「失礼します」
そう言いながら総監の補佐を行う者はトレイから
「すまないね、こんなことさせて」
「いえ、仕事ですから」
それだけ言ってさっさと退出してしまう。再び部屋の中は総監とはるにゃ、艦長、そして一尉だけに。
はるにゃはいつの間にか艦長たちが見慣れた幼い姿に戻っていた。健康的な肌に穢を知らない黒髪。ぴょこんと猫耳。
彼女が最新鋭護衛艦「はるな」の化身。そう言われても多くの人は信じないだろうし、そもそも認識すらできないだろう。
「ふむ……・意外と似合うもんだな」
不意に発せられた総監の発言。はるにゃは総監を見上げる。ちなみにはるにゃ、今は総監の膝の上にちょこんと座っている。
「?」
総監は笑った。人が見れば、娘、いや孫を抱えるお爺ちゃんのようだ。
「猫の耳だよ」
「見えてるのですか?」
咄嗟に聞いたのは艦長だった。艦の化身――――艦娘をどのように認識するかは、見る人、見られる側双方の意識が重要となってくる。はるにゃとしてすっかり定着してしまっている艦長たちには猫耳は普通(?)だが、戦艦時代からの付き合いである総監には見えないものではないのだろうか。
「他でもないはるなのお願いだからな」
はるなを見て欲しい。今の護衛艦である自分を見て欲しい。そんなはるにゃの願いに総監は応えたようだった。
「総監さん……ありがとうございます」
「いやなに、このぐらいしか出来ないよ」
そう言いながらゆっくりとはるにゃの髪を撫でる総監。はるにゃもされるがままに総監へともたれ掛かる。宙に浮いた足をゆらゆら揺らすはるにゃ。
総監も優しく微笑み、思わず目の前に自分たちの指揮権を保有する男が座っているのだと忘れそうになってしまう。
総監ははるにゃに集中して、気付けば蚊帳の外の艦長と一尉。総監とはるにゃは旧知の仲だ。ある意味当然の展開なのかも知れないが、相手が上司では無闇に口を開くこともできない。
穏やかな沈黙が流れる。
ふと、はるにゃがそわそわし始めた。何か言いたげだが、どうしたのだろう。
気になった一尉ははるにゃの視線を追ってみる。その先には……なるほど、お菓子が置かれていた。東京の百貨店で売ってそうな高級さ漂うお菓子。
さて、とはいえ相手は総監だ。彼のはるにゃとの触れ合いを邪魔してしまうのも気が引ける。
ひとまずは静観を決め込もうかと視線を戻そうとした時、はるにゃと目が合った。
「……」
「……」
もの欲しげなまあるい目。全身で訴えかけているようだ。お菓子をとって、と。
先程までの榛名は何だったのだろうか。
……ともかく、一尉もはるにゃのお願いに添いたいと考える。しかし考えてほしい。一尉は応接セットの配置的にテーブルを挟んだはるにゃの斜向かいに位置しており、テーブルに置いてあるお菓子を持ち上げ、はるにゃのところまで運ぶのは物理的に無理だ。
あまりうろちょろするのも総監に失礼だし……仮にはるにゃにお菓子を運んだとして、それは艦長と総監の目にどう映るだろうか。それを考えるとそう簡単には行動に移せない。
加えて、はるにゃにもプライドがある。それは砲雷長とのコーヒーの件でよく分かったし、はるにゃなりに頑固なところもある。周りは大の大人ばかり、お菓子を欲しがるのは子供である。なんて考えているかもしれない。
艦歴的には子供どころか赤子なのだけれど。
まさに一尉の決断、である……そこ、程度が低いとか言わない。本人にとっては重大な問題なのだ。
仕方ない、やはり自分を切るか。
「……すみません、お菓子、頂いてもよろしいですか?」
「? ……あぁ、構わないが?」
出し抜けに何を、と言わんばかりの総監。
「頂きます」
礼を言いながら一つ取り、それを口に放り込む。
……総監、というより真横の艦長からの視線が辛い。何を言ってるんだ、相手は地方総監だぞ、と後で怒鳴られそうだ。
「あのっ、はるなもいいですか……?」
よかった、はるにゃも一尉の行動を無下にするほど意地っ張りではなかったようだ。総監はああもちろん、と言う。
が。
「ふんっ……」
「……」
「……」
はるにゃは総監の膝の上に乗っている。それでも違和感が無いくらいに小さな身体なのだ。身長は100ほど。
「うーん……」
「……」
「……」
お分かり頂けただろうか。
「……」
「……」
「……」
はるにゃは伸ばそうとしていた手をぱたりと降ろした。膝の上からではどう考えたって手が届く訳ないのである。
「ああ、もうこんな時間か……すまないがまだ予定が入っていてね」
総監がそろそろ時間だと言う。
長い時間に思えたが、時計を見ると総監から艦娘の話を聞いていたのは精々一時間ほどであった。
それにしても、多くの貴重な話を聞くことができた。艦娘に関する全ての資料が失われ、戦闘の多くを自動制御に頼る現代ではかつてのように艦娘を管理することはないだろうが、少なくとも一尉や艦長がこれからも「はるな」で過ごしてゆく上では役に立つ情報を手に入れることができた。
「総監さん、本日はお時間頂き……ありがとうございました」
はるにゃがお辞儀をして、一尉と共に退出する。艦長は後で追いかけると言って部屋に残った。
「……」
「すまんね、残ってもらって」
総監は、先程榛名に見せたような、僅かに影のある表情に戻っていた。
「……」
「君は、一尉をどう思うかね」
「優秀です、少々意固地なところもありますが」
「そうか……はるなさんは、彼にかなり懐いているようだな」
「……」
何が言いたいのか測りかねる艦長は、総監の次の言葉を待った。
「私は、一尉に艦娘担当官まがいのことをさせようとしているかな」
帝国海軍の時代、艦艇の化身である艦娘は
総監は艦娘の持ついくつかの特異性を艦長と一尉に教えた。それは彼の善意であったし、今後「はるな」の利益となることだろう。
だが、その情報はかつて艦娘を利用するために集められたもの。それは揺るがない。
「……総監は、あの句にどんな思いを込めたのですか?」
冬空を塞いで高し榛名山
村上鬼城の句である。はるにゃを意識しただけの引用なら、もう少し明るい句でも良かったのではなかろうか。
「……榛名さんは、良くも悪くも私の転換点だ。振り返れば、いつもそこには冬の曇天を覆い隠すかのように榛名山がそびえ立っている」
艦長はいかなる言葉を返したものか迷った。しかし結論が出てみれば、そもそも迷う必要がなかった問だと気づいた。
「総監の想いがどうであれ、我々護衛艦「はるな」乗員は自分の
それだけで、十分です。
総監は動きを止め、何かを考えるように視線を調度品にずらした。彼が見据えるのは帝国海軍時代の艦艇を再現した模型。金剛型であることは間違いないが、何番艦までかは艦長には判別できない。
「ふむ……私は、地上勤務が長すぎたようだな」
そう呟きながら総監は、また弱々しく笑うのだった。
はるなさんにはまた遊びに来るよう伝えてくれ、そう言う彼の顔はもう、曇っていなかった。
「今日はどうでした?」
「はるな」へと戻る道すがら、一尉ははるにゃに話しかけた。
「はい、楽しかったです! 一尉さんはどうでしたか?」
どうでしたか、か。
「えぇと……そうですね、いろいろ為になりました」
「よかったですね!」
「はは……」
なんだか色々ありすぎた日だったが、終わってみるととても貴重な日であったと感じられる。
「はるな」が視界に入り、やや興奮気味に走り出すはるにゃ。夕陽の赤が彼女を照らし、埠頭に幻想的な光景を作り出す。
さて、明日も頑張るかな。そんな風に思った一尉ははるにゃの後を追うのだった。
この世界での艦娘という存在、はるなと榛名。
結構シリアスにしちゃったシリーズもこれにておしまいです。
ついでに言えば、書こうと思っていたネタが一段落付いたので、連日投稿も今回でおしまいです。書いてて楽しかったです。
気晴らしで書き始めたので、まあ人気は適当でいいや・・・と思っていたのですが、更新するたびに1000近くのUAを頂き、本当に嬉しい限りです。この小説が自分の作品の中で一番見られてるんじゃなかろうか。
それでですね。今後の更新方針ですが、基本的にネタを思いついたとき書きます。つまり更新がいつになるかはわかりません。
一応いま考えているので、「はるな」の初陣(第十雄洋丸事件)を描くかどうか少し迷ってるぐらい、あとは「ひえい」の話なんだけど、意外と妄想が進まない。
次なにを投稿するかは分かりません。ですがまあ、シリアスはもういいかな、とも思ってもいたり。
海外の艦艇に関しては、いま活動報告の方で悩んでいるので、ご助言いただけると幸いです。
⇒http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=83918&uid=19074
今後も護衛艦はるにゃ共々、帝都造営をよろしくお願いいたします。
それでは。