娯楽妖怪の幻想一人旅   作:こいし

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黒い妖怪

 まるで、空気の様な存在がいた。

 

 煌々と輝く太陽が照り付ける正午の時間帯。何の舗装も整備もされていない荒れ果てた獣道を歩く、黒い和装の男がいた。背丈は高いというよりは長いという印象が強く、衣装である和服は普通とは違って少し変わった着こなしで、その表情は何も面白い物など存在していないのに、笑っていた。

 彼は人間では無く、妖怪である。何千、何万という年月を生き、様々な事を笑い飛ばす様に生きてきた妖怪。

 

 じゃりじゃりと枯れ葉を踏んで歩く男は、娯楽の妖怪。獣道であるというのに、彼の歩く様は空気の様に自然体であり、まるで周囲の枯れ葉や木々、太陽の光でさえもが彼の歩く様を飾っているようでもあった。

 纏う雰囲気は軽快で、何処か温かみを持った物。初対面でもとっつきやすい様なそんな雰囲気だった。

 

 そんな妖怪はふと立ち止まった。見上げる先は、長い長い石段。その頂上には神社があるのが分かった。

 

 口端を一層吊り上げて、石段を登る。一段一段を踏み締める様にして、それこそ一段毎に少しづつ進む景色すらも楽しんでいるかの様にして石段を登り続けた。

 ひらひらと揺れる着物の裾と袴が落ちている枯れ葉をふわりと動かす。獣道と同じ様に所々罅割れ、欠けている石段は少し叩けば壊れてしまいそうなほど脆かった。

 

 しばらく階段を上り続け、頂上に付くとそこには石段同様古惚けた神社があった。鳥居には苔が生え、塗装は剥がれ落ち、罅も入っているし、神社の方も埃塗れて人気は無く、幽霊でも出そうなほど薄暗かった。

 

 だが、妖怪はその鳥居の下で立ち止まり、また満足気に笑った。黒い着物に黒い髪を風が通り抜け、青い瞳が笑う。そしてすいっとその手を前に突き出して、何かに触れた。

 

「幻想郷か……少しはマシな世界だと良いんだけど……」

 

 妖怪はそう言って、足を前に一歩進めた。すると、前に突き出した手の先が消えた。まるで、何かに埋まっていく様に足を進める度その身体が消えていく。

 そして、遂に揺れる黒い着物が消えた後、妖怪を飾っていた木々と太陽の光が役目を終えたとばかりに散って行った。後に残ったのは、閑散とした神社とじめじめした空気だけだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 妖怪の山。ここは地上でもかなり強い部類の妖怪達が住まう領域であり、主に天狗や河童といった種族が住まっている。中でもその天狗を指揮っているのが、トップである天魔。通常の人間が立ち入れば柄の悪い妖怪に会った瞬間喰われてしまうだろう。つまり、勝手に人間が妖怪の山に入る事は余程の事がない限りありはしない。

 

 そして今、その妖怪の山の住人である鴉天狗の一人であり、新聞記者として幻想郷に名が広まっている少女、射命丸文が妖怪の山の上空をその黒い羽で飛行していた。とはいっても、その速度は遅く、特に目的や行先は無いといった様子の、所謂散歩の様だった。

 

「……うーん、何か記事に出来そうな物な面白い事は無い物ですかね……」

 

 そう呟きながら射命丸は山を見下ろす。いつも通りの変わり様の無い風景で、ため息が漏れた。

 

 だが、ふとその風景の中で動く物を見つけた。全体的に黒い風貌だった故に見逃す所であったが、それは妖怪だった。それも、この辺では見覚えのない妖怪。

 射命丸の見た限り、あまり強そうにも見えない妖怪だった。何処か吸い込まれる様な真っ黒な着物と袴に黒い髪が印象的で、話し掛けやすい雰囲気の妖怪だった。

 

「あややややや……危ないですね。あのまま進めば妖怪に絡まれる可能性大、という事で忠告くらいはしておきますか」

 

 射命丸はそう言って、高度を落として黒い妖怪に近づいた。幸いにも、黒い妖怪の方も射命丸に気付いたようで、その場に立ち止まり、射命丸を見上げて降りてくるのを待っていた。

 好都合、と射命丸は思ってその足を地に降ろす。そして黒い妖怪の顔を見ると、何がおかしいのか口を弓にして笑みを浮かべていた。更に、射命丸はその笑みと同時に黒い妖怪の青い瞳に惹き込まれた。

 真っ黒な色の中に混じった宝石の様な青く、蒼い瞳に、どうしようもなく魅かれた。

 

「っと……えーと、何をしているのですかね?」

 

 はっとなって些か早口でそう問いかける射命丸。黒い妖怪はそんな射命丸を足元から頭の上まで見た後、また口端を吊り上げて、こう言った。

 

 

 

「今日の下着は白なんだね」

 

 

 

 その場の空気はピシリと固まったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 場面は変わって博霊神社。その縁側に三人の少女達が呑気にお茶を飲んでいた。巫女服を着て気だるそうにしている少女と金髪の長い髪に紫色のドレスを来た女性と瓢箪を傾けて酒を飲む二本の角を持つ少女、それぞれ名前は博霊霊夢、八雲紫、萃香だ。

 そんな三人は紫を中心に昔の話で談笑していた。紫はお茶を飲んで一息つき、両隣に座る萃香と霊夢に話し始める。

 

「昔、私が幻想郷を創るに当たって相談、というか良く話をした妖怪が居たのよ」

 

「へぇ……」

 

「年齢でいえば多分私よりは年上ね。外見は黒ずくめの和服で、少しおかしな着こなしをしてたわ。いつもへらへら笑って何を考えているのか分からない奴だったわ」

 

「ああ、あいつかぁ~」

 

 紫の話に、萃香が思いだした様に声を上げた。どうやら、萃香も紫の話に出てきた人物とは知り合いの様で、瓢箪を傾けながら楽しげに笑った。

 

 

「萃香も知ってるんだ?」

 

「ああ。初対面の時は滅茶苦茶腹立って喧嘩になったけどね!」

 

「うふふ、なったなった。何故かは知らないけれど、彼は初対面の人と毎回喧嘩するのよねぇ」

 

 紫と萃香は懐かしむ様に言う。そして霊夢が湯呑みを口に付けてお茶を口に含んだのを見て紫が更に続けた。

 

「でも、結局返り討ちにされちゃったのよね」

 

「私も瞬殺されちゃったよ」

 

「マジ?」

 

 霊夢は二人の言葉に目を丸くした。何故なら、目の前に居るのは大妖怪の中でも高位の実力を持つ二人だ。そんな二人に勝利し、なお片方は瞬殺と来たものだ。驚くのは必至だろう。

 

「でも、彼はこの幻想郷には来なかったのよねぇ……」

 

「なんでまた」

 

「ははは……まだ外の世界の娯楽を見てないんだってさ」

 

「変わった奴だったよ。鬼を全員相手に喧嘩を売ったんだよ? 一対一が勝負の鉄則だった鬼が怒り狂って我先に襲い掛かったからね。まぁ全員返り討ちにあったけどさ。そんでその後宴会を開いたんだけど、その時聞いたのさ。なんでこんなことしたのかって。そいつなんて言ったと思う?」

 

 霊夢は首を傾げた。鬼に喧嘩を売るなど、命知らずも良い所だ。スペルカード対決ならまだしも、昔は本当に命を掛けた殺し合いだった筈、そんな勝負を売る理由など、思い付かなかった。

 萃香と紫はそんな霊夢に苦笑する。

 

「『これも娯楽の一環だから』って言ったんだよ。とどのつまり、アイツにとって面白半分でしかなかったんだよ。鬼全員を相手に勝負する事が、ね」

 

「全く、変な奴だったけど実力は高い物だから大変だったわ」

 

「ふーん……」

 

 霊夢はそう言いながらも湯呑みを口に付けて傾けた。そして二人から視線を移し、呆れた風に心の中で呟く。

 

(何が大変だったよ……そんなに嬉しそうに話しちゃって……)

 

 視線を二人に移せば二人とも本当に嬉しそうに、楽しそうにその妖怪の事を話しあっている。やれ、彼は何が好きだっただの、やれ、彼の起こした出来事に付いてだの色々だ。

 その姿は大妖怪とは程遠く、普通の人間の女の子の様だった。

 

「で、そいつの名前は?」

 

「うん? ああ、彼はね……娯楽の妖怪、いえ大妖怪。名前は―――――」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「俺の名前は夜の幎の幎と書いて、(とばり)。少しばかり捻くれた娯楽の妖怪だよ」

 

 妖怪、幎はそう言って、地に伏せる射命丸文の背に座って不敵に笑った。

 

「……え?」

 

「おいおい、いきなり襲い掛かるなんて随分とまぁキレやすい若者だね。思わず小突いちゃったじゃないか」

 

 射命丸はパンツを見られた事に対して顔を真っ赤にしてこの幎に襲い掛かった。初対面の相手に対し、パンツの色を言ってくるなど、正気の沙汰ではない。

 だが、射命丸が認知出来たのはそこまで。襲い掛かって、気付いたら倒されていて、背中に襲い掛かった相手が座っている。しかも、少しずつ肩の関節に痛みが走った。展開が速過ぎて傷みが麻痺していたのだろう。良く見れば右腕の関節を極められている。

 

「いっ……痛ったた!」

 

「おっと、ごめんね。とはいえ、襲い掛かられたのも事実だし、もう少しだけこうしているとしよう。痛みを堪える女の子って、なんだか興奮するだろ?」

 

「ほ、本音は後半だけですよねソレ!」

 

「良く分かったね、その通りだよ。別に俺は襲い掛かられたとは思ってないし、身の危険を感じた訳でもない。だから、俺は傷みに悶える女の子が見たいばかりに、この状態を維持するのさ」

 

「最低ですね!?」

 

 射命丸は大きな声で突っ込みながら極められていない方の手で地面をバンバン叩く。涙目で痛みを堪え、叫び声を上げた。

 

「痛いです~~!! ぎゃあああ!!」

 

「う~ん、仕方ないな。放してあげるよ。さて、立てるかな?」

 

「誰のせいですか……」

 

「強いて言うなら俺に向かって襲い掛かった君のせいかな」

 

 うっ、と息を詰まらせながら射命丸は幎の手を取って立ち上がった。そして極められていた腕を回して調子を確かめる様に身体を捻った。

 そして問題ないと判断した後、幎に向かってため息を吐きながらもう一度問いかけた。

 

「で、貴方は何をしにこの山へ?」

 

 その問いに対して、幎は答えた。さも当然の様に、笑みを浮かべながら面白そうに、楽しそうに答えた。

 

「決まってるじゃないか。それが娯楽の一環だから」

 

 幎はそう言って、指をびしっと射命丸に向けたのだった。

 

 

 

 

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