仮面ライダー鎧武 The Genesis of Children 作:裏腹
闇が深くなる、道路のど真ん中。
周囲の黒に紛れた白線の模様も、一人と一体の大立ち回りを前にすれば擦り切れる。
車が通る道というに、そこは不気味なほどに静まり返っていた。
「フン!」
払い上げ。
「ハッ!」
振り下ろし。
そして踏み込み――。
「セェェェェェェッ!!」
突き。
突き、突き、突き、突き。
「セイ!」
「グア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
バロンの得物、長槍『バナスピアー』がセイリュウインベス相手に暴れまわる。
持ち主のその卓越した巧みな取り回しにより、じわじわと削ぎ落とされていく堅牢な皮膚。
バロンの猛攻が止む。今だ。
漸くできた隙。ノックバック後に飛び込んだ。そして繰り出す、強靭な爪を用いた横の一閃――。
「無駄だ!」
届かなかった。
何も難しいことはない。敵が一撃を与える前に、バロンが迅速な一撃を喰らわせただけのこと。
刺突というカウンターを手痛く浴びせるバロン。見事にそれを見舞われたセイリュウインベスは情けない咆哮を上げながら吹き飛び、跳ねて、ごろごろ地を転げて舐めずって。
「ア゙ア゙ア゙ア゙……」
「どこを見ている」
「ア゙――!?」
伏した紅いビー玉のような目を上げると、そこに反射していた至近距離の二本角。
「いつの間に――」セイリュウインベスはそんなマスターの声を代弁するかのような反応を示す。
示したところで、もう遅いわけだが。
「おまけだ、持ってけ!」
「ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
立ち上がりかけた敵に、バロンは容赦なく上から追撃のスピアーを叩きこむ。
まさに圧倒的。
その半金属となった皮膚の防御力を以てして攻撃を受けきり、最強のアーマードライダーを叩き潰してやろう。きっと今もどこからか見ているセイリュウインベスのマスターは、そう思っていたのだろう。
だがそれは叶わなかった。
「盾があるなら壊れるまで叩けばいい」「反撃してくるならその暇を与えなければいい」
こんな短絡的にして稚拙な戦法でも、実現できればこうも強力で、恐ろしい。
アーマードライダー・バロン――駆紋戒斗にはそれだけの力がある。技がある。
「………………」
彼の戦いを実際に目の当たりにして。光汰は声が出ない。言葉が出ない。
虚ろにあんぐりと開口し、まるで別の生き物を見るかのような眼差しを送っていた。
「さて、と。なかなかにしぶといようだが、どうする?」
何度地に叩き伏せたかわからなくなる頃。
バロンはうつぶせに倒れるセイリュウインベスの背を足蹴にして、何やら話しかける。
「まだやるか? 俺は一向に構わんぞ」
そして余裕綽々でそう言い放ち、スピアーを後頭部に突きつけた。
勝負あった――誰もがそう思ったことであろう。
「グ……ア゙ァ」
怪物の肉体が輝き始める、その瞬間までは。
「――――!?」
突如不気味に唸りだすセイリュウインベス。異変をいち早く察知した戒斗は、即座にセイリュウインベスからバックステップで離れた。
何かに悶え苦しむようにも見えるそれは、その激しく損傷した体から四方八方に青白い光芒を飛ばす。
依然バロンは身構えている。
離れた位置の光汰からでも、その異様さは容易に把握できて。呟かれた「なんだ?」という言葉が、状況を認識できている証。
『レベルアップ!』
その刹那、戦場を駆け抜けた音声が、この現象の正体を自ら明かした――。
「ヴ、グアアアアアア!!!!」
「ぬッ……!」
「う、っ……ああぁーーーーーー!!」
セイリュウインベスは溜め込んだモノを一気に解放、発散するように、強烈な衝撃波と光を辺り一帯にまき散らした。付属してきた叫びが、聞く者の耳をも痛め付ける。
戒斗こそ変身状態で強化されてるゆえにダメージこそなかったが、生身であった光汰はもろにエネルギーの奔流を受けてしまい、思いきり吹き飛ばされた。そのまま近くのフェンスに激突し、背中を強く打ち付ける。瞬間的な痛みが彼の顔を苦悶に染めた。
そして小さく呻きながら見直した光景には、
「ウグオ゙オ゙オ゙……」
「……!」
進化したセイリュウインベス――強化態が映っていた。
長くなった腕。伸びた首と尻尾。特に尻尾は引きずる事ができるほどには伸びた。
肉体各所に棘が増えており、人間で云う犬歯にあたる部分の牙は一際成長し、より攻撃的に。
延長された角は人によっては見るだけで怯んでしまう。損傷した体表の鎧も再生されるばかりか、さらに強固なものへと変わっている。
レベルアップで強化され一回りほど巨大化したその姿は、間違いなく人のそれから遠ざかっていた。
「とことん厄介な奴だな、この改造ロックシードというのは――!」
眼前の人ならざる異形を前に、尚も闘争心をむき出しにする戒斗。
彼は直感でバナナのロックシードでは勝てないと悟ったか、形態を変えるためにマンゴーロックシードを取り出した。
「グア゙ア゙ア゙!!!!」
させまいと咆えたセイリュウインベスは、大きく開けた口から
「くっ!」
受けきれない――その事実はこの大きさと、速度が。物語っていた。
咄嗟に横に跳んで紙一重で避けた戒斗の背後で、爆発が起きる。どうやら光弾は街路樹に直撃したようで、火だるまとなってアスファルト上で寝転んでいた。
その様相を瞥見してセイリュウインベスへ向き直る戒斗だったが、そこに敵はいなくて。
「なに」と言いかけるも、そう言いきるより先に、この場から遠ざかる後姿を捉えた。
「チッ……!」
逃げられた――――。
戒斗は八つ当たるように目の前の空間をバナスピアーで一閃する。そして舌を打ちながら、腹部の切り開かれたバナナロックシードを閉ざした。
それにより、バロンのスーツと鎧は光の粒となって霧散した。
「………………」
再び青年の姿とまみえる光汰。同じように、戒斗もその切れ長な目を彼へと向ける。
一方は羨望のような。一方は憤怒のような。それぞれの意味が込められた双方の視線は、燃えゆく街路樹の前でかち合った。
互いに何を言うでもなく過ぎ去る数秒。
尤も片方は「言わない」のではなく、「言えない」という表現の方が、正しそうだが。
「人間は二種類に分けられる」
飛び出した戒斗の一言が、図らずもこの静寂を打ち破る。
そうして自分に向かって歩いてくる青年を、光汰はただ座り込んだままぼうっと見つめていた。
「弱者と、強者だ」
胸ぐらを掴まれるまでは。
無理矢理その身を起こされ、あれよあれよと浮く光汰。肉薄した驚きで目をかっ開くが、そんなこともお構いなく、戒斗は続けざまに語気を強めて言葉を浴びせる。
「そして弱者は、さらに二つに分けられる」
「……!」
「一つは己の力に溺れ、理性も失くしてただ破壊を愉しむだけの破壊者」
「はな、せっ……!」
「もう一つは、己で力を持ち、戦う覚悟すらない臆病者だ」
「うあっ!」
光汰の抵抗なんぞ、戒斗からすれば屁でもない。
言いたいことをひとしきり言うと、身を必死によじって暴れる弱者を突き放した。
光汰はどし、と勢いよくしりもちをつく。
「貴様は後者だ」
そして、臆病者と。そう吐きかけられたのだ。
すぐさま無様な姿のまま「誰が!」と啖呵を切るも、長続きはしなくて。返す言葉は一瞬で尽きた。
「何が違う? どう違う?」
「……っ!」
「何も違わないだろう」
戒斗の瞳からおぼえる、得も云われぬ感覚。
恐怖のような、憧憬のような、劣等感のような。それがぐるぐると頭の中で渦巻いて、光汰の発話を悉く阻む。
自分には絶対にない、確かな『何か』を宿した彼の眼――強者の目に、「自分が弱者だ」とわからされる。是非も及ばないままに。
「――覚悟もないまま武器を振るう事ほど、愚かで醜いものはない!」
冷たく鋭い眼光が、胸に痛々しく突き刺さる。
息が詰まって、涙がこぼれそうになる。
事実を事実のままに伝えられてるだけなのに。彼にはそれがどうにも悔しくて、辛くて。情けない自分が憎たらしくなって。
「ーーーーーーッ」
そのうち耐えられなくなって、逃げ出した。
地面を押し下げて立ち上がり、駆け出した。
「フン」
戒斗は涙をぼろぼろ落としながら夜道を走る少年を一瞥してから、彼が忘れていった覚悟の
「――くだらん」
そして、そうひとりごちって、それを元あった場所に置いた。
* * *
雲一つない空に、月が昇った。
太陽が留守の静かな世界を、彼に代わって柔らかな明かりで照らし出す。
そんな夜更け。
「っ…………っ……」
光汰は眠ることも出来ないで、声を殺して泣いていた。
布を力いっぱいに握りしめる音だけが、室内に虚しく響く。
「――……」
その音を遮るドアの向こうで、一人立ち尽くす茉優。
まるで迷いを溜めるように、表情を曇らせたまま、両手で持った戦極ドライバーを見つめていた――。
* * *
いつか彼女に渡した、自分の部屋の合鍵。
それからはずっと、彼女が「おはよう」と言ってくれていた。朝の訪れを教えてくれていた。
他人にとってみれば、「だからどうした」という話になるのかもしれない。
けれども、彼にとっては、それがたった一つの繋がりだった。何にも代えがたい人との絆だった。
そしてその絆も潰えてしまった。いや、潰えさせてしまった。
「へ――茉優、今日来てないんですか?」
それは今朝、本来聞こえるはずの「おはよう」がなかったことで、確信に至った。
「起きろ」とうるさく言われてた間は散々惰眠を貪っていたくせに、言われなくなった途端に劇的に良くなる目覚め。なんだか不思議なもので、物寂しくもあって。
その感覚を堪えて、光汰が朝早くに向かったのはDrupeRs。
今日は茉優のシフトが入っている日だった――はずなのだが。
「ああ、今朝早くに急に電話きて、休むってよ」
「そう、ですか」
「なんか用事でもあったのか?」
「いえ、ちょっと野暮用が……」
光汰は「謝りに来た」という本来の目的を話すこともなく、苦々しく笑ってなあなあにしてみせた。
それを見て、腕を組みながら「ふうん」と、片眉を上げる阪東。
彼の訝る視線の中で、光汰は茉優の居場所を推測する。しかし十数秒の短考で思いつくはずもなく、とりあえずは彼女の自宅に向かう、というひとまずの答えを出し、
「すいません、お邪魔しました」
阪東に別れを告げる。
そして身を翻して、出入り口のドアへと手をかけようとした瞬間のことだった。
「あ」
先に外から誰かが戸を開けたのだろう、自分から遠ざかった金のノブに一瞬、小さく驚く。
「……!!」
そうやって開かれたドアの先にいた相手に、光汰はさらに吃驚することになる。
赤と黒のコートに、左に流れる茶髪。そして思わず逃げ出したくなる攻撃的な眼――昨日会った相手と完全に一致する特徴。
光汰とてまさかとは思ったが、泳ぎ目で必死に捉えたその面(つら)の所為で、再会を認めざるを得なくなった。
「また、お前か」
「駆紋……!」
それは邂逅から、実に一日足らずの――。
* * *
時刻は、午前一○時。
DrupeRsは朝陽に照らされていた。ほどよく入る日の光が、なんともいえぬ風情を醸し出す。
開店から間もないため客足も緩やかで、穏やかで、実に過ごしやすくて。
「はい、コーヒーおまちどう」
阪東がおかわり自由の自家製コーヒーを配膳する。客はいずれもカウンター席に座する、二人の若い男性。
双方の間には椅子二つ分のスペースがあり、とてもじゃないが仲が良いとは思える様子ではなかった。
戒斗が先に口を付けたのを合図に、光汰も自分に出されたコーヒーで一服する。
お互い目を合わせるでもなく、ただ黙々とコーヒーを飲み進めた。
「……なあ」
そのうち、光汰は何かを思い出したようで、そのまま戒斗に話しかけた。
無言で自分の方を向いた仏頂面に、おそるおそるある質問を投げかける。
「戦極ドライバー、あれからどうした」
「知らん」
適当に返しているようにも取れる食い気味の返事に、光汰は「は?」と一言漏らす。
「どう、って……拾ったんじゃないのか?」
「尻尾を巻いて逃げた弱者の力なぞ、俺は必要としない」
がちゃ、と多少乱暴に置かれたコーヒーカップ。
少々苛立つ光汰であったが、それは戒斗も同じようで。険を顕わにして立て続けの質問にそう答えた。
背もたれにぐいいと腰かけ、組み合わせた脚がより彼の挑発的な態度を強調する。
「俺が持っていたなら、返してもらおうとでも思ったのか? 持ち腐れというのに」
「なんだと!」
「事実だろうが」
戒斗にあれよあれよと煽られ、光汰も半ば逆ギレのようにヒートアップし、最後には立ち上がった。
少ないながらも彼らは客の目を集め、悪い意味で目立ってしまうこととなる。
数秒後、見かねた阪東が「やめろ」と一言ドスを利かせて、それを機に収まることになるのだが。
「――今朝、うちの連中の一人が、改造ロックシードについて色々と聞かれたらしい」
暫しの沈黙をかき切る戒斗の言葉。光汰は改めてそれに耳を欹てた。
チームバロンの一人が、とある人物に改造ロックシード騒動について訊ねられた、と。
「相手は、青のパーカーを着た金髪の女、だそうだ」
「!」
「貴様の仲間なんじゃないのか」
「まさか……」
「持っているとすれば、そいつだろう」
金髪に青のパーカー。茉優のトレードマークだ、間違いない。
だが彼女がそんな話を、それもわざわざ自分と無関係の者に聞いて回って――一体何をしようとしているのか。
そんなものは彼女と六年来の付き合いの光汰からすれば、潜思の必要もなかった。
「あいつ……!」
「一人でこの問題を解決するつもりだ。そう考えれば、今日バイトを休んだのも合点がいく」というのは、光汰のモノローグ。
昨日の今日ゆえ、改造ロックシードの恐怖はまだ忘れていない――大切な者を危険から遠ざけたいと思うのは、きっと自然な事。
光汰はカップに半分も残っていないコーヒーを飲み干して、再び勢いよく立ち上がる。
「どこへいく」
それをふんぞり返ったままの戒斗が止めた。
「どこって、その友達を探しに!」
「無駄だ」
「!」
「どういう腹積もりかは知らんが、逃げたところでその場しのぎにしかならない。理由のない悪意は、また襲ってくる」
被害者を見るに狙いは無差別――手口も様々。既に相当数の改造ロックシードが出回っているのは疑う余地もない。
今回のセイリュウインベスによる傷害の一件など、氷山の一角には過ぎない。戒斗はそう言うのだ。
「だ、だけど! 理屈じゃなく、守りたい大事な人が――!」
「消えると言っている。逃げたところで」
ぶつ切りの言葉で紡がれた反論も、即座に潰されて。
「どんなに遠くへ逃げても、弱きものは必ず滅ぶ。たとえ今降りかかる危機を回避したところで次、そのまた次と、困難や障害は立て続けに降りかかる」
まるで、昨日の夜のように。
「貴様のような弱者は、どれだけ足掻こうと滅ぶしかない。ただそれが、遅くなるか早くなるか――それだけのことだ」
「っ……――!」
光汰は拳を震わせる。言葉に詰まる。また、返せない。何も言えない。
力がないから。勇気がないから。
「この件はビートライダーズが関係している以上、俺の問題でもある。下手に首を突っ込まれて、妙な真似をされても困るんでな」
そして、
「もう一度丁寧に言ってやる」
何よりも。
「二度とこの件に、関わるな」
――弱いから。
俯く光汰を容赦なく貫いた、戒斗の冷たい瞳。それは彼の心の傷を抉り広げて。
きっと戒斗という強者からすれば、覚悟もないままに行動する
だけど彼にも言いたいこと、願うことはちゃんとあって。されど伴わない行動がその発露を許さない。
戒斗はカウンターに料金を置くと席を立ち、すたすたと光汰の横を抜けて店を出る。
「…………」
彼は最後までその姿に喰らいつけぬまま、情けなく俯いていた。
また目が潤んできた。でも、涙がこぼれないように上を向いてしまうと、今度は情けない顔を晒してしまう。
そんなジレンマ。両刀論法。
息が小さく乱れて、歪む視界。
もうダメだ、なんて考えた。
輪郭が乱れゆくカウンターテーブルに突然、一杯のコーヒーが出される。
「!」
それを運んだいかつい手に反して、「もう一服」と促すその声は、
「早く座んな、冷めちまうぞ」
とても温かいものだった。
* * *
自分から深くは聞かない、踏み込まない。
だが、全てをかなぐり捨てて丸裸のまま突っ込んできた相手は、真っ向から受け止める――それが、阪東清治郎という大人。悩み多き若者たちの支え。
DrupeRsの日頃の繁盛の背景には、人情味あふれる彼の人柄もあるのかもしれない。
「ねえ、阪東さん」
二杯目のコーヒーをちびちびと飲んでいた光汰が、重たげに口を開く。
テーブルの上で重ねた二本の腕が、もぞ、と動いた。
対して阪東はすることもないので、暇そうにカウンターに寄りかかり「んー?」と返す。
「強さって、なんですかね」
そしてあまりに突飛な質問に、思わず目を丸くした。
まあそれも一瞬のこと、揺らぐ若者の問いかけとするなら、別におかしなものではなくて。即座に聞き入れられるのも、きっと彼が持つ大人の余裕というものだろう。
「んん、そうだなぁ」と、唸りながらに真剣に考える阪東。
光汰は返ってくる言葉を黙って待つ。人に求めるものではないと、わかってはいるけど。参考にでも訊ねてみるのは、きっと悪いことではないと思うから。
「簡単に言ったら――『自分の芯を通す時に、必要なモン』なんじゃねえかな」
「……芯?」
「そうだ」
反芻して理解を試みる光汰に、阪東はさらに続ける。
「人間ってのはさ、誰にだって『自分の信じるもの』とか『自分のしたいこと』ってのがあるんだよな」
「それが、芯」
「そいつを曲げずにい続けるってのは、すんげえ難しいことでさ」
「…………」
「ま、そんなモンを貫き通すために持たなきゃいけねえモンが、『強さ』ってやつなんじゃねえかってね」
「……強さがないから……曲がって、しまう」
こくん、と一回頷いた。
「弱いからこそ――、折れちまうのさ」
直後光汰は、驚いたように目を大きく見開いた。
二人でカウンター越しに面を見合わせ、連ねた言葉。
それはなんだか頭のずっと奥で二重に響いて、光汰の胸にストンと落ちた。そして今までぽっかり空いていた穴に、ぴったり嵌まった気がした。
靉靆と立ち込めていた靄が、晴れた気がした。
「光汰は、よ」
「はい」
「本当に自分の信じるものや、したいことはあるか?」
『どうすればいいか』じゃなくて『どうしたいか』。
優しく笑んで問いかける阪東に、
「……あったかも、しれないです」
少し間を置いて、光汰も微笑んで応える。その様子はなんだか憑きものが落ちたみたいで。
弱いから逃げていたのではなくて、逃げていたから弱かっただけ。
変えられなかったのではなくて、変えなかっただけ。こんな簡単なこと。
ほんのちょっとでも、自分で自分を許してやれば。肯定してやれば。
自分の在り方なんて、すぐに見つかって。
「今は?」
「たぶん……、ないです」
「だから」。
すかさず言の葉をつなげてから、少年は今一度起立する。
「ちょっと思い出しに行ってきます」
そして金を置き、走って店を出た。
阪東は致された眩い一礼を、しかとその目に焼き付け、彼を見送った。
「まいどあり」
自分で『本当の自分』を探しに行った――少年を。
* * *
整備されきった芝一面を断絶する、一本のコンクリートの道。
都会の川沿いというのは、「いかにも」という感じで人の手が入っている。時に子供たちの遊び場になったり、老人の散歩道になったり、
「……よし」
少女が物思う場になったり。
落下防止の柵に腰かけていた茉優は、深く一呼吸して、胸元の高さに持ってきた右手を凝視する。
その中にあったのは、『L.S.-06』とナンバリングされたイチゴのロックシード。
彼女がビートライダーズだった頃、ずっと愛用していたものだ。
よほど大事にしていたのか、塗装が剥げていたり、掛け金の可動部が少しばかり緩かったりと、年季を感じさせる。
「ボクと一緒に、守ってね」
茉優はそれに向かって願い、左手の平でイチゴの装飾の表面を撫した。
「何を一人でぶつくさと言っている」
そんな彼女に声をかける男、戒斗。
青のパーカーに、金髪の少女。報告にあった通りの出で立ちの部外者に、釘を刺そうとやってきた。
「キミは、チームバロンの」
「駆紋戒斗だ。なんだかこそこそと嗅ぎまわっているようだが、死でもお望みか?」
『はじめまして』よりも先に。
振り向いた茉優に手早く名乗り、挨拶と言わんばかりに高圧的な態度で振る舞い始める戒斗。きつい物言いからなった発言は、どうも川のせせらぐ音でも消せないらしい。
しかし物怖じの「も」の字すらない茉優には、彼の言葉に生えた棘など刺さるはずもない。
「ううん、この問題を解決しようと思って」
「……なんだと?」
この図々しさすら覚えるあっさりとした返答が、証拠だ。
力なき者のあまりにも無鉄砲で愚かしい回答は、怒りや驚きを通り越して、ただただ戒斗を呆れさせる。
ふう、と厭そうにため息をつき、閉ざした目。
「ずいぶんな自信だな。さも自分でできるかのような言い方じゃないか」
「できないよ。でも、やるよ」
茉優はそんなことも意に介さず、身の丈に合わぬ大言壮語をまるで道化の如き軽々しさで並び連ねた。
その表情に緊張はなく、むしろ柔らかい。
「そんなもの一つでか」
青年が指さす先には、頼りない見てくれのイチゴロックシード。
厄除けの御守りにすらならなさそうな“そんなもの”で、何ができる、と。そう問う。
「ちょっと、バカにしにきたの?」
眉をひそめる茉優。
そして「これでもうちの子、けっこうレベル高いんだよ?」と、的外れな返答を続けた。
「類は友を呼ぶ、か」
「へ?」
「アホの元には、アホしか集まらないと言った」
束の間の無音。水面に張り付いた、二人の鏡像。
周りを巻き込んだ風で揺れ動いた。
「気でも狂っているのかと思ったが……貴様はそれ以上にタチが悪いな」
戒斗は少し話してすぐにわかった。
こいつもただの馬鹿者だ――数十分前の記憶を遡りながら、確信を得る。
「こいつは遊びじゃない」
「…………」
「己の無力さを理解しろ、そして恥じろ」
どうしてこうも今日は不運なのか。そんな嘆きが聞こえてくるようで。
当然彼とて女子供を攻撃する趣味はないが、致し方なし。
「貴様一人が行動したところで、何一つ得られない、成し遂げられない。そんな小さな力では」
黙りこくる茉優に「この問題に関わるな」――瞳でそう訴えた。
「……――そうかもね」
その刹那のこと。
想定しえなかった肯定。
「ボクは確かに、特別な力はないよ」
戒斗はそれを前に、目を細める。
「キミたちみたいに誰かを降(くだ)せるだけの強さもない。ちっぽけで中途半端だ」
「だったら」
「それでもね」
いつもそうだった。
誰よりも頑固な彼女が、誰かの言葉を遮るために使ってきたこの言葉。
それは今回もまた仕事をするようで。
「それでもボクには、したいことや守りたいものがあるんだ」
弱くても、小さくても。
何回拒絶されたって、何回はねのけられたって、お為ごかしなんかじゃないから。
この小さい胸にあるのは、ずっと前から自分が願ったことで。紛れもなく自分のために、自分がしたかったことで。
「叶えたい願いが、あるんだ」
一本通った立派な芯で。
それを通すために、彼女は今日も「それでも」と言い続ける。
微笑を湛える茉優に対し、鳩が豆鉄砲をくらったような顔、と云えばいいのか。戒斗は一瞬だけそんな面持ちを覗かせ、短く開口した。
「――面白い」
そこから出たのは、彼が誰かを認めた時に唱える言葉。
「は!? 笑うとこじゃないんだけど!」
されど茉優は相手の心情など露知らず、小馬鹿にされたとくってかかる。
尤も彼にとってはそれも、泣き叫ぶ赤子の相手をするのとなんら変わらない訳だが。
「キミさぁ、やっぱバカにしてるでしょ!」
「さて、どうだろうな」
「むーーーー! っていうかそもそも何しに来たのさ、用事を早くいいなよ!」
「気が変わった。というか、用が無くなった」
「うわカンジわるっ! バロンってそういうとこあるよね!」
「フン……」
ぎゃあぎゃあ喚く少女を一回鼻で笑って、この場から立ち去ろうとした。
そんな折。
ドカン。
鼓膜が潰れそうなほどの轟音が鳴り響く。
「なに――っ!?」
爆発だ。それもすぐそこ、視認できる位置で。
茉優はたまらず両耳を手で塞ぎ、たちまちなだれ込む空気の奔流に転ばされぬよう、大地に踏ん張った。
薄く開けた視界にちょろちょろと混ざる黒煙と火の粉が晴れたのを機に、ゆっくりと開眼する。
「……!」
飛散した瓦礫。
怪我した人間。
生臭くって焦げ臭い、赤と灰のコントラスト。
揺らぐ前髪のカーテンの向こう、茉優は愕然とした。
再び目に収めたそこは、それらが無残且つ無造作に転がっていて。とても、たった今までいた場所とは思えないくらいに、荒れ果てていた――。
「そんな……!」
突如殺されてしまった風景、まさしく『殺風景』を前に呆然と立ち尽くす二人。
そのうち辺り一帯を惨劇の舞台へと変えた原因が、不気味な唸り声と共に現れた。
「ヴヴゥゥ……」
呻きの波と爆炎の残滓の中で、蜃気楼のようにゆらめく――セイリュウインベス強化態。
「こいつ、また!!」
それは茉優が打倒のため、再会を望んでいた相手であった。
しかしそこに喜びはなく、むしろはらわたが煮えくり返りそうなほどの怒りが渦巻いていた。
「なんでこんな真似をするんだ」
顔にはありありとそう書いてある。
理由のない悪意の前で取り出したイチゴロックシード。
「本当に恐怖の情を忘れてしまったようだな」
解錠しようとボタンに指をかけたタイミングで、戒斗も前に出た。
悲鳴と一緒に逃げ惑う人々とすれ違う青年の腰には、漆黒に輝く戦極ドライバー。
「こわいよ。それでも立ち向かわなきゃ、きっと何も始まらない」
「それで死んだら?」
「今は考えない。何もできない事実は、何もしなくていい理由にはならないと思うから」
彼女に訂正するだけの余裕を感じ取った戒斗は、
「――そうか」
そのまま物言うのをやめ、彼女に背中を預けた。
『マンゴー! ロック・オン!』
そして鮮やかな手際でロックシードを装填、カッティングブレードを倒し、
『カモン! マンゴーアームズ! ファイト・オブ・ハンマー!』
バロンへの変身を完了する。
使用したロックシードは、“バナナ”ではなく、いつかの戦利品“マンゴー”。
下に伸びた二本角。巨大なビジュアルから計り知れる重量感を備えたメイス。風に悠々と靡くマント。
開かれたマンゴー型の鎧を纏った山吹と赤のバロンは、騎士ではなく、むしろ筋骨隆々とした闘士のようで。
「お前、名前は?」
「……茉優。高司 茉優」
化物との対面の中で、“戒斗だった闘士”は肩越しに少女の名を訊ねる。
「高司」
「なに?」
名を知って満足したか、改めて正面を向き、花切りマンゴーを模したメイス『マンゴパニッシャー』を構えた戒斗。
「お前のその強さ、気に入った。その蛮勇――貫いて見せろ」
そしてそう言い残し、向こうのセイリュウインベスへ駆け出す。
「――言われなくてもっ!」
後を追うように、茉優も戒斗の背中に続いた。
* * *
『チーム名、何にしよっか?』
『チーム
『なんだその奇跡的なダサさ! 却下だ却下!』
『そうだよ、チーム名なんだからもっとまじめに考えようよ! ここはボクがチームコンクリ詰め連合というナウなヤングにバカウケなイカしたネームを考えてみた!』
『お前も大概じゃねーか!! っつか死語! 死語!』
『ちぇー……、あ、ねえねえコータは?』
『ん?』
『コータは、どんなチーム名がいいと思う?』
『おいおい俺に振るのかよ! こういうの苦手なんだけどなぁ……』
『いいじゃんいいじゃん! 言ったもんがちだって!』
『えーっと、じゃあ――――』
「“鎧武”」
忘れるはずがない。なぜならこの名を考えたのは、他でもない光汰なのだから。
彼方の記憶を汲み取り、その断片を呟いて懐かしむ少年。
彼は裕樹が死んだあの日以来、最も避けていた場所――チーム鎧武のアジトに訪れていた。自分の『芯』を探しに。
「……まだ、あったんだな」
横に長い、二階に及ぶ赤レンガの建物を暫し仰いでから、外の階段を上って中へと入る。
元が倉庫だったためか、スペースは十分どころか十二分。
見るからに古臭いテレビ、傷がたくさん入ったテーブルに、不似合いなパイプ椅子。
家出した時の寝泊りのためにと、皆でバイト代を持ち寄って買ったベッドもそのまま。レンジに冷蔵庫に掃除機、家電類も無駄に充実していて。さらにその中を、ギターやプラモ、絵画といった趣味の品で飾り付けてある。
壁伝いに歩きながら見渡す内装は、何も変わらず、あの頃のままで――。
(けど、綺麗、すぎないか)
光汰の独白はごもっともで、物の配置も整然としすぎていて、汚れもなく、あまつさえ埃ひとつ見当たらない。
一年間放置していた、と云うにはあまりに綺麗すぎる。
「……」
文字通りの「あの頃のまま」に違和感を募らせっぱなしで、家電類の動作確認をはじめた光汰。
手始めにテレビ。おもむろにテーブルに置かれたリモコンを手に取り、適当にチャンネルを合わせた。
「映った……!?」
言葉通りに、そのテレビはしっかり沢芽市でリアルタイム放送されている番組を映し出した。
続けざまにリモコンに記されたいろいろな数字を手あたり次第に押すが、どれもこれもが正常に視聴できた。
つまり電気も通っている――賢い光汰のことだ、これだけで人の手が入っているというところまでは容易に理解する。
「問題はそれが誰か」だが。
「まさか……!」
その正体を知るのにも、時間はかからなかった。
光汰は何かを悟り、アジト奥の小部屋――皆の駄弁り場へ急ぎ足で向かう。
物を次々に避け、邪魔なドアを押し退けて、足を踏み入れた。
「――……!」
そこにあったのは。
紺地に、金の兜飾りがでかでかと描かれた旗。
いつか、とある少年少女達が大手を振って掲げた――御旗。
絵の具まみれになりながら、みんなで家に帰るのも忘れて仕上げた、鎧武のシンボル。
そして壁にかかったそれに守られるように、テーブルの上で眠る戦極ドライバー。
これが答えだ。
「……あ……ぁ」
それを見るなり、少年は泪をこぼす。
『なんで、鎧武って名前にしたの?』
『そうですね、俺も気になります』
『えーっと、ね』
『ほらほら、もったいぶんなって!』
『――鎧武者のように強く、猛々しく、最後まで自分の信じた道を進みたい』
そう思ったから。
「……っ……くっ……」
光汰は鎧武の旗を前にして、感情のあふれるままに歔欷する。
どれだけ両手で目を押さえても、涙が止まらない。どんなに我慢しても、咽びが収まらない。
泣き虫野郎め――よく知った顔をした少年少女らの幻影が、自分を笑っているようで。
「馬鹿野郎……、馬鹿、野郎……ッ!」
少年はやっと思い出した。
自分のしたかったことを。自分の願い事を。
ずっとずっと守りたかったものを。
「ありがとう――」
見えた幻影にか、彼女にか。やがて泣き止んだ少年は一言、礼をテーブルに置いて去った。
己がかつて捨てた、覚悟の一片と引き換えに。
* * *
バチィ、ガキン、と人目も憚ることなく爪とメイスの二重奏が鳴り響く。それも一歩間違えば不協和音になりそうで。
既のところで行われる武器と武器の逢瀬は、おのずと人を遠ざけた。
公園で咲いては枯れてを繰り返す戦の火花の下、バロンとセイリュウインベスが渡り合う。
「もう少しだよ……頑張って!」
「うう……」
それを背に、茉優は「安全のため」と現場から遠くに停められた救急車へと怪我人を運ぶ。
肩を貸しても、その小さい躯体では千鳥足も請け合い。
だがそれももうおしまいだ。歯を食い縛って、最後の一人を救急隊員と共に抱え上げ担架へ乗せると、茉優はすぐさま身を翻した。
「君! どこへ行くんだ!」
「まだやることが残ってるので!」
「お、おい!」
振り払った救急隊員の制止。少女はそうやって、もう一度戦場へと赴く。
「グア゙!」
伸びた腕による長大なリーチを持った拳。ガード。
「ガア゙ア゙ァァァ!!」
ガード、もう一撃。
戒斗はその腕力の所為でノックバックしつつも、ガントレットで確かにパンチを防ぐ。ダメージを受けた左の手甲から、薄い煙が漂った。それを一瞥し、戒斗がフン、と吐いた一息。
マンゴーアームズ――戦ってわかる、バナナアームズを凌ぐ耐久性。自分より一回りもサイズが上の相手に、力負けもしない。
戒斗は、このアームズが『防御に物を言わせて真っ向から殴り合う』性質だと把握する。
「ファイトオブハンマーとは、よく言ったものだ」
体勢を立て直し、踵で作られたスリップ痕を再びなぞるように、歩みを進める。
ゆっくり果敢に悠然と、前へ、前へ。
右手に伴ったマンゴパニッシャーはコンクリの大地で引きずられて、激しくスパークを飛び散らした。
「グオ゙ッ!」
待ちかねたセイリュウインベスが、巨体に見合わぬ速度で襲い掛かる。
出された腕。しかし届かない一撃。そればかりか。
「ガア゙、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!?」
一回転する景色。
振りぬかれた、マンゴパニッシャーが。
状況理解にはこれだけの言葉で十分だ。昨夜のように、バロンが手痛いカウンターを喰らわせた。
ぐるりと回った世界の中に、逆さで捉えた闘士の姿――今にももう一発を叩き込まんとする、その構え。
「ぬんッ!!」
セイリュウインベスはそれに抗えないまま、宙空から叩き落された。
悲鳴にも似た咆哮を上げ、その怪物は地面にめり込んだ。
「今度は逃がさん」
ヒビだらけの肉体を小刻みに震わせ、虫の息の異形にそう吐き捨て、仕留めようとカッティングブレードに手をかけた。
その時だ。
ガチャン、ガチャッガチャン、
「!」
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。
「……なるほどな」
どこからか聞こえたロックシード解錠の音。やがて不気味なそれは連なり続き、戒斗の耳朶をねっとりと包み込んだ。
ガチャン。
そうして最後の解錠音が鳴った直後。
「キキィイイイ!」
虚空に沢山の
数は二、三〇。いずれも未進化の下級タイプだが、これだけの物量であれば十分な脅威たりえる。
複数犯か、一人によるものか――前者ならば、思った以上に改造ロックシード問題は根深い。
後者ならば、一人でこれだけのインベスを操れる技量を危険視する。
だが、どちらにせよ。
「――今は戦う他あるまい!」
普通ならば絶望しかないこの光景の中、戒斗は己に檄を飛ばすように叫んで、再び握り直した得物を手に立ち向かった。
「ふんッ! はァッ! せいッ!」
右を向けどインベス、左を向けどインベス。
四方八方から矢継ぎ早に襲い来るそれらを、一体ずつ冷静になぎ倒していく。
稀に小さいな攻撃をもらいながらも、がなり立てるインベスの軍勢を次々に力業で黙らせるバロン。
「カイト!」
言葉ですらない言葉で出来た隔たりを掻っ切るように、戒斗の名を叫んだ茉優。
駆け付けてから間髪容れずに、握り締めたイチゴロックシードを解錠する。
「キュエーーーーッ!」
すると掛け金が跳ね上がり、同時に開かれた茉優の背後の空間から、威勢よく一体のインベスが飛び出した。
飛行型。バサバサと翼をはためかせ滑空、
「おねがい、キュータロー!」
その命令に応え、戒斗に群がるインベスを通り過ぎざまに斬りつける。
そして上空で旋回し、過ぎ去った戦場にほどなくして再訪、またもインベスの一体を左腕の刃で寸断する。
「キュエエエエエエエエエエエエ!!」
高速飛行。
掻き鳴らす空気。
ヒットアンドアウェイ。
幻影が繰り返しにインベスを屠っていく。
六体ほど葬った時、茉優は漸く戒斗と目が合った。
「大丈夫?」
「この程度、俺一人でどうにかなったものを」
「へへ、そう言わないでよ。味方は一人でも多い方がいいでしょ?」
そう言い、にかっと笑った茉優の隣に降り立つ、彼女のインベス。
黒いボディに赤のアクセントがあてがわれ、鋭角的なフォルムを持った細身のインベス――主が“キュータロー”と名付けるそのインベスは、一般では『コウモリインベス』と呼ばれている。
彼女が話す間にも、彼女に襲いかかるインベスを折り畳んだ翼で追い払い、攻撃の手を緩めない。
「達者な口だな……せいぜい命を落とさんよう!」
「キ!!?」
「立ち回ることだ!」
「ギギ――!!」
戒斗も片手間に、マンゴパニッシャーで眼前の下級インベスを叩き潰す。
続けて爆発四散したその亡骸を蹴り転がし、ある存在を探した。
倒れていた、撃破寸前のセイリュウインベスだ――。
援護によって手も空いたため、決着という形で取りこぼしを拾うつもりなのだろう。
「どこだ、まだ逃げたわけではあるまい」と呟きながら、周囲を見回す。無論、立ちはだかる雑魚を倒すのも忘れない。
(回復されては厄介だ、手早く仕留め――)
「カイト後ろ!」
不意に聞こえた茉優の大声が、モノローグをせき止める。
あまりの必死ぶりを前に『なんだ』と、そう言う暇すらなかった。
彼女の言葉の通り振り返った先にあったのは、巨大な紅蓮の光球。
「ッ――――!!!!」
避ける。間一髪で。
焼け焦げたマントの一部――進路上に居た下級インベスがまとめてそのエネルギーに飲まれ、でろでろに溶けて消滅した。
「とんでもない威力だな」
数メートル先の光の出所にいたのは、当たり前にセイリュウインベス。口辺には煙が漂う。
まさしく必殺の一撃だった。
蒸発で抉れたコンクリが、その威力を如実に物語っている。
さすがの戒斗も今のには肝を冷やしたか、虫の息となめてかかるのはやめ、完全に意識をセイリュウインベスに向けて一切の目を離さなくなる。
「……決めてやる」
たとえ鱗という名の装甲がヒビだらけでも。
たとえ立っていることすら容易でなく、よろけていたとしても。
『カモン! マンゴースカッシュ!』
奴は危険だ、ここで仕留める。
そんな意志を込めて、ドライバーのカッティングブレードを一回倒した。
「うおおおおおお!!」
そして山吹色のエネルギーを纏ったマンゴパニッシャーを構え、真っ直ぐセイリュウインベス目掛けて走り出す戒斗。
一歩ずつ確実に踏みしめ、相手に接近していく。近づくたびに大きくなる異形の影。知ったことではない。
適度な距離になる頃、全力を以てマンゴパニッシャーを振りかぶる。
一度二度と邪魔された、三度目こそは。
「はああああああああああ!!」
三度目、こそは。
「……また、か……!」
ダメだった。
マンゴパニッシャーを振るう腕は、セイリュウインベスの頭蓋の前で、まるでゼンマイが切れたおもちゃのように止まってしまっていた。
振り切った苛立ちが、戒斗の歯噛みを促す。
誓い立てにも似たその願いも虚しく、戒斗はまた、またとどめを刺し損ねることになる。
「キィイ……」
下級インベスの群れに、阻まれて。
「邪魔だ、どけ!」
「キイィィィイイ!!」
「くっ、そ!!」
見えざる力に目を落とした先。
一体は腰に、もう一体は腕に、さらに別の一体は――という風に、がっちり戒斗の全身に纏まって組み付いて放さない下級インベス。それらは彼の歩みを阻み、攻撃を阻み、
「グア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……!!」
終いには、彼の退避すら阻もうとしていた。
がんじがらめになった獲物の目の前でわざわざ棒立ちするセイリュウインベスに、いや、厳密にはそのマスターに、何の意図もないはずなどない。
それを証すように、口腔が赤く眩(まばゆ)い光を放つ――。
「…………!!」
そしてそこへどんどん溜まっていくエネルギー。
その色は赤という暖色のはずなのに、とてつもなく冷酷な印象を与えて。
敵が何をする気なのか、ここまでくればそんな疑問は猿でも理解できる。
「こいつ、雑魚ごと俺を焼き払うつもりか……!」
身をよじって抵抗を試みる戒斗だが、数の暴力にねじ伏せられ馬力が圧倒的に足りていない。
「放せ」だの「失せろ」だの、端々に聞こえる言葉が彼の抗いぶりを伝える。
空気が震えた。
唸り声に比例して光の球は肥大化し、そのたび熱気が周囲に漏れ出て発散されていく。
「ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
そろそろ人一人を包めるほどになった頃、だろうか。
ひときわ強まったセイリュウインベスの雄たけびは、間もなく発射だと告げているよう。
「くっ……!」
戒斗も息を飲み、その一撃を覚悟した。
「――やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
須臾、閃きに裂かれた灰の海。
コウモリインベスが茉優の叫びに背中を押されて飛び出し、側面からセイリュウインベスへ一直線に突っ込む。
吃驚する戒斗も構わず、そのままタックルを浴びせた。
それとほぼ同時に放たれる破壊の弾。
タックルと光弾、どちらが速かったか――――。
「グ、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
前者だ。
体がぶれたことで光球の狙いは大きく逸れ、それは莫大なエネルギーを孕んだまま明後日の方向へ飛んで行く。
荒んだ曇天を駆けていたカラスが、恐れをなして遥か彼方へと逃げ出した。
「よし!」と握り拳を作る茉優。
全ては想定通り。
「バカ、何やってる!」
いや、撤回か。
「へ?」
――その明後日の方向が、まさか自分のいる方だったなんて、彼女とて知る由もなかった。
「高司!」
「あ」
そう小さく漏れたのを最後に、時が止まった。
『逃げろ』
戒斗がそう続けた。
ような気がする。
音という音が遮断され、手も、足も、顔も、果ては脳も熱を失い、冷たくなっていく感覚が彼女を包み込む。
何も言えないで、出来ないで、そんな暇もないで、そのうち視界すらも――フリーズしていった。
目の前が強烈な光に包まれたその瞬間に、ふわりと軽くなる体。
「高司!!」
戒斗の呼び声の随に、茉優は意識を取り戻す。
その時、彼女は宙にいた。
焼け石に水の幸運で、光弾は彼女に届く手前で寿命を迎え、爆発した。
そこまではいい。
後に必定となりて吹き荒んだ爆風が、彼女の軽い躰を空高く打ち上げたのだ。
高度は、目測にして六メートルはくだらない。
「え、あ」
「で、えええええええええい!」
ついに肉体各部にしがみついた下級インベスを引き剥がすことに成功した戒斗は、すぐさま彼女が落ちていく方へと走り出した。
間に合う訳も、ないのに。
「チッ――!!」
『カモン! バナナアームズ! ナイト・オブ・スピアー!』
駆けながら、苦し紛れのアームズチェンジ。マンゴーよりかは速いバナナ。
それでも、一目見てわかる。
彼女があの場に落ちるその時までに、あの場に辿りつくことができない、と。
「あ、……あ」
一度迫った
思考も置き去りにして、足掻くのも忘れて、仰向けのまま、落ちていく。
反射的に伸ばした手は宙ぶらりんのまま踊った。
ボク、死ぬんだ。
茉優は直感でそう思う。
人は今わの際、積み重ねた記憶が走馬灯のように現れては消えてを繰り返すという。
尤も彼女のは、そんな大層なものではないけれど。
なんてことはない一人の少年の顔と、声と、思い出と。
呆れるぐらいにそればかりだ。
でも、その相手は。
「――――……タ」
誰よりも大切な人で。
「――コー、タ」
かげがえのない人で。
「コータ」
彼と、彼と見た物。全部が全部一枚の画になって、スライドショーのように流れていって。
想えば想うほどに、少女の脳みそに「死にたくない」という感情が焼きついていく。
願わくは、もう一度だけあの声を聴きたかった。
願わくは、もう一度だけその顔を見たかった。
願わくは、もう一度だけ君に『おはよう』と言いたかった。
願わくは。
「ごめんね、コータ」
もう一度だけ――。
「茉優ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
その言葉で、彼女が閉ざした瞼は開かれる。
突如聞こえた“君”の声に、幻聴を疑った。
いきなり視界に入った“君”の姿に、幻覚を疑った。
「へ? あ……っ!」
伸ばされた二本の腕。
その身一つでインベスの群衆を駆け抜けて茉優の名を叫んだ少年は、地面に激突する寸前の彼女をしっかりと受け止める。
ドッ、と殴られたような衝撃が全身に走った。
それによって痛み震える華奢な四肢を御し、横抱きの恰好で少女を擁く。
「っつ……!!」
強く、強く。
「こ、コータ……?!」
「と、っと!」
しかし殺しきれなかった勢いが、彼の体を激しく揺すり。
「う、わあああああっ!」
少年はそれを
起き上がって、呻き混じりに少年が呟く「いてて」。
最後まで格好がつかないのはご愛敬。
「茉優! 無事か!?」
なぜなら彼は、杠葉 光汰だから。
いつも陽気で、ちょっぴり悪知恵が働くお調子者。
茉優が見合わせた顔は、間違いなくあの日の、あの頃の彼の面影が残っていた。
いいや。
戻っていた、と云ったほうがいいのか。
「コータ……、どう、して」
「――ごめん」
「!」
光汰は茉優の無事を確認するやいなや、真っ先に伝えたかったことを、彼女に投げかける。
そして戸惑う茉優に向け、さらに言葉を絞り出す。
「ずっとずっと、お前がしてくれてたこと、言ってくれてたこと」
今言わなきゃ。
「ほんとはすごく嬉しかったんだ」
ここで言わなきゃ。
「けど、けどさ」
絶対に後悔する。
「それを受け取るのがどうしようもなく怖くて――だから目を逸らして、全部嘘だって思い込んで、逃げてた」
決して懺悔ではない。
「拒んでたのは、俺の方だった」
でも前を向くのに、
「だから……ごめん」
もう一歩踏み出すのに、必要な――。
昨日のことも、今までのことも、許せと言う訳じゃない。
けれども、全てを受け止めると決めた少年が、一番最初に「したい」と思ったことだから。
自分で決めたことだから。
そう言って、俯くように頭を下げた光汰。
「――ほんとだよ」
そんな彼の視界に入り込む、白魚のような手。無機物にへばりついた彼の掌に、優しく重なった。
感じる温もりと、伝わる柔らかさ。
「嘘なんかついたこと、ないのに」
それは細面(ほそおもて)を、もう一回上げさせる。
「コータは、ボクに居場所をくれた」
向き合う少女が柔和な笑みを浮かべて。
「いていいんだ、って、思える場所をくれた。奪ってなんかない」
光汰の手の甲を撫で、きゅっと握った。
「とっても嬉しかった」
「……ああ」
「だから今度は、ボクがコータの居場所を守りたいなって、そう思ったんだ」
やがてその手は『芯』の通った胸へと運ばれ、
「大好きなコータの、大好きな場所を――」
静謐のままに抱きとめられた。
とくん、とくん。覚悟が込められた鼓動を掴み取るように重なる、留守だった光汰の左手。
四の手のひらが合わさった時、鏡よろしく言葉が断片的に跳ね返る。
「俺も――俺も、茉優が大好きだよ」
「うん」。小さく頷く。
いつか言いたかったこと。言えないんじゃないか、と案じたこともあること。
それはずっと彼女が伝えたかったこと。
彼が戻ってくる時まで、温めていたこと。
「おかえり、コータ」
やっと言えた――。
「茉優……、ただいま」
「……う……~~っ……」
不意に返ってきた返事のせいで、一気に込み上げた感情が、涙の堤防を破壊して見事に茉優を泣かせた。
我慢も忘れて飛び込んだ光汰の胸を、びちょびちょに濡らす。
けれども、きっとこれで良いのだ。
「寂し、かった……っ」
「ごめんな」
今だけは、この瞬間だけは。
「もう、どこにもいっちゃ……、やだよ?」
「……ああ」
思いの丈をぶちまける、この時だけは。
「ずっとずっと、一緒だよ?」
「わかってる」
ありのままの、正直な自分で。
「次いなく、なったら、許さないから……っ!」
「……うん」
相好を崩し、声を震わせ、しゃくりあげて――滂沱として流れ落ちる雫は、今まで堪えてきた分を清算しているみたいで。
自分のためにずっと戦ってくれていた茉優の傷を癒すように、背中に回した腕の輪を、さらに狭める光汰。
「ありがとう――茉優」
「うん……、うん……っ」
そして自らも残った全てを曝け出し、最後のリプライを、傍らの彼女に捧げた。
『ごめんね』の後に『ありがとう』。
耳元でそっと囁き、少女への抱擁を解く。やっと見えた泣き顔から涙を取り払って、少年は立ち上がる。
程なくして振り返り対峙するは、彼女を狙う初級インベス。
「キキ……キィ……!」
「コータ……」
茉優が背後から不安げに見守る中、取り出した戦極ドライバー。
自分の覚悟のひとかけら。
「そ、それ……!」
それを躊躇なく腹に押し当てたのは、彼が示す、“彼の変わった証”だろうか。
しゅるる、と出現して腰回りを走る銀の帯の音は、これ以上の茉優の発話を妨げた。
「もう、逃げない」
『安心しろ』。そう目配せし、再び理由のない悪意を見据える光汰。
「俺は戦う。自分の信じた道を行く」
空白だったライダーインジケータが、満たされた。
口にするのは自分への暗示と、彼女への誓い事。
「だから見ててくれ」
そして重ねた、
「俺の――――、変身」
ちょっとの願い事。
『オレンジ!』
光汰は前に突き出したロックシード『L.S.-07 オレンジ』を解錠する。
果てに見えた少年少女の幻影を、掴み取るように。
「ギ、ギィィィィ!!」
すると光汰の前面の空間が丸く切り取られ、そこから現れたオレンジ型の鉄塊が、図らずも跳び掛かったインベスを乱雑に跳ね飛ばす。
続けて
オレンジの鎧はその手の動きに従って、まるで太陽が如き輝きを放ちながら、上へ、上へと昇っていく。
そうして頭上で静止する頃、
『ロック・オン!』
装填された錠前。
ドライバーから鳴り響く――法螺貝の音。
「過ぎ去った時間は戻らない」
それは、これから闘争に身を投じる少年を。剣を振るう少年を。
なんだか鼓舞しているようで。
「失くしたものは返らない」
『守りたいもの』を守るため。
「――それでも、守りたいものがある!」
「変身」――そう叫んで芯を通した少年を。
『ソイヤッ! オレンジアームズ!』
覚悟のひとひらは、
『花道・オン・ステージ!』
その絢爛たる音声と共に。
オレンジの鉄塊が落下、そのまま光汰の頭を覆い、たちまち橙の花を咲かせた。
弾けた余剰エネルギー。黄金の装飾。紺のスーツ上で四方に展開された鎧は、日本甲冑さながらだ。
強く、猛々しく、自分の信じた道を往く――。
ここに誕生したアーマードライダーのその姿は、彼が目指した“鎧武”そのものだった。
「コータ……」
「じゃあ、いってくる」
一言だけそう言い残して、走っていく後ろ姿を、茉優は消えてしまうまで見送った。
「キキィィィイイイイィ!!」
走っていく、駆けていく。
雲の切れ間から、差し込む陽光。それが光汰の討つべき敵を照らし出す。
迷わない――。
「でやああああああああああああああッ!!」
光汰は手の中にある輪切りオレンジを模した刀、大橙丸を全力で縦に振り抜いた。
伴って先に居た下級インベスが、真っ二つに切り裂かれる。
直後、起こった爆発を皮切りに、光汰はさらに前へ。
あれよあれよとインベスの群れの中に入った。
「はッ! たッ!」
そして左腰にマウントされたもう一本の濃紺の片刃剣――無双セイバーも手にし、視界で躍るインベスを手当たり次第に斬り払っていく。
太刀筋も立ち回りも、粗削りなんてものじゃない。滅茶苦茶だ。
しかし二刀流は、それでも強力で。
右、左、前に後ろに上からも。
バイザー越しで忙しなく眼を動かし、得られた視覚情報で跳び掛かるインベスを一体ずつ、確実に処理していく光汰。
「ギイイィィヤッ!!」
「ッ! しまっ……!」
一体が突っ込んできた。
視認こそできたが、筋肉が対応に追い付かず、
「ぐ、ああっ!」
相手の意図通りに体当たりをもらう。
衝撃で落とした大橙丸。
群れの外へ弾き出され、ごろごろと地を転げ、止まれたのは柵の前。
「く……!」
「キキーーーー!!」
「!!」
起き上がろうとした瞬間に、爪が振り降ろされた。
それを間一髪で受け止める、無双セイバー。乾いた音が木霊する。
「う、くっ……!!」
光汰は立ち膝の恰好のまま、鍔競り合うインベスに押される。
震える腕、軋む柵、荒ぶる呼吸。すぐ後ろには、川。
踏ん張る声が彼のひっ迫ぶりを忠実に伝えた。
このままではじり貧だ。どうする。
「う、わあああああああああ!」
この叫びの後、か。
インベスは突如吹き飛ばされる。これにはマスターも驚いたことだろう。
ごろごろと無様に大地を舐めたインベス。数十秒前のビジョンが、体験者を変えて再現された。
意味も理解せぬまま悔し気に立ち上がるインベス。
その腹には、激しい弾痕。
「っ、これ……!」
元になった弾丸の出所は、無双セイバーの鍔にあたる部分だった。
目を凝らすと見える銃口。そこから吹く煙が、戦意をむき出しにしている。
「こういうことか!」
即座に勝手を理解した光汰が、鍔の手前側を引く。
その位置が勝手に戻ると、刀身の黄色い部分が再び光り出した。
放った弾丸のリロードは完了――さっきは苦し紛れに引いた柄の引き金も、今度は確実に。
「もう二発!!」
押し込む。二回。
ひり出された二つの弾は必然的に追撃となり、敵の肉体を穿った。
「グ、キキィィ!」
インベスは、受けたインパクトで逸れた視線を今一度戻す。が。
「キ……?」
向き直った光景に、光汰はいなくて。
「せえりゃあああああああああああ!!」
「ギ――!?!?!?」
視界を少し下げると、腹に食い込んだ刃。
『いない』とインベスが認識した次の瞬間、そのインベスは上半身と下半身を寸断されていた。
牽制に弾丸を浴びせた一瞬――そこで鎧武は一気に加速、すれ違って横を抜ける。
拾い上げた大橙丸を、伴って。
爆散する。インベスがまたも。
「一気に決める!」
立て続けに別のインベスへ切っ先を向ける光汰。
彼は昨日の記憶を頼りに、戦極ドライバーのカッティングブレードに手をかけた。
そして、
『ソイヤッ! ――オレンジスカッシュ!!』
一回倒す。
音声が場の全員の耳朶を打った直後、大橙丸の刀身からオレンジ色の燐光が漏れ出した。
熱でも帯びているようだ。こびりついたインベスの体液が、どんどん蒸発していっている。
その輝きは時を追うごとに増して、終いには本来の刃の倍以上のサイズへと変貌を遂げた。
唸る光刃が「斬り伏せろ」と言わんばかりにさらなるオーラを発する。
「フゥーー……」
構えて、置かれた一呼吸。
それを待ちきれなくなった、インベス共。
骸の山を抜け、炎の森を抜け、鳴き声を上げて一斉に鎧武者を討たんとした。
「キキイィィィィイイ!!!」
その時――そっと閉ざした瞳が開いた。
一歩踏み込むと、バイザーの向こうで、眼光が糸引いて。
「――せいやああああああああああああああああああああああああッ!!」
光汰は魑魅魍魎の大群を一閃する。
放たれた甚大なエネルギーは、際限なくインベスを飲み下した。その様は、一網打尽と呼ぶにふさわしい。
次々に爆発していくインベス。
取りこぼしへのとどめにもう一閃。回転しての薙ぎ払い。
「グ、キイイィィイイイイイイ!!!!」
そうして鎧武者は最後に、
それを合図に、切り捨てられたインベス全てが爆炎と化した。
「……はぁ……はぁ……」
「コータ……!」
この場全てのインベスを滅ぼした鎧武――いや、光汰。
駆け寄った茉優の肩を借りて、息を整えながら次に彼が見たもの。それは。
『カモン! バナナスパーキング!』
「せいいいィィィィィィィィィィッ!!」
「グア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
跳び蹴りを以て死にかけのセイリュウインベスにとどめを刺す、戒斗だった。
砕け散った異形を悲しむように起きた爆発は、周囲に炎を撒き散らす。
そして。
全て終わった後――着地から立ち直ったバロンもまた、振り返って光汰を睨みつけた。
暫しの静寂。
揺らめく炎の中で、反目する両者。今度は異なる姿で。
「関わるなと、言ったはずだが」
一度目は、臆病者として。
「……それは、できない」
二度目は、弱者として。
「なに……?」
今度は――。
「俺にも、戦う理由ができた」
戦士として。
「…………」
光汰は戒斗へ言葉を返す。
それが何を意味するか、知りつつも。
「きっとアンタの言う通り、俺は弱いのかもしれない」
振り向かない。
「それでも、前に進む」
立ち止まらない。
「覚悟も、力もあるから」
失いたくないものが、あるから。
「守りたいもののために――、戦う」
それが『するべきこと』じゃなくて、『したいこと』だから。
少年の決意を確かに聞き届けた戒斗は、そっと身を翻して。
「――今度会うときは、敵だ」
次は討つ、と。
肩越しにそう残して、立ち去った。
光汰と茉優は、そんな強者の背中を、見えなくなるまで――ずっと見据えていた。