艦隊これくしょん Mercenary Fleet 作:Colonel.大佐
一通りの説明が終わり、艦娘たちは一度解散し、兵舎で自室を選び、荷物を置いてから再度基地の施設整備の為に集合する事になった。
先ほど、一通り基地施設の案内はしたものの、叢雲は迷子が出ないか心配なため、全員を連れて兵舎まで来ていた。
小さな団地ほどの大きさがある兵舎には、埃まみれの空き部屋が幾つもあるが、昨日、叢雲と提督が掃除したのはたった6部屋であり、場所は固まっている為に艦娘たちは好きな部屋を取るという事が出来なかった。それでも、自分が住む場所が用意されていることに、新任の艦娘たちは幾分か安堵していた。
ひとまず部屋に荷物を置く艦娘たちだったが、そのうちの1人は、部屋を開けて感嘆の声を漏らしていた。
「いやー、規模が小さいとは言えここの鎮守府は寮だけは豪華だねえ。個室もあるし相部屋でもないし」
隼鷹は笑いながら、がらんどうでベッドと机だけがある自室を見回して言う。
ちょうど、隣の自室から作業着へと着替えて出てきた叢雲は、隼鷹の言葉に割って入る。
「そうかしら?確かに個室だけれど、そんなに豪華ってワケでは……」
「前の鎮守府は刑務所みたいな所だったよ、どう考えも基地のキャパシティをオーバーしてさ。一部屋8人の所もあったし、ま、それに比べりゃどうって事ないさ」
隼鷹はひひっ、と笑ってみせると、私物や着替えの入ったダッフルバッグを部屋に放り投げた。
傍から見ていた見ていた叢雲は、気になる事があるのか、不意に隼鷹へ声をかけた。
「そういえば、あなたはどうしてここに来たの?」
思い切った質問。それを聞いた隼鷹は、少しだけ躊躇をしてから質問に答えた。
「前の提督に嫌われたのさ、ホラ、あたし軽空母だし装甲も薄いから。やっぱり艦隊に必要なのは高速で搭載機数も多い正規空母なんだってさ」
隼鷹は皮肉気に笑う。
「それに、あたしみたいな酒飲みは要らないんだってさ。餞別代わりに廃棄予定の古い艦載機はくれたけど」
「あなたも苦労しているのね」
まあね、と隼鷹は首を縦に振った。
「ま、今日はちょっと面食らったけど、少なくともここの提督は気に入ったよ。それに、前以上の地獄は見なくて済むかもしれないし。あたしみたいなタイプにはピッタリの艦隊だね」
地獄。そう聞いて、叢雲は何のことかと聞こうとしたが、本能的に堪えた。
隼鷹は一線部隊で戦っていた艦娘だ。詳しく聞いたらどんな話が帰ってくるかも分からないのだ。
「それでさ……この後動きやすい服で集合ってあるけど、あたしら何すんの?てか、何その作業着?」
隼鷹はようやく、叢雲の格好について突っ込みを入れた。
叢雲が着ているのは何の変哲もない、工場で着るような灰色の作業着だった。提督が用意していた備品の一つで、すでに手元も指貫のグローブから軍手に替えている。長い綺麗な銀髪も、ヘアゴムで結って小さく纏めている。
「それは……作業の為でしょ」
「もしかして、そういう作業なの?」
当たり前でしょ、と叢雲は返した。
「まだまだ基地設備の整備が回らないのよ……今日中にボイラーを整備しないとお風呂にも入れないから、覚悟しといた方がいいわよ」
げえっ、と隼鷹はようやく顔を歪めた。
艦娘たちの整備任務はすぐに始まった。
まず叢雲がボイラー点検、次いで最上と弥生が兵舎の清掃、隼鷹と霧島が入渠施設と入浴設備の整備・清掃、不知火が備品倉庫の整理、と各々に振られた仕事をこなしていった。
レーションだけの簡素な昼食と一時間の休憩を経て、時計の針が夕方5時を回る頃、ようやくすべての仕事が終了した。
ようやく基地施設は6人の艦娘が使うには申し分ない程度に機能を果たしていた。ボイラー設備の点検で、入浴設備が使用できたのは艦娘たちにとっては最高の朗報だった。
また、不知火が備品倉庫整理で「妖精」を見つけたのも艦娘たちを沸かせていた。
妖精、とは艦娘たちの作戦行動をサポートする未知なる存在だ。二頭身ほどの小さな人で、大抵は少女の格好をしている。艦娘の建造や、装備の開発、擬装の戦闘能力向上などに欠かせない存在で、艦娘とセットで開戦初期から存在しており、その有用さから軍も重要視している。しかし、妖精はどこからやって来て、どう沸いて来るものなのか、軍や研究機関の調査でもわからずじまいなのだ。だが、妖精が見つかった事で、これからの作戦行動が幾分か楽になるのは明白だった。
整備任務が終了し、食堂へ集まった艦娘たちはようやく休息と晩飯にありついた。
霧島の振舞ったカレーも上々であり、すぐに艦娘たちはその美味しいカレーを堪能した。
食事が終わる頃、遅れて提督がやってきた。
「カレーか。俺の分もあるか?」
開口一番、提督は食堂の調理室から漂ってくるカレーの匂いに反応した。
「ありますよ提督、今持ってきますね」
霧島が笑顔で答えてから席を立った。
「両手が真っ黒ね、何をしていたの?」
叢雲は尋ねる。提督の両手は汚れていて、殆ど真っ黒だった。
「ほったらかしになってたトラックがあっただろ。アレを整備してた。何とか動かせるようになったら非番で外出するや物資の搬入に使えるだろう」
なるほど、と叢雲は頷いた。
この基地は陸の孤島のような場所にあった。幹線道路――深海棲艦との戦争でボロボロになって放置されて久しい――から外れた一本道を辿れば正門までは辿り付けるが、周囲は森と山と、それから手付かずの砂浜ぐらいしかない寂れた場所だ。幹線道路に出てしまえば、距離こそあるがまともな市街地に辿り付ける。移動手段が飛行場のOV-10と徒歩しかない昨日までと比べれば格段の進歩だろう。なまじ、軍のジープという陸路からの移動で来た叢雲にはありがたい話だ。
提督は霧島から渡されたカレーを貰うと、そのままがつがつと美味そうに頬張った。
「あー……食いながらですまんが……明日から早速出撃をする。ブリーフィングは明日の13:00、それまでに各自艤装の準備をやっておけ」
いきなりの出撃についての話だったが、艦娘たちは微動だにしなかった。
ただ1人、叢雲だけはその言葉に僅かな動揺を浮かべていた。
叢雲は司令部から“正式”に派遣された艦娘だ。しかし、ここにいる叢雲以外の艦娘はすべて別の艦隊ですでに実戦を終えている経験者であり、叢雲には実戦の経験が無い。艦娘の養成学校で実際に敵である深海棲艦のサンプルを見たが、それはホルマリンに漬けられた死体のみだったし射撃訓練でも撃ち方と当て方を教わっただけで、敵に向けた事も、近づいた事も無かった。
「初出撃なのだが、募集枠は6人だから全員だ。出撃報酬は今回は出ないが、代わりに資源の充填で賄われる。特に危険でもない海域警護任務だ、ボロい仕事さ」
カレーを頬張りながら提督は説明を終える。
全員、と聞いて叢雲はとうとう出撃するという事実を受け止めた。