艦隊これくしょん Mercenary Fleet 作:Colonel.大佐
「艦娘諸君、仕事だ」
ブリーフィングルームでいつもの挨拶を済ませた提督は、ブリーフィングルームの灯りを消すと、プロジェクターのスイッチを押した。
スクリーンに海図が浮かび上がる。提督は指揮棒を取り出すと、スクリーンを指し示しながら説明を始める。
「1時間前、作戦行動中の友軍艦隊がこの海域で消息を経った。最後の通信は救援を要請するものだったそうだ。他の艦隊は大規模作戦行動中につき救援への引き抜きが不可能、つまり俺たちの出番という訳だ」
提督は咳払いをすると、説明を再開する。
「偵察チームの報告では海域に付近に深海棲艦の主力はいないが、僅かに戦力が残っている場合もある。中程度の武装艦による偵察と救出を兼ねた艦隊を派遣する。可能性は薄いが逃げ出して海域のどこかにいる可能性や、近隣の孤島に流れ着き救援を待っている可能性もある。1時間捜索して生存艦が無かった場合は即座に引き返し帰投しろ。ミイラ取りがミイラになるのだけは困る。報酬は鉄50、ボーキサイト50の資源による現物支給だ」
提督は説明を終えると、プロジェクターのスイッチを切り、部屋の灯りを点けた。
「今回の任務は志願制とする、募集枠は3つだ。出たい奴は手を上げろ」
隼鷹と不知火が真っ先に手を上げる。他の艦娘たちは出撃するかどうか考えていて中々手を上げないでいたが、見かねた叢雲が「私が出るわ」と手を上げた。
「決まりだな。艤装を準備後、すぐに出撃してくれ。以上だ、解散」
ブリーフィングは極めて簡潔に、そして素早く終わった。
艦娘たちはまだ慣れていないが、これこそが、傭兵艦隊の戦いの始め方だった。
海と空は澄み渡り、快晴とも言える天候だった。
出撃から1時間、ただ単調に航行を続けている叢雲は、目の前を先行する不知火の事が気になって仕方なかった。
どこか武人めいた毅然とした態度、寡黙で無表情。この特徴だけでも、叢雲の気を引くには十分すぎた。着任してから2週間、数少ない駆逐艦仲間として海域のパトロールや雑務を一緒にこなしてはいるが、まだ2人とも踏み入った話はしていない。
「あなた、この艦隊に来る前はどこにいたの?」
「……いきなり何ですか」
何も感情が篭ってなさそうな、素っ気無い返事が帰ってきた。
叢雲は少しだけ面食らうが、めげずに話を続ける。
「少し気になっただけよ」
「……柱島泊地の、小さな鎮守府で仕事を……」
ぼそり、と呟くように不知火は答えた。
「柱島?あら、てっきり大きな所から来たのかと思ってたわ、もしかして志願して来た?」
「左遷人事のようなものです」
そう呟くと、不知火は再び黙り始めた。
陽炎型と幾度か話をした事のある叢雲は、不知火の素っ気無さに驚かされながらも、これからどう接するべきかと思い始めていた。
そんな矢先、後ろを航行していた隼鷹の偵察機が帰還する。
「何か見つかったみたいだよ、南西の方向、1キロ先だね」
隼鷹の言葉に、叢雲は気を引き締めた。
数分後、海域に3人は到着していた。
その惨状を前に、叢雲は思わず腹の底から湧き出る吐き気をぐっと堪えた。
海面に浮遊しているのは、艦娘と深海棲艦の残骸だった。重油の帯、艤装の破片、服の欠片、肉の塊、身体の欠片、そういったものが、鮮やかで綺麗な海面に散らばっていた。叢雲はがんばって吐き気を飲み込むと、改めて海面を見回した。
「救援、どころじゃないわよね……」
「んー。まあ、いなさそうだよね、この状態じゃ」
隼鷹はあっけらかんとした顔で、凄惨な戦場の跡地を見回していた。
普段の隼鷹を見慣れている叢雲は、隼鷹のいつものと変わらない様子に心底驚いていた。それと同時に、平然としているその姿に、却って恐ろしさのような物も感じていた。
「あなた……よく平気でいられるわね」
「まあ、そうじゃなきゃやってられないでしょ。前の部隊だったら、これより酷い光景も多かったし」
隼鷹は屈むと、海面に浮く布切れを手に取った。白地のそれには、血がべっとりと滲んでいた。
「ひどいなあ。駆逐艦や軽巡洋艦、その他もろもろが磨り潰されて壊滅かあ……」
遠い目で周囲の海域を見回す。深海棲艦の気配はないが、ここに残されているのは夥しい量の死の気配だった。
「提督に何て報告する?」
隼鷹は叢雲に問う。呆気に取られながら周囲を見ていた叢雲は、不意に我へ戻った。
「あっ?んん……生存艦なし・艦隊全滅、と言うしかないわね」
「そうなるよねえ……この艦隊の提督、もう大手振って出歩けないだろうなあ」
隼鷹はそう呟くと、手に持った血の滲む布切れをそっと海へ戻した。
「とにかく、もう戻ろうよ。これ以上の探索は危険だし」
「そうね……」
叢雲は辺りを見回しながら、ふと海に浮かぶ大きな影を見た。
沈没した艦娘の浮遊物――駆逐艦の艤装にしがみ付いたそれは、人だった。叢雲は屈んで、しがみつくそれをまじまじと見た。
それは少女の身体だった。破片か何かで付けられた切り傷が肌に生々しく刻まれ、海水と血がべったりと張り付いた服には、焼け焦げた跡が見えた。長い茶色の髪は、恐らくツインテールにして結っていたようだが、片側は髪留めが外れ、そのまま長い髪が海水に沈んでいた。
「お、運がいいねえ。五体満足だ、サメや深海棲艦に食われてないだけマシだね」
いつの間にかやってきた隼鷹が叢雲の後ろに立っていた。
「さぞ怖かったでしょうね」
少女の顔を確認しようと、叢雲は少女の肌に触れた。
「……?」
少しの違和感を感じた叢雲は、試しに少女の腕を握ってみた。
「まだ息がある」
「えっ、本当?」
隼鷹は急いで屈むと、そのまま少女の体を掴んでざっと引き上げた。力も入っておらず、頭はうな垂れてはいたが、まだ身体から熱を失っていない少女は、引き上げられた瞬間に小さな、掠れるほどか細いうめき声を微かに漏らしていた。