こんごう型? 麻耶様改二の衣装かな……だって防空巡洋艦(イージス護衛艦)だし。
「……」
沈黙、というより思考停止だろうか。この国の最新鋭護衛艦「はるな」艦橋の空気は張り詰めていた。
それも当然だ。なんせ、知らない女の子が艦橋内に立っているのである。
軍艦乗りは、皆家族のようなものだ。そう例えられても不思議ではないほどの綿密な連携を要求され、それができなければ敵に――――平和を掲げるこの国に敵がいるのかは知らないが――――敗れ、皆海の底へ沈んでしまう。
運命共同体なのである。
だからこそ、異物――――すなわち、侵入者――――は全力で排除されねばならない。
例えその相手が、年端もいかぬ少女であっても、だ。
「……お、お前は誰だ」
さて、初めて口を開いたのは誰だっただろうか。固まった石膏像のように立ち尽くす艦長の前に立っている少女に向けて誰かがそう言い放った。それを契機にして、次々と艦橋要員たちは敵意のこもった視線を彼女に向ける。もちろん、その敵意は恐怖の裏返しである。
「か、艦長から、離れろ」
「艦長、下がってください」
「しょ、所属と名前を言え……さもなくば」
一人の曹士が何かの棒をもって艦長と彼女の間に入った。艦長はそのまま後ろに下がり、曹士は多分役に立たなそうな棒を彼女へと向ける。
どこから現れた?
何故先ほどまで全く気がつかなかった?
彼女の背は100ほど、当然入隊なんてできない身長だし、長い黒髪はこの艦の人間でないことをはっきり主張している。
……というか服装が常識のそれを遥かに逸脱しているのである。上半身は真っ白で下半身は赤、彼女の幼いながらも整った顔立ちが巫女のそれを意識させるが、よく見ると巫女の装束というわけではない、なんせスカートになっているのだ。膝も隠さない真っ赤なスカートの下から健康的な白い肌が覗かれ……違う。艦長はおかしな方向へ走り始めた自分の観察眼を静止する。危ない危ない、心の声が聞かれていたら
艦長が軽い現実逃避を行なっている間も状況は動いてゆく。
「さ、さもなくば……」
流石にまずい。そう感じた艦長は曹士を手で制した。
「まあ、まて」
「ですが艦長……!」
「とりあえずその武器を下ろせ、対話にならないだろう」
艦長はゆっくり息を吐いた。状況が飲み込めず慌てているのは分かるが、こんな子供一人に全員ブルブル怯えて、情けない話だ。
「彼女を見てみろ、怯えているのは彼女の方だぞ?」
「……」
目の前の彼女は、いきなり敵意を、それも数十人の大のオトナから向けられて戸惑っている。細い腕が不安げに胸の前で交差し、体を守ろうとしていた。小さい肩がもっと縮こまってしまっている。
とはいえ……艦長だって表に出さなくとも驚き、そして怯えている。何が起こるかわからないのだ。怖くないやつなんていない。怖くない奴は、自分の身を守れない人間だ。さてどうやって接したものか……。
ふと、砲雷長と目が合った。
「(やれるか?)」
「(やります)」
目配せで彼の意気を感じた艦長は、曹士と共に一旦引き下がる。変わって砲雷長が前に出た。
「お嬢ちゃん、驚かせてごめんね……でも自分たちもビックリしちゃったからさ・・・お名前、教えてもらってもいいかな?」
「えっ、と……」
先程、あれだけ一気に敵意に満ちた視線を浴びたのだ。いくら砲雷長が優しく接したって、怯えは払拭できないに違いない。少女は固まったままだ。
「は……」
「は?」
「は、はるな……です」
はるな。
はるな、春菜、陽菜、春奈、榛名……漢字でどう書くのか知らないが、奇しくもこの艦と同じ読みである。
「そっか、はるなちゃんって言うのか……どうしてここに」
「え? えっと、はるなはずっとここにいましたが……」
「ば、馬鹿なことを言うな、さっきまではいなかったじゃないか!」
曹士が再び棒を構え、周りの要員たちも身構える。まずい展開になってきた。このままでは互いに疑心暗鬼に陥ってしまう。艦長はそうは感じていた、しかしどうしてこの状況を打破したものか。
「艦長、侵入者があったと聞きましたが、ご無事ですか?!」
と先程仮眠に向かったはずの副長が艦橋に戻ってきた。
もちろん侵入者とはこの少女のことだ。通報体制は万全である。艦内では今頃、侵入者に最新鋭護衛艦を乗っ取られる可能性に皆が備えていることだろう。
「ふ、副長さん……助けてください」
と少女が震える声で言った。副長を知っている? なぜd……いや、そんなことよりこれは絶好のチャンスだ。
艦長は自分のひらめきがリスクを負うものだとよく分かっていたが、まずはこの状況をぶち壊すことが最優先だと判断した。
「なんだ……貴様の隠し子か」
一瞬、ほんの一瞬だ。
皆が隠し子の意味をそれぞれの辞書で引き、その意味を理解するのには、一瞬の間が必要だった。
もちろん、一番初めに反応したのは副長である。
「な、何を言っているんですか! 違いま……って、あれ?」
激しく反論するかと思いきや唐突に止まる副長。当然だ。
「艦長も……見えてるんですか?」
「そうらしい……知っているのか?」
「私の幻覚かと……」
「艦橋の皆が見る幻覚は存在しないだろう」
そう言って無理にでも笑う艦長。この会話のおかげか、先ほどよりか空気は柔らかくなってきている。
砲雷長がチャンスとばかり話しかけた。
「はるなちゃん、苗字を教えてもらってもいいかな?」
「苗字……はるなには、苗字はありません」
「どうして?」
「どうして、と言われましても……」
流れる気まずい雰囲気。張り詰めていないだけマシだが・・・このままでは状況は動かないだろう。艦長は砲雷長に、なんでもいいから聞けと顎で指示。
「えっと……どこで育ったの?」
なるほど妥当な質問だ。出身地がわかればそこから会話も広げられる。この少女と同郷の人間がいれば尚更いいが。
ところが、その質問は会話を発展させるどころか、状況を急転換させた。
「……三菱重工長崎造船所、です」
……造船所? 冗談にしては高度な冗談だ。砲雷長も顔を変なふうに歪めた。笑いと疑念がごっちゃになったような表情だ。
造船所、はるな、目の前の少女……なんの関係もないものが繋がり始めているような感覚に襲われる。
まさか。
「えっと……ふ、フルネームで聞かせてもらってもかな、名前」
砲雷長は聞き方を変えた。フルネーム。どんな風に返ってくるか。本当にまさかのまさかなのだろうか?
そして、どうやらその通りだったようだ。
少女は目をギュッと瞑って、きっと精一杯の大きな声で言った。
「だ、第一護衛隊群直轄艦、はるな型ヘリ搭載護衛艦のはるにゃ……じゃなかった、はるにゃ、です!」
嚙んだ。そして訂正できていない。「はるな」を名乗った少女は、失敗しちゃったと言わんばかりに真っ赤になってしまった両手で顔を覆った。そして隠せてない。
「……」
驚きを隠せず呆然としているのか、それとも一番大事なところで噛んでしまったことに呆れているのか。しばらく誰も言葉を発そうとしなかった。
はるにゃ……か、猫みたいだな。そう誰かが思ったのかもしれない。
よく分からないが、少女の黒い髪を押しのけて、ひょっこりと三毛猫みたいな耳が生えた。
「……」
少なくとも、彼女が侵入者であるという風には、もう誰も考えはしなかった。
……なんでもアリですね、はるな。
一応タイトル回収。