仮面ライダー鎧武 The Genesis of Children   作:裏腹

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Episode.01 Pandora's box

『君たちに、楽園の長となるチャンスを与えよう』

 

 ――世の理を探究する者を証す、白の衣を纏った男は、ただ一言。

 空虚な箱の中、焦点が合っても確かにあてのない嘘つきの眼差しで、子供たちにそう言った。

 時に争い、されどこのなんでもない日常を共に過ごし、楽しみを分かち合っていた――子供たちに。

 そうして災いを呼ぶベルトは配られ、人々の世界に彩りを添えたその錠は、一瞬にして子供たちの幸福を封じ込める箱の鍵へと変わってしまった。

 

 

 

 それからだ。

 

 

 

 子供たちから、笑顔が消えたのは。

 

 

 

「…………」

 

 雨雲にびっしりと埋め尽くされた、鉛色の空。さめざめと泣く子供の涙のように、沢山の雨粒はざーざーと降り注ぐ。

 先ほどまで夕陽で乾ききっていた芝は、もはや見る影もないまでに濡れそぼった。

 そんな雨の中、傘も差さずに、少年は一人立ち尽くしていた。

 彼が落とした視線の先にあったのは、胸に風穴を開けた――いや、『開けられた』銀髪の少年。

 くたりと首を投げ出して、儚く開かれた口はまるで何かを言いたげだった。大きな瞳は、輝きを失くしたままで、虚ろをぼやり仰ぐ。

 いくら揺すっても、どんなに叩いても、どれだけ言葉をかけても、その横たわった細い躰が再び動き出すことなどないと、少年は知っていた。

 

「…………ッ」

 

 それでも、彼は認めたくなくて。受け止めたくなくて。

 胸の不格好な穴からひとしきり溢れ出た真紅の液体は、すでに周囲の緑を塗りつぶした後。それはこの雨でも落ちそうになくって。

 言葉も発さず、ただずうっとそれを見つめる少年の目は、水気を含んで伸び切った前髪に覆い隠されていた。が、それでもそこから伝わる感情は、誰にでも容易に推し量れた。

 なぜなら。

 少年は雨なんて単語では片づけられないほどに温かな雫を、頬に流していたから。

 

「……く、っう……あ……っ」

 

 声にならない声で、むせび泣いていたから。

 

 

 

 崩れ落ちてから初めて見上げた世界は――想像したよりも、ずっと真っ暗だった。

 

 

 

『さあ、楽園への鍵のために――争うんだ』

 

 

 

 ――あの日聞いた死神の言葉を、子供たちは忘れない。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 ――今でも、彼は夢に見る。

 素っ気ないとも、冷徹とも取れるそんな動作で、男にアタッシュケースを手渡されるシーンを。

 灰のジャケットの上に黒く長いベストを羽織り、さらに重ねるように黒の帽子を被った――そんな男に手渡されるシーンを。

 男はそのこじゃれた帽子をさらに手で押して深く被り、いつも決まってこう言うのだ。

 

 

『――起っきろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

「!!?」

 

 

 彼はその柔く高い声で、耳を引っ張られるようにして夢から覚めた。

 反射で体をびくりと震わせて目をかっ開いた瞬間、映った少女。に布団を引っ張られ、少年はたまらず、

 

「うわあああああああああああっ!?」

 

 情けない声を上げ、ベッドから派手に落ちた。どしん、という衝撃が室内を走り、ほどなくしてついたしりもちは少年自らの手で撫でられた。

 

「いってて……」

 

 ふわふわと浮遊する意識の中。

 寝起きでいまいち状況の整理がつかないものだから、窓から差し込む日差しにも負けず、あたりをきょろきょろと見回す少年。

 何とない白の壁、天井、それらで作られたほどよく広い空間、そこの各々適した場所に配置された、家具一式――なんの変哲もない、マンションの一室だ。

 時刻は午前一一時過ぎ。小鳥のさえずりなどとうに聞こえなくなっている、そんな時間。

 そして、

 

「いい加減にさぁ……、早起きしてみなよ」

 

 目の前には、自分の自堕落さを見てあきれ返る一人の少女。

 ぼふっ。奪われた布団が、床に放られた。その音で、少年は気づく。

 何も変わらない。いつも体験している、いつもの事だ、と。

 

「ほら、朝ごはんできてるよ――コータ」

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「んぐ、んぐ」

 

 眠気が振り切れないまま、食卓に向かった。

 テーブルに並べられた皿。ベーコンエッグにサラダ、スープと、少年はフォーク片手に均等に手をつけていく。

 昼食なのか朝食なのか、よくわからない時間の食事を、胃に放り込む。

 

「おいしい?」

「うん」

「スープの味付け、ちょっと変えてみたんだけど、どうかな?」

 

 テーブルを挟み“コータ”と呼ばれた少年の向かい側に座る少女――『高司(たかつかさ)茉優(まゆ)』が、にっと笑って感想を訊ねる。

 日光を受けて煌びやかに輝く色白な肌と、金のショートヘア。小柄な身の丈に、少年の青のエプロンは似合いにくく。

 

「ああ……、うん、うまいよ」

「うわ、なんかテキトー」

「ちが、リアクション薄いだけだって」

 

 訝るような面持ちの茉優を前に、今更なつまらない自己紹介をする彼は、名を『杠葉(ゆずりは)光汰(こうた)』。

 大きな目に、小さな口、どことなく軟弱さを感じさせる痩躯と耳の下まで伸び切った黒髪は、むしろ男性的というよりかは中性的といえる。

 くまがプリントされた可愛げなパジャマが、余計に彼の線の細さを強調する。

 彼の返事は声が暗くて、まるで勢いがない。簡素に表現するなら「パッとしない」。見かねた茉優は溜息を吐き、「もう!」と。

 

「もーちょっとシャキッとしなよ、今日は初バイトでしょ?」

 

 そう言ってしまうのも、無理はないのかもしれない。

 されど少年の顔色は何一つ変わらず、活気などどこにもなくて。

 

「んー……、そうだな」

「そんなんで阪東さんと会うの? そんな終始会社に身を捧げて過労死した社畜みたいな顔で?」

「例え細かすぎだろ」

「『コータと久々に会える』って、阪東さん楽しみにしてるんだよ? もう少しだけ元気に」

「ああ、そういやお前こそバイトは?」

「今日休み! 話そらさない!」

「あ、スープおいしいよ」

「えっほんと……? じゃなくて! だから話をそらさない!」

「ちょっとリモコン取って」

「あ、うん……って、ボクの話聞けよ~~~~!!」

 

 茉優がむきになってばんばん、とテーブルを叩いて鳴らす音は、図らずも小気味よい。

 

「光汰もう19でしょ!? ボクは好きで光汰の世話してるかもしんないけどさ! もう少し大人の自覚を持ってさ! 自立のために自分と向き合うべきだと思うわけで! だから要するにボクが言いたいのは――」

(なんか面白そうな番組再放送してないかなー、っと)

 

 そんな相手の態度もどこ吹く風、光汰は自分の好みの番組はないかと、テレビへ向いたリモコンに記された数字を手あたり次第に押してチャンネルを合わせる。

 

「とまぁいろいろ言ったけども! 要するに何が言いたいかっていうとボクは――」

 

 お世辞にも豊富といえないボキャブラリーを必死にかき集めた、糠に釘な説教を締めようとした時のことだ。

 

「…………」

「……コータ?」

 

 茉優から見えた光汰の横顔が、ほんの少しだけ険しくなった。少なくとも彼女はそう感じた。

 忌むべき存在を前にしたかのような、或いは恐怖の対象を遠ざけたがっているかのような――――「どうかしたのか」と訊くよりも先に、彼女は彼の視線の先に注意を向けた。

 

『国際宇宙センターと共同で開発してきた重力制御装置も、日本時間本日午前八時に完成し、ユグドラシルコーポレーションによる人々の夢を乗せた計画も、ようやく折り返し地点となりました』

 

 テレビに映るのは、昼のニュース。

 テロップで「ユグドラシル、月面都市開発計画の50%を完了」と表示されており、箱の中のキャスターはただ淡々と、その旨を自分たちに詳らかに伝えていた。

 何を言うでもなく、するでもなく、静寂のままに画面を冷めた眼差しでじっと見据える光汰。

 それを確認するやいなや、茉優は苦虫を噛み潰したような表情のまま、言い淀む。彼のあの相好の意味を知るからこそ――。

 

「関係ないね」

 

 ぼそり、と吐き捨てるようにそう放って、視線をテレビから逸らした。

 

「コータ……」

「いいんだよ、もう終わったこと――」

 

『ビーーーートライダーーズ! ホットライーーーーーーン!』

 

 それも束の間、再びテレビは彼らの注目を集めることになる。一人の壮年の男の活気だらけの叫び声によって。

 

『ハロー! ザワメシティ! 食事を求めて腹の虫も鳴き出す平日の昼時、諸君はいかがお過ごしかな?』

 

 先ほどのニュース番組に割り込むようにして突如始まった『BEAT RIDERS HOTLINE』という番組。

 緊急特番か、はたまた電波ジャックか――いずれも否。

 進行形でまくしたてるように口喧しく喋っている色黒の男は、バンダナに色眼鏡にヘッドフォン、極め付けに派手な柄物のシャツと――まるでDJのような出で立ちをしていた。

 されど少年少女にとってこれは何も珍しいことではなく、むしろ「またか」という反応さえ来ていいほどに、この番組と“男”は此処『沢芽(ざわめ)』という町に、深く浸透していて。

 

『ビートライダーズは、今日も元気にドンパチやってるぜ!』

 

 言葉を紡いだ男がニッと笑った直後、映像は切り替わる。

 どこかの駐車場だ。それも広い。

 数秒のブレのあとに、固定された画面。その先に映るのは。

 

「ぐおわあッ!!」

 

 吹き飛ばし、吹き飛ばされた、二つの人影。

 しかしそれらはただの人影ではなく、全身にスーツを纏い、その上から鎧を着こんだかのような風貌で、ともすれば何かのコスプレに見えなくもない、そんな奇妙な格好だった。

 

「駆紋戒斗! 今日こそテメェの首を貰い受ける!」

 

 起き上がり叫んだのは、深緑のスーツに、無数の鋭利な棘を伴ったメタリックグリーンの鎧を纏った者。顔面にあしらわれたフェイスゴーグルの意匠があらくれ者を思わせ、実に印象深い。

 

「フン……未だ俺に敗北どころか、掠り傷一つ与えられない雑魚が、ずいぶんと大きく出たな」

 

 それを挑発する、深い夕焼けを彷彿させる赤のスーツに、鮮やかな黄色の鎧を纏った者。アクセントの銀もあるのか、どことなく西洋甲冑のような意匠を覗かせ、右手に携えた長槍(スピアー)を構える姿はさながら騎士。

 テレビ画面からでははっきりと視認できるわけではないが、二人を囲う、観客という体のよろしい野次馬もぽつぽつと見受けられた。彼らは騒ぎ声で、その存在を自ら証す。

 両者は大衆を文字通り蚊帳の外に相対し、反目しあう。

 そうしてる間にも、刻々と時が積まれ、重なっていく。視線の牽制。もはや一触即発。

 

 騎士の方が、軽く突き出した得物のスピアーを、くいくいと。

 

「の野郎ォォ!」

 

 手前に二回揺らした。

 その刹那、あらくれ者が有無も言わさぬ勢いで近場の車をひっつかみ、騎士へとぶん投げた。

 それは戦闘開始の合図。

 不本意な使われ方をした軽自動車がまるで怒り狂ったかのように不規則に回って虚を抉り、騎士めがけて突進していく。

 上がる歓声。冷たく重い塊は鈍い音を立てて空気を突っ切った。

 

「フン……」

 

 騎士はその様相を一瞥、次いで鼻で一笑し、メートル単位の跳躍でそれを優に回避する。そして、

 

「はッ!!」

 

 重力を味方にあらくれ者の元まで一気に落下し、スピアーをその巨躯に叩きつけた。

 ガキン。

 乾いた音と共に伝わる確かな手ごたえ。でもそれは単純なヒットではなくて。

 ふるふると震える騎士の長槍の先にあったものは、二振りの鋸状の剣――彼の、得物。

 その見てくれは持ち主の鎧のように、なんとも棘々しい。

 

「おいおい、俺様がただボコられてるだけだと思ってたのか」

「どうやら貴様、学習能力はあるらしいな……今日の今日まで、気づかなかったぞ」

「――ぬかしやがれ!!」

 

 二人は互いに互いの武器を離し、しかしほどなくして二度目、三度目とぶつけ合う。

 飛び散る火花が、迸る金属音が戦を演出する。

 

『さあさあお立ち会い! 本日の演目はバロンVSフーリガン! あのにっくきバナナに負け続けて約一年、いつか、いつかはと夢見た下剋上ォ! 今回こそは実現なるか!? みんな、応援してくれよな!』

 

 場所は違えど傍観する二人の前に再びDJの男が現れ、視聴者に向けて煽り口上で両者の闘争をさらに盛り上げる。

 SNSと連動しているのか、画面上をすいすいと流れるコメント。「ぶっつぶせバロン」「負けるなレッドホット」「サガラうっせぇwwww」等、内容は攻撃的なものから純粋な応援メッセージと、様々で。

 

「コータ……」

「……ダー」

「?」

 

「アーマード、ライダー」

 

 光汰は何をするでもなく、ただ一言、物憂げにぼそりと呟いた。

 そう――これは何かの撮影でも、遊びでもない。れっきとした戦いなのだ。

 傷つけて、傷つけられる。彼は知っている。

 今テレビの中で争う彼らが身に着ける“これ”も、コスプレなんかではなく、まごうことなき強化服で。

 そうして鎬を削り合う彼らを、光汰はそう呼んだのだ。

 

 

 

「クッソ……!」

 

 依然続く黒の箱の中の激戦。

 騎士(バロン)は暴徒(フーリガン)の不規則で荒唐無稽な猛攻を時に打ち払い、すり抜け、確実な対応力を以てして、余裕綽々と処理していく。

 じれったさからか「おら!」と声を荒らげて放った上からの一閃。だが歴戦の騎士はそれすら弾き飛ばして見せる。その鮮やかさに魅せられ、見物人は大きな歓声を上げた。バロンが勢いづく。

 ついに焦ったフーリガンが、左手に持ったもう一振りの鋸を振りかぶるも――遅かった。

 させまいと彼の二振りの剣の片割れをすかさず叩き落とす。そして、

 

「どうしたノロマ――、これで一回死んだぞ」

 

 続け様に留守になった懐に、その尖った切っ先を向ける。

 叩き落された剣はカランカラン、と乾燥したアスファルトをむなしく転がり、持ち主に敗北の未来を暗に示しているようにも見えた。

 

「ぐっ……!!」

 

 フーリガンの思うように勝負を運べない怒りと焦燥が、頂点に達する。

 震える右手が、己が腰部に巻かれたベルトのバックルに伸びた。そこにあったブレード型の装飾を一回倒す。すると。

 

『――ドリアン・スカッシュ!』

 

 気のせいなんかじゃない。バックルから音声が木霊した。

 続けざまに光り輝き始めた、暴徒の鋸状の剣。

 察しがいい者なら、すぐに気づく――必殺技だ。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 フーリガンは猛牛が如き咆哮を挙げた瞬間、バロン狙ってがむしゃらにそれを振り回す。

 

『おっとフーリガン、ついに捨身の攻撃だァ! どうするバロン!?』

 

 コメントでサガラと呼ばれたDJが、状況を見た通り事細かに伝える。何となしに見ている光汰と茉優にも、もはや彼は理性を二の次にしているとわかった。

 確かに狙いはあるのに、あてもなく振るわれる刃。当然だ、バロンは避けているのだから。

 

「はァッ! せいッ!」

 

 思考を放棄した、猪突猛進と呼んで差し支えない戦い方をする相手だ。彼からすれば隙など見つけるのは容易いことだった。

 くるり逆手に持ち替えたスピアー。

 襲いくる眼前の阿呆の武器をいなす。

 腹に渾身の回し蹴りを食らわせる。

 またも吹き飛び無様に地を舐める巨躯。

『埒が明かない』と、誰もがそう思い始める前に――。

 

『カモン! ――バナナスカッシュ!』

 

 奴に引導を渡す。騎士の見据えた相手。数メートル先の暴徒。

 フーリガンとまったく同じプロセスで、バロンも必殺の態勢に入った。

 撫でられた槍身は瞬く間に湾曲した黄金(こがね)のエネルギーを纏う。それは甚大で、逞しい。

 ギュオオ、と溢れ出るエネルギーが大地を滑る風と共に吹き荒ぶ。

 

「あ……」

 

 敗北を悟った者の言葉とは、なんともあっけなくて。

 同じように、積み重ねたこれまでの戦いが嘘だったかのように、決着も一瞬で。

 

「――せいィィィィィィィィィィ!!」

 

 

 それほどまでに、圧倒的だった。

 

 

 構えた次の一瞬、辺りは強烈な光と轟音に包まれる。それは散り際の叫びすら、混ざるのを許してくれなかった。

 

『決まったァァァァァァァァァァ!!』

 

 サガラの声の張り上げと共に、観客も最高潮のテンションで、最大の歓声を上げた。

 視界が晴れるころには、フーリガンは消えていて。

 代わりにその場所に残っていたのは、苦しげに呻く赤いキャップを被った若い男だった。

 

「クソッ、タレが……!」

 

 地に全身を貼り付け、悔しげに地面を握り拳で叩く。

 歓声も、敵の無様な姿もお構いなしに、赤いキャップの男――いや、たった今までフーリガンだった男『曽野村(そのむら)』に、歩み寄るバロン。

 彼の真横で空を仰ぐ、赤い錠前のようなものを拾い上げた。

 

「……マンゴーロックシード、か。こいつをもらっていくぞ」

 

 バロンは“ロックシード”と呼称したそれを手に持ってから、「くそ」だの「ちくしょう」だのと汚いワードを並び連ねる曽野村を背に、駐車場を立ち去った。

 それを合図に、映像は再びサガラへと戻る。

 

『やはりバロンは強かった! 対するレッドホット、絶体絶命! 後がない! ランキング一位と最下位の激突、結果は予想通りになってしまったが、お前らの応援でレッドホットを再び列強チームへと返り咲かせてやってくれ!』

『それじゃあ、今回のパーティはこれにてお開きだ! See you next time!』

 

 この別れのセリフを最後に、光汰宅のテレビの電源は落ちた。

「……アホらし」。ただ一言、宙に舞った少年の言葉。何に対してかは、明白だった。

 テーブルの上に広げられた複数の食器は、気が付くといずれもからっぽで。光汰はすっと席を立ち、

 

「ごちそうさん」

 

 茉優を一瞥してそう言った。

 

「うん、おそまつさま」

 

 対して茉優は返事をしたあとに、気まずそうに「後片付け、するね」と付け加える。

 

「………………」

 

 水の流れる音、茉優がキッチンへと移動したあと。

 身支度の合間に、おもむろに開いた机の引き出し。

 中には眠るように、バックルがただ一つ座していた。それはほんの先程まで彼が見ていたものと、見てくれが一緒で。

 

 

 自分が“アーマードライダー”と呼んでいた戦士達の腰についていたのと、まったく一緒で。何一つ違わなくて。

 

 

 それはまた、彼に夢の男を思い出させる。

 思い出したくもない顔を、思い起こさせる。

 

『戦え――』

 

 いつか言われたあの言葉を、また耳朶に呼び覚ます。

 

「……っ」

 

 これ以上は見ていたくないから。聞いていたくないから。

 全て捨てて、逃げ出したくなるから。

 

 少年はそっと、握った取っ手を押し返した。

 

 

 

 

 

 沢芽市――――この町はアーマードライダーという存在が現れてから、変わってしまった。

 いや、厳密にはもっと前から。

 災いの箱が中身を解放し、引き換えとして子供たちの日常を閉じ込めた、その時から。

 

 其の箱の中身、名を『戦極ドライバー』という――。

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