仮面ライダー鎧武 The Genesis of Children   作:裏腹

2 / 8
Episode.02 Strength

 すたすた、という足音。

 ぷんぷんとにおう車の排気ガス。

 潜り抜けていく街路樹。

 ビルの谷を忙しなく流れる、人の奔流。

 二人は、彼らが作る昼下がりの雑踏の波に乗って。

 

 

『ロックシード! 君もインベスを呼び出し、インベスゲームだ!』

 

「ほら、もっと早く歩く!」

「だから、押すなってば……」

 

『戦ったインベスは経験値が溜まり、成長、進化していく!』

 

「察せよ……、足が向かないんだって」

「だからってモタモタしてたら、遅刻しちゃ、うで、しょっ!」

 

『強力なインベスを育て上げ、ライバルと差を付けろ!』

 

「わかった、歩く! ちゃんと歩くから押すなよ恥ずかしいなぁ!」

 

『人々の夢を叶える企業、ユグドラシルです。本日は新製品情報を――――』

 

 聞き慣れた、なんて言葉じゃ済まないほどに、しみついた街頭ビジョン。垂れ流しにされているのは、発売から数年経つ今現在も世界的に大流行しているバトルホビー“ロックシード”の広告だ。

 

 手のひらサイズの錠前の形をしたアイテムで、解錠するとどこからともなく『インベス』という特殊な力を持った生命体が出現する。

 そしてそれを操り、戦わせ、勝敗を競う――というのが基本的な遊び方になっている。

 インベスが戦うたび、その召喚機となるロックシードには経験値という隠しパラメーターが溜まっていき、それが一定量を超えると、レベルアップする。

 また、レベルアップを重ねたインベスは戦闘力が上がるのはもちろんのこと、外見、能力も変わり、進化することもある。そうして必然的に、同じようにそのインベスを宿すロックシードのデザインも変わっていき、より上等なものへと――ランクアップする。

 これが、ロックシードというもの。

 ちなみに、ロックシード一つ一つに『インベスが人間を絶対に襲わないプログラム』が組み込まれているので、安全面も折り紙付きだ。

 開発段階では「傷を負わされた生物が植物化していく」「ロックシードを手放した瞬間にコントロールが利かなくなる」等といった問題点もあったようだが――、開発元のユグドラシル・コーポレーションにとっては、遥か昔の話。

 今や国、文化、老若、男女を問わずに世界中で売れている超ロングセラー商品である。

 

「んで、どう?」

「……なにが?」

 

 自分をのぞき込む童顔に向け、訝しそうに小首を傾げる光汰。

 途中、よそ見したがゆえに危うく人にぶつかりかけて一言「すみません」。

 

「久々にがっつり街歩くでしょ? どんな気分かなーって」

「特にない」

「うわ、寂しいやつ、このヒッキー」

「ほっとけよ……」

 

 二人はちょこちょこと口を止めて歯切れの悪い会話を続けつつも、人の海を往く。

 

 沢芽市――言わずと知れた日本の首都『東京』の市区町村の一つである地域。総人口、約一八五〇〇〇人。

 そのうちの約二一パーセントが、二十歳未満の若者で占められているというのがこの町最大の特徴であろう。

 通称『若者の町』。

 中心に位置する地区『羽々根(はばね)』には、先も名を述べた玩具事業を主に掲げる大企業『ユグドラシル・コーポレーション』の本社が存在する。建物は末広がりなタワー状になっており、それは沢芽のどこからでも視認できる程度には、天高く造られている。

 そして当然、この町の住人たちも――。

 

「いっけー! シカインベス!」

「力の差を見せつけてやれ! ヘキジャインベス!」

 

 皆インベスゲームで白熱している訳で。

 ロックシード発祥の地ということで、常に外部以上の熱がある。

 元気にまみれた、いやむしろ元気以外他にない子供たちが、今まさにインベスゲームを行っている最中だ。

 無邪気に弾む声と、がちゃり、と小気味よく響く懐かしい解錠音。それは光汰と茉優の足を止めるには十分すぎた。

 二人が見守る子供たち。が見守るインベス。争うそれらは人型でありつつも体色がカラフルで、細部のディテールが異形且つ攻撃的。

 結果として人間から著しく離れたその姿は、まさしく怪物と呼んでも差し支えがない。されど全体を見れば洗練されたこの独特なデザインこそが、人気の秘密なのかもしれない。

 

「俺たちも、あんな風に騒いでたんだっけ」

 

 ふと呟いた彼の表情を、茉優は見逃さなかった。

 今こうして見える微かで柔和な笑みは、ずっと彼女が見たかったもの。あの日々を懐かしむもの。

 茉優はくすりと笑って、光汰の横顔から子供たちへ、視線を戻した。

 

「……お前今、笑ってなかった?」

「んーん、べっつに」

「いや嘘つけ、にやけてんじゃん」

「にやけてない。そんなことより早くいくよ」

 

「置いてかれても知らないよ!」と付け加え、飛行機のように両手を広げて走ってく。

 そんなどこか楽しげな少女の後姿を、少年は何も知らないまま追いかけた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「光汰ァァお前ェェェェェ!」

「うえっぐおっぐあっぐごっぐぞっく」

 

 外観と違わず、小奇麗な店の中。いたるところにちょこちょことなされた植物の装飾がいいアクセントだ。入ってすぐのところに鎮座するフルーツで作られたタワーは、真っ先に客の目を引く。

 バイト先に訪れるやいなや、雇い主から問答無用でヘッドロックをかけられるのだから、社会というのは恐ろしい。

 自分は遅刻でもしたのだろうか。そう考えながら虚ろに見つめる時計。午後一時すぎ。

 フルーツパーラー『DrupeRs(ドルーパーズ)』は、今日も今日とて繁盛していた。

 

「一年ぶりじゃねーか! 相変わらずほっそいなァァァちゃんと食えよぉぉ!!」

「バンドウサン、シンジャウ、オチルオチル」

 

 茉優が朗らかに笑む傍らで光汰をヘッドロックする、おじさんとお兄さんの中間といった風の男――『阪東(ばんどう)清治郎(きよじろう)』の瞳は、実に輝いていた。理由はすぐに察せる。

 顔見知りも顔見知り、数年来の付き合いの人間と一年越しの再会を果たしたとなれば、誰しもが喜んでしまうものだろう。

 己のいかつい腕を連続でタップされた阪東は、ようやっと光汰が苦しんでいることに気づき、彼を解放する。

「おっと悪い悪い」と言う阪東に対し、噎せながら頷く光汰。

 

「――さて、んじゃあ働きますか!」

 

 ひとしきり笑った茉優は、意気盛んに両手を叩き合わせた。

 

「働くのはいいけどお前、給料は出ねーぞ?」

「ふふーん! いいんだよ、今日は新人教育だからね。ボクはタダ働きしてあげる!」

「へっ、ナマ言いやがって! ミスんじゃねーぞ!」

 

 そしていそいそとDrupeRsのロゴが入った特製エプロンを着用し、あわただしくメモとペンを片手に客へと注文を取りに行く。

 その様子をぼんやり眺めながら、阪東は重たげに口を開く。

 

「災難、だったな」

 

 光汰はそこから放たれたものが、自分に対するものだと理解していた。故に返す。

 

「……いえ」

 

 同じように、茉優を遠くで望みながら。

 

「話は聞いたぜ」

「そう、ですか」

「大変だったろ。でも、よく戻ってきてくれたな」

 

「きっと茉優も喜んでるぜ」とは、阪東がさらに繋げた言葉。

 それを何となく耳に入れた光汰だったが、時間差で気になって無視もしきれなくなってしまって、再び聞き返す。

 

「……え?」

「あいつさ、ずっと『光汰がいつ戻ってきてもいいように、ここだけは守る』って、頑張ってたんだぜ」

「……――――」

 

 小さな吸気をす、と一つ。彼は何かを言おうとした、間違いなく。意思を伝えようとした。

 だけど今は。

 

「とりあえず、おかえり。光汰」

「……はい」

 

 それを引っ込めて、ただ自分の帰りを優しく受け入れてくれる言葉に、安らいでおくことにした。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「いらっしゃいませ」「かしこまりました」「お待たせいたしました」「ありがとうございました」

 店内の喧騒は人気の証だ。少なくとも、閑古鳥が一羽侘しく鳴くよりかは全然いい。

 その中を飛び交う数々の敬語の大半は、従業員のものだというのは言わずとわかる。

 席を案内し、オーダーを取り、配膳し、空いたテーブルの後片付けをして。

 勤務から約二時間――依然客足は絶えず、相も変わらず新人には厳しい環境だが、茉優のサポートもあってか少しずつ板についてきた。

 

「光汰、ボックス席。キャラメルミックス」

「はい」

 

 キッチンの阪東から渡されたパフェを盆に乗せ、光汰は椅子とテーブルの群れを早足で抜けていく。

 オーダーがあったのは、店内奥のボックス席のようだ。

 

「お待たせ致しました、キャラメルミックスになりま――!」

 

 大きなテーブルに横長な椅子という組み合わせには似つかわしくない、おひとり様。

 しかし彼はその光景に絶句したのではない。むしろ問題は、その人間だった。

 

「よう、久しぶりだな」

 

 灰のジャケット。

 

「元気してたか?」

 

 長い漆黒のベスト。

 

「ハハッ、怖い顔だなァ」

 

 そして帽子。

 陽を葬りし暗夜を彷彿させるその姿を、彼は片時たりとも忘れたことはない。

 なぜならずっと憎み、忌んできた――自分の運命を狂わせた相手なのだから。

 

「せっかくの再会だぞ? もちっと笑えよ――杠葉 光汰クン」

「シド――……」

 

 空いている方の手の拳を握り締め、怒りをぐっとこらえる光汰。そのような彼の態度、心境などお構いなしに、シドはテーブルに置かれたパフェを食し始めた。

 

「何しに来た」

「おいおい、俺は客だぜ? そんな言い方はないんじゃねえかい、店員さん?」

 

 男は憎たらしく笑み、あくまでも客と言い張って軽薄に言葉を紡ぐ。

 遅々として戻らぬ光汰の様子を見に来たのだろう、やがて茉優も訪れた。

 

「シド、アンタまた……!」

 

 その瞬間、血相変えて前にでようとした茉優をそっと押さえて止める光汰。

 光汰だけでも、茉優だけでもない。二人にとって最も因縁が深い相手――それが目の前の男。シドという男。

 沢芽市各地を転々とする、ロックシード売りの男。

 彼が、彼こそが、ビートライダーズと呼ばれていたインベスゲームを楽しむ若者たちに、戦極ドライバーを配ったのだ。

 少年たちの日々を、奪い去ったのだ――。

 光汰は憤怒、怨恨、憎悪、恐怖と、時間が経つごとに上乗せされてないまぜになっていく感情を、歯を食いしばって抑制する。

 心中穏やかでない二人を「まあ落ち着けよ」と、なだめるシド。

 

「今日は商売もしねえ。あいにくこいつも空っぽでな」

 

 そう言いながら、自分の隣に置いたアタッシュケースをコンコン叩く。

 ならばなんだと言うのか。二人の疑問がさらに深まる。

 

「ただの客として来たわけじゃないのは、間違いじゃないだろ」

「あー、まあ、そうだな」

「じゃあいったい、何がしたいんだ」

「あー……、最近、改造ロックシードが出回っててな。なんか情報がねえかなってな」

 

 少し濁されてから、提示された『改造ロックシード』というワード――二人も初めて聞く言葉だった。

 眉をひそめる彼らに、シドは続ける。

 

「なんでも、俺らが仕込んだ『インベスが人間を襲わねえ』ってプログラムを削除して、もらえる経験値の上限(キャップ)を取っ払ったトンデモ仕様のロックシードらしい」

「なに……? なんだってそんな」

「知るかよ」

 

 途中で、内心吃驚する光汰の発言を遮って。

 そして手元で揺らすスプーンに反射した空間をなにとなく目に入れながら、

 

「ま……少なくとも既に人的被害が出ていて、こっちとしても商売あがったりなのは間違いねぇわな」

 

 ようやっと問いかけに答えた。

 要するに人間を襲えて、際限なく強くなっていくインベス……その脅威と危険性は、一聞だけで簡単に想像がつく。

 しかし彼らとて有用な情報はない。そればかりか、改造ロックシードなどというものが存在したなんて事実は今しがた初めて知った。

 

「……悪いな、そっちに有益な情報は何も出せそうにない」

 

 だからこその、この返答。

 それに仮に何かを知っていたとしても、向こうの都合通りに事を運ばせるというのはなんとも癪で、きっと彼は教えない。

 我ながら子供っぽいと、思う。それでもそれは彼にできる、ささやかな抵抗かもしれない。

「んん、そうかい」と背もたれにどっしり身を預けて、だらしなくパフェの塔を崩すシド。から目を離し、光汰は身を翻した。

 

「食うもん食ったらとっとと消えろ……、顔も見たくない」

 

 続けてそのように吐き捨て、歩を進める。

 ――尤もその足も、数秒足らずで止まることになるのだが。

 

「ビートライダーズもちらほら襲われてるらしい」

 

 彼の一言で。

 

「……関係ない」

 

 ピタリ動かない光汰だが、その口だけはしっかりと。

 その言の葉を聞いたシドは、小馬鹿にするように大笑いを始めた。

 皮肉たっぷりで不快感を煽る笑声(えごえ)に対し、目を閉ざしてダンマリ決め込む光汰を、茉優は隣で不安げに見守る。

 

「関係ねぇことはないだろ、お前らだって元々はそうだった。ドライバーだって持ってる」

「………………」

「あぁ……『あのゲーム』の始まりからもう一年だ――あれからチームは壊滅して、吸収されてでだいぶ減ったぞ」

「くっ……!」

 

 茉優は歯を食い縛って振り返る。それは「いい加減にしろ」という意思を込めてのものだった。

 しかし大の男が、そんな子犬のような少女の威嚇などに屈するはずもなく。その悪態は自重するどころか勢いを増すばかり。

 

「なぁどうだい。敵も消えてったここいらで、インベス退治がてらお前らも混ざってみないか? ――鎧武(ガイム)」

 

 不意に光汰の背中にぶちあたったのは、ビートライダーズ――自分たちがかつてそう呼ばれていた頃に、大きく掲げた御旗の名前。

 そして今はもう戻らない、居場所の名前。

 せっかく長い時間をかけて記憶の海の底へ底へと沈めたのに、思い出は一瞬にして浮かび上がる。毎日ロックシードを片手にインベスゲームに明け暮れていた、あの頃の記憶。

 楽しかった日々。確かに今日を生きていたはずだけど、不確かな明日が楽しみで楽しみで仕方なかった日常。次の日も、次の次の日も、そのまた次の日も――ずっとずっとあの幸せが続くと考えていた、あの時間。

 光汰はそうやって溢れ出る記憶を、唇噛み締める痛みで再び封じ込め――いや、紛らわし、

 

「……お断りだ」

 

 肩越しにシドを見ながら、その無情な誘いを素気無く振り払った。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 約三年前、ユグドラシル・コーポレーションが始めた月面都市開発計画――プロジェクト『新天地(セイルトゥ)()の船出(ロンティア)』。

 端的に説明すると、宇宙進出によって人類のさらなる発展と革新を促す事を目的とした計画。

 自社の売り文句「夢を叶える企業」に忠実に沿った大規模なプロジェクトだ。ここまではいい。

 問題はその先で――開発を完了した新天地は、果たして誰が治めるべきか、という疑問が生まれてしまった事。

 そこでユグドラシルが出した回答は『強く賢い、新しき者』――――つまり、未来ある心身共に強靭な若者という答えに至った。

 そこからはトントン拍子だった。

 沢芽という“新天地の長の選定の場”の決定。子供たちを戦わせるインベスゲームの一歩先をいったシステムの整備、またそれに伴う肉体強化デバイスの開発。

 そうして一年前。ついに完成を迎えた戦極ドライバーは、沢芽に点在するビートライダーズ各チームに、一つずつ配られることとなる。

 

『楽園の王座を懸け、最後の一人になるまで戦え』という言葉と共に――。

 

 

 

 紅い空が影を伸ばす。カラスは鳴いて、子供たちの帰宅を急がせる。町の各地では、夕刻を知らせるほの温かいメロディーがゆったりと流れゆく。

 まっすぐ家路を往く社会人も、もたくさ寄り道する学生も、みんなみんな今だけは同じ時を過ごしているのだと実感する。

 窓のすぐそばに置かれたソファ。そこに仰向けに寝そべって、入り込む夕明りから目を庇う。

 光汰の表情は、曇っていた。

 バイト初日は恙無く終わったし、特にへまをした訳でもなければ、極端な疲れがある訳でもない。

 ただ、それでも、彼の面持ちはどんよりとしている。

 

「あちちっ」

 

 キッチンから仄かに漂う、おいしい匂い。ぐつぐつと何かを煮込んでいるような音も聞こえる。

 味の煙からまだ献立こそ推察できないが、芳しい醤油の香りから和食に間違いはなさそうだ。

 料理をする茉優の背中を一瞥して、光汰はもう一回ソファに身を沈める。

 

 会いたくもない人間に会ってしまった。

 これがきっと、この鬱々とした気分の原因の一つだろう。

 そしてもう一つは――――沢芽にまた、暗雲が立ち込めてるというのを知ってしまったこと。

 腐っても自分が育った町、無関係だと主張しつつも、放っておくにはまだ情が残ってしまうようで。

 でも、何も出来なくて。自分で、自分が何かをする権利などないと思うから。自己嫌悪がジレンマを容赦なく引きずり回す。頭の中でこんがらがってみっちりと詰まる「自分は許されてはいけない」という言葉。

 だって彼は――。

 

「ねえ、コータ」

「……なんだ」

 

 呼び止める茉優の声も、どこか翳りが感じ取れる。

 けれども、今の光汰にそれに気づけるだけの余裕はなかった。

 

「シドの言うことなんか、気にしなくていいからね」

「わかってるよ」

 

 彼女は流し台。彼は天井。お互い別々の方を向いた会話は、それだけでどこかすれ違っているようで、なんとも寂しい。

 そして光汰は、彼女からなかなか出ない会話の本題に、苛々が募る。

 あまりにじれったくて「何が言いたいんだ」と、小さく呟いた。

 

「――もう、どこにも行っちゃ、ダメだよ」

「!」

 

 ボロボロに傷付いた少年を絆す、少女の一言。

 一度壊れて、バラバラに砕け散って、もはや本人ですらどんな形か思い出せなくなった彼の心を――彼女は今でも探してる。

 まざまざとそれをわからされて、指が震えた。

 わかってるんだ。わかってるんだけれど。

 

「もう、十分傷付いたじゃない」

 

 うぬぼれなんかじゃない。本当に自分を救おうとしている人間がいる、と。そう思えば思うほどに、胸が締め付けられるように痛んで、苦しくて、息が詰まる。

「許されちゃいけない」と「戻りたい」のせめぎ合いは、本心をかんじがらめにした。

 ――例えば、こんな話。

 自分がもっともっと強くて、誰かにとっての希望で、ちゃんと誰かから必要とされて、何かを成し遂げられる人間だったなら。ヒーローみたいだったなら。

 救われてよかったのか。許されてよかったのか。

 現実の自分が、一番なりたかったもの。もし本当にそれになれていたなら――“僕”は戻ってもよかったのか。

 

「みんな、コータを拒まないから。コータを待ってるから」

 

 情けない、情けない。

 彼はいつだって逃げてきた――自分にとって口当たりのいい、優しい世界だけで生きてきた。いつだって苦しいことや辛いことは、「誰かがやってくれるだろ」なんてのたまって、目を逸らしてきた。

 どこで一歩踏み出すのが正しいのか。どんな風に前に進むのが正しいのか。そもそも自分にそんな資格はあるのか。

 あまりに逃げすぎて、もうどうすればいいのかさえ、わからなくなっていた。

 

「――……よ」

「……?」

 

 だから。

 

 

「――うっとうしいんだよ!!」

 

 

 また、突き放してしまった。

 

「……!」

「理由もないのに! 優しい言葉かけんなよ!」

 

 差しのべられた手を、払いのけてしまった。

 

「俺は裕樹(ゆうき)を殺したんだぞ――お前らの居場所を、奪ったんだぞ!?」

「…………」

「そんな奴を誰が許す? 誰が受け入れる? お前だってッ!」

 

 きっと、彼女にだけは「許す」とでも、言ってほしかったのかもしれない。

 惨めで馬鹿な話。

 立ち上がった光汰は、爆発して溢れ出る感情を思うがままにぶつける。室内に、彼の震える怒号だけが虚しく響いた。

 

「哀れむなよ……、嘘はもういいんだよ……」

 

 ピクリと一回、軽く跳ねたまま固まって動かない。そんな彼女の後姿に、少年は切れ切れの息で。

 

 

「もう、ほっといてくれよ!!」

 

 

 とどめの一言をぶつけた。

 無音。それはほんの数秒だけだったはずなのに、どうにも長く感じられ、時が今という一瞬を過去に流すたびに、少年は罪悪感に蝕まれた。

 我に返れどもう遅い。

 小さく「ぁ」と漏れた声に、後悔の念が混じっていた。

 背中で見えないが、確かに聞こえたカチリ、とガス台の火を止める音。続けざまに鳴る水流の音は、きっと蛇口から。茉優はあっという間に料理の後片付けを終えた。

 

「そっか――コータにとって、ボクの言葉は苦しかったか」

 

 そして小さく呟いた。

 彼が何かを返す前に、茉優はただ一言。

 

「ごめんね」

 

 そう残して、いつものにっこり笑顔で振り返った。

 ――隠しきれなかった涙を、頬に伝わせながら。

 

「ま――……!」

 

「ってくれ」。いくらひりだそうとしたって、出せない言葉。やがて掌がそれを越えて前に出た。それでも遠ざかる彼女を掴めなくって。

 そのまま彼女は、光汰の部屋を出ていった。

 

「………………」

 

 ――ユグドラシルより戦極ドライバーを渡されたビートライダーズは、皆その力に魅せられた。

 光汰と茉優がいたチーム“鎧武(ガイム)”のリーダーであり、光汰の親友でもあった『角居(すみい)裕樹(ゆうき)』も、その一人だった。

 まるで何かに憑りつかれたかのようにドライバーの力を愉しむ裕樹を危険視した光汰は、彼を止めんとインベスゲームを挑み、戦った――そしてその果てに、彼を死なせてしまった。

 

『あの時、死なせなくとも止められたかもしれない』

 

 この悔恨と罪の意識こそが、彼を長きに渡って縛り付ける鎖となっているのだ。

 

 

 

 ただそれでも、確かな優しさを持って接してくれた人間を突き返すのは、褒められたことではない。

 それは光汰にもよくわかっていた。

 

「最低だ、俺……」

 

 省みたところでもう遅い。誰もいなくなった部屋で、ちゅうぶらりんになった独り言。

 力なくどさっ、とベッドに倒れこみ、天井をぼんやり見つめる光汰。

 何をしよう。謝ろう。明日。

 その前に彼女がせっかく用意してくれたものだし、夕飯に手を付けよう――。

 そう思った時だ。

 

『きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 突如聞こえた耳を劈くような女の悲鳴に、光汰は飛び起きずにはいられなかった。

 そうして「なんだ」、と言う前に頭は勝手に回り始める。

 伝わった声の大きさから考えるに、場所はおそらく外。それもすぐ近く。

 

 ――嫌な予感がする。

 

 光汰は現状を確認したところで、胸で渦巻く不穏な感覚が告げる通りにロックシードを持ち、マンションを駆け足で出た。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「こ、こないで……!」

 

 マンションすぐ下の歩道。腰を抜かして消え入りそうな声で、ある眼前の存在を拒む少女がいた。

 

「グヴヴゥ……」

 

 そんな目に見えるほど怯える少女の意思など知らないで、インベスという怪物は彼女にひたひたとにじり寄る。

 牙と爪は鋭く尖り、体表に細かく敷き詰められた半金属の鎧は、なにやら鱗のようで。半端に伸びた首と歪むだけ歪んだ長い顔は、相対する者に薄気味悪い印象を与える。夕陽(せきよう)の色付けは、緑の体色には実にミスマッチ。

 セイリュウインベスが、そこにいた。

 足元には砕け散ったロックシード――しかしモチーフのフルーツすらわからないほどにバラバラにされていた。おそらくこれが彼女の抵抗の痕跡だろう。

 

「い、いや……なんで、なんで人を襲うのよ……」

 

 絶望にまみれたその問いかけも、無残に夕影に沈んでいく。

 セイリュウインベスは、彼女の連続的に漏れる二酸化炭素の「は、は、は」という音を、牙同士をかち合わせる音で消してみせる。まるで助けなど呼ばせないと言わんばかりに――。

 

「ヴヴ……ガア゙ア゙!!」

「いやああああああああああっ!」

 

 そしてセイリュウインベスが少女を食い殺さんと駆け出した。

 

「こんの――ッ!!」

 

 次の瞬間のことだった。

 彼女の視界にいた怪物が、いつしか金髪の少女にすり替わっていた。

 正体は悲鳴を聞きつけ、駆け付けざまにインベスにタックルをくらわせた、茉優だった。

 

「ウアガァ……!」

 

 助走たっぷりの体当たりだ――ダメージこそないが、ふっ飛ばす衝撃だけならなかなかに。

 わずかにできた(いとま)で「大丈夫!? 立てる?」と少女に訊ねる茉優だったが、少女は相好を恐怖に歪め、瞳に涙を浮かべることしかできない。そんな中で必死に幾度と頷く。

 どうやら足が竦んでいるようだった。

 

(こいつが噂の、改造ロックシード……!)

 

 前もって話を聞いているだけあって、茉優の判断も早い。

 だが、それを知ったところで何をできるでもない。一年前の裕樹の死を境にチーム鎧武は解散、同時に茉優もインベスゲームを引退し、ロックシードなど持っているはずもなく。

 

「くっ!」

 

 ダメもとでまさぐったポケットにも何もありはしない。

 のんきな真似をしている間にもセイリュウインベスはその身をもたげて、こっちを向く。

 どうする――。

 

「グ?!」

 

 ようやく起き上がったセイリュウインベスだったが、今度は背後から石ころをぶつけられた。

 そうして本来の獲物に背を向けた怪物の先には、

 

「コータ!?」

 

 茉優が名前を呼んだその人物に、間違いはなくて。

 

「その人連れて逃げろ!」

 

 駆け付けた光汰はダメ押しにもう一度、セイリュウインベスめがけて石ころを投げる。

 ダメージは要らない。注意さえ引ければ。

 

「でも、コータはどうするの!」

「来るまで時間稼ぐから、警察連れてこい!」

「警察でどうにかなるの!?」

「わかんない……!」

「そんな!」

「なんとかする! ――だから逃げろ! 早く!!」

 

 茉優は戸惑いつつも、一際語気を強めた光汰に促されるがまま、彼女を背負って一目散に逃げ出した。

 手立てなんてない。それは茉優だけでなく、光汰も一緒だ。

 だが、今はこうするしかないと思う。

 

「そうだ、そのままこっちだけ向いてろ、バケモノ……」

「ガアァァァアアアア……」

 

 茉優と少女が無事逃げおおせたのを確認し、光汰は新たな獲物――即ち自分を狙うセイリュウインベスに話しかける。

 眼だけをきょろきょろと動かし周囲を把握するも、インベスを操作しているマスターが見当たらない。これだけで話し合いに応じる気はないのだとわかる。

 相手が身を小さく屈めた事で、いよいよ少年も逃げられなくなった。

 防衛本能が鼓動という警鐘を鳴らす。これは間違いない、襲い掛かるつもりだ。

 

「ヴオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「ッ!!」

 

 そう思った途端に突っ込んでくるのだから、期待を裏切らない。悪い意味で。

 抉れるアスファルトの音。

 セイリュウインベスが地を蹴った瞬間、光汰は一気に酸素を吸い込んで目をかっ開き、手の中にあったヒマワリロックシードを勢いよく解錠した。

 

『バトル、スタート!』

 

 音声が鳴ると、目と鼻の先の空間に一時的な裂け目が出来上がる。

 腕を振りかぶる龍の怪物と、両腕で自身を庇う人との間に割って入った怪人が、その研ぎ澄まされた鋭利な爪をがしりと止めた。

 

「キュゥウウウゥ……!」

「グヴアアアアア!」

 

 額面通り面と向かった力比べと鳴き声勝負。

 光汰が召喚したのは、全身が丸い灰の外殻に覆われただけのシンプルなデザインの――固有名称を持たない低レベルの初級インベス。

 それはセイリュウインベスよりもうんと頼りない体躯ではあるが、肉薄した敵を威嚇できるだけの威勢はある。

 だが所詮は“それ”だけ。

「どうするか」なんぞと考える暇すら与えてくれそうにない。

 殺意に満ちた気配に、正規のインベスを遥かに超えた筋力――一目すればすぐわかる。

 通常インベス、それも低レベルなんかに勝てやしないなんてことぐらい。

 

「キュ、キュ……!!」

「ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」

 

 裏打ちするように、セイリュウインベスが均衡をむりくり崩し始めた。掴まれた右腕をさらにぐいいと押し込む。

 させまいと踏ん張る初級インベスだったが、その様子はただ大人の力を前に見苦しくもがく子供でしかなかった。

 これが改造ロックシード。

 圧倒的な力。

 玩具の範疇を、逸脱していた。

 

「キュゥウウゥゥ!!」

 

 光汰が敗北を確信してその場から離れた直後、初級インベスがざくり、とその爪でひと突きされる。あっけなく力負けして腹部を貫かれ、うめき声を上げながら光の粒となって消滅していく。

 無限数に散らばった光の粒子から現れたセイリュウインベスが、眼光を飛ばしていた。

 次はお前だ――そう言われているような、気がした。

 

「やっぱり、こうなるのかよ……!」

 

 太陽は光汰を見捨てて西へ西へと逃げてって、気付けばもう日没はすぐそばで。世界から徐々に消えゆく光は、彼をどん底に叩き落す。

 ひっきりなしに起こるまばたき。万事休すか。

 

「…………ッ」

 

 まだだ。

 光汰は間抜けに空いていた口を閉じた。そして至急腰のポーチに手を突っ込んで、たちまち手にひやりと伝わる感覚を縋るように握りしめた。

 そしてポーチの中から引き引いたその手の中に在ったのは――戦極ドライバー。

 こうなるのは目に見えていた。だからこそ持ってきたのだ。

 まだ望みはある。でも彼には、

 

「……動け」

 

 その望みを叶えるだけの、覚悟がなかった。

 ドライバーを握る手を震わせながら、彼は自分に「動け」と。何度も言い聞かせる。

 ついさっきまで普通に動いていた自分の体が、まるで別人のもののようにコントロールが利かなくなって。こわばった筋肉が脳の命令をずっと拒んでる。

 バックルをたかだか腹に付けるだけなのに。

 無情にもセイリュウインベスはこちらに向かって歩いてくる。ダメだ。いけない。せっかく取った距離がもう詰まる。

 

「おい動け、動けよ!! お前死ぬぞ!! このままだと死んじまうぞ!!?」

 

 無理もない。ずっとずっと拒み、逃げ続けて、封印してきたものだから。

 そんなその場しのぎな言葉で。

 その日暮らしみたいな動機で。

 何も変わる訳がない。

 されど少年は手中の材質不明な塊に爪を立て、空に向かって叫んだ。

 

「頼む動けよ――――動いてくれよォォォォォ!!!!」

 

 日が完全に沈んだ。ついに、彼の手は動くことはなかった。

 脱力した掌から落とされた戦極ドライバーが、地面を侘しく転げた。

 目の前に立ったセイリュウインベスが、膝から崩れ落ち泣きじゃくる光汰を見下ろす。そしてゆっくり、腕を振り上げ――。

 

「………………」

 

 下ろした。

 つもりだった。

 

「グ……!!!!」

 

 またしても、邪魔が入ったのだ。

 腕をにがっつりと組みついた、もう一本の腕。太さは平均、間違いなく人のモノだった。

 

「フン!」

「グァア゙!」

 

 怪物に腕を組みつかせたその人間は地についた足を踏み張って、上半身をぐわんと回し、あろうことかそれを投げ飛ばした。

 その尋常ならざる力の主が、少年の前に立った。光汰の目がそこへ行くのも必定であった。

 

「――腰抜けか、或いは使い方をわからないか」

 

 不思議な既視感。

 吹き始めの夜風に翻された漆黒のコートが、宵闇の中を妖しく踊る。

 着ていたのは茶髪の青年。

 身長も平均的で、そこらの人間と特別な違いもなく、正直あの力がどこから出ていたのか――考えれば疑問符がつく程には、その外見は“普通”だった。

 そう、外見は。

 

「どちらでもいいことだがな」

 

 光汰の不満足な語彙では上手く言い切れなかったが――手近な表現では雰囲気、だろうか。オーラでもいいのか。

 彼の背中から伝わる名状しがたい何かは、見てくれに反して明らかな力強さがあった。

 そう、まるでいくつもの修羅場を潜り抜けて、鍛えられてきたかのような――そんな力強さが。

 突然現れた青年はセイリュウインベスに、

 

「この前はうちの連中が世話になったな」

 

 そう吐き捨て、どこからともなく戦極ドライバーを取り出した。

 光汰の涙に濡れていた目は、一瞬にして丸くなる。

 そんな少年の仰天もお構いなしに、手にしたドライバーを腹に取り付けた青年。すると腰周りを走る、一本の銀のライン。それはやがてベルトの端と端を結び付けた。

 小さく鳴るラッパ音に続いて、ドライバーの左側にアーマードライダーの横顔が浮き上がる。

 

「よく見ていろ間抜け」

 

 そう言って少年を一瞥した青年は、おもむろに手にしたロックシードを解錠した。

 

『バナナ!』

 

 スライド式のスイッチを上へと押し込むと、どこか英語っぽく木霊した音声。

 空の一部が丸く切り取られた。切り取られた世界の穴から鎧の塊が現れた。

 

「こいつの使い方を教えてやる」

 

 そのバナナ型の錠前は、掛け金を通った人差し指にひとたび回されてから、戦極ドライバーへ装着される。

 そして掛け金ががちゃりと下ろされ、しまいには完全に離れなくなった。

 

『ロック・オン!』

 

 たちまち聞こえたファンファーレ。それは、彼の勝利を願って鳴り響く――。

 

 

「変身」

 

 

 ドライバー右の刃状の飾りを下ろした直後、ロックシード前面が輪切りの要領でかぱりと開かれた。

 

『カモン! バナナアームズ!』

 

 すると漂っていたバナナ型の鎧が降臨、青年の頭部に被さって、全身に強化スーツを纏わせる。そして、

 

「バナナ!?」

 

 

「――バロンだッ!!」

 

 

『ナイト・オブ・スピアー!』

 

 完全なる鎧として展開された。

 

「お、まえ……」

 

 目の前に顕現した、赤と黄のアーマードライダー。光汰はしゃがみこんだまま、図らずも白眼の面積を広くした。

 初めて会ったはずなのに、確かな謎の既視感――漸く正体がわかった。

 

 あの、赤と黒のコートも。

 

 この、騎士型のアーマードライダーも。

 

 幾度となくテレビで観た姿。

 

 いついかなる時でも敵を正面から叩き潰して勝利するその勇姿は、人々に憧憬と畏怖を与えていた。

 

 彼はこいつを知っている。こいつの、名前を知っている。

 

 最強と謳われた、こいつの名前を――。

 

 

駆紋(くもん) 戒斗(かいと)

 

 

 現ビートライダーズ最大勢力“チーム・バロン”のリーダー、駆紋戒斗。

 

 

「死にたくなければとっとと消えることだな、腰抜け」

 

 

 ――最強と謳われたアーマードライダーが、槍を携えここにいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。