なのか、改めてビール瓶を手にとってぐいっと煽って答えた。
「大丈夫さ。かえってこう言う連中の方がやりやすい仕事が多いからな」
どこか引っ掛かりのある言葉に、叢雲は思い切って本音をぶつけてみる事にした。
「さっきから話を聞いていて思うのだけど、ここは一体どういう部隊なの?」
「……傭兵の艦隊、だな」
提督はそう言うと、空になったビール瓶を机の上に置いた。
「俺は雇われ司令官で単なる戦争屋、配置は小さな基地、艦娘は殆どいないし、建造設備も殆どない、司令部から言われた資源の補充は他の鎮守府の半分以下だ。つまり、この部隊は事実上の支援艦隊、もしくは消耗品の使い捨て部隊だ。それと同時に、軍が作った実験部隊でもある。金と資源を報酬に全てを動かし、今までの艦隊が出来なかった仕事を押し付ける為のな」
「……じゃあ、何で私はここに」
話を聞いて唖然とする叢雲だったが、提督は半ば同情するような視線で叢雲を見た。
「大方、司令部が送り込んだ監視役だろうよ。そのうち辞令が来るかもな、俺には内緒で」
「……」
押し黙る叢雲だったが、提督は「心配するな」と話を続けた。
「ま、どうせ終わらない戦争なんざない。この戦争が俺たち人類側の勝利になった所で、艦娘や俺がもらえる恩給なんて微々たるもんだ。それまでの間に稼ぐだけ稼げるチャンスがある艦隊、それが俺たちだ。もちろん仕事は他の艦隊よりも激務だが、俺が指揮をする以上、艦娘の命を無駄に散らすような作戦は通さない。それに俺たちは事実上の独立戦闘団みたいなもんだ、普通の艦隊で働くよりかは、幾分か面白いと思うぞ」
「……あんた、本当に戦争屋なのね……イカれてるわ」
叢雲は、腹の底から呆れるように呟いた。
「イカれで結構。勲章と名声が欲しいなら他所へ行け、命令書は俺が工面してやる」
提督は椅子から立ち上がると、空になったビール瓶を手に食堂の出口へと向かった。
「とにかく、今日の仕事は終わりだ。部屋に戻って休め。明日から本格始動だ」
提督は振り返らず、叢雲に言葉を投げかけ、食堂脇のゴミ箱にビール瓶を放り投げると、立ち去っていった。
1人残された叢雲は、提督の言葉を反芻しながら、後へ続くように食堂を出て行った。